黒鎧の救世主
第二十五話 唯一のスキル
迷宮に移動した智也たちは予定通りクリュを主軸に迷宮の攻略を始める。
迷宮の地図は持っていないので、すべて記憶に頼っていくしかない。最悪迷宮内にも人は結構いるので、人の流れを見れば入り口か出口には行ける。
迷宮は一~七、八~十四、十五~二十一とそれぞれ、G、F、Eとランクが上がっていく。魔物の種類や出現数も増えていく。
智也たちは迷宮を勘に頼ってどんどん登り、現在は二十階層だ。
帰りの道を覚えるのに必死な智也と楽しそうに魔物を殺していくクリュ。
この辺りになってもクリュ一人で十分戦えるが、敵の数が増えたことにより智也にも敵が迫ってくるので、銃を使う。
背負った大きな鞄もあり、格闘戦は厳しいが銃ならそれほど問題なく戦える。ただ、魔物にはあまり効果的ではないようだ。
恐らくはステータスなどが一切関係ない武器だからだ。
特に石などの体を持つ敵と相性が悪い。銃弾が体に当たって霧散してしまうのだ。
そんな中、ボスに繋がる魔法陣を見つける。今までも何度かあり、すべてのボスを倒してきた。どれもクリュが一人でボコボコにしていた。
他の冒険者もここに集まっていることから、ボス部屋を通ってしか二十一階層に行けないのだろう。
「どうすんの?」
「たぶん勝てるんじゃないか?」
智也は一人で二十九階層のボスに勝っている。クリュなら自分よりも強いのだから大丈夫だ。
踏み込んだボス部屋は普通の迷宮とは少し違った。ある一定の範囲には泥がある。気になった二人が近づいていくと、泥が集まって一つの姿となっていく。
ドロマディー
調査を使って敵の名前を確認する。この階のボスのようだ。
「雷属性、斬撃に弱いわね。弱点部位は顔の目玉みたいなヤツよ」
クリュの持つスキル弱点探知によりドロマディーの弱点がわかる。クリュのスキルのおかげで、的確に弱点をついて攻撃できる。
後はこれで、魔法のスキルを持った仲間がいればより活躍するだろう。ドロマディーはどんどん膨れ上がり智也の倍ほどの体になる。動きはあまり早くなさそうだ。
クリュは加速の勢いを拳に乗せて、ドロマディーへ叩きつける。手に泥がついても気にした様子はない。
ドロマディーの身体に拳が沈むが、弾力性があるようで弾かれている。
智也は拳銃を構えて頭へ発砲するが、目に見えるほどのダメージはない。
スライムのような柔軟さを持っているのか、やりにくい相手だ。
「クリュ、ナイフ使えっ」
彼女はナイフを敵に接近するためにしか使わない。敵を殴って殺す、蹴って殺す。クリュの譲れない一線らしい――本当にしょうもないヤツ。
「はぁ!? この殴った感触が気持ちいいのよ!」
「クッションじゃねえんだぞ!」
「なによそれはっ!」
クリュは言うことを聞かない。智也は舌打ちするようにし、バックステップ。クリュ一人に任せていたら日が暮れる。リュックサックを地面に置いてから、剣を生み出す。
智也はドロマディーの脇を斬るようにして駆け抜ける。途端にクリュが地団駄をふみ、いらだった声をあげてこちらを睨んでくる。
「横取りするなっ」
「連携だっ!」
ドロマディーはまだクリュを狙っていたので、背中に飛びかかる。何度か斬りつけると、智也のほうへ体を反転させる。
そうなると、クリュが不機嫌をぶつけるように蹴りと拳を叩きつける。怒りのエネルギーは凄まじく、みるみるドロマディーが弱っていく。
もう一度連携攻撃をするとドロマディーはあっさりと死に、魔石を残した。
二人がかかりなら、かなりラクだ。
「あんた、あたしに任せるんじゃなかったの?」
戦闘が終わり、クリュが腰に手を当てて鋭い目つきになる。智也はあははと乾いた笑いを浮かべている。智也はどうしましょと頬をかく。
(誤魔化す方法……っと)
沈黙が伸びれば伸びるほど話しにくくなるのはわかっていた。智也は適当に思いついた言葉を伝える。
「心配だったんだよ。その、クリュが」
