黒鎧の救世主

木嶋隆太

第七十三話 破滅の始まり

 塔迷宮の四十階層で、智也は体を動かしながら調子を確かめる。
 昨日デートという、珍しいこともあったが、体は問題なく動いている。
 朝から智也は調子よく、リズムを刻むように魔物を倒していく。
 階層は高いにもかかわらず、智也とミルティアの二人にはまだまだ余裕があった。


「そろそろかな?」


 智也が尋ねると、ミルティアは頷いた。


「そうだね。それにしても、いよいよ五十階層かぁ。塔迷宮もようやく半分だね」
「半分? 塔迷宮の最上階は百階層なのか?」


 だとするならば……智也は思考してそれは大変そうだとため息を吐きたくなる。
 だが、ミルティアは違うよと首を振った。


「何となく、こういうのって百が区切りかなぁと思っただけだよ」
「まあ、区切りはいいな。実際そうだったら、泣きたくなるけどな」


 ミルティアが一瞬で詠唱を終え、四十九階層の階段前につく。


「まだ、五十階層には行ったことなかったんだよな?」
「うん。四十階層で勝てなかったんだもん。一人で挑むなんて馬鹿なことしないよ」
「冷静さがついたみたいで嬉しいよ」
「むっ、今ボクのこと馬鹿にしたでしょ」
「してないしてない。純粋に思っただけだって」
「性格悪いなぁ」
「よく言われるよ」


 智也とミルティアは笑顔まじりに会話が繰り広げられる。戦いへの不安は微塵もない。
 階段がある場所は、仄かに暗く肌寒い。季節的に夏である外とは比べものにならない温度差だ。


「トモヤくんは、未来に大切な人っている?」


 五十階層に続く階段を上りながら、ミルティアが後ろで手を組み、詰まりながらも言い切る。


「大切……ってほどではないが、一緒にいて楽しい仲間はいるよ」


 クリュとアリスとは、一緒にいれば笑顔を分けてもらえる。


「地球、だっけ? 地球にもいっぱいいるのかな?」
(友達はいないけど)
「家族は、大事だよ」


 智也にとって自分を育ててくれた家族に恩返しをしたい思いがあった。
 捨てられた自分を温かく迎えて入れてくれた家族たちに、恩返しをしたい気持ちは強かった。


「そうだよね……トモヤくんは帰るために、塔迷宮の最上階を目指しているんだよね?」
「ああ。今のところ、ここが地球に戻れる可能性が一番高いからな」


 他にも手段がないか探しているが、奇跡のような力はこの世界のどこにも見つけることはできなかった。
 智也はそこで、ミルティアが前にライルくんのために大怪我をしていたときのことを思い出す。


「ミルティアは……やっぱりライルくん?」
「うん、そうだよ。病気を治すため。だけど、それは叶ったんだよね」


 もうミルティアが登る理由はない。


「なんだか、付き合わせてるみたいで悪いな」
「ううん、好きだからやってるだけだよ」


 そういった後、ミルティアは顔を赤くして手を振る。


「今の好きっていうのは魔物と戦うことがだよ!」
「ああ、やっぱりそうなんだ」
「やっぱりって……。後、今は廃人族の病気を治す手段を見つけるために、この塔を上っているんだ」
「病気を治す手段?」
「うん。この病気で苦しんでいる人は一杯いるんだもん。いつか、トモヤくんの力がなくても治せるような手段が見つかるといいなって」
「……凄いな。俺なんて、そんな他人のことを考えてる余裕ないよ」


 智也の願いは、あくまでも自分一人のものだ。


「ボクには大事な人がいるから、たぶん他人のことも考えられるんだ」
「どういうことだ?」
「ボクは幸せだから、他の人の面倒も見れるって感じ、かな? ボクもよく分からないや」
「ライルも幸せだな」


 ミルティアの言う大事な人はライルだろう。
 智也は腰に手を当てて、楽な態勢で口元を緩める。すると、ミルティアはなぜか怒ったように頬を膨らました。


「もう、キミもだよ。ボクにとっては大事なんだからね」
「え?」


 不意な発言に智也は一瞬理解が遅れる。そして、理解するとかっと熱が襲ってくる。


「あっ、いまのなしなし!」


 智也は頬の熱を感じながら、誤魔化すように顔を横に向ける。


「ボクってもしかして邪魔?」


 ミルティアはからかうような笑みとともに訊ねてきた。


「そんなわけないよ。強いんだから、ついてきてほしいに決まってるよ」
(でも、そうなると、本当に下見みたいなものになるのか)


