黒鎧の救世主

木嶋隆太

第三十六話 習得

 智也が顔を向けると、グランドは手を伸ばすようにして歩き始める。
 もう、戦える様子ではないのは見れば分かる。


 だが、智也の警戒心は消えない。治療もほとんど終わり、智也は立ち上がり武器を構える。
 近づいてくるグランドの目はどこか生気があるように見えた。


「……魔王……ダメだ」
(なにか、伝えたいのか?)


 智也は警戒を怠らないようにしながら、


「お前の……習得……れを」


 グランドは右手に何かを出して、智也に差し出す。
 反撃を恐れていたが、ずっと腕をこちらに向けているグランドからそれを受け取る。


「魔石……?」


 何かを聞こうとグランドに顔を向けるが、体は灰になっていく。
 風が吹き、彼の死体をなくしていき、残ったのは大きな魔石だけだった。


「人が死んだときに出す魔石? ……でも、そこにも大きな魔石があるんだよね」
「……よくわからないね」


 智也は難しくなりそうな事柄に対して、顎に手を当てる。


「習得、って言ってたよね。キミが持っていたほうがいいと思うんだ」
「習得、か」


 そういった瞬間魔石が光る。


「え?」


 智也が驚いた声をあげて魔石を放り出そうとするが、魔石は


「熱いっ!」


 智也は胸の中をかき混ぜられるような感覚にうずくまる。胸を押さえながら呼吸を荒くして、痛みに耐えようとする。


「トモヤくん!? 回復丸!」


 ミルティアさんが手に乗せた回復丸を智也が奪い取って口に含むが、痛みは消えない。
 地面を転がり、しばらく痛みが続く。


「はぁ……はぁ……なんなんだよ」


 ようやく痛みが引き、智也は膝に手を当てながら立ち上がる。
 服についた汚れを落とし、呼吸を整える。


「トモヤ、くん。自分のステータス見てよ……」
「ステータス?」


 どこか震えているミルティアさんの声に反応して智也も見てみる。
 すると、スキルの場所に覚醒強化Lv1という見たこともないスキルがあった。


「新たなスキル?」
「こんなの初めてだよ……トモヤくんボクの初めてを奪いすぎだよ」


 ミルティアさんが目を見開いたまま、こちらを見る。


「その台詞は誤解を生むからやめようね。とりあえず使ってみるか。覚醒強化」


 智也がそれを発動させようとするが、発動できなかった。
 MPが足りないのだと思い、MP回復丸を使ってからもう一度試してみる。
 すると青い光が体を纏い、智也の体を軽くする。


 試しに動いてみると、いつもの倍くらい早く動くことができる。
 智也とミルティアさんは顔を見合わせてお互いにこの能力についてすぐにわかった。


「それって、さっきのグランドが使っていたスキル、ってことだよね?」
「たぶんそうだね」


 智也は首を捻る。


「魔石を使って他人のスキルって覚えられるものなのか?」


 ミルティアさんは腕を組み、指でとんとんしながら考える。


「そんな話は聞いたことがないけどなぁ。ていうか、ボクはあんまり勉強とか得意じゃないから、トモヤくんのほうが知ってる気がするよ?」
「俺も聞いたことないんだよね」
「習得のスキルを持ってるのならもしかしたら可能なのかもね。試しにやってみる?」


 十九階層で倒した魔物の魔石をミルティアさんは腰につけた袋から取り出す。


「習得……」


 先ほど同様声に出してみるが、何も起きない。


「人の死体から手に入る魔石じゃないとダメなのかな? 詳しいことはわからないね」
「そうだね。とりあえず、今はこの大魔石を持ち帰ろうか」 


 智也とミルティアさんは目の前にある人の頭よりも大きな魔石を見る。 
 ミルティアさんは何を思ったのか、刀を抜き一閃。
 大魔石が半分に割れて、片方を智也に渡す。
 それでも両手で持つのがちょうどいい大きさだ。


