黒鎧の救世主

木嶋隆太

第六十話 冷静



 智也たちは三人一部屋だ。女と同じ部屋でも智也には緊張はない。そんな中、智也は朝目を覚まして、ゆっくりと体を起こす。隣で腹を出して眠っているクリュへ手を伸ばす。


「なに?」


 案の定体に触れる前に目を開けたので、手を引いた。


「おはよう。そろそろ時間だ、外に行くぞ」
「分かったわ。そこのグローブとって」


 テーブルに置かれているピンクのグローブを、投げ渡す。クリュはすぐにそれをつけて、智也も同様に黒のグローブを装備する。
 自分の能力は見る人が見れば、勇者の力に酷似していることが分かってしまう。天破騎士の人に知れれば、国に目をつけられるかもしれないという以前と同じ理由から、智也は素手で戦うつもりだ。わりと、覚醒強化があるのでどうにかなる。


「トモヤさん?」
「あぁ、アリス。悪い、起こしたか?」
「いえ、昨日言っていた視察ですよね? 頑張ってください」


 アリスは一言告げてから、またベッドにぶっ倒れた。器用なやつだ。
 智也はクリュのあくびを耳にしながら、家を出る。玄関を開けてすぐにムロリエさんが智也に気づき、片手をあげる。


「疲れは取れたかい?」
「言うほど疲れてませんよ」
「それは頼りになるね」


 旅といっても、森を少し歩いた程度だ。塔迷宮の探索のほうが何倍も時間がかかる。ムロリエさんは、まだあがりきっていない太陽へ視線を向ける。


「それじゃあ早く行こう。ここから、例の洞窟までは三十分もかからないはずだ」


 ムロリエさんと里の奥へと向かう。精霊樹が魔物を近づけないので、この里の壁はそれほど強固ではない。ゴブリンの侵入は防げても、オークとなると危険すぎる。
 出来れば大事件に関わる前に、エアストの街に戻りたいと智也は強く思う。


 智也はオークを見たことはないが、何となくでかくて強そうだなと想像している。
 里を守る壁付近には、耳長族が警備に当たっていて、智也たちを見ると頭を下げてくれる。片手をあげて応対してから、森に向かう。


「なるべく早く確認したいから、少し走るけど、大丈夫?」
「あんたには負けないわよ」
(変な対抗心を見せるなよ)


 クリュが腰に片手をあてて、挑発気味に歯を見せる。普段全く喋らないくせに、なぜこんなときに。智也は額を押さえてしまう。
 ムロリエさんは森の中を把握しているのか、比較的歩きやすい場所を選んでくれている。小走りで移動し、時々ムロリエさんは止まりながら、進んでいく。


 森の終わりが見えて、近くの茂みに体を隠し、暗い洞窟を監視する。外から敵の気配は感じられない。


「敵は、いなそうだね」


 ムロリエさんはこちらに顔を向け、智也は顎に手を当てて難しい顔つきになる。


(ハーモニアが、嘘をついた? だが、嘘をつくメリットはない)


 智也は思考しながらも、敵がいないのならそれでいいじゃないかと考えをいいほうへと変える。


「そう、ですね。ハーモニアの話では、あの洞窟には魔法の罠が仕掛けられているそうですけど、いないなら、戻りますか?」
「そうだね。ハーモニアの能力もまだまだ――」


 そこで、言葉を止める。智也も異変を感じ、クリュの表情も険しくなる。木々が揺れる。瞬時に覚醒強化を発動させ、敵の放ってきた銃弾から二人を守るために、前へと出る。
 魔法の銃弾を数発くらい、智也は僅かに唇を歪めるが――痛みは大したことはない。
 弾き返すように、振り向き青服の兵士へ加速する。相手が足場に何かを落とす。丸い石は光を放ち、智也の両目が見えなくなる――閃光手榴弾?


