黒鎧の救世主

木嶋隆太

第四十八話 問題だらけの職場

 氷の日になり、智也はいつも通りに目を覚ました。すっかり早起きもできるようになったなと思いながら、部屋を出る。
 目をこすりながら階段を下り、リビングに向かう。朝食は適当に冷蔵庫から、漁ろう。
 いい匂いがリビングに充満していて、智也はキッチンのほうを見た。


「おはようございます。朝食作っておきましたよ」


 ごはん、目玉焼き、焼き魚がテーブルには用意されており、智也は驚きながら席につく。焼き魚が好物の智也としては嬉しいメニューだ。
 床なども綺麗になっている。アリスが朝早く起きて、掃除もしてくれたようだ。
 家を買うということは、確かに金銭的には余裕があるかもしれないがその他で大変な場面もあるというわけだ。
 購入してしまったが、智也はアリスの負担が増えることに対して申し訳ない気持ちになる。


「アリスに全部任せて、悪いな」
「問題ないです。私家事をするの好きなんです」
「……ありがとな」
「いえいえ、トモヤさんも頑張ってくださいね」


 アリスの作ってくれた朝食を腹に入れてから、家を出る。
 学園までは昨日行ったので覚えている。入り口には騎士が立っていた。話は通っているはずだろう。


「あの、パラさんの補佐として学園に来たのですけど……」
「話は聞いているよ。あそこの建物の実験室にパラさんはいるはずだ。中に入ればたぶん分かるだろう」
「ありがとうございます」


 騎士に指差された建物は校庭を挟んだところにある。校庭を横切って建物に入る。途中、生徒がこちらを不審げに見ていたが智也は堂々と歩いていった。
 廊下の表面は魔石の明かりを跳ね返すような光沢がある。音を鳴らすように歩くと、キュッと音をあげるのは地球と変わらない。
 しばらく廊下を歩くと、実験室と書かれた札が下がっている扉を見つけてノックする。


「やぁ、早いね。まだ七時半だよ」
「遅れないようにしたんです。迷惑だったら、少し校舎を見て回ってきます」


 学園というものにも興味がある。だが、パラさんは好意的な笑顔を浮かべ、


「問題ないよ。簡単に授業について話をしようと思っていたから、その辺りに座ってくれ」


 実験室に入ると、よく分からない器具がたくさん置かれていた。窓際には簡易ベッドもあり、生活臭がする。


「ここで寝泊りしてるんですか?」
「この隣の部屋でね。今は私の補佐をしていた人間がそこで寝ているよ」
「大丈夫なんですか?」


 代わりを雇うくらいなのだから、大丈夫ではないはずだ。


「色々な治療を施しているが……あまりよくならないね」
「病院には行かないんですか?」
「病院に連れて行っても、たぶん無理かな」


 怪我だろうが、病気だろうが、まずは病院に連れて行くべきではないだろうか。
 智也の疑問が表情に出ていたのか、パラさんが続ける。


「そういえば、キミにはちゃんと話していなかったね。ちょうどいい、こっちに来てくれるかい」


 隣の部屋に案内される。実験室に比べれば生活が出来る程度に整っている。
 そのベッドに一人の女性が眠っていた。布団をかけた女性はすやすやと呼吸をしていて、大きな胸が揺れている。大きい胸を持った人は久しぶりに見たかもしれないと失礼なことを考えた。


「彼女の名前はサード。私が作ったホムンクルスさ」
「へ?」


 聞きなれない単語に智也は戸惑いの表情になる。


「私は学園の教師をやっているが、専門はホムンクルスの研究さ。どれだけ実用できるのか、試作型として学園の手伝いをしてもらっていたが、倒れてしまってね」
(ホムンクルス……人工生命体みたいなものだったか?)
「調子はどうなんですか?」
「今色々と手を打っているが、少し難しいかな」


 パラさんは先の尖った耳をいじりながら、困ったように口元を緩めた。
 改めて、ベッドで眠る女性を見てみる。ホムンクルスといわれても、人間と何も変わらない。すやすやと心地よさそうに眠っていて、体調が悪いと言われても信じられない。
 智也は勧められた席につき、今日の授業の予定という紙を渡される。それに目を通しながらも、彼女のことが気になってしまう。


「ホムンクルスって、作って何かさせるんですか?」
「うーん、将来的には人間の生活の手伝いを出来るようにしたいのだけど、中々難しいものだね」
(ロボット、みたいなものか? なんだか夢のような話だな)


