黒鎧の救世主

木嶋隆太

第二十四話 お世話

 頬へ鋭い一撃。智也は急な衝撃にうめき声をあげる。
 不意打ちだ。
 智也は慌てて目を開け、攻撃の正体を見破る。


(クリュ……寝相わるっ)


 布団をすべて智也のほうに蹴り飛ばし、自身はへそをだして寝ている。服は昨日のまま寝ているので皺だらけだが、気にするような性格ではない。
 口元によだれが浮かび、寝れないと言っていたわりに気持ちよさそうだ。


(……服か)


 買うべきなのだろうが、多く買っても後々大変だ。
 智也は以前に着替えようとして服を買ったが、基本は地球で着ていたモノだ。他の服は地球の服を洗濯するとき以外は着ない。
 クリュも着替えとして一つくらい買うべきだ。


(家とかって、借りるのにいくらかかるんだろう)


 服などを買うのなら、宿ではなく家があったほうがいい。
 迷宮探索に時間がかかるのなら、家を借りたほうがいいだろう。幸い、金ならそこそこある。ムカつくがエフルバーグのおかげで。
 そのうち時間があれば探してみよう。


 部屋にある小さな時計を見る。もう朝食の時間だ。自分の服の皺を引っ張って誤魔化し、クリュの肩を揺さぶる。
 触れる直前、伸ばした腕がクリュに押さえられ、目の前に刃が迫る。
 智也も素早く反応して、刃を持つクリュの腕を横に弾いた。


「おはよう」


 クリュの楽しそうな声。寝ているときでも油断はしていない。いちいちツッコム気力もないので、無視させてもらう。


「おはようクリュ。飯を食べに行こう」
「ご飯? わかったわ。どこで手に入れるのよ」
「別に、勝手に出てくるんだよ」


 クリュはいまいちわからないようではあるが、智也の後をついてくる。


「さっきのあんた、プラムみたいだったわね」


 反射的に攻撃を止めたのがクリュの機嫌がいい理由のようだ。


「そうか? なんか気づいたら動いてたからよくわからないな」
「いい兆候なんじゃない?」
「普通の人間じゃないだろ」
「普通なんてつまらないじゃない」


 クリュにしてみればそうかもしれないが……。智也はクリュを引き連れて、一階の食堂に向かう。
 多くの人間でごった返し、宿の人気が窺える。
 宿の数に比べて明らかに人が多い。食事だけを食べに来る人も多いようだ。クックさんの料理はうまいので、気持ちはわからなくもない。


 クックさんは忙しそうに厨房内を動き、料理をしている。何人かいる店員もクックさん同様忙しそうだ。
 そんな中でも、クックさんはこちらに気づくと、


「おはよう、昨日は楽しんでたみたいだな」


 大きなフライパンを巧みに扱い、こちらに顔を向ける。
 今まで働いている人たちを見るような余裕はなかったが、北の国から戻ってきて、多少だが余裕も生まれたようだ。 
 主に財布が。


「何かあったみたいな言い方はやめてくださいよ」


 冗談だと分かっているので笑って返す。忙しいのだから、無理してからかわなくてもいいのにとも思わなくもない。


(クリュがベッドではしゃいでたけどな)


 席に座り、食事が運ばれるのを待つ。宿を借りた人は、全員同じ食事になる。
 店員が持ってきた水を飲みながら、隣に座っているクリュに目を向ける。
 困惑しているのか手に握ったコップに鋭い視線を落としている。朝起きて喉が渇いていると思うが、中々口にもって行かない。


「どうしたんだ?」
「ここ、何?」
「食堂だ」
「人が多いわね。それに、全員笑っていたり……不気味」


 クリュは平和な世界を知らないのだ。他人と戦うのが当たり前の世界で生きてきた。クリュにとってこの光景は異質なものに見えるのかもしれない。
 そんな考えをするクリュに、少なからず悲しい気持ちにさせられる。


「ここでは、これが普通なんだ。人間同士の争いだって、命を奪い合うようなことはない。ちょっとした殴り合いがあるくらいだ。喉、渇いてるんだろ? 何も怪しいものは入ってないから飲んでみなよ」


 そういって智也はわざとらしく自分のコップの水を全部飲み干す。クリュは懐疑的な視線を送っていたが、一口飲み、目の色を変える。
 夢中に飲み進める表情は愛らしさがある。すぐにすべてを飲み干し、水の終わったコップを智也に見せ付けてくる。その瞳は「あんたよりも早く飲んだ」と語っているようだった――やっぱり、負けず嫌いだな。