 前に戦った敵が持っていたのを思い出し、モロに喰らってしまった智也は自分を叱責する。
 智也は迂闊に飛び込んだことを後悔して、


「左前に一歩、突っ込みなさい!」


 クリュの声は、すっと体に入ってきて躊躇いなく智也の体は動いた。敵とぶつかる。
 敵の胸倉を掴み、背中に敵を乗せるように投げる。地面に叩きつけた敵の頭へ肘を落として、意識を沈める。ようやく目が回復して、近くに身を潜めていたムロリエさんとクリュの元に移動する。
 まだ、敵は近くにいるがこちらに仕掛けてこない。


「ありがとなクリュ」


 弱点を教える要領で言ってくれたので、信じて全力をぶつけることが出来た。「別に、たまたま口に出ただけよ」とクリュは唇を尖らせて、そっぽを向いてしまう。
 敵はまだいるのか、銃弾が森の木々を破壊していく。この木の中にも、クロスボウの材料となる木があるので、アリスが見ればわめき出しそうだ。


「どうやら、敵に嵌められたようだね……」


 ムロリエさんには似合わない怒りの視線は、里の方角へ向けられている。煙が上がっていた。煙の量から家が燃やされている可能性もある。
 ハーモニアが裏切ったのかと一瞬思ったが、それはないだろうと智也とクリュがいる状況から否定する。


「そういえば、青服兵は、人間だったね。精霊樹が危ないな。一応、襲撃されたときの作戦も話しているがどれだけ、対処してくれているか……」
「……すみません。俺が余計なことを言ったばかりに」


 ムロリエさんに怒られることはいいが、自分のせいでいくつかの命が失われることを考えると、悔しい気持ちが生まれる。智也は唇を噛み、申し訳ない気持ちを一杯にして頭を下げる。


「敵の狙いは、精霊樹の破壊。そして、その後、精霊樹の結界を失った里に魔物が攻撃してくるだろうね。どうするか……。まさか、これほど早く行動するとは思っていなかったな」


 何においてもムロリエさんと里に戻すべきだろう。ムロリエさんがいれば、それだけで士気は向上するはずだ。戦力ならば、クリュも十分だ。
 智也は銃弾の位置からおおよその敵の位置を把握し、覚醒強化の発動可能時間に達したところで切り出す。


「ムロリエさんとクリュはすぐに向かってください。俺がここで隠れている青服兵をひきつけます」
「分かった、クリュさん、行こう」
「ふぅん、あんたちゃんと戻ってきなさいよ。魔物とか現れても強敵は残しておきなさい」
「覚えてたらな」


 ムロリエさんとクリュが身を低くして、里の方角に向かう。狙うように銃弾の雨が降り注ぎ、ムロリエさんがこちらを見ていないのを確認してから、盾を両手に生み出して、駆け出す。
 銃弾を盾で受け、ある程度近づいたところで覚醒強化を発動する。つねに片目は閉じておき、近くにいた青服兵へ、拳を叩きつける。


 隣の茂みから逃げるように後退した青服兵に視線を向けると、魔石が一つ飛んでくる。
 また閃光手榴弾か? 近くまできたところで、それは爆発した――手榴弾か。


 爆風をあげ、周囲をなぎ払った一撃に智也は問答無用に壁へ叩きつけられた。
 腕が痛むが、左手でポケットから回復丸を取り出して治療する。いくつか食べると痛みが引き、覚醒強化がなければやばかったと冷や汗が背中にたれる。


 恐らく、手榴弾のような武器だろう。青服兵は倒したとは思っていないのか、こちらに銃弾を放ってきたので大盾を作り全身を守る。大盾から、拳銃の銃口を作り出し、銃弾の雨をお返しする。
 武器から武器へと変えることが出来るのならば、盾から武器を作ることも出来るのではという考えから使用したが、発動できてよかった。


 敵の攻撃が止んだところで、ワイヤーショットを作り敵の腕に巻きつける。思い切り引っ張ってやると敵が転がってきたので、頭を踏み潰してやった。
 智也は周囲に敵がいないことを確認してから、急いで里に戻るために駆け出し――。
 さらに一人の気配を察知して、武器を作り出す。


