黒鎧の救世主

木嶋隆太

第五十八話 異変



「それじゃあ、行きますよ」


 アリスが元気よく声をあげて、ワープを使って一瞬で学園に着いた。昼食の用意として、おにぎりを作ってくれたり、朝から掃除をしてくれたりと疲れているはずだが、アリスの表情は明るい。
 今日のアリスはいつもに比べればそれほど大きくないリュックサックと、腰には矢筒がついている。
 アリスの無邪気な元気さは見ていてこちらも励まされる。智也の顔にも自然と笑みが生まれる。


「本当に耳長族の里が楽しみなんだな」
「はい! だって、高級なクロスボウの矢を作る木はそこで伐採されてるんですよ! クロスボウ使いの私としては、一度は行ってみたかったんですっ」
「矢って、鉄とかじゃないのか?」


 自分は使わないのでそこまで見ていない。


「属性魔石の矢は基本的に木ですよ。目的は属性攻撃ですから、下手に重いと持ち運びが大変です」
「へえ……」
「もう、ちょっと私の戦い方を見てくれてもいいんですよ。どーせ私は小さくて目に映りませんですよー」
「小さくても需要はあるよ」
(ムロリエさんに)
「トモヤさんは、そうでもないみたいですけど」
「そんな余裕がないってだけだ」


 アリスは智也の含みのある言い方に首を傾げるが、智也も意味が通じると思って言ったわけではない。ただ、自分にそういう気はないとだけ伝わればいい。
 クリュはいつも通りの動き易さ重視の服に身を包み、つまらなそうにぼやく。


「耳長族は嫌いよ。あいつら、精霊魔法とか言って接近戦するヤツが少ないのよ。戦いを何だと思ってるのよ」
「なら、家で待ってるか?」


 クリュは腰に手をあて、ふんぞり返る。


「この国で一人で生きていけると思う?」
「自慢すんなよ。まあ、着いてきてくれないと困るな」
(帰ってきたら家がなくなってそうだ)


 クリュはふぅんと前髪を弄り、つまらなそうにそっぽを向いてしまった。
 校庭のほうにはすでに、騎士と思われる人たちが集まっていた。急いでそちらに駆け出し、ムロリエさんが出迎えをしてくれる。


「うほぉぅぅ! アリスちゃん! 久しぶりだねっ、元気そうで嬉しいよ僕はっ」
「あ、ムロリエさん、お久しぶりです」


 ぺこりと両手を前にして可愛らしくお辞儀すると、ムロリエさんの口が情けないほどに垂れる。


「うんうん。僕はアリスちゃんがいるだけで後三十年くらい騎士を続けられそうだよ」
「え、そうなんですか? 私ってそんな不思議な力があるんですか?」
「なんていうか、見てるだけで心が癒されるんだよ」


 智也もムロリエさんの返事に対して、数回頷く。


「まあ、アリスは動物とかに近い可愛さがあるからね。見てるだけで和むってのはあるな」
「そうですか……褒め言葉として受け取っておきますね」


 アリスは花が開くように笑みを浮かべる。ひとまず、ムロリエさんとの挨拶は済ませたので、他の人たちにも挨拶をしてこようと思い、クリュを見る。


「クリュは――」
「……こいつ、強いわね」


 どうやら、ムロリエさんに目をつけてしまったようで、しばらくはムロリエさんを睨んでいるだろう。クリュがいても面倒なだけなので、さっさと他の騎士の元へ向かう。
 騎士の近くによると、騎士たちは智也に対して友好的に手をあげる。


「今日はよろしくお願いします」
「これは、こちらもよろしくお願いしますよ。先日この学園で活躍したそうですね。オジムーンさんから聞きました」
「あ、あまり期待しないでください。偶然調査のスキルが有効だと気づいただけですし」
「そうですか。とにかく、ともに頑張りましょう」


 騎士はぐっと朝日に向かって拳を向けて、眩しそうに目を細めている。暑苦しい人だ、出来れば関わりたくないと智也の表情は引きつっている。
 騎士はムロリエさんを合わせて十五人だ。
 悪い人ではなさそうだが、出来れば関わらないでおこう。
 生徒たちのほうは、自分のことを知っている人もいたようで、簡単に話をするだけ。一緒に仕事が出来て嬉しいですとか言われて、智也は何度目かのため息を吐く。


 列の最後尾には頭一つ分抜き出たぺテルブラさんが苛立ったように腕を叩いている。挨拶しないわけにはいかないだろう。
 普段の制服とは違い、動きやすそうな白いコートを身にまとっている。武器は、グローブのようだ。


