黒鎧の救世主

木嶋隆太

第四十四話 家

 アリスと正式にパーティーを組み、二週間ほどが過ぎた。
 あれから智也たちはそれほど問題も起きていない。いたって平和だ。


 そして、今智也たちはリートさんを先導に町を歩いていた。リートさんには前に約束をしていた。
 仲のいい商人が家を紹介してくれるそうだ。これなら騙される危険も少ないだろう。
 一通り周ったところで、リートさんが夕陽を背に浴びながら振り返る。


「だいたいこのくらいだな。いい家はあったか?」
「そうですね。いくつかありましたが、まだ少し考えさせてください」
「そうか。また暇なときにでも案内しよう」


 家が欲しいと智也は思った。智也が使える範囲のお金で、家が買えるほどの額になった。
 計算の結果、家を借りたほうが金に余裕がある。長期的に見ると、安い。


 夕暮れの街でリートさんと別れ、智也はそのまま図書館に向かう。アリスは今日で家の契約が切れるようで、荷物をまとめるために家に戻った。今日からクックさんの宿に泊まるらしい。
 クリュはもちろんついてこない。図書館のような静かな場所は嫌いだそうだ。早めに宿に戻るよう伝えているので、大丈夫だとは思うが智也は少し心配である。


 図書館に向かいながら、家について考える。
 半年契約で六万リアム、一年契約で十万リアム程度で借りられるので、食費を抑えれば宿に泊まるよりも全然安い。
 何より、物を自由に置けるのがいい。服などは宿を利用する場合は色々と困る。
 いくつか地球に近い家を見つけ、アリスとクリュが同意すればそこを借りようと思った。


 アリスは大丈夫だ、幼児体型だから。クリュも基本的に恐怖の対象である。そう考えるとさほど大変なことではなかった。
 図書館について、司書に挨拶をしてから静かな空間を歩く。
 多くの本が並ぶ棚を見ながら、智也はどれを読もうか歩き回る。


 白衣のようなものに身を包んだ小さい子どもが一生懸命背伸びして本を取ろうとするが、届かない。木の足場が遠くにあるので、それを使えばいいのにと智也は頬を緩める。
 少し悩んでから、その子の近くに向かう。近くに行くと、耳の先が尖っているのが分かる。耳長族のようだ。


「この本ですか?」


 横から手を伸ばすと、少女の紺色の瞳がこちらを見据える。


「ありがとう。その本だ」


 固めの口調で言った少女は、小さく笑みをこぼす。


「はい、どうぞ」


 智也はできるだけ優しい微笑みで、少女に分厚い本を手渡す。
 ちらと本のタイトルを見ると、どうにも難しそうなタイトルだった。
 とてもじゃないが、少女に読めるとは思えない。


「それ、キミが読むの?」
「そうだが。何か問題でもあるかい?」


 図書館では静かにを守る少女の声は小さいが、耳に心地よく届く。


「その本、難しそうだよ。えーと、絵本じゃないよ?」
(さすがに絵本って年齢じゃないか……?)


 見た感じ小学三年生程度の身長だ。
 智也の発言を聞き、目の前の少女は口元に手をやる。笑いを堪えているようだった。


「キミ、何か勘違いしていないかい? 私、子どもじゃないぞ」
「え?」


 身長はアリスと並ぶほどだ。いや、アリスよりも低い。
 アリス――そういえば、年齢は十九歳だったな。
 智也はやってしまったと口を間抜けに開いた。


「二十六才、近くの騎士学園で、古代魔法の教科を受け持っているよ」


 そういって、一枚の紙を取り出した。紙には赤い判子が押されており、騎士学園の教師であることを証明する文章が綴られている。
 智也は(合法ロリか……)と慌てて頭を下げる。


「す、すみませんでしたっ!」
「いやいや、いつも間違われるから気にしてないよ。こっちのほうが都合がいいときもあるしね。それより、少し気になることがあるから、ちょっと来てくれないかな?」
「え、は、はい」


 女性がついてきてと手招きして、席につく。
 先ほどの間違いがあるので智也は素直に女性の横に座る。


「それにしても、キミは古代語が読めるのかい?」


 古代語。どうにも読めてはいけない気がするが、智也は静かに頷く。


「そんなに凄いことですか?」


 女性は少し驚いたように声を震わせる。


「中々凄いことだよ。私だって、長年古代語の研究をしているがまだまだ、読むのに苦労しているからね」
「……小さい頃から、色々な勉強をしていたので。今は、そんな経験を活かす機会のない冒険者ですけどね」