 クリュは何も知らない。彼女の面倒を見ながら、迷宮を登るのは大変そうだが、彼女に普通の人生を教えてあげたいとも思えた。せめて、自分がこの世界にいる間くらいは。


 店員が料理を運ぶ。焼き魚、目玉焼き、味付けされておいしく焼かれた肉にご飯。ご飯は自由にお代わりができるのもまた、人気の一つだろう。
 クリュはそれらに手を伸ばそうとしたので、すかさず止める。


「フォークを使って、こうやって食べるんだ」


 見本として、目玉焼きを一口サイズに切る。ご飯と一緒にそれらを食べて見せる。


「フォーク……何年も前に使ったきりね。使いづらいわよ」
「箸もあるぞ?」


 この世界には箸もあり、智也はそちらをよく使っていた。日本人とは程遠い容姿をした人たちが普通に箸を使っている様はなかなか見ていて愉快だ。
 箸を渡してやると、グーで握った。教えるのは面倒そうなので、智也はフォークに差し替える。


 あまり上手ではないが、クリュは目玉焼きを切ることに成功する。切る作業に散々イライラさせられたのか、クリュのこめかみがひくついていたが、目玉焼きとご飯を食べて目を輝かせる。


「おいしいか?」


 クリュは自分の感情を読まれたのが気に食わなかったのか、一気に不機嫌な目つきになる。


「……別に。初めて食べたから驚いただけよ。まあ、普通なんじゃない?」 


 微笑ましく智也は眺めながら、口をつけていない箸で魚から骨を取り除く作業に没頭する。それが終わってから、クリュの魚が乗っている皿と交換しておく。


「何したのよ」


 クリュが訝しむように渡された魚を見る。


「ああ、骨は取り除かなきゃだからな。喉に刺さると危ないから」
「骨ってどれよ」


 智也はクリュに取った骨を見せる。ふぅんとクリュは焼き魚に口をつけて目を開く。
 ばくばくとあっという間に食べていく。クリュはどの料理も初めて食べたらしく、睨みつけるようにしながらも笑みが漏れている。


「料理って、凄いのね」


 それには同感だ。


「ちゃんと調理された料理を味わったのは、やっぱり始めてか?」
「スープなら作ったことはあるわよ、あんたにも食わせたことあるでしょ」
(そういや、あったな)


 クリュお手製のもので、初めてきたときに作ったものだ。別の日に作ってもらって、一度だけ食べたことがある。塩と水で味つけして適当に野菜を放り込んだだけのもので、あまりおいしくはなかった。
 正直な気持ちを告げれば、クリュの拳とナイフが飛ぶので、当時はまあうまいんじゃないかと濁しておいた。


「それで、これからどうするのよ?」
「そのことなんだがな……午前中は街を見て回ろうと思ってるんだ」


 興味を持ってもらえるようにどうにか話を運ぼう。


「誰をやるか、ってこと?」


 クリュがにやりと笑ったので、智也がびしっとツッコミを入れようとして、手首を掴まれてしまう。


(冗談の利かないヤツめ)
「物騒なほうに話を運ぶな。色々と欲しいものがあるんだよ」
「あっそ。強いヤツはいるの?」
「たぶん、いないな」
「つまらなそうね」


 クリュがご飯をいくらかおかわりしたことにより、いつもよりも食事に時間がかかった。気づけば、食堂も静かになっている。


「そういえば、リートと会ったらしいな」


 一段落がついたようで、クックさんが簡単な食事を持って近くに座った。クリュがあからさまに顔を引きつらせて、顔を伏せる。


「リートさんと知り合いなんですか?」
「まあな、昔ちょっとな。仲のいい友達が出来たってリートは喜んでたぞ。名前は、トモヤってな。お前だろ?」


 こくりこくり。智也はただ頷くだけ。リートさんが喜んでいる様子が想像できない。というか、友達になっていたのか。


「リートは気難しいヤツだが、まあ、これからも仲良くしてやってくれ」
「そう、ですね」


 あの人は嫌いではないが、積極的に関わりあいたいとも思えなかった。天破騎士という世間的に目立った人間だ。下手に目をつけられれば、智也の自由が減ってしまう可能性もある。
 だが、最低限の仲は維持したい。