「ふぅん、心配、ね」
クリュが視線を外に向けながら、つまらなそうに口を動かす。
「とにかく、悪かった。けど、ちょっとは俺の言葉にも耳を貸してほしい」
「命令するんじゃないわよ。あたしはやりたいように戦う」
「俺は忠告はするけど強制はしない」
(そもそも強制できないしな……)
あまり強く言ってしまうと自分が殺されてしまう。
「そろそろ戻ろうか」
「……そうね」
意外と素直に従ってくれた。クリュはさっさと魔法陣に向かい、智也も慌てて魔石をリュックサックに詰めてから魔法陣に乗る。
多少帰りに迷ったが、それほど時間もかからずに戻ってこれた。外に出ると太陽は沈んでいた。
夜の街には多少の恐怖がある。襲われたり、北の国では夜に外に出ること事態が危険だった。
それでもこっちにはクリュがいる。
意外と従順に智也の背後についてきてくれる。背中からこっそり命を狙っているだけかもしれないが。
クリュは今日一日人を殺していない。そのためもしかしたら苛立っているのだろう。背中にぴりぴりとした目が当たってくる。
彼女が喜びそうなネタを今のうちに伝えておく。
「クリュ、人殺しがしたかったよな」
周囲に人がいないのを確認してから伝える。
クリュの目が一際強く光る――分かりやすいヤツ。
「そうよ。夜になったんだからさっさと行くわよ」
「この国じゃそう簡単にはいかないって何度も教えただろ。お前、普段人殺しするときは賞金首だけだったよな?」
彼女は智也の知る範囲では罪のない人間は殺していない。
智也が完全にクリュを恐れていないのは、もしかしたら彼女なりに正義を持っているのかもしれないと思っていたからだ。
「エフルバーグに命令されていたからよ。それ以外の人間を殺せばお前を殺すってね。別にあたしだって本気出せば、エフルバーグなんてどうにでもなるけど」
「なんで本気出さなかったんだよ」
「まだ出すときじゃなかったのよ」
「いつ出すんだ?」
「来世くらいかしらね」
ただのビビリだったようだ。どちらにしろ、これなら恐怖は抱かない。
くすくすと智也が口元を隠すと、クリュが智也の頬をつねりナイフを近づける。
「何そのふざけた笑い、刺すわよ?」
さすがに首元に近づいたナイフに智也も少々ビビる。だが、クリュにそんな姿を見せれば喜ばれるだけだ。
「悪かった悪かった。お前ほんと負けず嫌いだな」
「当たり前よ。あんたは負けて楽しいわけ?」
「あー、確かに負けるのは嫌だな」
「弱者のままじゃ自由は手に入らない。あたしはそれを小さい頃に知ったのよ。って、そんなこと関係ないわね」
(クリュなりに、何か考えがあったんだな)
今の彼女を作り上げた過去。それをいつかは知りたいとも少しだけ思ってしまった。
体を潰しにかかっているリュックサック。すべて売れば、今日だけで一万リアムくらいは稼げるかもしれない。
早くギルドで精算して、どれだけの額か知りたい。
智也はいつもに比べて早歩きになるが、荷物の関係上クリュのほうが速い。
遅れないように前をしっかりと見ると、
(あ……!)
知り合いを見かけてしまった。相手は荷物を持っていて、まだ気づいていないようだ。短い髪に、アホ毛が目立つ女の子。
アリス――以前俺がダンジョンの警備をしたときに出会った少女。そもそも自分のことを覚えているだろうか。
小さな背丈に、細い体躯。見た目は子どもだが、年齢はどうなのだろうか。
種族は人間のようなので、やはり子どもなのだろうか。
改めてステータスを確認する。
Lv7 アリス MP48 特殊技 荷物運び
腕力14 体力15 魔力11 速さ14 才能6
スキル ワープLv1 ジャンプLv1 マッピングLv1 お宝探知Lv1 魔物探知Lv1 レアアイテム確率アップLv2 料理Lv2
まさに迷宮に入ってくださいと言わんばかりのステータス。才能は智也たちと比べれば低いが。この世界を基準にすれば平均だ。