 とはいえ、ミルティアとともに十刻みのボスを倒せるのは、未来でクリュ、アリスと挑むよりかラクでいい。
 クリュよりも強いミルティア。アリスは単純についてこれない。
 ミルティアが階段を上るのを再開し、足音で消えてしまいそうなほどに小さく口を動かす。


「過去でも、キミが何か手がかりを掴めたら嬉しいかな。もしも、戻れたとして、その時にキミの記憶に残っていたいなって。そういう押し付けがましい奴なのですよ」


 ミルティアはえへへと頬をかいて、口元を緩める。
 智也はそれはないなと余裕のある表情のまま笑みを浮かべた。


「この世界のことは、絶対に忘れられないよ。こんな夢みたいな体験をしていて、忘れられるほど向こうの世界は波乱万丈じゃないからね」
(……そうなんだ。向こうは、つまらないわけじゃないけど、楽しいわけじゃない。だから、戻るかどうか、凄く悩んでいる。それでも、家族は大事だ。何も言わずに、去るのは……嫌だ)


 それに、ここまで育ててくれた恩もある。
 智也の心は両方で揺れ動く。これからボスとの対決があるのに、これでは駄目だと智也は頬を叩いて気合いを入れる。
 階段の終わりが見えたところで、ミルティアが儚げに振り向いた。


「仕方、ないかな」
「仕方ない?」


 ミルティアの呟きは、追及せずにはいられない弱々しいものだった。


「うんうん、なんでもない。トモヤくんは未来と過去、どっちがいい?」


 クリュたちがいる時代か、ミルティアのいる時代。どちらがいいのかなんて、智也には分からない。


「それは……微妙かな。こっちも楽しいけど、未来の世界も楽しいよ」


 智也は顔をあげ、笑みを浮かべながら僅かに首を傾けた。


「ねえ、もしも、五十階層を突破したら、ちょっと言いたいことがあるんだ」
「いいたいこと? 今じゃ駄目なのか?」
「ちょっと、トモヤくんに迷惑になるかもしれないことだからね……」


 一体何なのか、智也はわからなかったが強く頷く。


「分かった。でも、ミルティアのことで迷惑に感じることはたぶん、ない」


 ミルティアはそう言ってもらえると嬉しいなぁと軽く頭を掻いて、小さく微笑んだ。


「そっかぁ。……それじゃあ、行こうか」


 階段の終わりが見え、剣を右手に生み出し、何が飛び出してもいいように準備しておく。
 光が届き、夏特有のむわっとした熱気が襲いかかる。


 五十階層は、今までの階層に比べ圧倒的に荒廃している。
 草や木などはなく、大地は水分を失っている。
 その中央に、一人の黒い影が立っている。黒い影――調査で判明した名前はクライムだ。


「……っ!」


 クライムは先手とばかりに飛び込んできて、右手に持った刀を振るった。二人をまとめて、斬り殺そうとしたが、智也たちは同時に別の方向へと逃げると、クライムは追撃先に智也を選ぶ。
 智也は右手に生み出した投げナイフをクライムに投擲し、突進の威力を弱めようと画策するが、クライムは体を僅かに動かすことにより回避。
 離れたナイフを巨大化させて、そのまま爆弾に切り替えたが爆風は届かない。
 接近を許し、刀の一撃を右手の剣で受け止め――あまりの重圧に剣が砕け散り、智也の右腕は一瞬痺れに襲われる。
 危なかったと冷や汗が流れ落ちる。
 腕を引くのが遅れれば、折れていたかもしれない。


「何つーパワーだよ!」


 左手に手榴弾を二つ生み出し、クライムにぶつける。
 近場により、爆風が智也を襲いその場からの避難に成功したが、腕には擦り傷が数箇所出来る。


「トモヤくん治療するよっ」


 ミルティアが魔法を瞬時にかけてくれ、傷はすべて治る。痺れも取れたが、それでも敵への対策は思いつかない。
 手榴弾で倒せていないかと、欠片もない可能性を願い煙に目を向ける。


