黒鎧の救世主

木嶋隆太

第四十二話 トモヤさん

「トモヤさん、すいません! 私のせいでこんな場所で寝かせてしまって!」


 朝。
 大きな声に起こされた智也は、まだ寝ぼけている脳を動かす。
 智也の目が捉えたのは必死な様子で頭を下げ続けるアリスの姿だ。
 アリスに一瞬驚いたが、昨日の事件を思い出す。


「お願いです。わがままは言いませんから、見捨てないでください」
(俺ってそんな悪い人間に見えるのか?)


 アリスの様子も普段とは違うので、ともやはとりあえず朝食を食べるように提案する。


「……とにかく、朝食を食べよう。今日からは三人部屋に引っ越すんだから、」


 椅子から立ち上がり、体を伸ばすと骨が心地よくなる。変な態勢で寝ていたので、ところどころ痛いが気にしないでおく。
 クリュもすでに起きていて、宝物と言っていたネックレスを一度撫でてからポケットにしまった。


「あんた、顔に変な跡がついてるわよ」


 智也は自分の頬を撫でると、確かに跡が出来ている。放っておけばそのうち消えるだろう。


「クリュさん! 私のせいなんですから、トモヤさんに何か言うのはやめてくださいっ」
「……まだ、あんたいたの?」
「いちゃ悪いですか?」
「ええ、あんたの辛気臭い顔は見飽きたわよ」
「クリュさんのむすっとした顔も見ていてつまらないですよ?」


 アリスとクリュが向き合って不気味に笑いあう。


「あはは、やる気?」


 クリュが指を鳴らしたところで、智也が声をあげる。


「はい、ストーーップ。やるなら俺の目の届かない場所でやってくれ」


 喧嘩が始まりそうな二人の間に割り込んで智也はため息交じりに忠告する。
 アリスは自分から喧嘩を売ることは少ないので、クリュが落ち着いてくれないと、今後もこのような事件が起きそうだ。


 朝食の席に着くと、店員から新たな部屋の鍵を渡される。さっさと朝食をとり、部屋の荷物を新たな部屋へと移動する。
 とはいえ、元々荷物は少ないので時間は大してかからない。


「今日も迷宮に向かうんだが……アリスは一度家に戻ったほうがいいんじゃないか?」


 もしも宿を借りているのなら相手の店が困っているだろう。
 アリスはこちらの考えを見抜いたように、首を振る。


「家は一ヶ月区切りで借りているので、まだ大丈夫です。それより、私は教会に行きたいですっ。昨日みたいに戦いで足手まといになるのは嫌です」
「そうだな……じゃあ行くか」
(最近行ってなかったし、気休め程度にはなるか)


 ステータスについては北の国に行ってから信用がなくなっている。
 対人戦での苦戦がステータスを信じられない理由の一つだ。魔物相手ならば、ステータスは目安になるだろうと教会へ向かう。
 中に入って、列に並んでからレベルアップをしてもらう。


 Lv25 トモヤ MP308 特殊技 調査
 腕力79 体力70 魔力61 速さ72 才能10
 スキル スピードLv2 習得Lv1 武器精製Lv2 覚醒強化Lv1
 儀式スキル なし


 Lv26 クリュ MP246 特殊技 弱点探知、危険察知
 腕力74 体力65 魔力40 速さ80 才能9
 スキル 殺しLv3 ソウルバインドLv1
 儀式スキル なし


 Lv19 アリス MP134 特殊技 荷物運び
 腕力41 体力38 魔力41 速さ43 才能6
 スキル  ワープLv1 ジャンプLv1 マッピングLv1 お宝探知Lv1 魔物探知Lv1 レアアイテム確率アップLv2 料理Lv2
 儀式スキル なし


 アリスが確実に強くなっているが、やはり才能の差は大きい。
 単純に考えて、智也と同じレベルになってもアリスのステータスは智也に及ばないだろう。
 荷物もちなので、戦闘に関わる機会は少ないだろうが、迷宮の攻略を優先する場合はもっと強いジャンプ持ちの人間をパーティーに入れたほうが効率はいいはずだ。


 アリスが全く通用しなくなるまでは、アリスとパーティーを組む。教会を去ろうとしたところで、リリムさんの姿を見つけてしまい、小さくうめく。
 相変わらず長い銀髪は太陽を跳ね返して煌いていて思わず見とれてしまうほどに綺麗だ。


 うめき声がリリムさんに届いたのか、または見とれていたからか、リリムさんはこちらを見てにこりと柔らかく微笑み、智也も苦笑いで片手をあげる。


 過去、約三百年前の世界にリリムさんと同じ姿をした人間を見た。
 同一人物とは考えられないが、もしもそうだとしたら――いや、それはありえないだろ。
 この世界には三百年も生きる種族は存在しない。どの種族も基本的には人間族と同じだ。
 長い種族として、耳長族がいるが、最長は百五十年らしい。