ある程度仲を知った人物なら問題なく会話できる。ただ、自分から知らない人に話しかけるのは必要最低限を除いては避けたい。
智也はうつむくようにしながら、横を通り過ぎようとする。
「あ……この前の人」
アリスが気づいたようだ。ここまでされて、返事をしないのは失礼だ。相手の子は慌てて、智也から距離をとる。
智也も今気づいた体で、口を半開きに驚いた声をもらす。
「えっと……アリス、さんでしたか?」
ギルド員から名前を聞いたとか言っておけばいいだろう。なんとか思い出したといった空気を出しておく。
アリスはびくつきながら、小首を傾げる。
「はい、あなたは、名前を聞いてませんでした」
「トモヤです、それでこっちは仲間のクリュです」
クリュはちらと女を見て、鼻を鳴らすように顔をそっぽに向ける。愛想が悪すぎる。
「ちょっと気難しい人間だから、あんまり気にしないでください」
「あんた、今馬鹿にした?」
ぼそっと背後から呟いてきた。そちらに軽く顔を向けると、ジト目だ。
「してねーよ」
「あの、クリュさん。私はアリスって言います。よろしくお願いします」
細く小さい腕で抱えていた荷物を置いて、アリスはぺこりと頭を下げる。
「クリュ、一言でいいから」
智也が小突くと苛立ったように眉をあげてから、
「……よろしく」
軽く返事をするが、腕を組んでそっぽを向いてしまう。微妙な空気を破るため、智也は荷物を置いて、会話の糸口を探す。
「えっと、その……」
(話題って言ったらこの前のことしかないんだけど、あれって話したら悪いよな)
「その、この前はありがとうございます! 私、本当に怖くて」
と思っていたら相手から振ってきてくれた。
「いや、俺はその、実際何もしてないからお礼ならキミを助けてくれたリートさんに言ってあげてよ」
「はい。いつか、会う機会がありましたらちゃんとお礼は伝えるつもりです」
智也はちらとアリスとの距離を計る。現在アリスとの距離は大股三歩くらいある。さすがに、これ以上話をするのならもう少し近づいたほうがいい。
智也は一歩前に出るが、ささっと離れられた。もう一度近づくが、やはり避けられる。
「その、すいません。それ以上、近づかないでください」
「……ごめん、臭う?」
一日塔迷宮にいたので、汗も結構かいた。
「あ、ああ!? 違います、違います。臭いについては知りませんし、どうでもいいですけど、その私……あの時から、男性と一定の距離以上近づかれると、ダメなんです。意識してなければ大丈夫なんですけど、一度男だと思っちゃうと……身体が震えて、動悸が激しくなって――」
アリスは話しながらもこの前の事件を思い出しているのか、どんどん苦しそうに顔色を悪くしていく。
「わ、わかった。ごめん。それ以上無理に話そうとしなくていいから」
アリスがすいませんと頭を下げる。謝るのはこっちだ。話題を逸らすようにアリスの持っていた荷物に目を向ける。
「えっと、今は何してるの?」
「荷物運び、私が唯一持ってるスキル、というか特殊技ですけど」
(唯一?)
彼女はそりゃもうたくさんのスキルを持っている。えげつないほど持っている。
「えっと、特殊技が一つってこと? スキルはいくつか持ってるよね?」
「へ? スキルは一つも持ってませんよ」
脳内にハテナが浮かびまくる。
(俺の調査が、狂ったのか?)
彼女と自分の間で何か狂いが生じている。だが、今は深く悩むようなものでもない。頭の端っこに追いやろう。
「っと、荷物運びってどんな効果があるの?」
「私が荷物を運ぶときはどんなに重たいものでも、軽く運ぶことができるんですよ。常識の範囲内で、ですけど」
「へぇ……もしかして、迷宮内でアイテムとかを鞄に入れても?」
「はい。だから、私は荷物持ちとしてパーティーに参加していたん、ですけど……」
(彼女はサポートをさせるなら天才的なスキルだらけじゃないのか?)
