黒鎧の救世主

木嶋隆太

第二十七話 風呂



 クリュと視線を合わせる。


「行くぞ。無駄に敵を作る必要はないだろ」
「なら、あんたでいいわよ。あたし、本当に暇なの。退屈は嫌いよ、嫌い」
「だから、嫌だっつの」


 結果的に男から離れられ、智也としてはよかった。
 智也は二人の冒険者に頭を下げ、ギルドの外へと逃げる。


「もう少し、人をいたぶる以外で楽しいことってないのか?」
「ない」
「そうっすか。はい、わかりましたー」
「投げやりな返事ね」


 クリュを一般人のような考えにするのに、あとどれだけの月日がかかるのだろうか。一般人までは行かなくても、問題を起こさない程度にはなってほしい。


(まあ、あんな国で育ったらおかしいのも無理はないか)


 扱いが難しい点を除けば、クリュは強い。迷宮を攻略するためにも、こんな場所でお別れは避けたい。
 そろそろ店を閉める時間らしいので、さっさと購入することに。


「クリュ、適当でいいよな」
「駄目に決まってるじゃない。動きやすくて、可愛いやつ」
「……わかった」


 クリュと一緒にサイズが合っていそうなものを選んでいると、女性の店員が近づいてくる。


「その方が着るんですよね」
「えぇ、まあ。そうですけど……?」
「そこにあるのより、こっちのほうがいいものおいてますよ?」
「そう。ならそっちも見せてもらうわ」
(俺を置いてかないでくれよ)


 クリュは素直についていき、店員の言いなりになって服を選び取っている。クリュと店員があーだこーだと言いあいをしながら服の着替えを行っている。
 ――あいつ、案外熱心に選ぶんだな。
 それにしても、長い。店を閉める時間じゃないのか注意をすると店員が両手をあげて吠えてきやがった。
 もうどうでもいいと、店の外にいた野良猫と会話して待つ。どうにも意識すると動物たちの声も自動で翻訳してくれる。


『へへ、あんちゃんいい女つれてるじゃねえか。擦り寄らせろよ』
「やめたほうがいいと思うよ。あいつ、動物もたぶん蹴り飛ばすから」
『待て待て。動物嫌いな女なんてそういねえぜ。まあ、いいスカートの中を見てやんよ!』
「ドラ吉、そりゃやめとけって。ただの変態だ」
『それが猫の特権さっ! ぐへへっ』


 しばらくすると、店員が中に入るように言ってくる。


「お客様、これらを気に入ったようですよ」
「疲れたわね……まあ、いい服もあったし」


 クリュが肩で息をしている。なんだか珍しい光景だ。服は三枚ほど、下着もいくつか購入したようだ。智也も風呂のためにタオルをいくつか購入し、すべて持つ。


「クリュ……下着の付け方わかるのか?」
「プラムがつけろってうるさかったのよ。一応は出来るわよ。今もつけてるわよ」


 ほらとスカートをちらとめくる。ピンクの可愛らしい下着が目に入る。
 智也はかっと頬を染めてから、そっぽを向いた。


「そういうことを人前でするなよ。下手に見せたら――」


 変なヤツに襲われるぞと言おうとしたが、むしろ見せびらかして歩きそうだと考えなおす。


「強い相手が逃げていくからやめたほうがいいぞ」
「ふぅん」


 どうでもよさそうだが、スカートの裾からは手を離した。


(クリュの扱いに最近慣れた気がするな)


 と思ったがクリュは怪訝な表情だ。さすがに嘘だと見破られたかもしれない。
 さっさと話を変えよう。


「お前にしては案外反抗しなかったんだな」


 言いなりになるのとか嫌いそうな性格をしている。


「あんたが服を買えって言ったんじゃない」
(それで言うこと聞くような性格じゃねえだろ!)


 これ以上ツッコンで苛立たれても面倒なので黙った。どうにも可愛い服は好きなようだ。
 宿に戻り、遅い夕食をとる。
 クリュはまだ不慣れな様子ではあったが、しっかりと食べ終えた。今日の仕事はほとんど終わりなのか、クックさんも食事をとっている。


「今日は風呂どうするんだ?」
「まだ、あいてましたっけ?」
「ああ。一応な。今の時間帯なら貸切だろうな」


 風呂は何度か入ったことがある。程よい温かさは体の疲れを癒してくれる。思い出したら入りたくなってきた。


「クリュ入るか?」


 智也は入りたいのだが、いくらか不安もある。クリュがちゃんと風呂に入れるのか。今までのことを考えると風呂も知らなさそうだ。


「風呂って、何すればいいのよ」


 案の定だった。説明してわかるだろうか。


「身体を洗えばいいんだよ。……迷宮内の水で洗ったことあるだろ? あれの水があったかいバージョンだと思ってくれ」


 後半はクックさんに聞こえないように小声で教える。クリュは納得したが、クックさんは不思議そうな表情だ。


「トモヤ……その子って、一体なんなんだ?」
(嘘をつくのは忍びないけど……正直に話して納得されるとも思えないよな)


