黒鎧の救世主

木嶋隆太

第五十二話 考えの変化

「おかえりなさいです」


 家に帰ると、アリスが出迎えてくれる。智也は靴を脱ぎながら、廊下に一歩をつくときゅっといい音をあげる。


「今日は一日掃除でもしてたのか?」


 リビングに繋がる廊下は朝よりも光輝いている。魔石が照らす明かりのおかげもあるかもしれない。玄関にある靴を入れる戸棚に本を置いてから、廊下を歩く。


「午前中だけですよ。午後はクリュさんと一緒に塔迷宮に行ってきました。私1レベル上がったんですよ!」


 ふふんと胸に右手、左手を腰に当てて嬉しそうにしている。アリスは智也たちのパーティーで一番レベルを上げる必要のある人間だ。戦いに積極的に参加しなくてもいいが、自衛程度はできるようになってもらいたい。
 智也は廊下を歩いていくと、アリスがぽつりと世間話でもするように言う。


「あ、そういえば今日青服の変なヤツに襲われました」


 智也も同じ状況だったので、顔を近づけるようにして訊ねた。


「はぁ!? だ、大丈夫だったのか!?」
「はい。街の中の人たちが苦戦していましたけど、クリュさんが全員潰してました」


 青服は街のあちこちで暴れていたと聞いていたが、クリュたちにも危険が及んでいたとは。智也は心配するようにアリスを見るが、外傷はなさそうだ。


「クリュも無事なのか?」
「はい」


 とはいえ、クリュの安否を確認したい智也は、さっさとリビングに向かう。リビングも朝出てくるときよりも片付いていて、ソファが新しく増えていた。
 クリュはソファで横になりながら、頭を起こす。


「ああ、あんた戻ってきたのね」


 ひとまず声は元気そうだ。


「青服に襲われたんだってな。怪我はしてないか?」
「あんなの、弱すぎよ」


 クリュはつまらなそうに片手を振りながら、完全に寝そべる。とりあえずは、大丈夫そうなので智也は安堵の息をもらす。


「姿見えなかったんじゃないか?」
「あいつら、姿隠してたわね。まあ、弱点がばればれだし、そもそも気配でばればれなのよ」


 ワンピースの裾が揺れ動き、太股――その奥まで見えそうになり、智也は視線を逸らす。青服について、わざわざ訊くこともない。クリュの機嫌が悪いので、彼女が興味を示しそうな話題を振る。


「今日街でプラムに会ったぞ」


 ぴくりとクリュは肩を動かしてから、どうでもよさそうに背中を見せる。


「だから何?」
「気になるんじゃないか?」
「……別に」
「ならいいか。アリス、夕食はどうする?」


 キッチンからはいい匂いがするので、何かを作ってくれているのはわかる。クリュがずいっと顔を動かして、こちらにつりあがった瞳を向ける。
 分かりやすい奴だ、と苦笑する。


「プラムがどうしたのよ」
(素直じゃないな、こいつ)
「元気そうにしてたって話だよ。お前がちゃんと生活できてるのか心配もしてたぞ」
「ふぅん、あっそ」


 一瞬、クリュの唇が僅かにあがったように見えた。


「二人とも、夕食の準備出来ましたよ」


 クリュとの会話に一区切りがついたところで、アリスが声を張り上げる。智也がテーブルを眺めるとおいしそうな料理が湯気をあげている。腹がぐうと音をあげる。
 クリュも腹をすかしたのか、立ち上がり歩き出す。どうにも違和感のある動き方をした。


「クリュ、お前今左足庇うように歩いただろ」


 クリュの眉がぴくりと動き、それからいつもの挑発するような笑みに変わる。


「……何言ってんのよ。目おかしいんじゃない」


 普段からクリュの戦い方を見ているので、動きの一つ一つが手にとるように分かる。今クリュの動き方がどうにもしっくり来なかった。
 クリュは移動自体に無駄がない。その割りに、今は隙だらけの動きをしていた。
 クリュの足元にしゃがみこみ、足首を触る。柔らかい肌は一箇所だけかすかに盛り上がっている。


「少しだけ腫れてるな。回復丸は食べたのか?」
「食べたわよ。後は寝れば治るわよ」
「そうか、無理するなよ」


 智也はクリュの動きに注意を向けていたが、問題なく席についたので智也もクリュの対面に腰掛ける。アリスが、クリュの隣についてから、こちらを見る。


「トモヤさん、よく気づけましたね」
「まあ、普段から動きとかを意識してるからな。クリュ、あんまり無理するなよ」


 クリュの動きは参考に出来る面も多い。


「うっさいわね。こんな傷寝れば治るわよ」


 クリュは傷がばれたのが恥ずかしいのか、こちらを睨む顔は仄かに赤い。


「ならいいんだけどな……」 


 クリュが大丈夫というのなら、もう何も言えない。智也はクリュが倒れても、すぐにサポートできるように注意を払うだけにしておく。強がる彼女を無理やりどうこうできるとは思えない。


 無事席について、並べられた料理を食べ始める。いくつかの品があり、どれもおいしい。アリスは料理スキルも持っているので、当然かもしれない。料理はあっという間になくなり、