一度行った事のある迷宮やダンジョン内を自由に行き来できるジャンプ。
一度行った事のある街へと移動できるワープ。
さらに、迷宮内でも数多く必要となりそうなスキルを持っている。これだけの逸材で、他のパーティーに入っていないのもいい。
(なんとか、誘えないだろうか……)
塔迷宮はできるならば早く攻略したい。地球に戻れるのなら、それに越したことはないし、戻れなかったとしても、他の方法を探しに行ける。
「あの、今って迷宮には入ってますか?」
自分の迷宮攻略に利用する。言い方に少し引っかかるが、彼女のスキルは喉から手が出るほど欲しい。
「……あれから、迷宮やダンジョンにも入れないんです。近くに行くと、気分が悪くなって。試しにギルド員の方と入ったことがあるんですけど、私途中でその、体の中のものをぼぇって口から出しちゃって……」
「それってゲロよね」
(クリュなぜここで参加するんだ)
「は、はい」
クリュの的確な発言に恥ずかしそうに顔を伏せる。
「ゲロ吐くほど、なのか」
「あ、あの。あんまりゲロゲロ連発しないでください。恥ずかしいです」
「えと、ああ悪い」
智也は特に気にしていないが、アリス的には恥ずかしかったようだ。
(もう、話すこともないな)
そうなると沈黙が苦しくなる。適当なタイミングで切り上げようとするが、なんて言っていいか思いつかない。
「早く行くわよ」
智也の考えを読むようにクリュが言う。クリュが気を利かせるわけもないので、単純に飽きたのだろう。
「そう、だな」
急かしてきたクリュの声をアリスも聞いたようだ。
「あの、すいません呼び止めちゃって。ただ、お礼を言いたかったので」
「俺は何もしてませんよ。もしも今度リートさんに会ったら感謝してるって伝えておきますので」
「は、はい。よろしくお願いしますっ」
(ああ、なんか久しぶりにまともな人と話した気がする)
智也の心の奥底まで癒された。
やはり日常こそ、素晴らしいのだと改めて気づかされた。
「なんで笑ってるのよ、あんた。不気味」
「楽しいからじゃないか? つーか、不気味ってなんだよ」
「後口調が全然違ったわね」
「今の口調だといらない敵まで作るだろ? 俺はお前と違って余計な敵は作りたくないんだよ」
「つまりあんたはあたしを敵と認めてるのね?」
「仲間だと思ってるよ」
(今は)
「ふぅん。ていうか、さっきの女って何? あんたの彼女か何か?」
クリュが「彼女」の単語を覚えているのを感動するべきか、皮肉として使われたことに怒るべきか。
「あの子は、昔ちょっと会ってな」
「それは、また隠すってことよね?」
隠し事が嫌いなのはわかっているので、智也もアリスの深い事情には触れないように語る。
「ちょっとっていうか、迷宮で仲間を失ったところを助けたんだよ。俺の知り合いが」
「ふぅん。あんまり近しい関係ってわけじゃないのね」
「まあな。そもそも俺にそんな人間はいない」
「ならいいわよ。さっさと行きましょ」
リュックを背負いなおし、智也たちはギルドに向かう。
迷宮の地図は持っていないので、すべて記憶に頼っていくしかない。最悪迷宮内にも人は結構いるので、人の流れを見れば入り口か出口には行ける。
迷宮は一~七、八~十四、十五~二十一とそれぞれ、G、F、Eとランクが上がっていく。魔物の種類や出現数も増えていく。
智也たちは迷宮を勘に頼ってどんどん登り、現在は二十階層だ。
帰りの道を覚えるのに必死な智也と楽しそうに魔物を殺していくクリュ。
この辺りになってもクリュ一人で十分戦えるが、敵の数が増えたことにより智也にも敵が迫ってくるので、銃を使う。
背負った大きな鞄もあり、格闘戦は厳しいが銃ならそれほど問題なく戦える。ただ、魔物にはあまり効果的ではないようだ。
恐らくはステータスなどが一切関係ない武器だからだ。
特に石などの体を持つ敵と相性が悪い。銃弾が体に当たって霧散してしまうのだ。
そんな中、ボスに繋がる魔法陣を見つける。今までも何度かあり、すべてのボスを倒してきた。どれもクリュが一人でボコボコにしていた。
他の冒険者もここに集まっていることから、ボス部屋を通ってしか二十一階層に行けないのだろう。
「どうすんの?」
「たぶん勝てるんじゃないか?」
智也は一人で二十九階層のボスに勝っている。クリュなら自分よりも強いのだから大丈夫だ。
踏み込んだボス部屋は普通の迷宮とは少し違った。ある一定の範囲には泥がある。気になった二人が近づいていくと、泥が集まって一つの姿となっていく。
ドロマディー
調査を使って敵の名前を確認する。この階のボスのようだ。
「雷属性、斬撃に弱いわね。弱点部位は顔の目玉みたいなヤツよ」
クリュの持つスキル弱点探知によりドロマディーの弱点がわかる。クリュのスキルのおかげで、的確に弱点をついて攻撃できる。
後はこれで、魔法のスキルを持った仲間がいればより活躍するだろう。ドロマディーはどんどん膨れ上がり智也の倍ほどの体になる。動きはあまり早くなさそうだ。
