黒鎧の救世主

木嶋隆太

第七十一話 ミルティアの始まり



 浮遊感のようなもの。ベッドに横になっているときにそれは起こった。
 何事だ、と目をあけると何もない空き地で目覚めた。ここは、どうやら、ミルティアがいる時代のようだ。
 智也もだいぶ落ち着いた様子で、服についた汚れを叩き落とした。


(きっかけは、何だろう? 昨日は地球の話をしたし、もしかして自分でも気づかないくらい、動揺していたのか?)


 智也の家があった場所は空き地だ。長居をすれば怪しまれるので、敷地から出る。
 それを背後に、智也はミルティアの家へと向かう。この世界での知り合いは、ミルティアだけだ。


(そういえば、リリムさんは……)


 以前に見つけた、リリムさんを、まだ智也は現代のリリムさんに訊ねていない。似ているだけだろうが、不安は残る。
 訊ねるわけにもいかない。もしも、魔王だったら、その場で消されるかもしれない。


 過去の街も現代とはあまり変わらない。大体の区分は同じで、ミルティアの家がどこにあるかは分かっている。
 右に、左に。
 住宅街として発展してきているここは、以前からそれなりに時間が経っているのが窺える。
 智也は一つの家にたどり着き、ノックする。


「あっ、トモヤくん久しぶりっ」


 元気よく出てきたミルティアがびしっと手をあげる。怪我も完全に治ったようで、智也も自然と笑みが生まれる。


「久しぶりだな。最近調子はどうだ?」
「ここ一ヶ月はずっとライルのレベル上げを手伝ってたよ」
「ライルくん? 一緒に潜ってるんだ」


 確かに才能は高い。


「まだまだだけどね。まあ、ようやく戦いの勘も取り戻して、ボクとも一応張り合えるくらいにはなったね」


 ミルティアは嬉しそうに頬を染めて、それから指をもじもじと動かす。


「これから夕飯だけど、トモヤくんはどうする?  食べて行く? こっちではお金とかないんだよね?」


 依頼をこなせば、一日の金はすぐに集まる。
 が、智也はミルティアの家にお節介になることにした。


「食べていいのなら、よろしくお願いします」
「うん、いいよいいよ。ボクたちにとっての命の恩人だからね」


 家の中にあげてもらい、それから智也は自分の感情を告白する。


「大げさだ……俺は俺のために助けたようなものだから」


 目の前で誰かに死なれるのがいやだから。ただ、それだけの理由だ。


「そうなんだ? でも、助けてくれたことに変わりはないよね?」


 新しく増えたテーブルとベッドは、それほど大きくない部屋を圧迫している。
 智也は四人用のテーブルの椅子を引く。


「はっきり言うけど、俺は卑怯な人間だ。目の前で誰かに死なれて、それに耐えられないんだ」


 赤の他人ならば、多少の悲しみですむ。
 敵なら、情け容赦なく殺せるようになった智也だが、それでも、まだ身近な人の死に対応できるとは思えない。
 ゆっくりと、心の奥に押し込めていた感情を智也は吐き出しながら椅子に腰掛ける。
 ミルティアは少し悲しそうに目を細め、


「弱いさ……。でも、そんな弱さを見せられるだけマシだよ。ボクは……焦って一回失敗したからね。ううん、一回どころじゃないかな。目立った失敗がそれだけだったってだけで、小さいのはもっとあったんだから」
「それでも、誰かを思ってなんだからいいだろ。俺は、俺のためだけにやってるんだから」
「結果だけ見れば、助かったんだよ。助けてもらったライルと、ライルのことが大好きなマナナも、凄く感謝してるよ」


 「当然、ボクもね」とミルティアさんは頬を僅かに染め、その赤みを消すように頬をかく。


「そうなのかもしれないな」


 智也としては、何とも判然としない結果になった。
 どちらにしろ、深く悩んでもいいことはないので智也は暗い思考をやめる。


「完璧じゃなくてもいいんじゃない? だって、ボクたちは……その助け合えるし、ね」


 ミルティアさんは触ったら火傷しそうなほどに赤くなった顔で、智也へ視線を送る。
 智也は何か話題はなかったかと、リラックスしながら考え、思い浮かんだ言葉を吐き出す。


「そういえば、塔迷宮の攻略はどこまで進んだんだ?」
「あ、え? えっと、四十六階層かな。五十階層にはまだまだかな」
(タイミング的には、五十階層の攻略のために俺は過去に来たって感じだな)


 力の発動条件は全く分からないが、恐らく、ミルティアに関係しているのははっきりしている。


「ねえ、トモヤくん」
「なんだ? もしかして、これから塔迷宮か?」


 用意は出来ている。回復丸の入った袋も腰に巻きついている。
 ミルティアは少し怒ったように頬を膨らます。


「ボクって、そんなに戦いが好きそうに見える?」
「いや、好きでしょ?」
「好きだけど、今回は違うよ」
「なら、なんなんだ?」
「ええと、ね……その……」


 ミルティアは後半ぼそぼそと口を動かし、窓の外へと視線を向ける。


「未来に行くまで、まだ、時間ってあるかな? あるなら、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」