 はははと愛想笑いを浮かべ咄嗟に嘘を口にする。なるべく早く退散しようと席を立とうとすると腕を掴まれる。


「ここの文章、読めないかい?」


 女性が本を差し出してきたので、簡単に読み上げる。
 どうにも古代の勇者についてが書かれているようだ。昔、世界を脅かす魔王がいて、それを勇者が封印したという話だ。
 どこの国でもそういった話はあるようだ。
 あまりにもすらすら読めてしまったが、途中で思い出して、読むのに苦戦してみせ一区切りをつける。


「このくらいですけど、あってますか?」
「ふむ、凄いな。ほとんど正解だ」


 女性は顎に手を当て食い入るように本に目を向ける。鼻息が荒く目が血走っている。


「それだけの力を持っていて、学園の教師や研究者になろうとは思わなかったのかい?」
(さて、嘘でも考えるか)
「なんと言うか、人に教えるのは苦手なんですよ。今みたいにただ読み上げるのは得意なんですけど。あとは、部屋でじっとしているよりかは動くほうが好きなんですよ」
「なるほど。もったいないが、人それぞれだな。貴重な時間を奪ってしまってすまない。……そういえば、自己紹介をしていなかったな。私はパラだ、よく図書館には来るから、よろしくな」
「俺は智也です。俺も図書館には結構来るので、そのときはよろしくお願いしますね」


 軽く握手をすると、彼女の手の小ささがよく分かる。これで二十六歳とは信じられない。
 顔も綺麗というより、可愛いなので、無理して難しい本を読んでいる子どもにしか見えない。
 パラさんは本に意識を集中しているようなので、喋るかけることはしない。


(ステータス……魔法が一杯だな)


 レベルはそれなりに高く、全属性の魔法を所持している、。子どもではないというのがよく分かる。
 先ほど読んだ魔王と勇者が気になるので、絵本で似たようなものがないか探してみる。そういった本が並ぶ本棚に向かい、適当にタイトルで探していく。
 この世界にも絵本はあり、その中に魔王と勇者の戦いみたいな話があり、ざっと読んでみた。


(数多の武器を操る……勇者?)


 読み終えての感想はそれだった。数多の武器に近い能力を智也は保有している。武具精製のスキルだ。
 智也は気になり、詳しく調べようとするが、時間もだいぶ遅くなっている。あまり遅れるとクリュのチョップを喰らう恐れがあるので、智也は歯ぎしりしたい気分で図書館を跡にする。


 外に出ると、すっかり日も落ちて街灯がつき始めている。幻想的な明かりは、魔石を用いて作ったもので、昼間の間に魔力を溜め込んでいるらしい。
 そんなことを考えたのは、街灯の一箇所を修理している人がいたからだ。


 大体今頃に狩りを切り上げて、ギルドに向かう人間が多い。街には装備に身を包んだ男女たちの、流れに逆らうようにクックさんの宿に戻ってきた。
 ドアを開けると、外まで届く大きな声が智也の体に直撃する。押し返すように踏み込んでいく。


 クリュがいる席に座ると、すぐに水を持ってきてもらい、すでに食事を取っているクリュへ目を向ける。
 以前切った髪も多少伸びてきて、肩より少し伸びたようになっている。最近では黒髪の人間を見るほうが驚きだ。
 クリュは、紫の魔石のネックレスを揺らすように顔をあげる。


「遅かったじゃない。先に食べてるわよ」
「遅いのは悪かったが、口に食べ物を入れたまま喋るなよ」
「あたしが口に入れてるときに帰ってこなければいいんじゃない?」
「予想できねえよ」
「なら、あきらめるのね」


