黒鎧の救世主

木嶋隆太

第四十話 賞金首

宿を出て、北地区に向かう智也たち。夜にも関わらず正道は相変わらずキラキラと眩しい。
 智也たちはカップルにでも見られているのか、客引きの人間に絡まれることはなく比較的ラクに賞金首を探せている。黙って歩いているのもつまらないので、智也はここ最近感じていたことを言ってやる。


「案外人見知りだよな、お前」


 智也の言葉に、クリュは「はぁっ!?」と大げさなくらい大きな声をあげる。
 心外とばかりに腕を組み、鼻を鳴らす。


「人見知りじゃないわよ」
「だって、お前俺とアリス以外と全然喋らないだろ」


 アリスとだって、最近話すところを見ているだけだ。


「恥ずかしいのか?」


 智也がニヤニヤを隠すように口元へと手をやる。異世界に来てからストレスを溜め込むこと多く、智也はそのはけ口とばかりに、クリュをからかっていた。
 智也の態度に腹を立てたのか、地団駄をふみクリュは智也に詰め寄る。


「だ、れ、が! 別に全然恥ずかしくなんてないわよ、死んどけっ」


 クリュはぷいっと顔を逸らす。横顔を夜の明かりが映し出し、仄かに赤いのが分かる。
 余裕がないクリュを見て、証明していることは丸分かりだがそこを追及はしない。


「アリスとは仲良くしてやれよ」
「あんたって……あいつのこと気にしすぎじゃない?」
「色々あるんだよ」


 アリスがクリュと仲良くなれば、パーティーに留まってくれる可能性もあがる。それは最後には智也のためになるのだから、気にかけるのも当たり前だ。
 智也が考えを巡らせていると珍しくクリュが動きを止めて一点を睨む。


「あの女……」
「知り合いか?」


 狭く暗い道の中へ消えていった背の低い人間。
 恐らくは年寄りなのだろう。頭を隠すようにローブを被っていたので、背中が曲がっていることだけしかわからなかった。


「前にエフルバーグといたときに会ったことがあるのよ。確か、情報屋、とか言っていたわね」


 プラムがとクリュは最後に憎たらしげに付け足す。
 エフルバーグはこの国の情報を入手するのが難しかったはずだ。それを補っていたのが先ほど見かけた人間なのだろう。
 智也は顎に手をやり、情報屋が消えていった暗い道を睨む。


「あいつを追うぞ」
「寄り道は別にいいけど、最後はちゃんとしなさいよ」


 最後というのは賞金首を見つけろということだろう。
 智也はなるべく気配を消すようにして、道に入る。クリュは完全に消えているが、智也はまだまだ甘い。


「魔法よっ!」


 クリュが後ろ襟を引っ張られる。喉が閉まり、白目を向きそうになるが、先ほど自分がいた足場から垂直にあがった火の玉。
 火の玉から感じる熱は肌を焼きそうなほどに強い。もしも、あれに巻き込まれてしまったら……。
 智也は頬を伝う冷や汗を拭いながら、自分の首元を掴んだままのクリュに顔を向ける。


「魔法……トラップか。ありがとなクリュ」
「だから、油断しないって言ったでしょうが。あんた、気抜けすぎよ、間抜け」


 歯を見せるように笑うクリュに智也は苦笑を返しておく。


「……そこまで言うなよ。悪いことは覚えないに限るんだ」
「そうね。失敗は成功で返しなさいよ」


 クリュが体を引き起こしてくれるのと同時に、闇の中からナイフが二本飛ぶ。
 智也は剣を逆手に持ち二つを弾き落とした。
 クリュが敵の位置を認め、お返しとばかりにナイフを投げると金属音が響く。


「人をつけるのには慣れていないのかい、若造」


 何事もなかったように、ローブを身にまとった人間が暗闇の中から出てきた。
 声はしわがれている。頭にかぶっていたローブを外すと、ばーさんが現れた。


「エフルバーグの使いってところかい?」


 敵意は一瞬にして消えて、何かを企んでいるような黒い笑みを浮かべる。
 エフルバーグが死んでいることは伝わっていないのか。
 あるいは、相手はそれを知っていて自分たちを試しているのか。
 正直に言っても、相手は本気の罠をしいてくる人間だ。いいように利用されるかもしれない。


