黒鎧の救世主
第五十九話 言葉
家の中に入ったのは各チームのリーダーである四人だ。長老の家はそれなりに大きいが、二十一名も入るとさすがに暑苦しくてなってしまうので、中に入った四人が各班に伝えるのだ。
各チームのリーダーがそれぞれ席につく。智也も気を引き締めて、腰掛ける。
この話の中で智也が発言することはない。騎士たちが細かいことは決めているからだ。
目の前で作戦が発表されていき、智也はそれらを覚えていく。
この森を北に向かうと、山があり、洞窟がある。そこを拠点にゴブリンが集まっている。そこをどう攻めるのかが今回の話で考えられていることだ。
敵も中々に狡猾らしく、無策で突っ込めば痛い目を見る。
「ゴブリンは、拙い連携ではなく、ちゃんと役割を持っていたね。ゴブリンを指揮している、力のあるゴブリン、又はオークなどがいるかもしれないよ」
「数体、オークも見かけたと里のものから報告も受けただの」
「そうなると、オークとゴブリン、最悪オーガなどの存在も考えたほうがいいですね」
ムロリエさんを中心に会議はすすみ――智也たちの役目が決まる。
「トモヤくん、キミの役割はこの里の防衛だ。たぶん、襲われることはほとんどないはずだけどね。耳長族の人たちと上手く連携を組んでほしい。キミの性格なら大丈夫だろう」
「分かりました」
話をあわせるくらいなら出来るが、人に指示を出すのは苦手だ。それでも任された以上精一杯やるつもりだ。死人は見たくない。
どたどたと木の階段を踏みしめる音。席についた全員がそちらに視線を向けると、可愛らしい女性がツインテールをぶんぶん振りまわし、胸を揺らしながら階段を駆け下りてくる。
「ハーモニアちゃん、随分と成長して。胸が大きくなったね……。背が小さいのに胸があるなんて……最高だね。何よりいいのは走るときに見えたスカートから覗く太股だね。健康的な肌がつやつやとして、あの間に顔を埋めたいね」
ムロリエさんが顔を恍惚に染めて、彼女の足を眺めてぼそぼそと呟いていた。隣にいた智也と騎士は揃って、あきれるように顔を見合わせる。
漫画ならムロリエさんは鼻血を噴き出して、宙を舞っていただろうと智也もいい足だなと視線を送る。
女性は階段を駆け下りたところで、手をこちらに向ける。
『ちょ、ちょっと待って! 疲れちゃった!』
(アホか)
「ハーモニア……部屋で静かにして、おもちゃで遊んでいなさいと言っただの」
長老が疲れたような声を吐き出すと、遮るようにハーモニアさんが声を荒げる。
『だから! 洞窟に行くのは危険なのよ! 洞窟に行って、あんたと二人くらいしか生きてないんだから! 攻める場所は違うの! 話聞けアホー!』
(洞窟が、危険?)
敵の根城に向かうのは確かに危険だ。だが、それ以外の……嫌な感じが智也の頭にこびりつく。攻め込むことが、いけないことだと頭の中で囁かれるような気味の悪さ。
ハーモニアは、自分とまともに話をしない長老をぽかぽか殴っている。長老もすかさず体の向きを変えると、ハーモニアさんがいい感じに肩叩きをしている。
『おじいちゃん、気持ちいい? はっ、何やってるのあたし!』
騎士たちは戸惑ったように声をあげ、長老が苦笑するように言った。
「ああ、この子は生まれたときから不思議な言葉を話すだの。どうにも、精霊に近い言語なのだが、精霊語と古代語を混ぜたような口調で解読するのに手間取るだの」
智也は冷や汗が浮かぶのを鮮明に感じる。
(まずぅい……言葉が分かっちまうぞ)
「そう、ですか」
『!? あんた、リッスン! あんたの言葉分かる! なぜか分かる! 通訳しなさいーっ!』
近寄ってきて、ぶんぶん首を振るわれ智也はがくがくと歯をぶつける。いきなりだったので反応が遅れて、されるがままだ。
「これ! 騎士様に何してるだの!」
長老がやってきて、杖で脳天を一撃。ハーモニアさんがふらふらと足をふらつかせて、回転する。
「すみませんだの。ハーモニアは私の孫なのですが、どうにも落ち着きがないだの」
困ったように長老はひげを触る。
「大丈夫ですよ。このくらいなら全然慣れていますので。俺はもう、役割も決まったようなので、少しハーモニアさんのところに行ってもいいですか?」
