黒鎧の救世主

木嶋隆太

第六十九話 そして元へ



 家に戻った智也は、決心が鈍らないうちにクリュの部屋をノックする。
 反応がないので、扉を開ける。


「なに?」


 ベッドに入っているクリュが、赤い目をこちらに向ける。


「泣いてたのか?」
「夕陽が染みるのよ」
「何のためのカーテンだよ」


 クリュの部屋のカーテンはしまっているので、分かり安すぎる嘘だ。
 クリュの布団をはいで、クリュの体を起こす。顔を見られたくないのか、クリュは頬を膨らましたままそっぽを向く。寝癖が酷いが、そこは気にしていないようだ。
 智也はぐぐぐと顔を無理やり、自分の方へ向けた。


「クリュ、明日へレンが会いに来るぞ?」
「……はぁ? 誰よ」
「お前の妹だろ。うちに来たがってた」
「ふざけるな」


 クリュは顔を伏せてしまったが、智也はそれでも引かない。


「ヘレンは嫌ってなんかいなかったぞ」


 クリュは一瞬顔をあげるが、目はすぐに背けられた。


「だからって、どんな顔をすればいいのよ。第一、そんなの嘘っぱちよ」
「嘘っぱち? それは、今のお前の発言だろ? 本当は会いたいのに、嘘ついてるだろ」


 クリュはびくりと体を震わせたが、顔をさげたままだ。
 やはり、クリュは嘘つきだと今の行動で証明された。


「嫌だ、絶対に会わない」


 頑固だ。だから、智也もクリュの真似をする。


「いつも、俺が止めてもわがままばっかり。武器を使えって言っても無視して戦ったり、愛想よくしろっつってもムスっとして。だから、今度は俺の番だ。俺のわがままに付き合え」
「いやよ」


 頑なな態度に――駄目だ。説得出来るような話術を持たない智也は首を振る。
 やはり、考えていた最後の作戦しかないようだ。出来れば使いたくはなかった。


「クリュ、戦ってやるよ」
「戦い……?」
「ああ、ずっと戦いたがっていただろ」


 智也はクリュを力で従わせる。強引な手だったので封印しておきたかったが、時間をかけてもクリュの態度は崩せないだろう。
 クリュも理解したようで、勝気に目を細めた。気分は下がっていても、戦いは別らしい。


「……なるほどね。分かったわよ、ちょうどいいストレス発散になりそうね」


 クリュは、表情を明るくして智也はクリュと共に外へ向かう。


「クリュさん、やっと外に出たんですか?」
「引きこもりみたいに言うんじゃないわよ」
「実際そんなものだったじゃないですか」
「……」


 クリュは舌打ちとともに、唇を歪めた。


「アリスは……」
「私は審判でもしていますね」
「ああ、ありがと」


 靴を履き、外に出る。家の外にはそれほど大きくはない庭がある。喧嘩をするくらいならば十分な広さだ。
 智也は武器を持たない。クリュとはスキルも何も使用せずに戦い、倒す。それでも、十分に勝てる自信がある。
 何より、自分の力だけで戦いたかった。
 拳を固め、智也はクリュへ強い視線をぶつける。


「お前に言うこと聞かせるには、力づくしかなかったよな?」


 クリュは前に似たような発言をしていた。


「やっと、戦う気になったのね」


 クリュは部屋にいたときのような弱々しい空気はなくなる。強がりか、本気で戦いを楽しんでいるのか。


「約束は守れよ」
「勝てたらねっ!」


 クリュが地面を蹴ると、草が跳ねる。軌道を見切り、智也は突き出された拳を払い、カウンターに腹へ入れる。
 智也の得意とする戦いは、防御からのカウンター。見事に入ったが、クリュは甘くない。
 クリュは身を僅かに下げ、ダメージを軽減。クリュは地面を蹴り、鞭のように足を振るう。しなやかに、襲い掛かる一撃を智也は左腕で受け、動きの止まった足を掴んで放り投げた。


 追撃に追いかけると、クリュはダメージなど喰らっていなかったように両手で地面を叩く。跳ね上がるようにして、両足が智也の顔面へ襲う。
 何とか片腕を入れて、直撃を避けるが態勢を崩されてしまう。くそっと呟きながら、クリュの攻撃範囲に入った。
 足払いが襲い、智也は倒れる。転がった力に任せ、威力が弱くなったところで片腕をついて体を起こす。突進してくるクリュへお返しの蹴りを放つ。