「ああ、そうだ」


 ばーさんはこちらの真意を見抜くように瞳を覗いてくるが、智也は毅然とした態度を崩さない。
 本道からは楽しそうな会話が届き、活気がある。だが、智也たちがいるこの道だけは鋭い刃のような空気が満ちている。
 ばーさんは意味深に口元を歪め、鋭い視線を柔らかい者に変える。


「そうかい、まずは金を払いな」


 ばーさんが皺だらけの手を向けてきて、智也はちらと見てからばーさんを睨む。


「まずはこちらが求める情報かどうか、教えてもらおうか」
「信用ないねぇ。ここ最近この街を拠点にしている賞金首たちについて、これでどうだい?」
「ああ、それで間違いない。居場所はどこだ?」
「金だよ」
「……もしも嘘を教えたらわかってるよな?」
「エフルバーグを騙して生き残れるとは思っていないさね」


 エフルバーグの名前を利用するのは何かと便利そうだ。


「金額はいくらだ?」
「八千リアムだね、さっさと払いな」
「賞金首どもはそれ以上の価値があるんだろうな……」


 智也は指示された金額を払い、それから居場所を教えてもらった。
 敵のリーダーの名前を教えてもらい、ばーさんと別れてから以前メモした紙で照らし合わせてみた。


「……ビンゴ」


 智也は指を鳴らそうとするが、不発に終わる。


「よかったわね。さっさと行くわよ」


 クリュはうずうずが止まらないようだ。
 目的地の建物に向かう。鍵付きの扉があり、一人の太った男がクロスボウを手に持って鍵を閉めている。
 赤いクロスボウだ。


(アリスが使っていたクロスボウに似てる?)


 きっと気のせいだろう。アリスを気にかけていたから、連想されるように思い出してしまった。
 調査を使って調べ、男が賞金首だと分かる。
 ならば、とやる気で震えだしそうなクリュをけしかけることにする。


「クリュ、あいつをやるぞ」
「どんな殺しを所望?」
「殺すな。あいつは気絶にしておけ」


 クリュが不満そうに頬を膨らませる。


「つまらない。そんなんじゃこの興奮は収まらないわよ」
「すぐに中に行くんだ、とっとけ」


 クリュは舌打ちするように背後からの一撃。太った男がクリュに気づいて戸惑った声をあげるが、顔面に拳が数発はいると静かになった。
 男の懐を漁り、鍵を取り出してクリュに太った男を引きずらせる。


 建物に駆け寄り鍵穴に差し込み、扉を開ける。
 建物に踏み込むと、酒くさい。中は明かりがあり、酒盛りをしているのがわかる。
 床の木はぼろく、歩くたびにみしみしと悲鳴をあげる。
 建物の中にいた数人は、仲間の帰りだと思ったのか友好的な笑顔でこちらを向く。
 そして、全員の目が怪訝な色になり、建物内が静まりかえったところで智也は言い放つ。


「あんたら、賞金首だろ?」


 智也の声を聞くと、男を引きずってクリュが入ってくる。
 重かったのか、最後には蹴り飛ばす。派手に転がった男の顔を見て敵の一人が駆け寄る。


「おい、デレブ! しっかりしろ!  クソ、傷が深い! お前らが、やったのか?」
「安心しろよ、暴れなければ騎士に突き出すだけだ」


 賞金首は殺されても文句を言えない集団だ。
 とはいえ、絶対に殺さなければいけないわけでもなく、捕らえて騎士に突き出せばいい。
 男は「賞金稼ぎか……」と舌打ちする。男を見せしめに使ったおかげで、敵が動揺しているのが分かる。
 男たちの中に混ざっていた女が、突然席から立ち上がる。


「お、お願い! あんたのために何でもするから殺さないでっ!」


 大胆な服装をした女が智也に対して涙目を向ける。


「なっ、テメェ裏切るつもりか!」


 仲間が声をあげると、女はふんっときつく睨みつける。


「あんたたちと仲間になった覚えはないわよっ。ねえ、私のこと性奴隷のように扱っていいからアンタの仲間にしてくれない? なんでもするからさ」


 甘えた声をあげる女を見て、智也は腰に手を当てる。


「なら、大人しく騎士に突き出されてくれ。仲間を簡単に裏切るようなヤツを信頼できるか」


 智也が言うと、クリュが小さく笑い声をあげる。
 妙に耳に残る声だったので、そちらに視線を送ると鬼がいた。


「お、おいクリュ」
「ねえ、さっさとやっていい? 今かなりムカついてるんだけど」
「お、おう。が、頑張れ」


 クリュはゆったりとした動きで先ほどの女に近づいて頭を殴る。
 女は顔を庇うようにすると、今度は腹をけりつける。目を指で突き、女の指を一本ずつ折っていく。
 凄惨な光景に敵の男たちは一歩も動かない。
 智也は余裕そうに立ちながら、目を瞑って地球の頃好きだった曲を心の中で歌って意識を逸らしていた。
 ――殺しにはなれてきたけど、今日のクリュは一段と酷くないか?