 パラさんと簡単に授業について話をする。
 といっても智也がやることは、生徒が読むのに困ったときの辞書がわりみたいなものだ。


「何か質問はあるかな?」
「俺は本当に見てるだけでいいんですか?」
「ああ、サードも生徒から質問を受けたときに応対したくらいだしね」


 パラさんが時計をちらと見て、立ち上がる。教室に向かう時間だ。


「そろそろ行こうか」


 学園内の構造をよく知らないので、智也はパラさんの後をついていく。
 学園には制服があるようで、途中似たような格好をした男女とすれ違い、疑惑の眼差しを向けられる。話が通るまで時間がかかりそうだ。
 騎士は人気の職業ということもあるのか、生徒はかなり多い。


 廊下の端っこ、人の通りがあまりないような教室にパラさんは入る。中を見て智也は僅かに眉を顰める。


「生徒ってこのくらいなんですか?」


 教室にいるのは十五人だ。教室は大きいのだが、生徒の数があっていない。


「まあ、古代語をわざわざ習おうとする人間が少ないんだ。魔法を使えない者は無理して魔法を使おうとはしないし、金を持っている人間もいるからね」
「店で買ったほうが手っ取り早いってことですか」
「そうなるね」


 パラさんが中に入ると、教室内の騒がしさは治まっていく。黒板の前には段差があり、パラさんはそこに上る。教壇に手を置くが、パラさんの身長だとぎりぎり頭が見える程度だ。
 並び方に決まりはないようで机の配置は適当だ。どうにも仲良しのグループで固まっているようだ。
 智也もパラさんの隣に立つと、


「先生、その男は誰ですか?」


 赤い髪をした男が、こちらを睨みながら立ち上がる。威圧するように目をきつくして、智也を見ている。喧嘩腰なので、出来るだけ視線を合わせないようにする。
 パラさんが説明をするために、一歩前に出て、智也の腕を掴んだ。


(何がしたいんだこの人?)
「先生の恋人だ」
(……アホなのか)


 自分で説明するしかないようだと智也は、腕を払うようにして前に出る。


「新しくきた補佐の人間です。一時的なものですけどね」
「キミはあれだ。私の渾身のボケに少しはツッコミを入れるという優しさはないのか」
「渾身にボケなくていいです」


 パラさんが微笑を浮かべると、赤男が血管を浮かび上がらせて切れた。


「オレを無視するんじゃねえよっ」


 胸倉を掴みあげられる。智也は参考程度にステータスを見るが、才能は7で特別なスキルはないようだ。この程度少し力を出せば振りほどける。
 問題を起こすつもりもないので、智也は特に抵抗もしないでぶらんとなすがままだ。
 その態度が、彼を喜ばせたようで口元が歪められる。


「はっ、どこの学園を卒業したんだよ?」」


 赤髪を逆立てた男、ぺテルブラさんが目を覗き込んでくる……そんな趣味はないんだが。


「いえ、独学と家族から教えてもらっただけです」
「はっ!」


 ぺテルブラさんの蔑みがありありと浮かぶ瞳にさらされながら、智也はぺテルブラさんの頭を眺めていた。


(それにしても、こいつでかいな)


 智也の身長は百七十後半あるのだが、ぺテルブラさんは自分より頭一つでかい。とはいえ、大きさなんてこの世界ではそこまで重要ではないだろう。


「ぺテルブラ、席に着け。授業が始まるぞ」
「先生、はっきり言いますけどオレはこんな無能に教わることなんてねえですよ」


 ぺテルブラさんは胸倉手を離して、パラさんのほうに顔を向けた。


「相変わらずだなキミは。人を見る目をもう少し養ったほうがいい」
「先生のことは信用しています。だけど、今回は見る目がないのは先生ですよ。オレはAランク騎士の息子なんですよ」
「ああ、わかったわかった。とにかく席につけ」


 ぺテルブラさんはまだ気にくわなそうにこちらを見ていたので、智也は最大限に友好的な笑みを向けて手を差し出す。


「よろしくお願いしますね、ぺテルブラさん」
「すぐにやめるんだな」


 ぺテルブラさんは冷淡に告げて、椅子を壊しそうな勢いで腰を落とした。友達はいないのか、周囲には誰もいない。ぼっちなようだ。智也は密かに同情する。


「よし、みんないるな。それでは、先に新しい補佐教師の紹介をする。トモヤくん、よろしく」


 パラさんに促され、一歩前に出る。


「トモヤです。古代語は読めますが、その他の知識は絶望的なので古代語以外ではロクに活躍することはないと思いますがよろしくお願いします」


 初めに自分の能力が低いことを伝えておけば、余計な問題まで抱えてしまう事態は防げるだろう。相手が見下す可能性もあるが、期待されても困る。
 教室内をざっと見回して、危険そうな人物を探す。金髪の女性が才能8と高く、智也はパーティーにいる危険人物を思い出してしまう。