「トモヤさん、お久しぶりですね」
「リリムさんも久しぶりです。今日は仕事ですか?」


 動揺はひとまず忘れるように世間話を繰り出す。


「そうですね。迷宮がまた攻略されて乱れた魔力を調整しに行かなくちゃならないんですよ。そういえば、異常生物と戦ったようですね」


 異常生物とは普通の生き物が何か外部の影響を受けて異常に成長した魔物のことだ。外部は、迷宮が攻略される際に生まれる魔力や人為的なものなどがあげられる
 魔物だけでなく、犬や猫などの生物にも影響を与え、時々人間さえも蝕むことがあるが、異常生物は滅多に生まれない。


「そういえば、リリムさんってあまり教会でレベルアップの仕事はしていませんよね?」


 教会に足を運ぶことが少ないので見ていないだけかもしれない。


「あらあら、私が仕事をサボってるみたいじゃないですか」


 リリムさんがむくれたので智也は慌てて手を振って否定する。


「いえ、その違いますよっ。いつも何してるのかなぁって」
(なんか、むしろ変な質問してないか? これだと俺が気があるみたいじゃないか)


 リリムさんに対してそんな気持ちはないし、そもそも色恋にうつつを抜かしてる余裕はない。そんなことをしていれば、地球に戻るときに未練が生まれる。


「トモヤさん知らないんですか?」
「なにを?」
一官ファーストの神官は神の力を一時的に体に宿すことができるんです。レベルアップは二官セカンドままでの神官が行うんです。元々一官は世界に四人しかいなくて、リリムさんは歴代最強の一官で有名なんですよ?」
「そんな有名人だったんですか」


 智也が知っている知識は主に迷宮に関わるものと魔物だけだ。確かに一官という言葉は何度か聞いたことがあるが、特に迷宮攻略に関係があるようには思えなかったので調べなかった。


「よく知っていますねアリスさん。今の彼女が話したように、私は神の力を宿して世界の魔力バランスを調整しています」
「ああ、だから初めてあったときも」


 塔迷宮の中でリリムさんと会ったときも何かをしていた。


「はい。魔力バランスが乱れて、異常に成長した魔物が塔迷宮にいたと報告がありましたので向かったらあなたがいたんです。肝心の魔物はいませんでしたけどね」


 智也はここぞとばかりに訊ねてみた。


「歴代最強ってことはご両親も相当に神の力を感じられたんじゃないですか?」
「いえいえ、私の両親は神官じゃありませんでしたよ。すぐに魔物に殺されてしまったので」
「えと、すいません」
「構いませんよ。魔物に殺されるのはそれほど珍しいことでもありませんでしたから」
(つまり、代々神官をやっていたわけじゃないのか)


 そうなると過去にみたリリムさんは本当にリリムさんなのか?
 深く考えると表情に出てしまうので、智也は思考しないようにする。


「もう少しお話したいのですけど、私も仕事があるのでこれで。順調に強くなってるようですね」
「ええ、まあ」


 智也の異常な成長率はリリムさんからすれば首を捻りたくなるだろう。
 特に追及されなかったことに胸を撫で下ろして、今度こそ教会を後にする。
 水筒に入っている魔石に魔法を刻み込んでもらい、アイテムの確認を行ってから智也はクリュとアリスに目を向ける。


「一度宿に戻って、アリスの鞄を取ったら迷宮に向かおうと思うけど、二人ともいいよな?」
「別に、あんたに任せるわ。今はあんたについていくわ」


 どうにも気になる一言だが、信用されていると受け取った智也。


「私もなんでもいいです。トモヤさんがいる場所ならどこでも」
「主体性のないヤツらめ。じゃあ、迷宮に行くからな」
「トモヤさんと一緒なら迷宮でもどこでも」
(……さっきからアリスが怖い)


 さすがにアリスの態度にクリュも気づいたようだ――俺の気持ちを代弁してくれ。


「ちょっと、あんた私がいるの分かってる?」
(そこじゃないんだよ)
「……クリュさんはいじわるだから嫌いです」


 ぷいっとアリスはクリュから顔を逸らすと、クリュはムカついたとばかりに腕を組む。


「誰がいじわるよ。……耳をもいでやろうかしら」
「物騒なことは人に聞こえないように言ってくれ」


 聞こえなければ胃がきりきり痛むこともないと智也は腹のあたりを押さえる。


「その、トモヤさん、張り付いていいですか?」
「え? 何かの病気でも発症したのか?」
「……男の人が怖いんです」


 道行く人も多く、何よりも重装備な男が増えている。今から迷宮やダンジョンに行くのだろう。


「歩きにくくならなければいいぞ」
「ありがとうございます」


 アリスが右腕に張り付いてきて、笑顔で見上げてくる。


(歩きにくいんだけど)