「トモヤくん、すぐに手を出すのはいけないよ」
ムロリエさんに止められるが、智也に下心はない。
「違いますよ。何かを伝えようとしている風に感じたので、少し話をしようと思います。古代語なら、多少は分かるので、もしかしたら貴重な情報が手に入るかもしれません」
ムロリエさんが長老に顔を向けると、
「それなら別にいいだの。どうぞ、汚い家ですが踏み荒らして行ってくださいだの」
(俺を何だと思ってるんだよ)
長老の許可をもらったので、階段を上る。木の軋む音を耳にしながら、ハーモニアと書かれた扉の前に立ってノックする。するとすぐに怒り狂った声が返ってきた。
『誰!? ここはハーモニアの部屋ですよっ! ハーモニアに用事のない人はお引取りくださいっ。どうせ言葉も分からないんでしょ!』
「トモヤです。あの中入ってもいいですか?」
『入れ! 用事があるならさっさと入りなさいよっ』
扉が開け放たれて、腕を引っ張られる。女性とは思えない簡素な部屋だ。座る場所はベッドしかなく、ハーモニアさんはベッドに飛び乗り、足を崩して座っている。
ばんばんとベッドを叩き、座るように強調してきたので智也も腰を下ろす。
『アンタ、言葉分かるのよねっ! 人間じゃない!?』
「人間じゃなかったら何に見えるんですか……」
『人間ね! それで、何よ!』
「さっき洞窟が危険とか言っていたじゃないですか。あれはどういう意味ですか?」
ハーモニアさんは一瞬何がなんだか分からないとばかりに首を捻る。
『はっ、そうだった! 洞窟にはすでに敵がいないの! 洞窟には時限式魔法がかけられてて、洞窟ごと爆破されて! ぼっかーん!』
「なぜ、そんなことが分かるんですか?」
自分の目で見てきたのだろうか。偶然魔物が話しているのを耳にしたのか。情報の入手源が分からない。智也の両目が疑惑の色に染まる。
ハーモニアさんはそんな智也の様子を察知したのか、ぴんと人差し指を立てた。
『耳長族には稀に予知に近い能力を持つ人間が生まれるの! 予知といっても一時間後に何が起こるとかそのくらいしか普通は分からないのよねっ! でも、あたしは天才だからその力が特別強いのだっえへん』
それについては、長老かムロリエさんに聞けばいいだろう。信用に値する話と判断する。
「……分かりました。敵の数は?」
『ブラックオーク一体、青い服を着た人間が六人、オーク十体、ゴブリン四十体くらい! でも、ブラックオークは何か、魔王様がどうたらとかで人間の言葉も話すのよ!』
(青服……この前のか?)
魔物、巫女を狙うことから青服は魔王の手下という考えは間違っていないかもしれない。智也はハーモニアさんから聞いた話をまとめて、下に向かう。
話し合いも終わり、空気は和んでいる。わざわざ壊す必要もないので、智也は部屋の隅で壁に背を預けているムロリエさんの元に向かう。
周囲に聞こえないように声を小さくし、
「ハーモニアさんが、洞窟は危険だから向かうなと言っています」
「え? 訳ができたのかい?」
ムロリエさんは疑うような目つきだが、それが普通の反応だろう。
「断片的にですけど、ブラックオークと青い服を着た人間、オーク、ゴブリンの敵がいて、洞窟には罠が仕掛けられているという話を聞きました」
「……まさか、耳長族が持つ予知の力かな?」
ムロリエさんが顎に手をあてて、悩む仕草を見せる。
「ハーモニアさんがあたしの予知の力は強いんだって言っていましたよ。予知って本当にそんな力があるんですか?」
「あるよ。僕も戦闘中に予知を使って戦うこともあるんだ。僕は予知の力が弱いから敵の次の動きがだいたい、分かるというおぼろげなものなんだけどね」
ムロリエさんは悩むように顎へ手をあて、
「もしも、それが本当なら、確かに危険だね。様子を見に行きたいところだけど、外も暗くなってきたしこれから森に入るのは危険だね」
「そう、ですね」
智也としても危険は少しでも減らしたい。
「明日の朝、太陽が上がり始める五時半に起きられないかな? 僕とキミと、後二人くらい連れて様子を見に行きたいんだけど」
「分かりました。クリュを連れて行きましょうか? 速さのステータスはかなり高いですよ」