クリュは加速の勢いを拳に乗せて、ドロマディーへ叩きつける。手に泥がついても気にした様子はない。
ドロマディーの身体に拳が沈むが、弾力性があるようで弾かれている。
智也は拳銃を構えて頭へ発砲するが、目に見えるほどのダメージはない。
スライムのような柔軟さを持っているのか、やりにくい相手だ。
「クリュ、ナイフ使えっ」
彼女はナイフを敵に接近するためにしか使わない。敵を殴って殺す、蹴って殺す。クリュの譲れない一線らしい――本当にしょうもないヤツ。
「はぁ!? この殴った感触が気持ちいいのよ!」
「クッションじゃねえんだぞ!」
「なによそれはっ!」
クリュは言うことを聞かない。智也は舌打ちするようにし、バックステップ。クリュ一人に任せていたら日が暮れる。リュックサックを地面に置いてから、剣を生み出す。
智也はドロマディーの脇を斬るようにして駆け抜ける。途端にクリュが地団駄をふみ、いらだった声をあげてこちらを睨んでくる。
「横取りするなっ」
「連携だっ!」
ドロマディーはまだクリュを狙っていたので、背中に飛びかかる。何度か斬りつけると、智也のほうへ体を反転させる。
そうなると、クリュが不機嫌をぶつけるように蹴りと拳を叩きつける。怒りのエネルギーは凄まじく、みるみるドロマディーが弱っていく。
もう一度連携攻撃をするとドロマディーはあっさりと死に、魔石を残した。
二人がかかりなら、かなりラクだ。
「あんた、あたしに任せるんじゃなかったの?」
戦闘が終わり、クリュが腰に手を当てて鋭い目つきになる。智也はあははと乾いた笑いを浮かべている。智也はどうしましょと頬をかく。
(誤魔化す方法……っと)
沈黙が伸びれば伸びるほど話しにくくなるのはわかっていた。智也は適当に思いついた言葉を伝える。
「心配だったんだよ。その、クリュが」
「ふぅん、心配、ね」
クリュが視線を外に向けながら、つまらなそうに口を動かす。
「とにかく、悪かった。けど、ちょっとは俺の言葉にも耳を貸してほしい」
「命令するんじゃないわよ。あたしはやりたいように戦う」
「俺は忠告はするけど強制はしない」
(そもそも強制できないしな……)
あまり強く言ってしまうと自分が殺されてしまう。
「そろそろ戻ろうか」
「……そうね」
意外と素直に従ってくれた。クリュはさっさと魔法陣に向かい、智也も慌てて魔石をリュックサックに詰めてから魔法陣に乗る。
多少帰りに迷ったが、それほど時間もかからずに戻ってこれた。外に出ると太陽は沈んでいた。
夜の街には多少の恐怖がある。襲われたり、北の国では夜に外に出ること事態が危険だった。
それでもこっちにはクリュがいる。
意外と従順に智也の背後についてきてくれる。背中からこっそり命を狙っているだけかもしれないが。
クリュは今日一日人を殺していない。そのためもしかしたら苛立っているのだろう。背中にぴりぴりとした目が当たってくる。
彼女が喜びそうなネタを今のうちに伝えておく。
「クリュ、人殺しがしたかったよな」
周囲に人がいないのを確認してから伝える。
クリュの目が一際強く光る――分かりやすいヤツ。
「そうよ。夜になったんだからさっさと行くわよ」
「この国じゃそう簡単にはいかないって何度も教えただろ。お前、普段人殺しするときは賞金首だけだったよな?」
彼女は智也の知る範囲では罪のない人間は殺していない。
智也が完全にクリュを恐れていないのは、もしかしたら彼女なりに正義を持っているのかもしれないと思っていたからだ。
「エフルバーグに命令されていたからよ。それ以外の人間を殺せばお前を殺すってね。別にあたしだって本気出せば、エフルバーグなんてどうにでもなるけど」
「なんで本気出さなかったんだよ」
「まだ出すときじゃなかったのよ」
「いつ出すんだ?」
「来世くらいかしらね」
ただのビビリだったようだ。どちらにしろ、これなら恐怖は抱かない。
くすくすと智也が口元を隠すと、クリュが智也の頬をつねりナイフを近づける。
「何そのふざけた笑い、刺すわよ?」
さすがに首元に近づいたナイフに智也も少々ビビる。だが、クリュにそんな姿を見せれば喜ばれるだけだ。
「悪かった悪かった。お前ほんと負けず嫌いだな」
「当たり前よ。あんたは負けて楽しいわけ?」
「あー、確かに負けるのは嫌だな」
「弱者のままじゃ自由は手に入らない。あたしはそれを小さい頃に知ったのよ。って、そんなこと関係ないわね」
(クリュなりに、何か考えがあったんだな)
今の彼女を作り上げた過去。それをいつかは知りたいとも少しだけ思ってしまった。
体を潰しにかかっているリュックサック。すべて売れば、今日だけで一万リアムくらいは稼げるかもしれない。
早くギルドで精算して、どれだけの額か知りたい。
智也はいつもに比べて早歩きになるが、荷物の関係上クリュのほうが速い。
遅れないように前をしっかりと見ると、
(あ……!)