「食器くらい洗うよ」
「私が後で洗っておきますから、いいですよ。戦いで活躍できるまでは、私は家で頑張るんです」


 智也はそれでも食い下がるが、アリスの頑なな態度は崩れない。


「……わかったよ。でも、大変だったら言ってくれ。俺も出来ることはやるから」
「分かってます。それより、トモヤさん、お風呂はどうしますか?」


 ヘレンさんから借りている本の内容が気になっている。


「後でいい。少しやることがあるんだ」
「分かりました、クリュさん一緒に入りましょうね。足怪我してますし」
「ちょっと、勝手なことするな。私は別にいいわよ」
「はいはい、文句は言っちゃだめですよ。子どもなんですから」
「あんた、死にたいの?」


 二人が仲良く風呂場に向かったので、智也も玄関に置いておいた本を取って二階に向かう。ベッドだけが置かれた質素な部屋に行き、そこで横になる。いつか帰ることを考えれば、無駄に家具を置く気にもなれない。


 部屋は光魔石のおかげで明るい。家には魔力が引っ張られていて、それで家事を行うことが出来る。とはいえい、月ごとにお金もかかるので、使いすぎには注意が必要だ。


 本をぺらぺらとめくっていく。


 『勇者の巫女』は日記に近い本だった。誰が書いたのか分からないが、基本的に巫女の視点で書かれているが時々勇者の感情なども書かれている。
 これを書いた人間は巫女と勇者に近い人間だったのだろう。


 内容としては、勇者に思いを寄せる巫女が、魔王を封印するためにその身を犠牲にする必要があるのを知った。そこから、魔王との戦いまでが書かれている。過去にこの出来事が本当にあったのかもしれないが、それは何百年前の話か分からない。
 分かるのは、二百年前ではないことだけだ。


 ――俺の力を使えば、過去に戻ることはできるのかもしれないが、それで本当に魔王がいたら嫌なので絶対に確かめたくはない。 
 何よりも気になったのは、勇者の力だ。読み進めていけば、勇者の戦い方は非常にどこかの誰かさんと似ていることが分かる。


(数多の武器を操り、黒き鎧を身にまとう……勇者。それは、俺の能力と同じじゃないか)


 ――ならば、俺は勇者と同じように魔王と戦うのか?


(そんなものに、関わりたくなんてないな)


 この本から推測するに、魔王はもうこの世界にはいない。だが、封印されているだけの可能性もある。
 ならば、どうするか――さっさと地球に戻ろう。
 と、思ったが、本当に魔王がいたらと考えると、クリュやアリスのことが気がかりだ。すべてなかったことに出来るほどの関係ではなくなってしまっている。


(大事な仲間、なんだよな……)


 あまり考えないようにしようと、智也は地球に戻る方法を考えて、忘れようとする。
 塔迷宮を攻略して、それでも戻れなかったら他の手段を探す。パラさんから魔石を手に入れて、サードさんの問題が片付いたら、本格的に塔迷宮の攻略に向かう。


「風呂、入れるわよ」


 クリュがタオルを首にかけたまま、部屋に上がりこんでくる。ノックがないのは、当たり前だ。別にやましいことをしていたわけではないので気にはしない。
 智也の隣を勝手に陣取り、智也が持つ本を覗き込んでくる。少し嫌そうに眉尻が下がる。


「『勇者の巫女』……? 何それ?」
「お前、読めるのか?」


 クリュが意外と秀才なのかもしれない説が最近智也の中で浮上してきていたが、智也の驚きは大地が割れるほどだ。


「昔、見たことがあるのよ。詳しいことは覚えてないけど、それだけは知ってる」
(見たことがある? これは……ヘレンさんの家で管理されているんじゃないのか? 世の中に出回っているのか?)
「中身は、どうだ?」


 本を渡すと、クリュはぺらぺらとめくっていく。目は真剣そのもので、最後のページまで行くと、それなりの分厚さの本を閉じた。


「さっぱり」
「……だろうな」


 別に読めたから何かあるわけじゃない。智也はなぜか安心しながら、本を枕の上に置く。部屋の隅にいい加減に置かれた着替えに手を伸ばす。


「ネックレス、風呂上りもつけてるのか?」
「……基本的にはね」


 戦いのときもつけている。それだけ大切なものなのかもしれない。ネックレスを長年使っているようで、紐の部分が大分脆くなっている。


「そのネックレス、あんまりつけてると壊れるんじゃないか? 紐を変えてもらったらどうだ?」
「変えるつもりなんてないわよ。そんなことしたら、ネックレスが変わっちゃうじゃない」


 クリュの目は非常に穏やかで、首にあるネックレスを手のひらにのせる。
 クリュらしからぬ表情に思わず見とれていると、不意にクリュはネックレスを首から外した。


「なら、ここに置いておく。あんたちゃんと守りなさいよ」


 クリュは窓枠の僅かなスペースに首から外したネックレスを置く。


「なんでこの部屋に置くんだよ。自分の部屋のほうがいいんじゃないか?」
「あたしの部屋汚いもの」
「……なくしそうですね」


 大切なもののはずなので、それは絶対にありえないが、クリュはうっかり床に置きっぱなしにとかしそうだ。
 そして踏み潰してしまうかもしれない。


「とにかく、毎日この部屋に来るから」
「……うるさそうだな」
「何か言った?」
「聞こえないのなら、いいよ。俺は風呂に入ってくるから」
「あっそ。さっさと戻ってきなさいよ」
「待ってるのかよ」
「暇なの、あたし」


 智也は肩を竦めるように呆れてから、着替えを持って風呂に向かう。風呂から戻ると、クリュが人のベッドで寝息を立てていたので、クリュの部屋に運んでから智也はさっさと眠りについた。明日も早いし、ヘレンさんにどうやって本を返そうか。ひたすら考えていると、いつの間にか眠っていた。



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