黒鎧の救世主

木嶋隆太

第七十二話 地球のこと



 次の日の朝に起きれば、すでにミルティアしかいなかった。
 そのミルティアもいつもと格好が違っている。その背中には大きめの鞄がかけられている。
 智也は久しぶりに寝坊したなと反省するように頭をかいた。


「悪い、待たせたか?」
「大丈夫だよ。ちょうど準備が終わったところ」


 嘘の可能性もあるが、ミルティアの優しさに甘えようと思う。一つのミスはどうにでもカバーできると智也は手を伸ばす。


「鞄もとうか?」
「大丈夫だよ」


 行き場を失った右手で頬をかいて、それから腰に手をあてる。


「トモヤくん、もういける?」
「特に、用意するものはないかな」


 服を着替えるといっても、未来にほとんどを残してしまっている。今日は適当に買ってきてもらったものを着ているだけだ。
 ミルティアは珍しく手袋をつけていない。廃人族の証明である魔石が、主張するように輝いている。


「手の石は隠さなくていいのか?」
「隠したほうほうがいいかな?」
「俺は別に構わないけど、ミルティアは大丈夫なのか?」


 以前、廃人族というだけで強く文句を言われたことがあった。


「ボクは、もう大丈夫。ていうか、隠してもこの街のほとんどの人が知ってるからね。無駄に驚かせないようにしてたんだけど、今日は周りなんか気にしてられないからね。ボクはボクが大事なのですよ」
「……そうなんだ」


 本当に気にしていないようだ。


「第一、今日の服に合う手袋なんてなかったからね。どう?」


 ミルティアはスカートの裾を掴むようにして、服を見せ付けてきた。
 ミルティアの衣装は迷宮に入るような、防具に固めたものではない。ミルティアの性格を表したような明るめの服を着込んでいるミルティア。
 普段と違う姿に智也は感嘆の息を漏らす。


「なんていうか、女っぽい」
「ボクをどんな目で見ていたのかな?」


 ミルティアがにこりとしながらも、頬の辺りは引きつっている。智也は素直な気持ちを言っただけなのにと心の内で肩を落とす。


「……今日はどこに行くんだ?」


 智也は特に予定も考えていない。
 ミルティアのことだから、冒険者街をうろつくのだろうと予想している。
 ミルティアはジトと目を細くして、智也の誤魔化しに対して訴えるが智也は気づいていない振りをする。


「東地区にある遊園地って知ってる?」
「いや、初めて聞くな」
「もしかして、未来にはなくなっちゃってる?」
「いや、俺が知らないだけだ」


 塔迷宮に関係のないことだったので、詳しいことは知らなかった。


「そのぉ、嫌じゃなかったらボクと一緒に行ってほしいんだけどな……」


 指をもじもじと動かすミルティアは小動物を見ているような気分になる。
 智也はにこりと微笑み、それから平然と頷いた。


「今日はミルティアに付き合うから、どこでも大丈夫だ」
「付き合う、かぁ。うんうん! ありがとね! いこっ!」


 電源でも入ったようなテンションのあがり具合に驚きながらもミルティアの背を追い、家の外に出る。


(……ん!? 遊園地って、買い物じゃなかったのか!?)


 返事をしてから、この状況が特別なことに気づいた。
 二人のステータスが高いこともあり、移動にはさして時間はかからない。


「ここは……なんか、カップルが多いな」


 異世界の遊園地はどんなものなのかと予想していたが、どこの世界も似たようなものであった。
 街の東地区。ただの住宅街と思っていたが、男女のペアが多く、いくつかの娯楽施設もあるようだ。


(地球の、遊園地に近いのか?)


 大規模な機械はないが、魔物と触れ合える場所やお化け屋敷のような物など、色々な年齢の人が楽しめるように作られている。魔物といっても凶暴なものはいなく、ペット用の可愛いものだ。
 防具に身を包んでいない普通の人たちを見ていると、異世界に迷いこんだような気分になってきた。


 入り口でミルティアが入場券を購入して、智也に手渡してくる。
 奢ってばかりもらっても悪いが、智也は金を持っていない。


「こんな場所は始めてなんだが、ミルティアはあるのか?」
「ライルと一回だけ来たことあるよ。何か見てみたいものってあるかな?」


 智也たちは案内板の前に立ち止まり、何があるのかを確認している。


「俺は、どれでも面白そうだからいいかな。ミルティアは?」


 ジェットコースターなどあればいいが、


「ボクは……、お化け屋敷と展望台に行ってみたいかな」


 展望台といっても、四階程度の建物だ。魔物に狙われる可能性があるので、それほど高い建物は作れない。


「じゃあ、展望台は最後にして、まずはお化け屋敷でも行ってみるか」


 案内板にも夕方のほうが景色が綺麗と一言書いてある。


「へえ、結構本格的なんだな」


 色々な乗り物がある。
 乗り物――それらの中には竜などもいて、智也は目を丸くする。


「魔物じゃねえか……大丈夫なのか?」
「いや、管理されてる魔物だよ? 召喚のスキルを持った人間が操ってるんだよ」


 ミルティアから詳しい説明を受けて、智也に多少落ち着きが生まれる。


「へぇ、召喚って魔物を召喚するってことでいいんだよな」
「うん。召喚のスキルを持った人間を総称して召喚士って呼ぶんだけど、主な就職先は娯楽施設だね」
「それは……スキルは活かせてるな」


