黒鎧の救世主

木嶋隆太

第六十六話 重なる運命





 学校へ行く必要がなくなった智也は、ここ数日は塔迷宮をゆっくりと登っていった。
 現在攻略を進めているのは四十二階層。中々敵も手ごわいが、魔法を駆使していけばそこそこ戦える。
 魔石への書き込みも、中級程度の魔法までは出来るようになってきたが、実戦ではあまり使用する機会がなかった。
 そして、ヘレンさんとの約束の日になった。


「今日はトモヤさんはお出かけですよね?」


 予めアリスとクリュには話しておいた。


「そうだが、クリュとアリスは今日何をするんだ?」
「私は……ギルドでナナフィさんに会ってこようと思います。最近私はしっかり働けてますよって」
「クリュは?」
「あたしは適当にぶらつくわ」


 街で鉢合わせしないように気をつけよう。朝食を終えて、席を離れる。家のことはアリスに任せっぱなしだが、アリスは喜んで家事をしてくれている。
 負担にならないように、どこかで手伝いをしたいところだ。


 智也は一応財布を持ってから、家を出た。
 待ち合わせ場所は学園の入り口。久しぶりの道を歩く。
 学園……休みの日でも生徒はちらほらといる。見つからないように、騎士の近くに立って待つ。


 しばらくすると、ヘレンさんがやってきた。普段とは違う服装ではあるが、よく似合っている。戦いにはあまり向いていなそうだが、別に塔迷宮に行くわけでもないだろうし、大丈夫だろう。
 腰に装備されている剣も念のため、なのだろうし。


(……?)


 一つだけ気になったものがある。ヘレンさんの首につけられたネックレス。どこか年季が入っているのを訴えるような色合いをしていて、それはクリュが持っているものに似ている。
 クリュと同じ金髪であるヘレンさんがつけていると、クリュにかなり似ている。
 というか、髪型を似たようなものにすれば、クリュそっくりかもしれない。多少、目つきのきつさではクリュが勝っている。


「ヘレンさん久しぶりです」
「トモヤさんも久しぶりですわ。もう、教師の立場じゃないのだから、そんなに丁寧に話さなくてもいいですわ」
「……いや、一応」
「わたくし、いつもそんな口調の人ばかりを相手にしているので疲れていますわ。わたくしを助けると思ってやめてくれません?」


 ……どうしようか。彼女がここまで言うのだから、無理に使うのは悪い。


「わかった。それで、ヘレンさんどこに行くんだ?」
「さんもいらないですわよ。とりあえず、街の」
「その格好で、フィールドに行くのか?」
「大丈夫ですわ。近くに出る魔物は大して強くありませんもの」


 ヘレンは肩にかけた鞄を持ち直して、智也の手をつかんで歩き出す。温かく、柔らかい女性の手だ。


「ヘレン、手を離してくれないか?」


 これだと、恋人同士だと思われてもおかしくない。そう提案したのはいいが、ヘレンは嫌そうに頬をむくれる。


「なんでですの?」
「守りにくくなるだろ?」


 一応護衛でもあるのだ。


「頑張ってくださいまし」
(……泣いていいですか)


 ヘレンの横に並び、街を歩く。騎士のいでたちの者が、こちらに気づくと慌てるように礼をした。ヘレンの家が有名なのを証明するようだ。
 そうなると、自然と智也にも視線が集まり、さっさと人気のない場所に行きたくなった。
 やがて北門に到着して、フィールドに出る。門を守る騎士がぴくりと眉をあげていたが、引き止められることもなくてよかった。
 ヘレンは羽でも生えたかのように元気になって駆け出した。


「目的の場所までサクッと行きますわよー!」


 走るたびに鞄が揺れて、動きにくそうではあるが、ヘレンさんは軽快に足をあげる。小さな森に入ると、きのこを大きくして目をつけた魔物に襲われるが、すれ違いざまに剣を振った智也がなんなく倒す。


「さすがの腕前ですわね!」
「敵が弱いだけだ」


 ヘレンさんからのキラキラした眼差しを受けるようなほどではない。
 森の中、しばらく歩くと、こけだらけの石を見つける。 
 かなりもろく、触れれば壊れてしまいそうなそれには――、


「魔王を倒した勇者の墓ですわ」


 確かにそう書かれている。
 やはり、勇者は実在して魔王も存在する。それも、近いうちに復活する可能性すらもある。
 冷や汗をぬぐっていると、ヘレンさんの様子がおかしかった。


「はい、掘って掘って掘りまくりますわよ!」


 鞄から片手で扱えるスコップを二つ取り出して、智也に渡す――これから何をするんだ?
 ヘレンの行動に首をかしげていると、彼女はいきなり石碑を掘り返した。なんて罰当たりなと智也は呆れる。


「ここに何かがあるのか?」
「そうですのよ。わたくし、この前あまりにも暇だったので、手で掘ってみたらここに古代語で書かれた石がありましたの」
(どんな状況だ)
「まあ、誰かに持っていかれるのも嫌でしたので、すぐに埋めなおしましたわ」
「ええと、ヘレン?」
「なんですの?」