知り合いを見かけてしまった。相手は荷物を持っていて、まだ気づいていないようだ。短い髪に、アホ毛が目立つ女の子。
アリス――以前俺がダンジョンの警備をしたときに出会った少女。そもそも自分のことを覚えているだろうか。
小さな背丈に、細い体躯。見た目は子どもだが、年齢はどうなのだろうか。
種族は人間のようなので、やはり子どもなのだろうか。
改めてステータスを確認する。
Lv7 アリス MP48 特殊技 荷物運び
腕力14 体力15 魔力11 速さ14 才能6
スキル ワープLv1 ジャンプLv1 マッピングLv1 お宝探知Lv1 魔物探知Lv1 レアアイテム確率アップLv2 料理Lv2
まさに迷宮に入ってくださいと言わんばかりのステータス。才能は智也たちと比べれば低いが。この世界を基準にすれば平均だ。
ある程度仲を知った人物なら問題なく会話できる。ただ、自分から知らない人に話しかけるのは必要最低限を除いては避けたい。
智也はうつむくようにしながら、横を通り過ぎようとする。
「あ……この前の人」
アリスが気づいたようだ。ここまでされて、返事をしないのは失礼だ。相手の子は慌てて、智也から距離をとる。
智也も今気づいた体で、口を半開きに驚いた声をもらす。
「えっと……アリス、さんでしたか?」
ギルド員から名前を聞いたとか言っておけばいいだろう。なんとか思い出したといった空気を出しておく。
アリスはびくつきながら、小首を傾げる。
「はい、あなたは、名前を聞いてませんでした」
「トモヤです、それでこっちは仲間のクリュです」
クリュはちらと女を見て、鼻を鳴らすように顔をそっぽに向ける。愛想が悪すぎる。
「ちょっと気難しい人間だから、あんまり気にしないでください」
「あんた、今馬鹿にした?」
ぼそっと背後から呟いてきた。そちらに軽く顔を向けると、ジト目だ。
「してねーよ」
「あの、クリュさん。私はアリスって言います。よろしくお願いします」
細く小さい腕で抱えていた荷物を置いて、アリスはぺこりと頭を下げる。
「クリュ、一言でいいから」
智也が小突くと苛立ったように眉をあげてから、
「……よろしく」
軽く返事をするが、腕を組んでそっぽを向いてしまう。微妙な空気を破るため、智也は荷物を置いて、会話の糸口を探す。
「えっと、その……」
(話題って言ったらこの前のことしかないんだけど、あれって話したら悪いよな)
「その、この前はありがとうございます! 私、本当に怖くて」
と思っていたら相手から振ってきてくれた。
「いや、俺はその、実際何もしてないからお礼ならキミを助けてくれたリートさんに言ってあげてよ」
「はい。いつか、会う機会がありましたらちゃんとお礼は伝えるつもりです」
智也はちらとアリスとの距離を計る。現在アリスとの距離は大股三歩くらいある。さすがに、これ以上話をするのならもう少し近づいたほうがいい。
智也は一歩前に出るが、ささっと離れられた。もう一度近づくが、やはり避けられる。
「その、すいません。それ以上、近づかないでください」
「……ごめん、臭う?」
一日塔迷宮にいたので、汗も結構かいた。
「あ、ああ!? 違います、違います。臭いについては知りませんし、どうでもいいですけど、その私……あの時から、男性と一定の距離以上近づかれると、ダメなんです。意識してなければ大丈夫なんですけど、一度男だと思っちゃうと……身体が震えて、動悸が激しくなって――」
アリスは話しながらもこの前の事件を思い出しているのか、どんどん苦しそうに顔色を悪くしていく。
「わ、わかった。ごめん。それ以上無理に話そうとしなくていいから」
アリスがすいませんと頭を下げる。謝るのはこっちだ。話題を逸らすようにアリスの持っていた荷物に目を向ける。
「えっと、今は何してるの?」
「荷物運び、私が唯一持ってるスキル、というか特殊技ですけど」
(唯一?)