 力の発動条件ははっきりとは分からないので、あるかどうかは分からない。
 だが、智也はこくりと首を動かす。


「たぶん、大丈夫だな。頼みってなんなんだ?」


 ミルティアさんは、ううと喉を鳴らすように悲鳴をあげ、手を慌しく動かし始める。


「そ、そのね。先に行っておくけど、嫌だったらいいからね」
「分かった、分かった。内容は?」


 ミルティアさんは上半身を後ろにそらすようにして、またもや悲鳴をあげる。
 本当になんなんだ? 智也の目が訝しげに細められる。


「ボ、ボク、ね。ボ、ボボボクと一緒に街を見て回らない!?」


 どうやら、荷物持ちとして借り出されるようだ。色々と迷惑をかけているので、そのくらいはお安い御用だと智也は笑顔を浮かべる。
 智也はミルティアの頬の赤みを深くは考えていない。


「別にいいけど、何買うんだ?」
「別に、これといって買うものはないんだよ。その、一緒に見て回れたら……って、いやいや、なんでもないから!」


 ミルティアは顔を真っ赤にしてあわあわ両手を否定するように振る。


(一緒に見て回れたらって、女の子って一人で街を見るのは恥ずかしいものなのか?)


 女性と出かけたことなんて数える程度しかない智也からすれば、いまいち事情は分からない。
 身近なクリュ、アリスで予想してみるが、そういえば二人は一緒に行動していることが多いのでそういうものなのかもしれないと答えにたどり着く。
 智也が思考を終えたところで、家の鍵が開けられる。


「ただいまー、マナナも夕飯一緒にいい? って、トモヤさん! 久しぶりですねっ」
「ああ、ライル、久しぶり。元気そうでよかったよ」
「はい、ライルくんを助けてくれ、本当にありがとうございます」


 マナナさんがペコリと頭を下げる。智也はいやいやと困ったように手を振っていると、ライルは武器である剣を腰から外す。


「僕も心配していましたよ。トモヤさん最近街で全然見かけなかったので」
「いや、拠点はここだけじゃないからね」


 智也はライルとマナナさんに未来から来ていることを伏せている。伏せる必要もないが、話す必要もない。不便なこともないので、そのままにしているだけだ。
 ライルは剣を壁に立てかけ、「ああ」と声をあげる。


「だから、姉さんはいつも悲しそうにしていたんだね」
「わっ、バカ! ライル余計なこと言わないでよ!」


 ミルティアが一気に顔を赤くして、椅子を倒しながら立ち上がる。すぐにライルに飛びかかるがレベルがあがったこともあり、さっと回避している。
 智也は事情がよく分からかったので、


「悲しそう?」


 ライルの目がにんまりと曲げられる。


「そうですよ。姉さん、トモヤさんに会いたがっていたんですよ」
「え、なんで?」
(何か悪いことしたっけか?)


 恨みを与えた記憶がないが、無意識のうちに何かしてしまったかもと智也は焦る。
 ライルが困ったように苦笑して腰に手をあてながら、顔をミルティアに向ける。


「なんでって……ってねえ? 姉さん」


 話をふられたミルティアは、両手をぷるぷると震わせてライルを力強く睨む。
 ライルはふふんと余裕そうに、目を瞑っている。
 二人が何をしたいのか分からない。智也はマナナに顔を向けるが、なぜか優しく微笑まれた。
 ミルティアは前髪の先を弄り顔をそっぽに向ける。


「あ、会いたがってまではいないよ。最近会ってなかったなぁ、と思ってただけで、それ以上何か深い考えがあったわけじゃないから」


 智也はどうにも真意を隠しているような気がした。


「……トモヤさん分かりました?」
「いや、なにがだ」


 他に何か考えられることがあるのだろうか。
 智也はミルティアの言葉を思い出してみたが、何も思いつかない。
 隠している、真意。それが何かを考えていったが、ミルティアが何を隠しているのかは分からなかった。
 ライルとマナナさんが、部屋の隅で二人きりになり、ちらちらミルティアに視線を送る。


「ねえ、ミルティアさんはもう少しはっきり言葉に出したほうがいいと思います」
「ほんとだよね。姉さん、あんまりこういうのは駄目みたいだし、トモヤさんも結構アレみたいだしね」
(なんで俺が出て来るんだよ。つーか、アレってなんだよ)


 ミルティアの話をしていたはずなのに、知らぬうちに巻き込まれてしまっている。智也はさっぱり状況についていけず、ミルティアさんに顔を向けてげっと口の中でうめき声をあげる。
 マナナさんとライルに言われ、ミルティアは顔を赤くしながらどんどん頬を膨らましていく。そろそろ爆発しそうだ。


「もう、姉さんは意気地なしだなぁ」


 ライルの言葉にミルティアが溜め込んでいた怒りを爆発させるように吠えた。


「食事しよう! もう、この話はやめようっ!」


 ミルティアが大きく声を張り上げる。部屋が振動しそうなほどの声に二人はようやく会話をやめた。
 智也はいまいち話についていけなかったが、これが三人の空気なのだろうと下手に突っ込んで壊すのはやめようと考えた。





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