(金髪とか、どっかのうるさい女を思い出すな)


 顔もそこそこ似ているので、出来ればあまり関わらないようにしようと決意する。
 智也の自己紹介も終わり、それからパラさんが授業を始める。


「それでは、各自魔石への書き込みを始めるんだ」


 魔石への書き込みは、自分のスキルを書き込むのなら簡単だそうだ。ただ、書き込みの出来ない魔法もあり、たとえばジャンプやワープはできない。魔法陣が浮かび上がるスキルは、基本的に書き込みができる。
 智也のスピードは書き込み不能の魔法だ。


 魔法を使えない人間でも魔石に魔法を書き込むことができる。その場合は、古代語を自力で魔石に書き込む必要がある。
 MPを消費して魔法陣を生み出し、そこに自分の意志で古代語を書き込んでいく。ただし、古代語の意味を深く理解していないと意味がない。
 魔法陣に書き込みさえすれば、それ単体で魔法を使うこともできるが、魔石に書き込みをしたほうが後々ラクだ。
 魔石に書き込んだ魔法陣が効果を失うまでは、魔力を注ぐだけで魔法が発動できる。


 生徒たちは魔法陣を生み出して、それぞれ自分の使いたい魔法などを書き込んでいる。
 面倒な作業であるが、智也もやってみたいとパラさんが持っていた古代語の本を暇つぶしに読んでいた。


「トモヤさん、ちょっといいですか?」


 パラさんが他の生徒についている間、生徒たちに呼ばれる。


「ああ、これは――」


 意味を伝えると、私も、俺もと群がってきて、パラさんがきっと顔をあげる。


「お前たち、少しは自分で調べるんだっ。いつまでたっても覚えられないぞ」


 智也は苦笑しながら、生徒はぶうぶうとパラさんに声をあげながら辞書を手に取る。
 パラさんが注意をすると、質問は一気に減り、各自が一生懸命辞書を引いている。辞書といっても万能ではないし、古代語には文法などもある。
 智也はそんなの関係なしに読めるが、普通の人は一文読むだけでもかなりの労力を必要とするのだ。


「あなた、少しいいですの?」
「えと、なんでしょうか?」


 振り返ると、このクラスで一番才能の高い女性だ。金髪ツインテールのせいか、お金持ちなお嬢様という印象を与えてくる。
 あまり話したくはなかったが、教師に近い立場なので拒否するわけにはいかない。


「わたくしはへレンと言いますわ」
「ああ、そうですか。それで、何か用ですか?」


 ヘレンさんはがさごそと床に置いてあった鞄から一冊の本を取り出す。


「あなた、古代語はどれくらい読めまして?」
「えーと、まあ、それなりには」
「これ、読めません?」


 ヘレンさんは取り出した黒い本をこちらに向けてきたので、手を伸ばして受け取る。


「『勇者の巫女』……?」


 文字はかすれているが、本のタイトルにはそう書かれている。パラさんがぴくりと眉を動かしてこちらを見たが、すぐに教えている生徒に視線を戻す。
 中を開くと、本というより日記に近い。ヘレンさんは目を細めて、口元を嬉しそうに歪めた。


「それを読める人間は少ないんですのよ。今習ってる古代語に比べて、かなり崩れた書き方をされていて、通常の訳し方では、ほとんど解読されていませんわ」
(これは……読まないほうがいいかもしれないな)


 智也は中をぺらぺらとめくる。勇者が魔王と戦う前までが、これには書かれているようだ。内容をざっと見ただけで、智也はこれを読破したいと思わされた。この世界の歴史を知るいい機会だ。


(勇者に関する情報が、載っているかもしれない)


 数多の武器を扱ったと絵本では書かれている。自分と同じスキルを持つ人間に近づけたかもしれない。
 じっくりと読みたいが、下手に目立つのは避けたい。智也は苦渋の表情のまま、へレンさんの机に置いた。


「俺もタイトルくらいしか読めませんね」


 へえ、とヘレンさんは嬉しそうに口を緩める。


「タイトルを読むだけで、今までの古代語研究者は一日書けてもタイトルを読める人間は少なかったですわよ」
(げっ)
「そうなんですか。たまたま、俺の知ってる単語だったのですんなり読めただけですよ」
(言葉を読むだけで、慎重にならないといけないのか……)