「おはようございます。頑張りましょう、それでは」
「待てや」


 さっさと逃げようとすると、がしっと肩を掴まれる。


「なんでしょうか?」


 どうせまたぐちぐちといわれるのだろう。智也は滅多に見せない、嫌そうな顔をぺテルブラさんにぶつけた。


「な、ん、で、だーー! なんで、副教師いるんだ? えっ……? テメェ、オレが自慢してるときに内心馬鹿にしてたってことかよっ! 『はっ、こいつそんなことで自慢してるとか、バカじゃねえの? オレぐらいになれば試験とかいらねぇよ。プハッ』みたいに思ってたのかよクソッ!」
(こいつうるせぇ……)


 ぺテルブラさんは口を開いて頭を上下するように叫び続ける。


「素直に凄いと思ってましたよ。俺は――」
(ああ、パラさんに頼まれてとか言うとまた叫ぶか)
「俺は偶然、耳長族の里に用が合ったんですよ。本来のメンバーはここにいる者たちですが、どうせならと一緒に行動することになりました」
「……運のいいヤツめ。だが、これで場は整ったな」
(何のだ)


 ぺテルブラさんはふはっとその場でコートを風に乗せ、


「オレとお前、どっちが上か今回の依頼で決着をつける」
「頑張ってください」
「ああ、応援頼むぜ! ってテメェもだっ、副教師!」


 叫んだと同時にぺテルブラさんは何かに気づいたように声をあげる。


「って、ヘレンもいたのかよ」
(え?)


 また問題児が増えたのか。ぺテルブラさんの視線の先を辿るとクリュがいた。髪の色が同じなので間違えてしまったのだろう。
 ぺテルブラさんも遅れて気づいたようで、


「うん? あれはヘレンじゃねえのか。金髪で見間違いたぜ」


 クリュとヘレンはどちらも猪突猛進気味であるが、ヘレンさんのほうがまだ常識などを知っている分マシだ。だが、クリュは人見知りなところもあるので、人が多いここではそれほど発言もしない。
 扱いやすさではクリュのほうが一枚上手だなと智也は冷静に分析する。


「ああ、彼女はクリュといいます。俺の仲間で、喧嘩早いです」
「……その隣の女は?」
「アリスです。荷物持ちが得意です」
「テメェは二人も彼女いて、さらにパラ先生にも手を出すつもりなのかよ……!」
「どっちもただの仲間です」


 ぺテルブラさんとの話に一区切りがついたところで、アリスとクリュが戻ってくる。ムロリエさんが、皆が並ぶ先頭に立ったところで、智也たちも引き締めるように前を向く。


「あー、それじゃあ今日の仕事の内容を簡単に説明するから、ちゃんと聞くように。今日の目的はゴブリンの駆逐だ。ゴブリンはそれほど強くはないが、連携することもある。みんな、気をつけてね」


 こくりと真剣な面持ちで智也たちを除く面々が頷く。


「今回、騎士学園の生徒が三人と、こっちは耳長族の里に用事があるということで手伝いに来てもらった人たちだよ。みんな仲良くしてあげてね」


 ムロリエさんが二人の人物を前に出し、


「ワープのスキルを持っている二人だよ。移動は六人を基本にして、まずは近くの街に行く。そこの二人に六人ずつ触れていって」


 前から順にワープで消えていく。アリスもスキルを持っているが、調査に映らないこともあるので名乗り出るのはやめておく。
 アリスも特に言い出すことはない。秘密にするという約束を、ちゃんと守ってくれている。


「耳長族の里には直接飛ばないのか?」
「耳長族の里がある森は、精霊樹の力の影響のせいか魔力が乱れているので直接向かうことが出来なかったはずです」
「精霊樹の力?」
「もしかして、いつもの知識不足ですか?」
「……悪意のある言い方だな」


 耳長族の里なんて、智也にとっては一生関わる機会のない場所だと思っていたので全く知らない。アリスがふふんと小さい胸を張って、指を一本立てる。


「耳長族の里は森に囲まれています。里の中央には精霊樹という、それはもう凄い力を持った大きな木があって、その木が持つ力は魔物を近づかせない結界みたいな役割をしています。同時に、その力のせいで森の魔力は乱れているのでワープが出来ないんです」
「塔迷宮の中も魔力が乱れてるとかでワープはできないよね、それと同じ?」
「まあ、そうですね。それで、精霊樹は夏になる前の時期にその力が弱まってしまうんです」


 そういえば、最近は太陽の日差しも強くなってきた。日本と同じような四季で智也としては分かりやすくていい。家の中を涼しくする冷風魔石を、購入する必要も出てくるかもしれない。