 クリュは、体を僅かに動かし、喰らうダメージクリュが与えるダメージを計算して、突っ込んできた。咄嗟の判断力はさすがだ。
 智也の蹴りがクリュの片腕をかすり、クリュの体重が乗った拳が智也の腹を殴り、弾き飛ばす。
 痛みを和らげるために飛びのきたかったが、片足だけでは上手くいかない。モロに攻撃をもらい、智也は腹を押さえながらも強気な眼差しを向ける。
 クリュはぺろりと指を舐める。


 クリュはこちらの動きを予測して、的確に攻撃してくる。すべてを潰しても、新たな攻撃を生み、襲い掛かる。
 何よりも凄いのは戦闘経験の多さから来る無駄のない動き。その場で、最適の動きを最小限で繰り出す。
 損得――ダメージの計算がすぐに出来る。
 ステータスでは圧倒的に智也が上回っているにもかかわらず、くらいつくどころか互角に渡り合ってくる。


 智也は防御に徹しているが、攻撃に移れば、隙が生まれる。結果的に攻めきれなくなる。
 自分の苦手は分かっている。だから、自分の土俵にクリュを引き込む。


 ――クリュが攻撃が得意なら、俺は防御でそれを破壊する。
 防御に関してならば、智也だって負けはしない。クリュの得意を潰すように、より防御に力を入れる。


 クリュが駆けてくる。自分へ真っ直ぐに。そして、僅かに左に傾く。
 フェイント。直情的な動きばかりをするクリュからは考えらない。
 知能を得たイノシシめと、智也は対応が遅れる。一撃をもらったが、智也はクリュの両肩を掴む。
 打たれ強さだけなら、智也も負けてはいない。


「これでもくらっとけっ! 弱虫!」


 智也は、そこから頭を思い切り引く。右足を前へ踏み出し、勢いよく頭をクリュへとぶつける。
 最後が頭突きなんて情けない。智也は痛む頭を押さえ、地面に大の字で倒れたクリュを見下ろす。
 視界が揺れるが、倒れるほどではない。


「まだ、やるか?」
「あんた、いったいわね。頭突きなんて、バカじゃないの?」


 こちらを睨みながら、額を押さえるクリュは歯ぎしりしている。赤く染まるクリュの額を見て、智也は口元を歪めずにはいられなかった。


「俺の勝ちでいいんだろ?」
「……分かったわよ。あんたが勝ったってことはあたしはあんたの配下ってこと?」
「……いや、そうはならないだろ?」


 命令を聞かせるためなので、あながち間違っていないがそこまで強制することはない。


「ご主人様とか?」
「お前に言われると、ぞくっとするね」
「あら、変態じゃない」
「恐怖だよバカ」


 アリスがケースから回復丸を二錠取り出して、クリュと智也に渡す。
 智也は感謝しながら、クリュはむかっとしながらもそれを口に含んだ。
 がりっと砕く音をあげて、クリュは膝を抱えるようにして座る。


「あたし、迷ってたのよ」
「……珍しいな」
「あたしだって、始めてよ。体を動かしていないと、ううん。体を動かしていても、悩みが頭の中に浮かんで……胸が痛くなってくるのよ」


 クリュは胸の辺りを押さえて、表情を歪める。
 智也は何かを伝えようとするが、それより先にアリスが口を開いた。


「クリュさんの今までがおかしかったんですよ。悩まなさすぎです」
「まるであたしが悩みを持たないバカみたいじゃない」
「バカじゃないですか。もっと頼ってくれてもいいのですよ? 私だってクリュさんには助けてもらったんですから」


 確かにそうだ。クリュは自由奔放に生きていた。
 智也が頷いていると、小石をぶつけられた。


「むかつく」
「そうかよ。それで、もちろん会うよな?」


 確認するように告げると、クリュはまだ表情は暗かった。


「あたしは……会う。けど――」


 クリュはそこで声の調子を抑え、


「あんたも一緒よ。分かってるわね?」
「一人はまだ無理か?」


 バカにするつもりはない。少し気になっただけだ。
 クリュは、ははっと消え入りそうな笑みを浮かべ、それから視線を下げた。 


「そうね。だから、一緒に来なさいよ……ううん、違うわね。一緒に来て。まだ、一人だと怖いのよ」


 そういったクリュの手は震えている。
 智也はがしっとクリュの手を握り、言い切った。


「それじゃあ、明日な」
「……うん」


 クリュが頬を赤らめながら、従順に頷いた。
 続けてぽつりと、


「……私も行きますからね」


 アリスが小さく口を開いた。
 存在を忘れかけていた。智也は誤魔化すように頬をかき、むっと頬を膨らましているアリスに悪いと頭を下げた。








 智也はへレンに会うために学園へ向かう。すると、ヘレンだけでなくプラムやオジムーンさんもついてくるそうだ。
 正直、プラムが何を考えているのか分からなかったが、邪魔する気はなさそうだ。


