黒鎧の救世主

木嶋隆太

第三十話 おんぶ



 リートさんの家は二階建てだ。庭もそこそこ広く、智也も将来このくらいの家をもてたらなと思う。もちろん地球で。


「ただいま」


 リートさんが静かに鍵をあけ、中に入る。すぐにクリュと大差ない年齢の女性が、エプロンを身につけた状態で玄関にやってきた。
 恐らく、彼女がリートさんの妹なのだろう。智也は簡単に頭を下げておく。


「兄さん? ええと、その人たちは?」


 突然の来訪者に戸惑っているようだ。


「こいつはこの前知り合った冒険者で、こっちの美人さんは彼女だそうだ」


 リートさんの自己紹介に間違いがあった。


「彼女じゃないんですけど、えっとリートさんの妹さん。いきなり来てすみません」
「ああ、いえ、大丈夫です。ただ、兄さんが友達を連れてくるとは思っていなかったので……」


 心から驚いているのか、目を見開いたまま固まっている。リートさんが少し誇らしそうに胸を張る――子どもか。


「とりあえず、あがってください。ええと、私はリナです」
「あっ……と、俺はトモヤです。それで、こっちがクリュです」


 クリュの肘を小突くと、苛立ったように目を向ける。


「なんか言えって」


 クリュは困ったように頬をかく。


「……なんか」


 智也は思わず、ぶっ飛ばすぞと口から出そうになるが、返り討ちにあってしまうのでぐっと飲み込む。話すのが苦手なのはわかったのでサポートすることに。


「よろしくって言っておけよ」
「よろしく」


 クリュは冷たく言うが、リナさんは微笑んでいる。いい人でよかった。


「仲いいんですね」
「よくは、ないです。ええと、リナさん。こいつ人見知りなんで、その……なんか色々すいません」
「大丈夫ですよ」


 優しいリナさんに心の中で感謝する。リートさんが靴を脱いで、上がる。智也にしてはごく普通の光景だが、靴を脱ぐ行為はこの世界ではあまりない。


「あっ、はい。うちは靴脱いであがってください」
「珍しいね」


 素直な言葉が口から出る。


「私たちの住んでた場所ではこれが普通だったんですけどね。ここら辺だと違いますね」
(なるほどね)
「俺はこっちのほうがいいかな?」
「そうですよね。家の中で靴を履いていると、なんか嫌な感じがしますよね」


 智也とクリュも靴を脱ぎ、適当に脱いだクリュの靴を直して、リビングに向かう。
 テーブルにはリナさんが飲んでいたのかコップがある。リートさんがソファに座り、智也を対面のソファに座るよう手で誘導してくれる。
 ふにゃぁと、ソファは沈み、クリュは気に入ったのか、僅かに体を上下する。リートさんがくすりと笑みを漏らす。


「楽しそうだな」


 智也は自分の頬に熱が集まるのを感じ、クリュに肘を当てる。


「リートさん、すいません。クリュ、やめろって」
「いや、別にいい。女性の笑顔は見てて、悪い気はしないからな」


 全く、クリュの子どもすぎる性格は困りものだ。リートさんがお世辞で言っているのか、本気で言っているのか分からない。
 どちらにせよ、隣に座る自分が酔ってしまうので、早急にやめてもらいたい。


「トモヤどうする? 風呂入って来るか?」
「いや、いきなり来て悪いですよ」
「風呂を借りに来たんですか?」


 リナさんが小首をかしげる。


「ちょっと話があって、風呂に入るのはついでといいますか……」
(なんかリートさんを利用しているみたいだよな。あんまりいい気しないだろうな)


 どのように言うのが一番いいのかわからず、緊張の汗が噴き出る。こういう場面は本当に嫌いだ。


「入らないのか? そっちの、クリュ、だったか。風呂に入ってきていいぞ」 
「あたし、一人で入るの嫌なんだけど」


 クリュが言った途端、リートさんの隣に腰を下ろしたリナさんが、瞳に星を浮かべて体を乗り出してきた。


「きゃぁっ! それってやっぱりトモヤさんと入りたいってことですか!? つまりつまり、やっぱり彼氏彼女で将来結婚も約束してる仲ってことですか!?」
(やっぱりってなんだよ)


 リナさんが興奮気味に顔を近づけてくるのを、智也は必死に押し返す。どうやって返事をしようか考えていると、クリュが首をかしげ、それから言葉の意味が分かったのか意味深に笑みを作る。


「だいたいそうね」
「てめっ、体洗うのが面倒なだけだろうが!」


 話は勝手に進む。


「もう、それならそうと言ってくださいよトモヤさん。ささっ、どぞどぞ、お風呂に行ってらっしゃい」
「いや、だからですね……」


 リナさんが背中を押してくる。一緒に入って来いとばかりに。


「風呂はあっちですよ。ぬふふぅ」


 リナさんが妙にほてった笑みを向けてくる。


「さっさと行くわよ」
「おい、ざけんなっ。もうこの前洗ってやっただろ」
「やっぱりっ、仲いいんですね!」
(余計なことを言っちまったよ)