 人の墓を掘り起こすなよと注意したかったが、やめた。
 ヘレンさんはにっこりと悪びれた様子はない。注意しても無駄だろう。彼女はそういう人間だ。


 渡されたスコップを手に、智也もざくざくと土を掘り返していく。駄目だと思うが、智也も好奇心を抑えきれなかった。
 中々土は堅く、結構な深さまで掘ってようやく濃いねずみ色の石版二枚を見つけた。


「これ、ですわ!」


 二枚の石版はずっと土の中にあったにもかかわらず、全くぼろくはなっていない。特殊な魔法でもかかっているのかもしれない。
 渡されたそれら二つには、削るように文字が書かれていたので智也は目を通す。


(魔王復活に備え、世界にステータスを浸透させる。一定以上の戦士がこれで量産できるだろう。人々が過ごしやすくなるように、塔迷宮を作る。オレが持つ勇者としての能力をステータスに書き出した場合、スキル名は、武具精製、スピード、習得。これらのステータスを持つ人間は、すぐに保護するんだ)


 ……俺の、スキルか。智也は自分に合致する情報に歯噛みしたくなる。
 ヘレンも一緒に覗き込んで来て、頬と頬がぶつかっているが、智也は押し返しながら読み続ける。


(時間を操るオレの能力がスピードと表記されるあたり、ステータスはまだまだ微妙なようだ。習得、これもスピードに関わる能力だ。他人の過去を覗き、他人が経験したものを自分も経験することにより、達人のような剣捌きすら一瞬で可能にする)


 能力については以上のようだ。習得の利用の仕方は、うっすらと分かっていたが、あまりにも脅威的な内容に改めて驚かされる。


(魔王は、永遠の命を持つ。一応は北西の大陸に強力な結界を利用して封印はしたが、何百年もすれば壊れてしまうだろう。倒すことはほぼ不可能。巫女の体に封印して、その巫女を殺すことで、魔王を断片的に消滅することが可能だ。巫女が使う封印魔法も同じく、ステータスとして書き出した場合――)


 智也はその後の単語を見つけて息を呑んだ。


(――ソウルバインド)


 クリュ、プラム、ヘレンが持つスキル。このスキルを持つものは、つまり巫女、なのだろう。
 だが、クリュについてが気にかかった。嫌な予想が合わさってほしくないのに、繋がっていく。


(一応書いておいたが、これを読む人間はいるのだろうか? ていうか、人の墓に埋めるなよ……)


 そう締めくくられて、この石版に書かれた内容は終わっていた。
 内容すべてに驚いていたが、その中でも極めて大きな驚きは、


(クリュたちのソウルバインド、魔王に寿命がないこと。――永遠の命……まさか、リリムさん?)


 過去の世界にもいたリリムさんなら――。


「もうっ、トモヤさん焦らすのはやめてほしいですわっ! さあ! 早く教えて、わたくしの退屈しのぎをしてくださいましーっ!」


 ああ、そうだった。隣に、ヘレンがいるのを忘れて熟考してしまった。智也は慌てて愛想笑いを浮かべ、


「これには、魔王と勇者の能力について書かれている」


 もしも、本当に魔王が復活するのなら。
 これは自分だけの問題ではなくなる。書いている内容、自分の能力に関わらない部分だけをヘレンに伝えると、ずいっと顔が寄せられる。
 地球に戻る前にこの世界がなくなるのだけはやめてほしい。この世界にも愛着があるので、消えて欲しくはなかった。


「そう、なんですの!」


 泥がついた顔を近づけないでくれと智也はのけぞる。書いている内容を一通り説明すると、ヘレンはくぅぅと拳を固めて、吠える。


「壮大になってきましたの! 面白くなってきましたわー!」
「そうかもしれないけど、危なくなってきただろ?」
「とりあえず、この石版は持ち帰りますわ。オジムーンに見せて、それからまた別の場所に行って……むふふぅ」
「お前、巫女だろ? もしも魔王が復活したら、内容の通りなら死ぬことになるんだぞ」


 どうして、平然と謎の解明に乗り出せるのか智也には不思議でならなかった。ヘレンは途端に真面目な表情になり、ニコリ。


「わたくしにとって、巫女のつながりは大事なものなんですの。今あるのは、巫女とネックレスしかありませんの」
「どういう意味だ?」


 いまいち本質が掴めずに訊ねると、ヘレンは顎に手を当て悩む仕草を見せる。


「少し、おかしな話になるかもしれませんけど聞きます?」
「……まあ、簡単になら」


 智也は迷ったが、結局聞くことにした。智也が気になったのもあるが、何よりもヘレンが話したそうな表情をしていたからだ。


「わたくしとプラムは実の姉妹ではありませんの。わたくしの両親は本家でしたが、すでに死んでいますの。代わりに、プラムの両親――今のわたくしの両親でもある人たちが巫女の家をついで、わたくしもそこで育てられていますの」
「そうなのか」


 結構複雑な状態になっているようだ。名のある家ではそういった問題も多く起こるのかもしれない。


「両親はいないけど、わたくしには、双子の姉がいましたの。その姉に会いたいのです。でも、可能性はネックレスと巫女であることぐらいしかありませんの。どちらの可能性もほとんどないに等しいのですけど」
(ネックレス……いや、まさか)


 クリュの持つネックレスとヘレンの持つそれは、似たような色、大きさをしている。
 あり得ない。聞きたくないという思いもあったが、


「その姉の、名前は……分かるか?」


 気づけば口は動いていた。ヘレンが視線を悩むように揺らし、


「名前は――クリュ、だったはずですわ」


 小さい頃の曖昧な記憶のはずだったが、彼女は正確に聞き覚えのある名前を告げた。鼓動が早鐘を打ち、プラムの言葉を思い出す。
 二人を合わせてはいきえない、クリュを学園に連れてくるなと言ったのだ。


(プラムはすべて、知っていたのか?)