「それじゃあ俺は用事があるので」
「ああ、頑張れよ」


 クックさんは片手をあげて食事に戻る。軽く頭を下げてから、宿を出る。智也は朝日を浴びながら、くるり。


「クリュはどこか行きたい場所はあるか?」
「この街をほとんど知らないわよ。何があるのよ」


 ちょうどいい。智也はこの街について簡単に説明する。


「街は……そうだな大体丸い感じだ。中央には、ほら城があるだろ? あそこは絶対に近づくなよ。北のほうはその、いかがわしい店や奴隷商などがあって、ある意味危険だから近づかないほうがいい。西は今俺たちが向かっているけど、塔迷宮に近いからギルドを中心とした店が多いな。東、南は住宅が多いな」
「あんたって、人に説明するの下手でしょでしょ」


 クリュはあくびをしている。確かにだらだらとつまらなく説明した気がする。


「俺も詳しく知らないからな。それで今俺たちは西に向かってるんだけど、クリュは欲しいものあるか?」
「強い相手」
「無理だ」
「だったら聞くんじゃないわよ」


 クリュは苛立っているのか、腕を組み乗せた指で叩いている。


「なら俺の後についてきてくれよ」
「あんたに従うのは嫌ね」


 次に言う台詞は戦って強さを証明しろ、だろう。お前はどこのボスだよと智也は呆れる。


「ならどっか行ってくれ」


 いつもとは違う風に接する。厳しくしておくに限る。反抗されたら、スピードを使って逃げよう。
 すると、クリュは表情こそ変わらないが視線が左右にぶれる。長い金髪の先を、指に絡めて遊ぶ。


「……迷子になるわね」
「ならついてきてくれよ! 迷子を捜すのなんて嫌だぞっ」
「ふぅん、わかったわよ」


 智也に対して仕方なくと言った様子で横に並ぶ。クリュのプライド的には自分よりも弱い人間に従うのは嫌なのだろう。


(めんどくさい性格……)


 だが、多くの人間はそんなものなのかもしれないとも智也は思う。能力のない人間の言いなりになるのは腹立たしいはずだ。いつかはクリュに力を証明する日がくるかもしれない。自分が絶対に勝てると思ったらだが。
 しばらく歩くと、クリュがぽつり、


「ほんと、明るい街ね。壊したくなるわ」
「物騒な発言は控えてくれ」


 北の国に比べて、どことなく太陽が輝いている気がする。夜になれば幻想的な光に包まれるので、明るい街という点には同意だ。


「この街ってつまらないわよね。あんたってここで生活してるときは何してたのよ」
「朝から迷宮に入って金を稼いでたな。毎日を生きるのも苦労してたんだぞ」


 迷宮の高い階層に行ければまだマシかもしれないが、当時の自分では十秒も持たなかったはずだ。


「ここってそんなに危険なの?」
(あれ、ちょっと興奮気味だぞ)


 恐らく危険の意味の捉え方が智也とクリュで違う。


「金ってあるだろ?」
「賞金首を殺したときに手に入るヤツでしょ」
「そうだ。そういえばお前はいくら持ってるんだよ」


 たかるつもりはないが、クリュは人殺しをするときは賞金首だけだ。魔石もエフルバーグに命令されてしっかり持ち帰っていた。現に北の国を出たときにはぱんぱんの財布を二つも持っていた。
 もしも今までの人生をずっと賞金首狩りに費やしていたのなら、相当の金を持っているだろう。


「さぁ? こっちに来るときに持ってきたけど詳しい額なんて知らないわよ。金なんて必要なかったから一度も使ってないし。欲しいものは奪えばいいもの」


 武器や防具など、冒険に必要なものが揃う、塔迷宮近くの冒険者商店街。智也はここで迷宮に必要なものを調達している。


「なあ、今日はこれからどうするんだ?」


 智也としては迷宮に一緒に来てもらいたい。彼女がいれば攻略もだいぶラクになる。


「殺しはどこで出来るのよ」
「この国じゃ出来ないって。一回やれば、捕まる」
(……ああ、賞金首がいたか)
「いや、待て。殺しについては後でちょっと考えてみる。だから、それまで迷宮で憂さ晴らしをしないか?」
(賞金首なら、ギルドにも張り出されてたよな?)