(やったか? ……なわけねえよな)


 煙が晴れると、何事もなかったように黒い無機質な目を向けてくる。


「敵はパワー型の、俺やミルティアに似たタイプだと思う。はっきり言うと、一撃もらえば、体が折れる」
「面倒な相手だね。どうする?」
「俺もミルティアも動きは速いから、攻撃はなるべく回避していこう。それと、ミルティアは魔法をお願い。俺は適当に敵をひきつけて戦っていくよ」


 覚醒強化があれば、力は互角になるはずだ。動きだけならば、現在もほとんど変わらない。
 緊急時のためにスピードと覚醒強化を残しておけば、問題ないはずだ。


「魔法の発動は?」
「ミルティアは俺に調査を使っていないか? 俺には魔力吸収のスキルがある。俺の体に触れた箇所の魔法は、すべて吸収できるんだ」
「完璧だね。なら、前衛はお願いするね。相手をかく乱させてね」
「なら後衛は、五十階層を破壊するくらいの魔法をお願いするからな」
「もちろんっ!」


 問題は敵がどのようなスキルを使うかだ。
 智也が理想とする戦闘は、スキルなどの一切の使用がない状態での話である。、スピードとパワーについていくのが限界である以上、魔力吸収で対応できないスキルを使用してきたら、智也はそれ一撃で死ぬ可能性が出てくる。


 敵が有用なスキルを使用しないことを願い、敵との距離を測りながらにじり寄り、


「……っ!」


 男が何かを叫んだ。それがスキルの発動だと気づいたときには、もう遅い。
 智也を含む、すべての物の動きがゆったりとなる。


 突然、時間の流れがゆっくりになった気がした。
 その世界で、敵の刃が迫る。回避不能の攻撃。だが、それは智也が何度も体験しているものだ。


「ス、ピ、ー、ド、か!」


 台詞を言い終えるまでにも時間がかかる。
 敵の刃を何とか回避するが、続けなぎ払いに間に合わない。
 智也は、その状況で一か八かスキルを発動する。


(スピード……!)


 心で願ったそのスキルが発動する。時間の流れに捕らわれていて智也だが、体の縛りが音を立てて崩れる。
 覚醒強化を発動し、なぎ払いを上体を逸らして回避する。
 一気に敵の背後に回り、剣を突き刺し巨大化する。相手は回避に間に合わない。
 だが、体に剣を突き刺しながらも、敵は後退してまだ両の足で立っている。


「さて、お望みどおり、魔法を見せてあげるよ」


 ミルティアが悪戯するように言い切り、ぺろりと舌なめずりする。
 片手をクライムと智也に向けて、悪魔も逃げ出すようなニッコリ笑顔。
 地獄の業火とも言える、火のブレスが、レーザーのように発射されて、智也とクライムを飲みこむ。


(俺が安全だからって、こんな巨大な魔法をためらいもなく撃つとはっ!)


 それだけ信用されているのだと智也は納得して、魔法を吸収していく。
 火などの一切を食らわないとしても、体は衝撃を予想して強張ってしまう。
 ようやく火が終わり、クライムは刀を持つ腕をぐだっと下げる。


 ミルティアの優しさだろうか。熱くなった体を冷やすように、クライムの足場から巨大な氷の拳が現れてクライムを打ち上げる。
 たたきつけられたクライムは、足をプルプルとしながら立ち上がり、こちらへ駆け出す。
 動きは遅い。 
 クライムの体を止めるように、空から斧が振り下ろされてクライムに突き刺さる。
 斧は黄色く発行して、クライムに刺さった瞬間――大きな音とともに雷を周囲へと撒き散らした。
 クライムの体を焼き焦がす。クライムは今度こそ倒れた。


「トモヤくん、魔法終わっちゃったから、敵が立ったらお願いね」
「これで立ってたらどうにもならないよ」


 口では言いながらも、警戒は怠らない。
 覚醒強化の効果が切れるが、最後のクライムの動きを見た限り、瀕死であることは容易に予想できる。
 クライムは一度起き上がったが、すぐに倒れた。
 何かスキルをくれるのかと期待もしたが、クライムの体はそのまま消えてなくなった。