彼女はそりゃもうたくさんのスキルを持っている。えげつないほど持っている。
「えっと、特殊技が一つってこと? スキルはいくつか持ってるよね?」
「へ? スキルは一つも持ってませんよ」
脳内にハテナが浮かびまくる。
(俺の調査が、狂ったのか?)
彼女と自分の間で何か狂いが生じている。だが、今は深く悩むようなものでもない。頭の端っこに追いやろう。
「っと、荷物運びってどんな効果があるの?」
「私が荷物を運ぶときはどんなに重たいものでも、軽く運ぶことができるんですよ。常識の範囲内で、ですけど」
「へぇ……もしかして、迷宮内でアイテムとかを鞄に入れても?」
「はい。だから、私は荷物持ちとしてパーティーに参加していたん、ですけど……」
(彼女はサポートをさせるなら天才的なスキルだらけじゃないのか?)
一度行った事のある迷宮やダンジョン内を自由に行き来できるジャンプ。
一度行った事のある街へと移動できるワープ。
さらに、迷宮内でも数多く必要となりそうなスキルを持っている。これだけの逸材で、他のパーティーに入っていないのもいい。
(なんとか、誘えないだろうか……)
塔迷宮はできるならば早く攻略したい。地球に戻れるのなら、それに越したことはないし、戻れなかったとしても、他の方法を探しに行ける。
「あの、今って迷宮には入ってますか?」
自分の迷宮攻略に利用する。言い方に少し引っかかるが、彼女のスキルは喉から手が出るほど欲しい。
「……あれから、迷宮やダンジョンにも入れないんです。近くに行くと、気分が悪くなって。試しにギルド員の方と入ったことがあるんですけど、私途中でその、体の中のものをぼぇって口から出しちゃって……」
「それってゲロよね」
(クリュなぜここで参加するんだ)
「は、はい」
クリュの的確な発言に恥ずかしそうに顔を伏せる。
「ゲロ吐くほど、なのか」
「あ、あの。あんまりゲロゲロ連発しないでください。恥ずかしいです」
「えと、ああ悪い」
智也は特に気にしていないが、アリス的には恥ずかしかったようだ。
(もう、話すこともないな)
そうなると沈黙が苦しくなる。適当なタイミングで切り上げようとするが、なんて言っていいか思いつかない。
「早く行くわよ」
智也の考えを読むようにクリュが言う。クリュが気を利かせるわけもないので、単純に飽きたのだろう。
「そう、だな」
急かしてきたクリュの声をアリスも聞いたようだ。
「あの、すいません呼び止めちゃって。ただ、お礼を言いたかったので」
「俺は何もしてませんよ。もしも今度リートさんに会ったら感謝してるって伝えておきますので」
「は、はい。よろしくお願いしますっ」
(ああ、なんか久しぶりにまともな人と話した気がする)
智也の心の奥底まで癒された。
やはり日常こそ、素晴らしいのだと改めて気づかされた。
「なんで笑ってるのよ、あんた。不気味」
「楽しいからじゃないか? つーか、不気味ってなんだよ」
「後口調が全然違ったわね」
「今の口調だといらない敵まで作るだろ? 俺はお前と違って余計な敵は作りたくないんだよ」
「つまりあんたはあたしを敵と認めてるのね?」
「仲間だと思ってるよ」
(今は)
「ふぅん。ていうか、さっきの女って何? あんたの彼女か何か?」
クリュが「彼女」の単語を覚えているのを感動するべきか、皮肉として使われたことに怒るべきか。
「あの子は、昔ちょっと会ってな」
「それは、また隠すってことよね?」
隠し事が嫌いなのはわかっているので、智也もアリスの深い事情には触れないように語る。
「ちょっとっていうか、迷宮で仲間を失ったところを助けたんだよ。俺の知り合いが」
「ふぅん。あんまり近しい関係ってわけじゃないのね」
「まあな。そもそも俺にそんな人間はいない」
「ならいいわよ。さっさと行きましょ」
リュックを背負いなおし、智也たちはギルドに向かう。
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