 想像していたものとはだいぶ違う。
 ミルティアがなにやら手をわきわきと動かしている。
 智也は訝しむように目を細めると、ミルティアの両目がぎゅっと閉じられてその手が伸びてくる。


「手、手! 手繋いでもいいかな!?」


 ミルティアが顔を真っ赤に鼻息荒く迫ってきた。智也は反射的にバックステップで距離を取る。


「ど、どうしたんだよ?」
「ほら! 迷子になったら面倒だからね! せっかくお金を払ってるんだから余計なことに時間を割きたくないからさ」
(どうにも、今日はミルティアの様子がおかしいな……)


 そもそも、買い物に付き合うはずだったのにすっかり遊ぶことになっている。
 ――これではまるで……。そこまで考えて智也は首を振る。


(デートとか、意識しだしたらやばいよな。ミルティアにも迷惑をかけるかもしれないし。深呼吸でもしよう)


 間違った方向に向かっている自分を押さえるために、智也は大きく呼吸する。


「分かった、手を繋ごう」
「ボ、ボクと手を繋ぐのってそんなに決断が必要なことなの?」
(こっちだって、意識しないように頑張ってるのに……鈍感な子って怖いな)


 うっかり勘違いしてしまいそうになるのを必死に抑える。
 ミルティアは普通に可愛いので、智也の心も常に危ない状態だ。


 妙にテンションの高いミルティアは手袋をつけていない手で智也の手を掴んでくる。きらりと手の甲にある魔石が、太陽の光を跳ね返す。
 覚悟していたとはいえ、女性の肌に触れるということはどうにもなれない。
 それを証明するように、智也の顔は少し赤くなる。


 二人はお互いに手を繋いだまま立ち止まってしまう。固まってしまった時間を動かしたのは、智也だ。


「とりあえず、歩くか」


 まずはお化け屋敷に行き、ミルティアがそれなりに怖がりであったことを知った。昼は、遊園地の中にある食事を取り、午後は魔物と触れ合ったり、竜に乗って空を飛んだりと楽しんだ。


 そして、夕方。
 景色も最高の状態になり、智也たちは展望台の最上階まで上った。
 案内板に書かれていた通り、その建物から見える景色はとても綺麗で、智也とミルティアは感嘆のため息を吐いた。


「ねえ、トモヤくん」
「なんだ?」
「トモヤくんは、未来の人、なんだよね」
「? そうだけど」


 今さら何を言っているのか。
 だが、智也はそこでミルティアに伝えていなかったことを思い出す。
 ミルティアには色々助けてもらっている。


「ミルティア、少し話したいことがあるんだけどいいか?」
「うん、いいよ」


 ミルティアは明るい笑顔をこちらに向ける。


「俺はさ、未来から来たんだけど……そもそも、この世界の人間じゃないんだ」


 智也は、彼が異世界人であることを、ミルティアに伝えようと思っている。智也にとってミルティアは対等な友達だと思っているので、隠し事をしたくなかった。


「この世界の人間じゃない?」


 ミルティアは景色にも負けない綺麗な両目を何度も瞬かせ、小首をかしげる。
 無理もない。この反応は予想通りだったので、智也は簡単につけたす。


「異世界の、地球って世界から来たんだ。そこでは、魔法も魔物もないんだ」


 ミルティアは悩むようにこめかみをもみながら、


「ええと、未来から来て、おまけに別の世界からってこと?」
「ミルティアから見たら、そういうことだな」


 智也は途端に肩の荷物が下りたように感じる。
 こうなると、ミルティアに聞いてもらいたいのではなく、自分がラクになりたいから言ったみたいで智也の心に黒い感情がうずく。
 ミルティアは、きょとんとしてそれから、突き放すような笑顔に変化する。


「……そう、なんだ。悲しいくらいに遠い人、なんだね」
「別に哀れまなくてもいいよ」


 そういうつもりで言ったわけではない。


「ううん、違うんだ。そういう意味じゃないんだ。今のボクに対しての言葉だから」
「ボクに対して?」


 言葉の意味が分からず智也は口に出す。 


「気にしなくていいよっ、そろそろ……戻ろっか」
「そうだな。早めに戻らないと、ライルたちも心配するかもしれないしね」


 智也は言うタイミングを間違えたか? と額に手を当てたい気分のまま、小さく頷いた。
 綺麗な景色が、自分を責めているように思えて智也は肩を落とすようにいため息を漏らした。

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