 何を言ってもリナさんが喜ぶばかりだ。クリュがリナさんの手を払うように智也の手を掴む。風呂へと連行されてしまう。
 宿に比べて狭い風呂で、智也はクリュの体を食器でも洗うようにやけくそ気味に洗う。風呂上りはタオルで髪や体を拭く。髪を切ってくれたので、洗うのはラクだった。


(こいつ、本当に怠けてやがる……)


 呆れながらも、髪を拭くときに気持ちよさそうに目を細めるクリュを見ていると、なんだかこれもいいなと思ってしまう。女ってずるい、と智也は赤い顔のまま愚痴をこぼす。


「本当に、すいません。気持ちよかったです」
「なにしてもらったんですか!?」


 リナさんがキラキラさせた顔を近づけてくる。


「いや、なにもしてもらっていませんよ」
「若い男女なのに?」
「そんなもんですよ、男女って」


 適当にあしらうと、リートさんがソファから立ち上がる。


「それじゃあ、オレも入ってきていいか?」


 リートさんが立つと、「バカ兄さん!」とリナさんが頭を引っぱたく。


「……オレが何かしたか」
「クリュさんが入ったあとに同じ湯で入るつもりですか!」
「……どうでもいいんじゃないか?」
「とりあえず、お湯流してきますから」


 リナさんがさっさと風呂場に向かい、いまいち事情が分からない様子のリートさんと智也は顔を見合わせて首を捻っていた。
 クリュはどうでもよさそうに、髪に手を触れ、


「髪って長いのと短いのどっちが洗うのラク?」
「そりゃ短いほうがラクだろ。乾きやすいし」
「そうね。あたしも短いほうが戦いやすいわね」
(確かに、クリュの基準はそこだよな)


 自分優先で動きやすさを重視するのが性に合っている。


「ならこれからも洗ってもらうから」
「勘弁してくれよ……」


 唯一の救いはクリュの胸がほとんどないことだろう。とはいえ、これ以上クリュと一緒に入るのは避けたい。いつ理性が決壊するかわからない。
 とクリュと会話をしているとリナさんだけが戻ってきた。


「あれ? リートさんは?」
「風呂入っちゃいましたよ」


 多少困った様子のリナさん。智也は今から風呂場に乗り込みたいほどに怒っていた。


(あ、の、や、ろう!!)


 本気で風呂に入りやがった。残されたのは智也、クリュ、リナさん。
 クリュと二人きりならまだマシだ。だが、リナさんがいるとなると話題を振る必要も出てきて、あまり知り合っていない智也には至難の業だ。
 リナさんはいい人だと思うが知り合って間もないため、どんな話題を振ればいいのか分からない。


 女同士仲良くしてくれることを期待してクリュへ視線を向ける。クリュはこちらの視線に気づくが、不快そうに顔を背けた。
 まずは当たり障りのないところから訊ねてみることにした。


「えっと……リナさんはリートさんの妹さん、なんですよね?」
「はい、そうですけど。似てませんか?」
「根は似てるような気がしますね」


 リナさんの暴走をなくせば、ほとんどリートさんと変わらないだろう。


「そうですか? それより、私は二人の関係が気になりますね。クリュさん、どうなんですか?」
(クリュに聞くのか……)
「こいつとあたし? 男と女でしょ?」
「やっぱりそうですよね!」


 一瞬リナさんがなんで喜んでいるのかわからなかったが、すぐに理解した。彼氏彼女と勘違いしたようだ。


(なんでそんな誤解を招くようなことを言うんだよ)


 とは思ったが、何もないのに一緒に風呂に入るのもおかしい。強く否定しすぎるのも、ならどんな関係なのかと問われてしまったら答えに困ってしまう。


(難しいもんだな)


 そこで会話は終わり、沈黙が場を支配する。智也は何か話題を振ろうとしたが、リナさんが顔をあげたので、口をつぐんだ。


「トモヤさん、兄さんのことどう思いましたか?」
「え……?」


 一体どんなふうに答えればいいのだろうか。あまり時間もかけられない。


「なんというか、少しぶっきらぼうだなぁって思いました」
「昔からずっとそうなんです。ぶっきらぼうで、他人に相談しないで、一人で解決しようとして。私では力になれなくて、無茶をしないかっていつも不安なんです」
「あぁ……」


 確かにあの人ならありえなくもない。ダンジョンでアリスを助けたときも、例え高難易度ダンジョンだとしても一人で突っ込んでいただろう。


「兄のこと、これからもお願いできませんか?」
(本当に兄のことを考えてあげてるんだな)


 不安そうに揺れるリナさんの瞳を見て、仲のいい兄妹だなと智也は口元に笑みを浮かべる。自分にも妹がいるが、ここまで自分のことを考えているとは思えない。


「俺が力になれるとは思わないけど、リートさんとはこれからも仲良くしたいと思いますよ」
(自分の力が及ぶ範囲で、だが)
「そうですか。トモヤさん、やっぱりいい人ですね」