 下手したら騎士に連行される可能性もある。北の国の人間がどんな扱いを受けるかまではは知らない。智也は視線を天井へそらしながら、


「クリュは田舎から出てきたんですよ。それで、風呂はなくて、水で体を洗うしかなかったらしんですよ。風呂って名称でもなかったらしくて」
「最近ここに来たのか?」
「ええ、まあ。それで、道に迷ってたところで出会って、そのまま一緒に行動しているんです」
「そうなのか、大変そうだな。一応ほとんどの人が風呂に入ったようだから、そろそろ風呂も閉じる時間だ。今日は少し早めに閉じて、お前一緒に入ってあげたらどうだ?」


 クックさんはひやっとするような冗談を言いやがる。智也はぶるぶると首を振る。


「いやいや、ムリですよっ。それに、店にも迷惑かけてしまうじゃないですか」


 店に何か貢献しているわけでもないのに、ここまでしてもらうのは悪い。そりゃクリュの裸には興味はあるが、厳しいものがある。


「だから、もう風呂は閉じる予定だったんだよ。彼氏なんだからいいんじゃないか?」


 クックさんは楽しむように肘でぐりぐりしてくる。


「彼氏じゃないですよ」


 さっきの話を聞いていなかったのか問い詰めたい。恐らく、話を理解した上でからかっているのだ。


「そっちの女の子も随分信頼してそうじゃないか。なあ、クリュ、だっけ?」


 ぴくりとクリュは眉を動かし、苛立ったようにクックさんを睨む。


「あと、こいつ人見知りなんで、そのすいません」
「そうか。まあ、いい。もう風呂は閉めておくから、男子風呂にクリュを入れてやるんだな」


 肩に手をおき、ぐっと親指を立てる。異世界でも同じ意味のようだ。
 智也は脇腹のあたりがきりきりと痛みだし、抑えるように小さくため息をついた。


(絶対、勘違いしてやがるね)


 とはいえ、一緒に入る云々は除き、クリュに風呂の入り方を教えるのならチャンスだ。一度部屋に戻り、着替えとタオルを用意する。
 一階に下りて、少し長い廊下から隣の建物へ。クックさんが店員に事情を話すと、店員が微笑ましそうにこちらに視線を送ってくる。
 どんな説明をしたのか、考えるだけで頭が痛くなる。クリュを引きつれ、更衣室へ。
 湿気が混ざった特有の匂いが部屋を充満している。


「区切られてる場所に服を脱いで入れてくれ」


 クリュに指示を出すと、さっさと脱ぐ。男の目の前にいるにもかかわらず、全くためらいがない。
 一瞬目に焼き付けてから、智也はさっと顔を逸らす。


「中に入ったら、丸くなってる石鹸があるからそれで頭と体を洗ってくれ。それが終わったら大きな水がたまった浴槽に浸かって、体が温まったら出て来るんだ」
「あんた入んないの?」
「入れるか!」


 するとクリュがにやっと笑う。


「ああ、あたしの体に興奮しちゃうってこと?」
「誰が、お前みたいな貧相な体に――」
「ならいいじゃない」
(挑発には乗らないほうがよさそうだな)
「興奮するんだ。そりゃもうな」


 クリュがいつもの状態になりそうだったので、さっさと入れと風呂に押し込めた。ふうと一息つき、クリュとの会話に多少なりとも余裕が出来ていることを自覚する。


(クリュに対してと、アリスに対して。クリュのほうがどこか落ち着くんだよな)


 会話をしていても、ある程度好き勝手に喋れる。相手の顔色を窺う必要が、最近はない。
 なんだかんだで、クリュも年中戦いたいと叫んでるわけでもない。
 問題は多少あっても、うまくやっていけそうだ。


 ドガッ! バラバラ、バルーン!


 風呂場から派手な音が聞こえた。たぶん、すっころんだのだ。


(……)


 智也は額に手をやり、風呂場に声をかける。


「おい、大丈夫か!」


 派手にやらかす音を聞き、扉一枚挟んで声をかける。


「潰す、潰してやるわよ! この四角いの!」
「待て、それはたぶん石鹸だっ」


 智也は服を脱ぎ、パンツ一丁で風呂場に突入する。右手にはタオルも掴んでいる。中に入ると、石鹸を踏み潰して高笑いをするクリュがいた。


(なんてシュールなんだ)


 クリュはタオルを一枚も身に纏っていない。顔だけを見るようにして、智也は声をかける。
 視界の下のほうに僅かな膨らみが見える気がするが、瞳に傷がついているのだと自分に言い聞かせる。


「なにがあったんだよ」
「踏んだらすべったのよ。何か文句ある?」
「呆れて何も言えねえよ……。いいか、それは石鹸って言ってだな。こうぐわぐわやると泡が出るんだ。それでまずは頭を洗うんだよ」