 クリュは口角を僅かにつりあげて、智也は苦笑して届けられた食事に手をつける。
 先に食べ終えたクリュだが、部屋には戻らずに智也が食べ終わるまで待ち続けていた。


「部屋には行かないのか?」
「部屋、変わったのよ。戻ってもうざいガキがいるから嫌よ、嫌」


 クリュは水が入っていたコップを転がして遊ぶので、遊ぶなと智也は声を低くして注意する。


「ガキってアリスか?」


 そろそろ借りている家の契約が切れるとか言っていたが、思ったよりも早い。


「そうね、そんな名前だったわね」
「三文字くらい覚えておけよ」
「どうでもいいことなんて、覚えるだけ無駄よ」
「……まあ、どうでもいいことならな」


 食事を終えて、二人は席を立ち部屋に戻る。


「ちょっと待て、部屋って俺も一緒なのか?」
「当たり前じゃない。あんなのと二人きりなんてあるわけないでしょ」
「……」


 とりあえず、本人に訊くために、新たな部屋へと案内してもらう。中に入ると、荷物を整理しているアリスが小さく声をもらしてニコニコと笑顔を浮かべた。


「あ、トモヤさん」
「おい、アリス。俺まで一緒の部屋でいいのかよ」


 つい二週間ほど前までは、男性を毛嫌いしていた。現在は問題なく会話が出来るくらいまで回復している。


「アリスがいいなら別にいいんだが……」


 幸い興奮するような体つきではない。


「はい。これからはこちらでお世話になりますね」


 ぺこりと頭を下げた小さい体。見た目はただの子どもなのに年齢は十九歳だ。
 智也はちらと横を見て、ベッドが二つしかないことに泣きたいと静かに思う。一つは二人が寝れるようだ。クリュとアリスが寝るものだと信じよう。
 三人が座れるテーブルについて、二人も座らせる。


「アリスが宿に来てすぐだけど、そろそろ家を借りようと思ってるんだ」
「家ですか? いいですね」


 何度も移動するアリスが乗り気なのが智也を安心させる。


「それで、二人の意見があれば何か聞こうと思うんだが……」
「あたしはなんでもいいわよ。強いヤツがいれば」
「家にそんなの求めるなよ」
「だったら、あんたに任せるわよ」


 話は終わりだとクリュは席を立って、ベッドに寝転がる。


「私は……キッチンとお風呂があればいいです!」
「ああ、大丈夫。その二つはあるから。俺が今考えてるのは、二階建て、風呂、キッチン、トイレがついてて、靴を脱いであがる家なんだ」
「靴を脱ぐのですか? そういえば、どこかの地方の人がそんな風習だったですね」


 それはリートさんの家で確認済みだ。


「まあ、俺もそっちのほうで生活してたからさ。二人が嫌なら靴は履いたままでもいいけど」


 座るのに飽きたクリュはベッドに寝転がり、足をパタパタ振りながら、


「戦いのときどうすんのよ」
「家の中に押しかけてくるヤツなんて滅多にいないんじゃないか? いたとしても、クリュならどうにか出来るだろ? そんなに弱くないだろ」
「はんっ、当たり前よ」


 扱いやすいヤツだと智也は満足する。


「じゃあ、二人とも俺が見た場所をリートさんが都合がつくときに見に行くってことでいいか?」
「はい」
「どうでもいいわよ」


 二人の同意を得られて、ホッと智也は椅子に深く腰掛ける。


「あの、私は迷宮で活躍できる機会も少ないので、洗濯物などの家事は任せてくださいっ」


 力強くアリスは自身の胸を叩いた。とはいえ、それらすべてを押し付けるつもりはない。


「料理は頼もうと思ってたけど、さすがにすべてを任せるのは……」
「私、掃除好きなんです!」


 抑えきれない喜びを瞳に映しながら、アリスの顔がずいっと近寄る。キラキラとした表情から嘘は感じられない。


「わ、わかったよ。だけど、何か手伝えることがあったら言ってくれ。俺も力を貸すよ」


 智也はそれだけを伝えてタオルと着替えを持っていく。


「お風呂ですか?」
「ああ、二人も入ってきなよ」


 智也はアリスとクリュに言ってから、アリスの耳元に顔を近づける。


「なあ、アリス、クリュと一緒のベッドを使ってくれないか?」


 アリスは一瞬何を言っているのか分からないと目を瞬いた。


「え? 二人とも付き合ってるんじゃないんですか?」
「そんなわけあるか」


 嫌な冗談だと智也は少し目つきが鋭くなる。


「そうなんですか? なんだ、つまらないですね」
「え?」


 アリスの顔は花が咲くような満開の笑顔だ。


「いや、なんでもありませんよ? 結構仲いいし、クリュさんも慕ってるように見えたので、トモヤさんが意気地なしで告白できてないのかと思ったりはしてませんよ?」
「え?」
「……わかりました。私がクリュさんと一緒に寝ますよ」
(なんか、アリスの口から物騒な発言が飛びまくった気がするんだが)


 アリスも風呂の用意をしてから、、顔をキランと輝かせて、アリスに飛びかかる。


「クリュさーんっ、一緒に風呂に入りましょう!」


 ベッドの上にいるクリュは、アリスに飛び乗られ、可愛らしい笑顔を向ける。


「死にたい?」
「死にたくないです……」


 アリスがクリュに抱きつくと、即座にクリュが首を絞めにかかる。
 だが、本気ではないようで、アリスの顔に笑顔がある。


(案外、クリュってアリスに優しい……よな?)


 プラムがいたので、年下の相手はそれなりに得意なのかもしれない。
 智也は二人が部屋を出た後に、鍵を閉めて風呂に向かった。

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