 リナさんの笑顔のためだ。頑張ろう。


「いい風呂だったな」


 リートさんが首にタオルを巻いて、上半身裸で出てくる。リナさんがきっと目を鋭くし、それからリートさんは自分のしでかしたことに気づいたのか、頬を掻く。


「服、着てなかったな」
「お客さんがいるんだから、服着てください!」


 リートさんは風呂場に戻った。智也とリナさんは顔を見合わせて笑った。
 リートさんが服を着て戻ってくる。リナさんはもう風呂に入っていたようで、四人がソファに座る。
 智也はようやく本題に入れると咳払いしてから、切り出す。


「少し、お話したいって言いましたよね」
「そういえば、そんなことも言っていたな。オレに答えられることなら何でも聞いてくれ」


 リートさんは酒をコップに入れて、ソファに座る。智也も勧められたが、やんわりと断っておく。


「この前の、女の人って覚えてますか?」
「この前の……ダンジョンで助けた子か? 名前は、なんだったか……?」
「名前はいいですよ。その子のことでちょっと話をしたいんですけど」
「あの、もしかして私はいないほうがいいですか?」


 一瞬迷ったが残ってもらうことにする。女性の意見は貴重だ。クリュではあてにならない。


「いや、別にいいよ」


 詳しくは話さず概要だけを説明すると、リナさんは沈痛な面持ちになる。そういえば、先ほどからクリュが喋らない。
 隣を見ると、クリュは眠っていた。眠ってこそいるが、クリュの体はどこか緊張している。
 試しに手を伸ばすと、ぴくりと目が開き、力のこもった瞳がこちらを向く。


「なに?」
「いや、別に」
「なら睡眠の邪魔するな」


 睨んですぐにクリュは目を閉じる。話を戻そう。


「それで、どうやって接するのがいいのかなと少し思ったんです。今は普通に接しているんですけど……」


 アリスがどう思っているかはわからない。もしかしたら、気分を悪くしているかもしれない。


「トモヤさん。私の第一印象を話しましょうか?」
「俺のですか?」
「はい、その子のために少しは参考になると思いますので」


 リナさんとアリスがどう関係するのかいまいちわからない。ただ、リナさんの表情は自信に包まれている。


「えっと、じゃあ聞かせてください」
「なんとなく、いい人だなって思いましたよ。だから、その子も普通に接してあげれば、少しずつ慣れていくと思いますよ」


 いきなり押しかけてしまったので、悪く思われているかもしれなかったが、嫌われていなくよかったと安心する。お世辞でないことを願う。
 智也は相手の顔色をうかがいながら、口調と言葉を選んで会話する。


(よかった、なんとかなってるみたいだ)


 今のような接し方で問題ないようだ。


「そう、ですか。ありがとうございます」
「オレか。オレ、ね。トモヤはもう少し、自分を見せてもいいんじゃないか?」
(……この人、気づいているのか?)


 リートさんははっきりではないかもしれないが、気づいているようだ。スキルの効果もあるだろう。やはり、勘のいい人間を騙すのは難しい。


「兄さんは時々変なことをいいますから、気にしなくて大丈夫ですよ?」


 智也の暗い表情にリナさんがフォローを入れる。変な気を遣わせてしまった。智也は懸命に笑顔を浮かべる。


「いえ、二人ともありがとうございます」
「別に構わない。また今度遊びに来てくれ。そのときは酒でも飲もう」


 ちらと時計を見る。もういい時間だ。


「夜遅くまですいません、そろそろ帰ります」
「ああ、そうだな。クックのヤツも食事を用意したままだったな。今度は酒でも飲もう」
「はい、これ以上迷惑をかけたくありませんから」
(どんだけ酒飲みたいんだ)


 智也は隣にいるクリュに手を伸ばすと、逆に掴まれる。


「クリュ、起きろって。戻るぞ」
「やっと終わったの? あんた長すぎ」


 そう言って、クリュは眠そうに目元を擦る。智也はクリュの手をとって立ち上がる。
 すると、クリュはすぐに背中へ飛び乗ってきた。柔らかい感触に一瞬気を取られるが、ふらつく足に力を込める。


「いきなり、なんだよ」


 智也の声に苛立ちが混じる。


「運んで。眠い」
「落とすぞ」


 智也のこめかみがぴくぴく動く。クリュからの返事はない。


「起きてるなら、自分の足で歩いてくれよ」
「眠いのよ。小難しい話長すぎるのよ」
「だから、待ってろって言っただろ」


 そういって、クリュは背中に顔を埋めてくる。


「まったく、お前ほんと子どもだな」


 すでに眠りについているのか返事はない。
 きらきらとしたリナさんへの対応に困りながらも、智也は二人に頭を下げる。


「えっと、今日はありがとうございました。今度ちゃんとお礼をしにきます」
「別にいいですよ、また遊びに来てください」


 リナさんが小さく手を振る。


「送っていこうか?」
「いえ、大丈夫です」
「……気をつけろよ。最近は賞金首が街に入っていたり、結構危険だからな」


 賞金首なら現在探している真っ最中だ。来るなら来いという気分だ。背中に伝わる体温は柔らかく、智也の体を温めてくれる。
 智也はリートさんたちにお礼を言って、クックさんの宿へと向かった。

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