「トモヤくんの時代と少しお金が違うんでしょ? この魔石は自分の時代に戻ってから売ったほうがいいよね」
「いや、別にお金はいらないよ。だから、全部ミルティアさんが売ってくれればいいのに」
「ボクだって、半分あれば十分だよ。まだまだ塔迷宮にはボスだっていっぱいいるんだからね。それに、あの大きさを一人で持つのは苦労するのです」


 ミルティアさんは強引に智也に魔石の半分を渡してくる。


「……わかりました」


 智也としても大金が手に入るのなら、出来れば欲しい。
 両腕で抱えるのがちょうどいい。それほど重くはない。


「それじゃ、戻ろっか」


 ミルティアさんはワープのスキルの準備に入り、智也は念のために周囲を警戒する。
 とはいえ、ここがボス部屋であるので魔物なんて出るはずもない。


 すぐにワープが発動して、智也たちはギルドの前にいた。


「たぶん、一緒に行っても気分を悪くするだけだから、トモヤくんはここで待ってて」
「一人で大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。トモヤくんが待ってるんだもん」


 ミルティアさんは無邪気に笑い、ギルド内へ消えていく。
 智也はしばらくギルドの前で待つ。近くに飛んできた小鳥と会話を楽しんでいると足音が近づいてくる。


「ごめん、待った?」
「いや、大丈夫だよ」


 立ち上がり、魔石を改めて持ち上げる。


「いやぁ、結構なお金になったよ」


 右手に持つ袋はパンパンだ。
 ミルティアさんの嬉しそうな顔に、「よかったね」と相槌をしておく。 


「ボクはこれから、病院に行くんだけどキミはどうする?」
「どこか体が悪いんですか?」


 とてもそうには見えない。
 戦闘のときも魔法に近接戦に大活躍だった。


「ボクの弟がね」


 表情に出さないようにしているようだが、暗い様子なのはわかってしまう。


(あんまり関わらないほうがよさそうだけどな。でも、どうなんだろう)


 ミルティアさんに頼めば一度家に運んでくれるかもしれない。
 彼女が病院についてくるのを嫌がっていないのだったら、一緒について行くだけなら智也が我慢すればいい。


「俺が行って、弟さんは嫌な気分にならないか?」
「それがさ、ボクの弟ライルって言うんだけど、ボクが友達いないのを心配してるんだよ。だから、出来ればついてきてほしいかなぁって」
「そうなんだ、俺は別に行ってもいいよ」
「ありがとね」


 ミルティアさんはにこりと微笑み、ワープを使って病院の前に移動する。
 中に入ると、独特の臭いがする。受付のような場所に行き、一言話をしてからミルティアさんは歩き出す。
 階段を一つ上り、ライルという札がついた個室に入る。


「やほー、お姉ちゃんがやってきたよー」


 ミルティアさんが片手をあげる。


「姉さん、昨日振り」
「ミルティアさん久しぶりです」


 二人の人が出迎える。
 一人は弟のライルだ。ベッドに背をつけて体を起こしている。もう一人は……分からないが、母親ではないのは確かだ。若すぎる。


「あっ、マナナちゃんも来てたんだ。盛ってるなぁ、二人とも」
(彼女、ね)
「ミルティアさん変なこと言わないでください!」


 マナナさんは恥ずかしそうに顔をそらし、智也と目が合う。
 何かを言わなきゃと智也は頭を少し下げて、どうもと一言。


「ミルティアさんこそ彼氏が出来たんですか?」
「かかかか、彼氏じゃないよっ! ただの仲間だよ」
(はっきり言われると何か、悲しいなおい)


 とはいえ、ミルティアさんのためにも智也も弁解しておく。


「俺は一時的にパーティーを組んでる仲間だよ。トモヤっていうから、よろしくね。マナナさんが期待してるような関係じゃ全然ないから」
「そうなんですか?」


 マナナさんの顔はミルティアさんに向いている。


「うん、そんな感じだよ」


 ミルティアさんの返事に力がなくなる。


(やっぱり、ライルくんの調子が気になるのかな)