『あたし、あたし! トモヤ、助けてよぉっ!』


 ハーモニアさんが森から飛び出してきて、涙と鼻水を出しながら抱きついてきた。服がべちゃべちゃと汚れる嫌な感触が伝わってくる。
 予想外の人物の登場に、智也は目を見開いた。


「どうして、ここにいるんだ? 里は大丈夫なのか?」
『里なのっ、どうしよっ! あたしのせいで、あたしのせいでみんながっ! 違ったのっ、洞窟はここじゃなくて、ここからびゅーんって離れた場所にあったのっ! あたしのせいで、みんなのほほんと暮らしてたところに青服ばーんっ、シュババババってみんなを撃ったのよっ! どうすればいいのよっ、バシューンって急いでトモヤを探しに来たのに、どうすれば、どうすればいいのかなぁっ!?』


 涙で真っ赤にした顔をあげてくる。せっかくの可愛い顔が台無しであったが、彼女が本気で心配しているのは震える小さな肩から嫌というほど伝わってくる。


「落ち着けって。だいじょ――」


 大丈夫だから。そこまで言いかけてそんな無責任な言葉を口にしてはいけないと頭が否定する。自分と彼女では里に対する思い入れが違いすぎる。


(なら、俺が彼女にかける言葉なんてあるのか?)


 人の死は嫌いだ――本当に、嫌いなのか? 智也は自問自答してしまう。
 甘さを捨てきれず、中途半端な力の使い方をしてきた。他人の死は嫌だといいながら、武具精製を使わずに学園の人たちを助けて、結果的に助かった。だが、死が本当に嫌なら、本気を出すはずだ。


(目立つのが嫌だ? 助ければ結果は同じになるんだってどこかで分かっていたはずだ。他人の荷物は背負いたくない、面倒なことは嫌だ)


 震えて涙をぽろぽろと落とし、大地をぬらしている彼女に当たり障りのない言葉をかけるのは簡単だ。


「お前に深く聞かなかった俺のミスでもある」
『トモヤ、悪くないよっ。あたしがもっと、ちゃんとしてればよかったのに。あたし、あたしのせいで、嫌だよぉ。誰も死んでほしくないよ。なんで、なんで、平和って駄目なことなの?』
(俺は――)


 甘さは捨てるんだ。ずっと、このままでは駄目だ。今まで、うまく事件を解決してきていつまでも上手く行く訳がない。
 クリュが時々見せる、悩みを聞くために、今の自分には何もかもが足りていない。仲間を本気で仲間と思うなら――変わらなきゃいけないんだ。


 智也はすっと深呼吸をして、


「俺の手が届く範囲なら、全部守ってやる」
(世界を救うヒーローになるつもりはない。ただ、手が届く場所なら――守りたい)


 甘えた考えは捨てる。捨てた結果がこれなんだ。
 ハーモニアは一瞬表情を輝かせたが、すぐにうつむかせる。


『でも、また違うかもしれないんだよ。怖いんだ、何が本当なのか』
「精霊の力とか関係ないよ。予知を信じるか、信じないかはハーモニアが決めることだ。お前が信じるなら、俺も信じるから」
『……この洞窟を向こうに沿っていけば、あると思う。それがあたしが新しく見た予言』
「分かった、ハーモニアは――」
『あたしも行くから!』


 ハーモニアはぐっと顔を寄せてきた。
 だが、危険がある場所についてきてもらいたくない。


「危険だぞ。死ぬかもしれない」
『あたしの失敗は、少しでも取り戻すの! 里の人たち大好きだからっ! 言葉が分からないあたしとも仲良くしてくれたんだもんっ』


 彼女の意思を無視するつもりはない。智也はため息を押し込み、決意を固める。


「分かった。俺の後ろにいて、援護に専念してくれ。お前には指一本触れさせないから安心してくれ」


 青服の兵士だけなら、まだどうにかなる。後続の部隊を全滅させればそれでいい。


(帰ったら、クリュに怒られそうだな)


 敵はどれだけいるか分からない。前までなら恐怖を感じていたかもしれないが、心は冷静そのものだった。

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