 北の国でクリュと一緒にいたのも、すべて計画していたのか? 智也は思考にふける。


「ああ、トモヤさん。もう話はやめますわよ。なんだかちょっぴり悲しくなってきましたわ」


 笑顔を浮かべているが、それが無理やりなのは分かった。


「ああっと、すまん。無理に話をさせたな」
「わたくしが話したかったのもありますから、いいですわよ。それより、戻りましょう。そろそろいい時間になってきましたわ」


 森を抜けて、門に戻る。
 少し歩くと、オジムーンさんが迎えにやってきた。


「ヘレン様、お怪我は?」
「特には。それより、服が汚れましたの。家に戻ったらすぐに風呂に入りますわ」
「じいが洗っても?」
「短い人生をここで終わらせてあげましょうか?」
「それでは、仕方ありませんね。ここで死にましょう」
「風呂までついてくるんじゃないですわよっ!」


 普段、クリュやアリスにツッコミを入れることが多い智也としては、二人の会話に割り込むことはしない。こういうときくらい休みたい。
 道を曲がったところで、智也は人にぶつかった。少し気を抜きすぎていたようだ。智也は片手をあげて謝罪の言葉を口にして、


「すみません……ってえ?」
「あ、トモヤさん」


 アリスがいた。反射的にその後ろに立っているクリュへと視線が映る。クリュの顔は驚きに染まり、智也の後ろにいる、ヘレンを見つめていた。


「ク、リュ……?」


 まずい。智也の中で、焦りが加速し、何から手をつけていいのかわからない。


「……!」


 隣にいるアリスはきょとんとしたままで、状況の判断に遅れている。時間があれば説明してやりたかったが、クリュはどんどん離れていく。


『絶対にクリュとヘレンを会わせないで』


 プラムの言葉が、最悪のタイミングで脳内に反響する。


「ヘレン、悪いっ、用事が出来た!」


 呆けていたヘレンを、オジムーンさんに任せて、智也はクリュを追いかけた。
 走る背中になかなか追いつけない。クリュは闇雲のわりに全力疾走をしている。
 ――仕方ない。智也は覚醒強化を発動して、一気に迫り肩を押さえつける。


「クリュッ! 止まれよっ」
「……あんた。何よ?」


 振り返ったクリュに智也は少なからず驚いた。いつも、強気な表情を忘れないクリュだが、今は潰れてしまいそうな弱々しいものだった。


「逃げる必要は……ないだろ」
「別に、逃げてなんかいないわよ」


 発せられた声は小さく、耳に意識を集中しなければ聞こえないほどだった。なんて声をかけるのが正しいのだろうか。


「どうしたんだよ。クリュらしくないぞ」


 伝える言葉が思い浮かばず、智也はわざとらしく言った。


「分からない……分からないのよっ。どんな顔でどんな言葉を伝えればいいのか」


 クリュの心が今の状況についていけていない。めまぐるしく表情を変化させる。強気に笑おうとして、すぐに弱気な表情が顔に表れる。


(ヘレンと会って、クリュにはいいことがあるのか?)


 二人を引き裂いた過去の事件を思い出すだけだろう。
 それが一体どんな内容なのかは知らないが、クリュが北の国で生きなければならないほどのものだった。


 だったら、クリュは無理をしてまで会う必要はないのかもしれない。


「クリュ……。お前が嫌なら、今日のことはもう話題に出すつもりはない。とりあえず、戻ろう」
「……わかったわよ」


 クリュは危ない足取りで、歩きだしたので智也はその手を掴み誘導する。小さい手は――震えている。クリュが何かに怯えたところを初めてみた。


「と、トモヤさんっ」
「アリス、よく来れたな」
「が、頑張ったんですよ……」


 アリスは息を切らしながらも、笑みをこぼす。いつものアリスを見て、多少智也も落ち着けてきた。


「アリス、二人は?」


 出来るだけ声を潜めて、クリュに聞こえないように訊ねる。


「帰りました。金髪の人が凄く、質問してきたんですけど、あまり話さないほうがいいかなと思って逃げてきちゃいました」
「いつもいつも迷惑かけるな、ありがとなアリス」
「もう、私はトモヤさんを補佐したいと思ってやってるだけですよ」


 あははと少し頬を赤らめてそう言ってくれる。
 駆け抜けた問題の数々に頭を悩ましながらも、智也たちは家に帰った。

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