 三人で話していても全く会話に参加してこない。


「あぁ、ちょっと俺トイレに行ってくるよ」
「……あ、私も少し行ってきますね」


 智也の意図したことを理解して、マナナさんも立ち上がる。
 しばらくトイレで時間を潰し、それから智也は部屋を覗く。


 中には三人がいて、楽しそうに話をしている。とてもじゃないが、智也が混ざれるとは思えない。
 下手に入っても、空気を悪くしそうなので智也は部屋の横に立って、邪魔しないようにしていた。


「あ、ボク水筒に魔法つけてもらってくるね」


 中から聞こえた声に智也は背中を離して、扉に手をかける。


「トモヤくん、長かったね」
「ちょっと、腹の調子が悪かったんだ。ミルティアさんは水筒?」
「うん、魔法が切れてたみたいだからね。トモヤくん、ごめんね。なんか気を遣わせちゃったみたいだね」


 ミルティアさんは両手を合わせて、申し訳なさそうに目を瞑る。


「大丈夫だよ。水筒、俺が行ってこようか?」


 正直、ミルティアさんがいないのに全く関わりのない二人と一緒の部屋に滞在するのは避けたい。


「いよいよ、そんなことさせられないよっ」


 ミルティアさんは病院を駆けていってしまう。
 その背に悲しく手を伸ばすが、捕まるはずもない。いつまでも突っ立っているわけにもいかないので、智也は意を決して中に入る。
 二人は笑顔で迎えてくれたので、智也も片手をあげて引きつった笑顔をお返しする。


 部屋は静かになっている。
 太陽の光を受け、窓の外で気持ちよさそうに飛びまわってる鳥たちを憎々しげに見つめる。
 ……何をしゃべればいいのだろうか。智也は共通の話題であるミルティアさんを中心に必死にネタを考える。


「トモヤさんは、姉さんとパーティーを組んでいるんですよね?」


 相手が振ってきてくれ、ホッとしながら智也は慌てて返事をする。


「そうですね」
「姉さんに合わせられていますか?」
「まあ、ぎりぎりですかね」


 スピードがなければ正直一緒に戦える気がしない。


「あの、その。こんなこと言うのも失礼かもしれませんが……」


 ライルくんはそこで言葉を区切り息を吸う。
 部屋はライルくんの発言を響かせるかのように静まり返っている。


「姉が無茶しないように、見守ってくれませんか?」


 答えは、予想していたものだった。智也は耳を塞いでしまいたかったが、必死に衝動を抑える。
 ――他人の頼みを背負えるほど、俺は強い人間じゃない。自分のことで精一杯なんだ。


「私からもお願いできませんか。私じゃ、全然力に慣れないので……」


 仲睦まじい二人の頼み。
 智也は厳しい顔つきになりながら、それを隠すように二人から視線を外した。


「僕も昔は冒険者として姉さんと一緒に戦ってたんだけど、今は……何もできないから」
「……そうなんだ」


 Lv8 ライル MP120 特殊技 なし
 腕力21 体力18 魔力18 速さ19 才能7
 スキル 詠唱短縮Lv1 フレイムブレスLv2  アイスアッパーLv1 ジャンプLv1 ワープLv1
 儀式スキル なし


 さりげなくステータスを見るとミルティアさんの弟なんだなと納得させられる。


(無茶、ね)


 すでにさっきその無茶を冒してきたので、智也は空笑いを浮かべるしか出来ない。 


「まあ、俺が出来る範囲でなら、ね」


 冷や汗が背中を伝いながらも智也は目一杯笑顔を作った。
 口先だけの人間にはなりたくないので、断言はできない。


(年がら年中見守れるわけじゃないんだよな)