「ああ、だからゴブリンが近くによってきて危険ってことか」


 結界が弱まっていれば、ゴブリンが里に入ってくることもあるかもしれない。


「魔物たちも精霊樹が弱くなる時期を知っているようで、毎年今の時期は騎士の人たちが忙しくなるのです。耳長族の人も強いですけど、さすがに多いと大変らしいです」


 やがて順番がやってきて、智也たちもワープする。耳長族の里に一番近い街についたが観光をする時間はない。


「基本的に僕たち騎士のグループは六人パーティーを組む予定だけど、キミたちはどうする?」
「俺たちは、三人で戦ってきているので、そっちのほうが連携はしやすいですね」
「分かった。戦闘のときは、騎士や生徒など関係ないからね。しっかり頼むよ」


 ムロリエさんたちは学園の生徒を一人ずつ入れて、六人に別れる。とはいえ、戦闘時に分かりやすくするだけで行動は一緒だ。
 ムロリエさんたちが歩いていった方角に、森があるのが分かる。森の中央には森の木を集結させたように太い幹が、天へと立ち、木の先にはふかふかとした葉が丸を描くように茂っている。
 あれが精霊樹だろう。あれだけ存在感があるのなら、エアストからも見えそうなものだがと智也は不意に疑問に思いアリスに訊ねる。


「ここはエアストからどれくらい離れてるんだ?」
「結構北のほうだったはずです。だから、エアストからは精霊樹は見えませんよ」


 考えを見抜かれて、智也は誤魔化すように頬を掻く。と、智也は門を抜けたところで足音が一つ減ったことに気づき振り返る。


「クリュ?」


 立ち止まったクリュは街を体を向けていて、クリュの背中からは強い怒りが放たれている。触れるものを焼き尽くすようなクリュの怒りの炎へ、智也は灰になるのを覚悟して肩に手を伸ばす。
 クリュに一歩近づいてみようと思った。


「どうした、顔色が悪いぞ」
「……なんでもないわよ」
「分かった。……何かあったら相談してくれ」
「ふぅん。……………………ありがと」


 クリュは長い沈黙のあと小さく口を動かした。それから、意気揚々と歩き出してしまったので、智也も遅れないように横に並ぶ。


「え、なんだ? 今なんて言ったんだよ」
「なんでもないわよ」
(ありがとって、言ったよな。確かめてみるか)
「……お礼ならもっとはっきり言ってくれ。聞き間違えたのかと思ったじゃないか」
「聞こえてるなら、いいじゃない」


 どうやら自分の耳が狂ったわけではないようだ。智也はあんぐりと口を開き、異世界に来たときのような驚きが胸に生まれたのを感じる。


「トモヤさんっ! それじゃあ行きましょうね!」


 アリスが普段は出さないような大きな声をあげて、智也の横にとててとやってくる。
 暗くなりそうな空気を飛ばしてくれたのだと理解して、智也は自分の役目だったなと反省する。


 森までの行軍は問題ない。途中スライムに襲われたが、騎士たちが魔法を放ち簡単に撃退する。
 以前の自分はスライムに苦戦していたが、今は負ける気がしない。
 ようやく森に到着すると、ムロリエさんが声を張りあげる。


「ここからは、ゴブリンや他の魔物も出現する。それに、魔力の乱れによって魔物も他地域に比べれば強いから気を引き締めていくよ」


 森に入ると、すぐにゴブリンの群れがやってくる。体は茶色く、顔は豚の鼻を潰したような感じだ。子どもほどの背丈で、サルのように身軽に木から攻撃してくる。
 すぐに騎士たちは別れ、一体ずつ確実に仕留めていく。クリュの様子がおかしかったことを考慮し、智也は極力武器は使わず、グローブをはめて敵を一掃する。


「あんた、あたしの敵を残しなさいよ」


 不満そうに口を尖らせたクリュはもう普段どおりだ。


「まだ、元気じゃなかったからな」
「次から邪魔したらあんたから倒すから」
「なら任せるよ」


 それからも何度か襲われたが、特に問題はない。だが、騎士たちの表情は強張っている。耳長族の里の入り口にムロリエさんが踏み込み、その後を皆が続いていく。耳長族の人たちの視線が刺さる。
 アリスはキラキラと目を輝かせて、木を運んでいる耳長族を目で追いかけている。
 耳長族の里は木造の家が多く、エアストに比べて自然の色が強い。里の中で一番大きな家をノックすると、ひげぼうぼうの老人が木をついて出てくる。


「長老、久しぶりです」


 ムロリエさんが礼儀正しく声をあげると、長老は嬉しそうに細い目を曲げる。


「久しぶりだの、ムロリエ。それに、騎士の皆さんも遠いところ来てくれて感謝しているだの」


 長老が家にあがるように命じて、智也たちは無事に耳長族の里に到着した。

コメント

コメントを書く

「その他」の人気作品

書籍化作品