黒鎧の救世主
第六十二話 薬配達
次の日の朝。各パーティーのリーダーが長老の家に集まり、テーブルについていた。智也は、確認するように声を出した。
「先にエアストに戻っていいんですか?」
「うん、昨日の戦いでだいぶ敵も減ったからね」
帰っていいのなら、これ以上面倒事に巻き込まれるのも嫌なので、素直に帰らせてもらう。智也は椅子を後ろに下げ、立ち上がる。
「分かりました。それでは、仲間に話してきます」
「ワープを使える二人も国に戻るから準備が出来たらまたここに来てね」
智也はこくりと頷いて長老の家を出てクリュたちの元に戻る。話し合いであったことを簡単に告げると、
「よ、よかったです。また昨日みたいな戦いに巻き込まれたらと私は不安で夜も眠れなかったです」
「がぁがぁ寝てたけどな」
「気のせいですよ」
アリスは安堵したように胸を上下させて、クリュは不満そうに腰に手を当てるが何も言わない。ただただ、つまらなそうな表情から、昨日暴れたりなかったのだと思う。
後で塔迷宮に連れて行ってやろう。
二人を連れてから、長老の家に戻ると学園の生徒たちも疲労に染まった表情でたどり着いていた。ぺテルブラさんも結構限界な状態だ。
ムロリエさんが、智也の元へとやってきて、
「これが、精霊樹の露だよ。パラに届けておいてね」
小瓶に満たされた水はどこか神々しい輝きを放っている。瓶を受け取ると、ずしりと手に重みが伝わる。智也は感謝の言葉を伝えてから、ワープスキルを持った二人の騎士の先導のもと、長老の家を出る。
『ちょーっとまった!』
長老の家を出たところで、窓から飛び降りてきたハーモニアさん。精霊を纏いながら、くるくると回って地面に着地する。その服は乱れたパジャマのようなもので、寝癖で長髪が逆立っている。チラと覗く胸の谷間が妙にいやらしかったので、智也は視線を顔に固定する。恐らく、寝坊して慌てて窓から降りてきたのだろう。
ハーモニアさんは何度か深呼吸してから、
『トモヤ、気をつけてね』
「気をつける? どういう意味だ?」
異世界に来てから様々な事件にあってきたので、 今さらな忠告だ。ハーモニアさんは服の乱れを直しながら、思いつめた顔つきで言い放つ。
『昨日の予知で、トモヤの未来を見てあげようと思ったら、何も見えなかった。どんなに繰り返しても、未来は闇しか見えなかったんだっ、あたしびっくりしてぴょんぴょん跳ねてたんだからねっ』
部屋で一人跳ねている姿は簡単に想像できた。
「闇……それは、俺がもうすぐに死ぬってことか?」
『ううん、わからない。けど、死なないと思う。トモヤ強いし』
「アテにならない根拠だ。でも、ありがとう、一応頭の片隅には入れておくよ」
『うん、危なくなったら、呼んでね。ばびゅーんって駆けつけるからっ! それじゃあまたね』
「ああ、じゃあね」
智也は片手をあげて、お別れを告げてから里の入り口で待っているみんなに追いつく。森を抜け、森から離れたところでワープを発動する。
一瞬で、エアストの街に戻ってきて、いつもどおりの賑やかな街中にどこかホッとしているのを自覚する。
「それでは、我々は城に戻ります。トモヤさん、三人の生徒をよろしくお願いしますね」
「わかりました」
騎士の二人と別れてから、智也は三人の生徒に「ちょっと待ってくれ」と一言。クリュとアリスに伝えておかなければならない。
「俺は学園に用事があるから、二人は自由にしていいよ」
「分かりました、クリュさんどうしますか?」
「塔迷宮に行きたいわね」
「それでは、私たちは塔迷宮に行ってきますね」
「ああ、分かった。無理はしないでくれ」
クリュが不完全燃焼なのは分かっているので、塔迷宮への許可はすぐに出した。アリスがいれば、クリュの無茶も止めてくれるだろうという考えもある。
二人と別れてから、ぺテルブラさんが話をする。
「副教師は塔迷宮の何階まで行ったことがあんだよ? オレはちなみに、十五階層が最高だぜ」
自慢するように腰へ手を当てたぺテルブラさんだが、まだ痛みは残っているのかすぐに顔が強張る。
「俺も似たようなものですよ。それより、怪我の状態はまだ悪いんですか?」
「うるせぇ、こんなの寝てれば治るさ」
学園の入り口にはパラさんが相変わらずの白衣姿で立っている。こちらに気づくと、軽く手をあげた。
どうやらすでに連絡がいっていたようだ。