 智也はミルティアと目を合わせて小さく笑ってハイタッチをした。


「これからどうする?」


 何もない五十階層を智也は見渡す。


「五十一階層に行ってみるか?」


 思ったよりも戦いは短く、戻るにはまだまだ早い。
 今以上に敵は強くなるかもしれないが、一目見るだけなら大丈夫だろう。


「うん、そうだね。ジャンプですぐにいけるようになるし、ちょっとだけならいいかもね」
「なら、ミルティアはすぐに逃げられるようにジャンプの準備をしといてくれ」
「万全を期さないと何があるか分からないからね」


 智也とミルティアは、五十一階層に上がる階段を上る。
 五十階層を越えた階層、一体どんな世界が広がっているのかを想像しながら、階段を上りきる。


「ここは……?」


 それほど大きくない五十一階層の中央には大きな魔石が鎮座している。
 巨大すぎるそれは、天井に届きそうなほどに伸びており、透明であるはずなのに、中は濁っていて上手く見通せない。


「階段は……ないのかな? もしかして、最上階?」


 ミルティアの発言どおり、ここには魔石しかない。
 足場も緑のものに戻っていて、魔物も存在しない。
 本当にここが最上階なのか?


 そこで、智也の心には相反する感情がぶつかりあう。
 ここで、本当に帰れてしまうのか? さっさと帰りたい、いや、帰りたくない。
 まだ、決断ができていないのだ。もしも、地球に戻る手段を見つけたときにどんな判断を下すかの。


 智也とミルティアは呆けるようにして魔石に近づき、片手を伸ばす。
 冷たさが肌から侵食してきて、二人は顔を見合わせる。


「なんだろうね。あんまり感動しないね」
「そう、だな。もっと、こう叫ぶほどの嬉しさとか感じるものだと思っていたんだが」


 終わってしまったという寂しさのような物を感じている。
 ミルティアは頬をかき、言いにくそうに、


「願いは、言わないの?」
「……迷ってるんだ。帰るのが正解なのか、帰らないのが正解なのか……どっちが俺の本心なのか、分からないんだ」


 智也は少しでも考えをまとめるために、自分の中にある不安定な言葉を口に出していく。


「もしも、地球に戻ったとして、またこっちに戻ってこれるのなら迷いはないんだけどな。俺の世界に異世界に行けるような塔はないんだ。俺が何でこの世界に来たのか……それが分からない限り、二度と戻れない」


 智也は首を振り、忘れるように頷く。分からないことが降り積もっていき、悩みに時間を取られていては駄目だ。
 考えを切り替え、それからミルティアのほうを向く。


「俺は、今はいいや」
「そっか、それじゃあ……今日は戻ろうか?」
「ミルティアは、さっきの願いは?」


 だが、ミルティアは頬を掻いて言いづらそうにしている。


「ボクも願いたいんだけど……もしも一個しかお願いできなかったら、トモヤくんが帰れなくなっちゃうからやめておくよ」
「でも、言い伝えが残ってるから大丈夫じゃないか?」
「もしもの可能性もあるからね。トモヤくんがお願いしたあとにするよ」


 智也とミルティアはお互いに笑みを浮かべて、それから魔石に背を向ける。


「……復……活」


 不意に魔石からそんな声が聞こえた。向けた背中を戻した智也と、一つ遅れてミルティアが振り向いた。


「どうしたのトモヤくん?」
「いや、今、何か声が聞こえたような気がしてさ」
「え、何もいないよ? お化けとか?」


 どうやらミルティアには、声が聞こえていないようだ。
 ミルティアが周囲を見回すが、智也は魔石を注視する。何か、異常な力を感じる。智也はじりじりと後退し――その瞬間、一際大きな魔力を感じた。