 智也は三人を家にあげる。クリュは玄関には来ず、アリスがぺこりと頭を下げた。
 ヘレンはもう待てなかったようで、すぐさま廊下を駆け出した。智也もすぐ後を追う。


「お姉ちゃん……」


 リビングでヘレンが立ち止まっている。


「……久しぶり」
(これで、誰? とかそんな落ちじゃなくてよかった……)


 などと智也はボケながら、用意していた飲み物を取りに行く。
 クリュはバツの悪そうな顔でそっぽを向いている。ヘレンは待ちきれなかったのだろう。今までたまっていた様々な感情をぶつけるようにクリュへ抱きついた。


 すかさずクリュが回避して、ヘレンがソファに頭から突っ込んだ。


「避けないでくださいましー!」
「あんた、汚いわよっ」
「知りませんわよー!」


 ヘレンが顔をぐちゃぐちゃにしながら、クリュを今度は捕まえた。ごしごしと服へと顔を押し付け、クリュは一生懸命突き放そうとしている。


「お姉ちゃん! バカ、私は嫌ってなんかいませんわよ、うわーん!」
「ちょ、ちょっと鼻水つけるなっ! 涙も、服がぐちゃぐちゃじゃない!」
「うるさいですわよっ、大好きですわよお姉ちゃん!」
「もう……、あんたはいつまでも泣き虫ね」


 クリュは穏やかな笑みを浮かべて、ヘレンの肩を掴み、頭を撫でている。
 あんな表情が出来るのかと、智也はコップを落としそうになる。


「トモヤさん、よかったですね」
「いや、俺じゃなくてクリュだろ」
「凄く嬉しそうですよ」
(……う)


 アリスに指摘される智也の表情は確かに緩んでいる。
 ヘレンとクリュは、それからクリュの部屋に向かった。二人きりで話し合うにはちょうどいいだろう。


「トモヤ、あなたが、決めたことだから」
「分かってる。クリュが悲しむようなことは全部潰してやる」


 同時に智也の脳内に地球の思い出が湧き上がる。
 帰りたい気持ちはまだあるが、それがすべてではない。智也の心は少しずつ、この世界に残ることも考え始めている。
 だからこそ、クリュに深く関わろうと思えたのだ。


 地球に戻ること――今、俺はどっちを優先したいんだ?
 智也は自問自答を繰り返すが、答えは出そうにない。
 クリュたちの笑顔はその答えを出すのに必要になるかもしれない。


「少し、別の部屋で話をしたい」
「昨日、言っていたことか?」
「うん」


 アリスはオジムーンさんから色々と話を聞いているようだ。アリスの様子から、恐らくクロスボウ関連だ。
 智也たちがいなくなっても大丈夫だろう。


 他の部屋といっても智也の部屋くらいしか場所はない。風呂やトイレで話をするわけにもいかない。
 プラムは床に正座して、ぽつりと呟いた。


「……あなたは、少し他と違う。ここからは、全部私の勝手な感想だけど、あなたはみんなに対して何か隠し事をしている、と私は思う」
「そう、だな」


 誤魔化そうとすれば誤魔化せたが、智也はプラムに頷いていた。
 いつか、いつかと先延ばしにしていたが、いつまでもそのままではいられない。


「それは、スキルか何かなのか?」
「スキルではないと思う。ただ、私は昔からそういうのに敏感」


 プラムの家はそういう黒い部分も多そうだ。小さい頃からその近くで生きていたから、そういった目が鍛えられたのかもしれない。
 智也はそう決め付け、口を閉ざした。


「あなたはそれを誰にも話すつもりはないの?」
「話す……。話すけど、まだ決心がついていないんだ」
「そう。きっと、どんなことでも受け入れてくれると思うから、クリュには話してあげて」
「……そうだな。仲間たちに話をしたほうがいいよな」


(最近は……俺は別に帰れなくてもいいんじゃないかって。ここのほうがもしかしたらいい生活を送れるかもしれない)


 安全面では不安は残るが、金銭面では圧倒的にこちらの方が裕福だ。


(だから、今は微妙だな。帰りたいのか、帰りたくないのか。分からない。大切な仲間も出来ちまったし)


 プラムが「話しは終わり」と立ち上がる。
 プラムとともにリビングに向かいながら、


(どっちにしろ。話すだけはしたほうがいいよな)


 地球について、帰る帰らないを抜きにして話をしてみようと思った。





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