 先ほど言ったことをすでに忘れているようだ。アリスはそれからクリュのほうを見ると、クリュが目を鋭くした。


「あんた潰されたいの?」


 クリュの底冷えするような声に智也はひぃっと小さく悲鳴を漏らす。


「なんでもないですよーだ」


 アリスは余裕そうに智也の腕を胸に抱える。
 智也がちょっと目を離した隙にアリスが何かをしたのかクリュがまた切れていた――ほんと、お前たち俺の目の届かないところで喧嘩してくれよ。
 一悶着はスルーして歩き出す。向かいから足元のおぼつかない男がこちらに向かってくる。
 こんな時間から、酔っ払っているようだ。ぶつからないように道の隅の影へと移動して、興味本位でその男を見る。


「おーい、もっと酒をくれぇえい!」


 顔を真っ赤にした男が近くの店に近寄り、でへでへと気持ちの悪い笑みを浮かべる。
 金を払い、酒をもらった男はまたふらついた足とりで、道を戻っていく。


「本当に、ああいう男の人って最悪です」


 アリスがぽつりと先ほどの男の背中を睨みながら漏らした。


「最悪って、そこまで言うほどじゃないんじゃないか?」


 先ほどの男は酔っ払っているが、周りに迷惑はかけていない。


「酔っ払ってる人ってなんだかだらしないじゃないですか。トモヤさんみたいな人が世の中にあふれればいいのに……」
「俺が世の中に溢れたら、たぶんこの世界は一ヶ月もしないうちに潰れるけどな」


 アリスのこぼれた言葉に、智也はおいおいと思いながら素直に言ってやった。


「そうですか? 智也さんみたいな素敵な人が世界を動かすのなら、私は幸せですよ」
(絶対ムリ。それに俺が素敵って……いったいアリスにはどんな風に映ってるんだ。トモヤさんとかいう人物は)


 自分と比べたら別人じゃないか。
 クリュがふんと髪をかきあげ、その手を智也の顔に突きつける。人を指で差すなと智也は彼女の指を横にずらす。


「こいつで溢れたらキモイじゃない。あっちにもこっちにもいて、うっかり殴りそうだわ」
「私は嬉しいですよーだ。クリュさんには分からないんですね、トモヤさんのことが」
「なに? あんたこそわかってないんじゃない? とりあえず、あんたの目さっさと交換してもらったほうがいいわよ」
「なんで、クリュさんはそんな喧嘩ごしなんですか!」
「あんたには言わなくないわよ」


 クリュとアリスがまた口喧嘩に勃発したが、智也は彼女らの会話を耳に入れないようにした。
 直接的な殴り合いが始まらない限りは無視しても問題ないだろう。


(それにしてもアリスは……おかしくないか?)


 一緒に行動していて、智也は自分に対する過度な好意に疑問が生まれる。前から慕われるように行動していたのでそれはいいのだが、どうにもおかしい。
 先ほどからアリスが放つ言葉の一つ一つが、体を締め付けるような感じがする。
 クリュと一緒にいるほうがまだ落ち着くんじゃないかと智也は思い始めている。




 宿により、アリスは一人で荷物を取りにいった。


「あんた、あの子をどうするつもり? 見てて、あんたに依存してるのがみえみえでぶん殴ってやりたいんだけど?」
「よく手を出さなかったな……」


 口より手が出るクリュにしては珍しい。それにしても、依存という言葉に智也は今の状況の気持ち悪さを理解した。


「どうでもいいでしょ? あの子の親でもやるの? 仲良く探索ごっこでもする?」
「なんでそんな突き放すような言い方なんだよ。あいつは、色々苦労してるんだ」
「あたしはああいうの見てて嫌いなのよ。誰かに助けを求めて、困ってる自分を助けてもらおうって……殺したくなる」
「……そこまで、いうほどじゃないだろ」
「あんたにとってはそうかもしれないけど、あたしは違うから」
「よく、知ってるよ」


 クリュが考えなしに殺しをしていたわけではないのは分かっても、本質的なものは変わらない。クリュが色々なことを考えて、そして不器用ながらに自分にアドバイスをしているのも分かる。


「俺も、色々考えてるんだよ。だから、もう少し待ってくれ」


 智也は、それから考えを巡らせる。
 今のアリスは自分に頼っている。それは何となくわかるが、具体的にどうやって対処すればいいのか。
 答えは出ない。
 突き放すべきなのか、受け入れるべきなのか。
 彼女にとって頼れる存在がどれだけいるのかがわからない。このまま自分がいなくなった場合に、アリスがどうなるのか。
 最悪の事態になったとき、智也はそれに耐えられる自信がない。
 結論が出ないまま、アリスがそれほど綺麗ではない家から出てくる。


「お待たせしました。行きましょう、トモヤさん」
「チビ、私を忘れるんじゃないわよ」
「そうでしたね、クリュさんもね」


「ふふふ……」


 二人が奇妙な笑いを浮かべているが、智也はそんな気分になれない。

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