「やぁ、久しぶり。とりあえずは、三人ともご苦労様。職員室で先生が待っているから、三人はすぐに向かうんだよ」
「トモヤくんは時間はあるかい? 実験室に寄ってもらいたいんだけど」
ぺテルブラさんのきつい眼差しが「ふざけるな」といっているが、智也は気にせずに頷き返す。
「大丈夫です」
生徒たちはパラさんに頭を下げてから、職員室のある校舎へと向かう。ぺテルブラさんが何度もこちらを見て、睨んでいるが視界に入れないようにする。
実験室に向かいながら、智也はムロリエさんに渡された小瓶を取り出す。
「これ、頼まれていた精霊樹の露です」
水の入った小瓶を渡すと、
「よかった。これで、サードも治るよ」
パラさんは穏やかな顔のまま、小瓶を抱きしめる。実験室について、部屋の鍵をあける。
「ややっ、トモヤ様お久しぶりです」
サードさんがメイド服のような格好のまま、明るい表情を向ける。だが、パラさんを見て強張っている。
「サードさん、起き上がって大丈夫なんですか?」
「そりゃあ、もちろんですよ。第一、私のために出かけてきてくれたんですから、出迎えくらいしないと……駄目じゃない?」
サードさんはぼそぼそと言い訳がましく言葉を並べる。
「サード、ちゃんと寝てなさい」
パラさんが強い語調で言うと、しゅんとサードさんは体を小さくする。
「……すみません」
サードさんはとぼとぼと実験室奥の小部屋に向かい、布団をごそごそして横になる。パラさんがため息をもらしながら、近くのテーブルに置かれた袋をこちらに渡す。
「頼まれていた薬だよ。何度も言うけど、本当は病院に行ったほうがいいんだ」
「分かっています。その人が行ける状態になったら、ちゃんと医者には行かせます」
ちゃんと入院までしているが、状態は一切よくなっていない。伝えるわけにはいかなかったので、胸の中に押し込んでおく。
「それじゃあ、私は薬を作ろうと思うがキミはこれからどうするんだい?」
「俺も帰りますよ、薬を届けに行きたいですし」
「わかった。とりあえず、明日も学園には来て欲しい。サードが全快になるまではキミに頼みたいんだが、いいかい?」
「大丈夫ですよ」
パラさんはすぐに薬を作りに行ったので、邪魔するわけにはいかないと智也は学園から自宅に戻る。右手の袋に入っている薬を眺めながら、
(早く、届けてあげたいよな。過去に戻る手段……どうすればいいんだろうな)
今までのことから、感情が強く揺れ動くときが、時間の移動に関係しているはずだ。智也は家に戻る道中、過去の世界を強く思う。
異変は、自宅を目撃したところだった。
(……マジかよ)
急に周りの景色が変わったと思ったら、目の前にあったはずの自宅が消えていた。過去に移動したようだ。
(随分と、力をうまく使えるようになったな)
まだ、前回の過去と全く同じものだとは断定できないが、智也は以前の記憶を頼りに、智也はエアストのミルティアさんの家を探す。
迷うこともなく、ミルティアさんが住んでいた家にたどり着き、扉を数回ノックするが、中から返事はなく、物音一つしない。大きな家ではないので、聞こえないことはないので不在なのだろう。
ミルティアさんが家にいないとなると、塔迷宮か病院かギルドの三つくらいしか行き先は思いつかない。
ここで待つのも一つの手かもしれないと、思いながらまずは病院に行ってみようかと歩き出したところで、曲がり角から飛び出してきた人にぶつかる。
大した痛みはなかったが、急な衝撃にしりもちをついてしまった。智也は頭を振るようにして、地面につけた手に力を入れる。
相手の女性は既に立ち上がっており、スカートから覗く太股が美しい。
「あ、あのすいません! 急いでいるんですっ、失礼しますっ!」
「……マナナさん?」
声に聞き覚えがあり、顔をあげると弟、ライルくんの彼女さんだ。冷静さを失っている彼女は、こちらに気づいていなかったようで、目を丸くしている。
「ト、トモヤさん! 大変なんですっ」
立ち上がった智也の肩を掴んできて、揺さぶってくる。智也は引き剥がして、逆に肩を掴んで、睨みつける。
「落ち着いて。何が大変なのか、ゆっくり話してください」
「すぅ、はぁ……。ミ、ミルティアさんがっ、一人で四十階層のボスに挑みに行ったんです!」
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