「ふはははっ! ご苦労、我が迷宮を攻略した勇者よ! その力のすべてを我が糧としよう! 闇よ! すべての力を飲み込め!」


 智也はぞわりと気が狂いそうな悪意を感じ、瞬時に身を引く。目の前に闇が通ったが、それを紙一重でかわす。危なかったと冷や汗を拭うが――。


「ぐっ!?」


 ミルティアは一歩遅れたようで、闇に片腕をつかまれ魔石のほうへと引きずられている。
 腕から、足へと闇は広がり、このままではまずいと智也はミルティアに駆け出す。


「早く!」


 黒の渦がミルティアを飲み込んでいく。手を掴んで引きずり出そうとするが、闇の力は強く智也ごと引きずり込もうとする。
 あの闇は危険だ。本能が告げ、智也は覚醒強化も混ぜた力を発動するが、引っ張り出すことが出来ない。


「くそっ! ミルティア、大丈夫か!?」
「あはは、駄目みたい。全然力入らないや」


 ミルティアは目を開けているのも苦しそうなほどに力がない。智也が無理やり腕を掴んでいるが、彼女から握り返されていないのがそれを証明している。


「トモヤくんッ! ボク、ね。ボク……」
「黙ってろ! 変なこと言うんじゃないぞ!」


 情けない言葉なんて聞きたくない。
 智也は声に力を入れて叫んだ。ここでミルティアとお別れのような感じがしてしまった。


「……大好きだったよ。だから、絶対に生き延びてね」


 そういうと、ミルティアの体が光、スキルが発動する。ジャンプだ。
 智也は不意打ち気味の浮遊感に僅かな酔いを感じながらも、両足で見慣れた場所に立っていた。
 近くに門があることから、ここが一階層であることはすぐに分かり、ミルティアの姿を探す。
 右、左、あり得ないが上下まで首を回すが、彼女の無邪気な笑みはどこにもない。


(大好き、生き延びて? なんだよ、それ。なんだよそれ!)


 最後に聞いたその言葉はそれで終わりだ――なんで、そんな言葉を今!
 悔しさで伸ばした手で握りこぶしを作り、見慣れた、一階層の床へとたたきつける。周囲を見回せば、鎧に身を包んだ冒険者を見かける。


 すべて、いつも通りだ。それなのに、ミルティアの姿はどこにもない。
 ぞっと、体に恐怖が駆け抜ける。智也は、すぐにミルティアの家へと駆け出した。
 誰か、この異常な事態を共有できる人間がほしかった。
 不安定な状態で走ったからか、息が切れるのが早い。途中何度も人にぶつかり、ふらつきながらも、何とかミルティアの家に駆け込み、数回ノックをした後、崩れるように中に入り込む。


「ト、トモヤさんどうしたんですか?」
「ミルティアが、ミルティアが……」
「姉さん?」


 そこまで、言って智也はむせる。
 思い出したくない、身近な人の死。
 ライルは、むせている智也から玄関へと視線を移動する。


「トモヤさん……姉さんは?」
「ミルティアは……」


 死んだ、とその三文字を口にするがつらかった。口にしてしまえば、それが事実となり、智也の体を毒のように蝕みそうで。
 口にしなければと思えば思うほど、弱い心がそれをとめてくる。
 ライルは、智也の表情から姉がどうなったのかを理解するように、声に出した。


「……そう、ですか。冒険者、ですからね。いつ死んでもおかしくないです、よね」


 ライルは弱々しく微笑み、近くにある椅子へと腰掛けた。


「ライル」
「冒険者だから、覚悟はしていました……けど」


 ライルは瞳に涙を浮かべながら、それでも言葉を紡いでいく。


「姉さんの気持ちも、分かるんだ。好きな人と一緒にいたい気持ちとか、冒険者として高みを目指したい気持ち。だから、だから……!」


 ライルに謝らなければいけない。守ってくれと頼まれておいて、この体たらく。
 だが、その言葉を口にしようとしたところでライルの言葉が遠のく。ふらふらと、智也はよろめき、そのまま崩れる。


「トモヤさん!? 大丈夫ですか!」


 ライルが近づいてくるが、頭痛は酷くなるばかりだ。
 大丈夫だとライルに片手を向けるが、智也はもう限界に近かった。


 こんな、こんな最悪なタイミングで――。
 訪れた、頭痛はなぜか自分を現実に戻すサイレンのように感じた。
 智也は膝を折ってしまった体で、抗うように立ち上がるが。
 体は逆らうことが出来ず、不安定になりそのまま倒れてしまった。

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