「わかった。なら、三人でいいかな」
ムロリエさんは副リーダーのような人間と一言二言話をして、難しそうな顔で外に出て行く。
智也も強張っている体を解すように息を吐き出して、外に出る。外では、祭りでも開くのか大掛かりに食事の用意がされている。
クリュとアリスをすぐに見つけて、駆け寄る。
「これは何なんだ?」
「騎士の人たちのための歓迎会みたいなものです。毎年やってるみたいですよっ。それより見てください! 私、クロスボウの矢を貰っちゃったんですよっ! もう、嬉しいですよぉっ!」
矢に頬をこすりつけているアリスは、クリュに近い狂気を放っている。智也は顔を引きつらせながら、アリスが夢うつつな状態であるのを好機と捉える。
「クリュ、明日早起きできるか? 一緒に来てほしいところがあるんだが」
「どこよ」
「敵の根城だ」
「絶対いくわよ。何時?」
クリュは片手を腰にあて、目を輝かせる。やはりクリュは戦いが大好きなようだ。
「朝の五時ごろには起きてて欲しいな」
「ふぅん、上等じゃない。敵は全部殺していいんでしょ?」
「戦えるかは分からないから、あんまり期待するなよ?」
「戦えなかったら、怒るから」
クリュがニヤッと口元を緩める。智也は段々と夜に近づき、食事の準備が整ったところで盛大に祭りが開かれた。
騎士たちは楽しそうにしていたが、さすがに酒までは飲めないようで耳長族に絡まれて断るのに大変そうだ。
クリュは上手いものを食べに、どこかに行き、アリスは矢を作っている女性と仲良く会話に花を咲かせている。
骨付き肉と飲み物を貰って里の人の少ない場所に向かうと、
「げっ副教師じゃねえか」
「ぺテルブラさん、一人ですか? 他の生徒とは一緒に食事しないんですか?」
周りには誰もいない。ぺテルブラさんはバツが悪そうに表情を変える。
「うっせっ、群れるのは嫌いなんだよ。なんか、弱そうじゃねえか」
そういうものか? と智也は首を傾げる。一人で始めた塔迷宮の攻略。全く前に進めず、焦る毎日だった。クリュ、アリスと仲間が増えて心に落ち着きが出来た。二人がいてくれたから、自分は何とかここまでやってこれたのだと思う。
「一人よりかは強くなれますよ」
「自分と完全に同じ実力ならいいけど、迷惑をかけるのも、誰かを守らなきゃいけなくなるのも嫌いだっつの」
ぺテルブラさんの考えも分からないではない。
智也はそれ以上何かは言わずに、その場を去ろうとしたが、ぺテルブラさんが大きく叫んだ。
「明日、ぜってぇ敵を倒しまくってやる。そんでパラ先生に褒めてもらうんだ」
「それどうやって証明するんですか?」
「どうにかだよっ!」
ぺテルブラさんは声を荒げて去っていく。智也は少し疲れて、しゃがむ。
窺うように一人の足音が近づいてきた。
『トモヤ、ちょっといい?』
「いつからいたんですか?」
少し前から気配を感じていた。
『あんたの背中を見つけたから、気になって追いかけてきちゃったのよ。結局洞窟についてはどうなったの?』
そういえば、報告するのを忘れていた。情報を提供してくれた相手なので、ちゃんと伝えておこう。
「明日様子見に行くけど、誰にも話しちゃ駄目ですよ」
『話しても聞いてもらえないし! 嫌味よねっ?』
「あ、いやすみません。普通に話しているので、うっかり忘れてしまいました」
智也は小さく頭を下げると、ハーモニアさんは嬉しそうに腕を組む。
『あと、その堅苦しい話し方じゃなくていいわよっ。あんたのあの、仲間? 一緒にいた人たちみたいに砕けた喋り方でいいわよっ、背中がなでなでされるみたいできもちわるいっ』
「そうですか? なら、このままで行きますかね」
『やめいっ!』
「わかりました。いや、分かったよ。これでいいか?」
『うん! それじゃあ、明日は頑張りなさいよっ』
ハーモニアさんはそれだけを言いに来たようだ。ハーモニアさんはそそくさと家と戻っていった。
心配してくれるのは素直に嬉しいので、彼女の応援を心にしまい、適当に食事をしてから眠った。
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