 髪を洗う場合はまた違う石鹸があるが、この宿には置いていない。クリュが髪を気にするなら買ってもいいが、当分は必要ないだろう。
 クリュは智也の動きを真似して、他の石鹸を掴んで手にこすりつける。泡が立ったのを確認してから、どうすんの? と智也に目を向ける。


「とりあえず一回タオルで体を隠してくれないか?」


 タオルを投げ渡すと、クリュはそれを体に巻く。クリュは指示されたとおりに頭を洗い始め、頭を洗い終える。
 一応タオルで隠されているが、シャワーを浴びて微妙に肌が露出してる。ほのかに赤くなった肌と湯気が混じりあい、妙な色気があった。
 気になってしょうがない。


「もう、疲れた。体、洗ってくれない? めんどう」
「お、お前なぁ……」


 頬を引きつらせて智也はぴくぴくとこめかみを動かす。


「いいじゃない、一回やってくれれば覚えるわよ、たぶん」


 挑発的に笑ったクリュは、シャワーの前に腰を下ろして黙り込んでしまう。
 クリュは何も言わずに細く、綺麗な背中をさらして待っている。


(お、女の体を洗うのか? 初めてだし、恥ずかしいし……)
「……」


 それでも、黙って待っているので仕方ない。ゆっくりと手を伸ばす。
 石鹸のおかげなのか、クリュの肌がすべすべなのか。触っているだけで、手から気持ちよさが伝わり智也の脳を刺激する。ふにふにと柔らかい感触。
 顔へ熱が集まるのを意識しながらも、智也は手をゆっくりと動かしてクリュの体を洗っていく。
 クリュが腕を伸ばす。洗えと言っているようなので、智也はゆっくりと腕に手を這わせていく。


「くすぐったい」


 ちょっとこそばゆそうに声をあげる。それが妙に智也を刺激する。


「我慢しろ」


 絞り出すように言う。震えなかっただけよかった。


(こっちのほうが、くすぐったいっつの)


 背中の辺りがむずむずする――これは……ダニ?


「足もお願い」
「お前、ほんっと、これが最後だからな」


 智也はなるべく顔を見られないように下に向けて、前に移動する。
 伸ばされた足を裏から、順にあがっていく。膝、太股。さすがにそれ以上はまずいので、そこでやめる。
 これで一通り終わりだ。


「な、なんだよ」


 顔をあげると目前にクリュの顔があり、心をかき乱される。


「……なんでもない。あんたってほんと殺しがいがありそうな体してるわね」


 どこか楽しそうにクリュは微笑み、タオルを取ろうとしたので智也は待てと手を向ける。


「さすがに前は、やらないからな」


 胸はさすがにムリだ。相手がクリュであり、殺される恐怖があっても飛びかかってしまいそうだ。


「あっそ。あんたももう入っちゃえば?」
「……そうする」


 ここまでやらされるなら、最初から一緒に入ればよかった。脱衣所に戻りパンツを脱いで、腰にタオルを巻く。


「あんた洗える?」
「馬鹿にしてるのか?」


 智也を置いてクリュは先に浴槽へ向かう。さっさと智也は洗い、クリュの待つ浴槽に向かう。


「でっかいわね」


 クリュが浴槽の縁に胸を乗せて、足をぱたぱたとさせる。


「そりゃあな。大勢の人間がここに入って疲れをとるんだから」


 智也もふうと疲労を吐き出す。正直、風呂がなかったらもっと早く異世界攻略を諦めていたかもしれない。それだけ、風呂は大事なのだ。
 ばたばたとクリュは楽しそうに泳ぎ始めてしまう。
 本当は止めるべきなのだろうが、子どものような笑みに今日だけは許してやるかという気持ちになる。


「本当は泳いじゃ駄目だからな。人がいるときには絶対にやるなよ」
「わかったわよ」


 クリュがばたばたと犬かきのような形で泳いでいる。
 智也は体を投げ出すようにして、肩まで浸かる。体にしみこんでいくお湯が疲労を、洗い流してくれている気分になる。
 クックさんの宿は他に比べて、料金が高いと思われる。だが、料理はうまいし、日本に限りなく近い生活を送るのならここがやはり一番いい。
 風呂に浸かっている時間は。ある程度浸かってから、風呂を出てクリュの髪や体を拭いてやる。
 本当に子どもの世話をしているようだ。体型もそこまで大人っぽくないし。
 智也もさっさと拭いて、購入した服を着る。一度洗ったほうがいいのかもしれないが、面倒なのでそのまま着ることにした。


「服を洗うぞ」
「わかったわよ」


 クリュもこのくらいはやったことがあるようで、特に文句も言わずに洗った。北
 それから、クック食堂の屋上へ行き、部屋番号ごとに管理された物干し竿に服をかける。もうやることもなくなり、一緒のベッドに入って今日も一日を終えた。





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