 新たな苦労が生まれてしまった。


「あなた、明日も来ますわね?」
「ええ、たぶん」


 パラさんに聞かなければわからないが、サードさんの調子もまだすぐによくはならないだろう。


「それ、何日か貸しますので頑張って解読してみてくれません?」
「たぶん、無理ですよ?」
「わたくしは、隠し事が嫌いですわ。歴史に何かを隠されていたとしたら、隠した歴史を潰したいんですのっ」


 太陽にも負けないほどに瞳を煌かせながら、ヘレンさんは拳を握り締める。
 なんとも物騒な奴だと智也は苦笑いだ。


「は、はは……そうですか」


 とはいえ、読むだけなら智也はこちらからお願いしたいくらいだ。仕方ないといった雰囲気を出しながら、智也は黒の本を受け取る。
 読んだとしても読めなかったとすればいいのだ。


(よっしゃ、よっしゃ)


 内心ガッツポーズを作りまくりながら、ニヤケた表情を隠すように教壇に向かう。元々本を読むのは好きなので、智也にとってこれほど嬉しいことはない。
 パラさんの古代語書などが置かれている教師用の机に黒の本を置いておき、また生徒たちのサポートに回る。


 ある程度時間が経つと鐘が校内に鳴り響く。時計を確認すると、ちょうどお昼の時間で授業も終わりだ。
 パラさんが教壇に立ち、終わりを告げると生徒たちは教室を出て行く。


「トモヤさん、一緒に食事に行きませんか?」


 教室を出て行く一団がこちらを向いて話しかけてきた。女子三人組だ。


「少し用事があるから、また今度で」
「えー、絶対ですよ?」


 智也は勇者の巫女という本をさっさと読みたい。それに女子との話はあまりなれていないので避けたい。
 生徒たちが出ていき、ヘレンさんがこちらに目配せをする。


「それでは、お願いしますわね」
「あまり期待はしないでくださいよ」
「分かってますわよ。解読できる人間がいるとは思えませんもの。それでも、一文字でもいいから訳せたら必ず教えるんですのよっ」
「ええ、わかってますよ」


 ヘレンさんはスキップでもしそうなほどにご機嫌なまま教室の外に出て行く。次にぺテルブラさんが鋭い視線を智也に向ける。


「はっ、クラスの奴らを騙せてもオレは騙されないからな! さっさと辞めろよ」


 相変わらず敵意むき出しで、ぺテルブラさんは教室を出て行った。
 彼が最後だったようで教室は一気に静かになる。


「ははは、すまないね。どうにも、彼は人に当たるのが好きなようでね」
「いえ、特に気にしてませんよ。誰だって荒れる時期はありますから」


 あれよりも酷いのもいたので、大して気にならない。


「キミもあったのかい?」
「さぁ? 自分のことなんてよく覚えてませんよ」


 たとえ、荒れていたとしても自分では気づいていないはずだ。指摘されれば余計にムカつくだけなので、自覚することも少ないだろう。


「キミはこれから、どうするんだい? お昼を食べに行くなら食堂もあるが」
「俺はちょっと疲れてしまったので一人になりたいんですけど、いいですか?」
「そうか。なら、実験室を使うといい。この鍵を渡しておくよ」


 パラさんから鍵を受け取り、ポケットにしまう。


「パラさんは食事ですか?」
「ああ、そうだよ。午後は迷宮に入って書き込んだ魔法を試す授業があるから、残っていてもらいたいんだが、大丈夫かい?」
「分かりました。午後何時からですか?」
「時間は一時三十分から、始めるから最悪五分前には来ていてくれ。もしも、サードが目を覚ましたら軽く話し相手にでもなってくれると嬉しいよ」


 智也は頷いて、黒の本をとって教室のドアに向かう。ドアに手をかけたところで、パラさんがぽつりと呟いた。


「ちなみに、そのタイトルを読むのに最短だったのは私だ。キミにあっさり抜かされてちょっぴり怒り中」
「……その、ほんと偶然だったので」
「これから、本でも読むのかい? ヘレンはいい子だけど、無鉄砲なところがあるから、何か面白そうなことが分かっても黙っていたほうがいいよ」
「読めたらの話ですけどね」


 実験室まではすぐに戻ってこれた。鍵を差込み、がちゃりと回して実験室の扉に手を伸ばし、


「きゃぁぁぁあっ!!」


 耳をつんざく悲鳴が、廊下に響き渡り実験室に入ろうとした智也の身体を止めた。



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