 ミルティアさんが今後も一人で塔迷宮を攻略しようとしているのなら、不安が多い。


「本当に、すいません」


 ライルくんが申し訳なさそうに頭をさげたところで、空気をぶち壊すように扉が開け放たれる。


「ごめん、ごめん! ライル調子はどう?」
「急がなくても大丈夫だよ。トモヤさんと楽しく話してたからね」


 ライルくんが口裏を合わせてくれとこちらへウインクする。


「本当に、ライルくんはいい子だよね。お姉さんのことを思って」
「ちょ、ちょっとトモヤさん!」


 ライルくんは焦るようにこちらに体を伸ばして手を向けてくる。智也は移動して、ライルくんの攻撃を避ける。
 ニヤニヤと口元を僅かに吊り上げて、少しからかってみた。


(やっぱりお姉さんに聞かれたくなかったから、お姉さんがいないときに話をしたんだな)
「ボクのこと?」
「ミルティアさんのことが心配だよって言ってましたよ」
「……ライル、お姉ちゃんは大丈夫なんだからね。そんなに心配しなくていいよ」
「うっ、別にそこまで心配してないし。」
「でも、ありがとね」


 ミルティアさんは嬉しそうに笑って、ライルくんに水筒を渡す。
 智也はふうと息を吐き出し、天井を見上げる。


(家族、ね)


 少し地球にいる家族を思い出していた。
 ずっと家にいたときは、さっさと一人暮らしがしたかった。だが、異世界にいる今は家族に会いたいとも思ってしまう。


(やめよう、地球のことを考えると気分が重くなる)


 ミルティアさんの話が終わったら、魔石をもって病院を後にする。
 ミルティアさんはワープを使わない。どうにもそんな気分じゃないのか、歩いて移動する。
 智也も歩くほうがいいので、気にしない。
 沈み始めた太陽が照らす道を歩く。隣り合わせで、妙に距離は近いが気分は悪くない。


「トモヤくんは、何も聞いてこないんだね」
「何もって?」


 恐らくだが、返事は予想できる。


「病気のことや、廃人族のこと。ボクのこと、色々と聞きたいこともあったんじゃない?」


 ……どうだろう。


「ああ、人の細かい事情に踏み込めるほど、俺は……いや、まあ、簡単に踏み込んでいい話題じゃないと思ったからね」


 ただ、人と深く関わるのを恐れているだけだ。
 相手の事情を知り、相手の悩みを聞いてしまう。そうすれば、関わらざるを得ない。


「そうなんだ。でも、ボクは聞いてくれてもいいかな? 勝手だけど聞いてくれたほうが少しは気がラクになるかもって。一人で悩んでると不安になるんだ」
「……それは誰でもそうだよ。俺でよかったら聞くよ」


 ミルティアさんが「押し付けたみたいで、ごめんね」と一言謝る。


「呪い、なんだって。ボクたちの一族だけがかかるって言われてる寿命を削る病気。治す手段は見つかってなくて、今は進行を抑える薬でなんとかって感じかな。せっかく、冒険者として才能もあって、彼女もいるのに……幸せにしてあげたいよ」


 医術など全くわからないので、智也にもどうしようもなさそうだ。
 病院を出てきて、智也はいい加減重くなってきた大魔石をどうしようか考えていた。


(もっていけるのかわからないけど、ずっと持ってないといつ戻るかわからないしな……どうしよ)


 大魔石は正直言って荷物でしかない。


「あっ、教会に行こうよ」
「ちょ、ちょっと重たいから、一回家に戻ってくれないか?」
「そうだった、そうだった。ごめんね」


 ミルティアさんは朗らかに笑い、魔法の準備に入る。
 智也は迷宮にいたときの気分で、周囲を警戒するように見回し。


(あの人は!)


 智也は大魔石を持ったまま、走り出した。


「ちょ、ちょっと!? 魔法の準備終わったんだけどっ」


 ミルティアさんの制止の声も聞かずに智也は走るのをやめない。
 曲がり角に消えていった人間に見覚えがあった。


 智也は曲がり角を抜けたところで、息を乱しながらその背中を見つめる。
 横に並ぶ人間となにやら難しい顔で話をしている女性は、銀色の髪をしている。


 遠くにいるのは、リリムさん。


(なんで、ここにいるんだ?)


 ここは、過去の世界。
 塔迷宮にボスがいたので、過去ということは揺ぎないものになっている。


 だが、そこで智也の体はぐらついて、意識を失った。
 一言、別れくらいは伝えておきたかった。

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