「やめ……ぐ、えぐう……」


 やがて悲鳴さえもなくなり、クリュは楽しそうに笑いあげて肩ほどの髪をかきあげる。終わったかと智也が目を開けると、決心がついたのか仲間だった男が剣を抜いて声をあげる。


「死ねっ!」


 完全な死角からの攻撃。男の表情が勝利に支配される。濃くなっていく男の笑みに、智也はため息を漏らしながらスピードと覚醒強化を発動する。二つの併用により、あっという間に男の前に立ちはだかる。男の手首を掴み、軽く捻る。


「あぐっ!?」
「クリュ、はしゃぐのもいいけど、敵に背中をさらすなよ」
「あんたが動くのを視界のはしでちょろっと見たのよ」


 覚醒強化のスキルにより、智也の体にはオーラのようなものが浮き上がる。
 時間はそれほど持たないが、大人を片手で持ち上げられるほどに筋力は強化されている。
 こいつも賞金首だ。智也は手首の骨を折り、痛みに震えている男の喉に剣をつきたてた。


「あんた、人の獲物をとるんじゃないわよ」


 文句を言っているが、クリュはそこまで気分を悪くはしていないようだ。
 「だったら、さっさと終わらせてくれ」と智也は男たちから距離をとり、二階に繋がる階段へ向かう。仲間がいないか、確認するためだ。


「生きて帰れると思うんじゃないよ!」
「あんたがな」


 道を塞ぐように、片手で操れるほどの斧を振るってくるが、見切ってお返しに腹を蹴り飛ばす。壁に叩きつけられた男は苦悶の声をあげて、気を失った。
 同時に身体強化がなくなる。およそ三十秒だ。もう一度使用してみようと思うが、発動しない。やはり制限時間などがあるようだ。


 二階に上がる。
 明かりはなく、ほこりっぽい。カビのような臭いに智也は鼻へ手をやりながら木の床を踏む。
 みしみしと壊れそうな音に何人かの人間が気づき、目を開ける。死刑が迫っているような、恐れた表情だ。
 悲鳴があがりそうだが、全員声をあげられないように、口元をタオルで押さえつけられている。
 体を縛っているロープをナイフで切り、口元のタオルを外してやる。


「アリス……?」


 気を失っている中にアリスがいた。やはりさっきのクロスボウはアリスのモノだったのだ。
 驚きを感じながら、近づいて拘束を解除してやる。
 まだ目は覚まさない。簡単に捕まっていた人たちに事情を説明すると、喜んで涙をあげる。うるさいので静かにしてくれと伝えておく。
 耳を澄ますと、騒がしかった一階が途端に静かになる。戦いが終わったのだろう。
 クリュが負けたなどと心配はしない。あいつは強い。


「終わったわよ、こっちは」


 階段からあがってきたのは返り血を指で拭って舐めているクリュだった。
 久しぶりの殺しによって満足しているはずだが、表情は芳しくない。
 どちらにせよ、クリュの約束は果たした。


「こいつらは?」
「捕まっていたみたいだな」
「ふぅーん、つまらないわね」


 敵だったら殺すつもりだったのだろう。クリュは部屋を見て回り、部屋の隅にあった蜘蛛の巣に頭から突っ込んだ。
 それを尻目に智也は捕まっていた者たちをどうするか考える。騎士を呼びに行くとして、クリュにそれを頼むか、見張りとしてクリュをここに残すか。
 ……どっちも無理そうだな。
 智也はまだマシな見張りを任すことにした。


「俺は騎士を呼びに行ってくるから、ここの見張りを任してもいいか?」
「ふぅん、さっさと行ってきなさいよ」
「ああ、もしも仲間が乗り込んできたら、殺さない程度に潰してくれ。もしも危険があったら逃げてもいいから」
「私が逃げる? 笑えない冗談ね」
「お前が強いのはわかってる。だけど、お前に何かあったら嫌だからな。わかったな?」
「……わかったわよ。頭の端っこには置いとく」

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