 後で詳しく調べてみよう。


「憂さ晴らし、ね。魔物の悲鳴って聞いても微妙なのよね」
「確かにそうかもしれないけどさ……もしかして、お前って魔物と戦うのって怖いタイプ?」


 ぴくりと眉が動く。クリュは負けず嫌いで、挑発に乗りやすい。


「何、その言い方、殺されたいの?」
「いや、プラムと一緒のときも迷宮内だとあんまり戦わなかったからさ。てっきり怖いのだと思ってたよ」
「へぇ、本気で死にたい?」
「別に、殺してもいいけど、俺はお前がビビリだと思いながら死ぬことになる。もしも、生まれ変わったらクリュが情けない人間だったこともちゃんと覚えているだろうさ」


 生まれ変わりなんてあるのかわからない。記憶はたぶん保持されない。ただ、クリュはそもそもそういった知識自体がない。
 おまけに負けず嫌いだ。下手をすれば嫌われ、ナイフが飛んでくるかもしれない。


 彼女を迷宮に連れて行くための、賭けだ。とはいえ、成功する確率の高い安全な賭けだ。
 クリュはぺろりと口元に指を持っていき舐める。


「……いいわ。あんたにビビリだと思われたままなのはムカつくわ。迷宮に行きましょう」
(よっしゃっ)
「ちょっと待てって色々用意しておいたほうがいいだろ。ここで買い物を終えたら向かうぞ」
「めんどくさいわね……」


 腰に手を当てため息をつきながらだが、一応は了承してくれた。


(ほんと、心臓に悪いヤツだよ)


 なんとかクリュの同行を認めさせたし、これで、新たな可能性も生まれてくる。まずは近くの店に入り、大きなリュックサックを買う。背負うもので、商人などが持っていそうなほどに大きい。
 これだけのものを持っていると迷宮内では不自由になる。


「そんな邪魔なもの持ってどうするのよ」
「別に何でもいいだろ」


 そう言うと、クリュがぼそぼそ呟いてから、厳しく目を吊り上げる。


「教えなさい。あたしは隠し事が大嫌いなの」


 エフルバーグに向けていたクリュの殺意がそのまま放たれ、周囲にいる人間さえも巻き込む。道行く人の視線が集まり、抑えるために慌てて説明する。


「迷宮内で戦って魔物が落としたアイテムを入れておくんだよ。それで、何度もギルドに戻るよりかは大きなリュックで一度に運んだほうがいいと思ったんだ」


 往復すれば、それだけ時間がかかる。
 この世界には迷宮内を階層ごとに移動するうスキルがあるが、珍しいスキルだけあり所持している人間は多くない。
 そのスキルを持っているだけで、強いパーティーに誘われることもあるのだ。智也もクリュも持っていないので、一度に大量の荷物を入れておける鞄は時間短縮のために必要だ。


(プラムがいればな……)


 プラムはジャンプを持っていたので、攻略も捗るだろう。
 金稼ぎを考慮するなら、大きな鞄を持った非戦闘員はパーティーに一人は欲しい。実際そういう荷物持ちを専門としている冒険者もいる。
 殺気は消えたが、まだ視線に鋭さが残っている。


「ええと……悪かったな。こっちから誘っておいて隠し事して」
「ふん、わかったわよ。あたしも……まあ、悪かったわよ」
(クリュがエフルバーグに向けていた怒り……隠し事?)


 理由はわからないが、クリュは隠し事に対して苛立ちを見せた。何か過去にあったのかもしれないが、智也はそれを聞きだすつもりはない。
 どうせいつかは別れる仲なのだ。下手に仲良くなってもいいことはないはずだ。少し空気が重くなりながらも買い物を再開する。


「水筒はどうする?」


 一応あるのだが、クリュの分も必要だろう。案の定水筒を知らなかったので重要性を軽く説明すると、


「あんたのもらえばいいじゃない」
「えぇっ!?」


 予想外すぎる。クリュは腰に手を当てる。


「嫌そうな声ね」


 嫌ではなく、恥ずかしい。クリュは無駄に見た目が綺麗だ。さすがに間接キスは避けたい。そもそも、それはクリュが嫌がるのが普通じゃないか。


「お客様たち仲よろしいですね、はい、魔法の書き込み終わりましたよ」
「あのもう一つ、水筒を……」
「いりませんよね?」


 女性の店員はクリュと智也を何度も見る。ニヤァといやらしく笑った。


(店員なんだから、もっとがつがつ売ってくれよ)


 魔法の書き込みが終わった水筒を受け取りトボトボと店を後にする。


「クリュ、武器は?」


 普段よく利用している店を見つける。


「あたしは拳で戦うのが好きなのよ。直接相手が弱っていくのを肌で感じるの。その瞬間こそあたしがもっとも幸せな気分になれるのよ」
「そうですか」
「あんた今一歩後ろに下がったわよね?」
「気のせいじゃないですか?」
「なんで丁寧な口調になってんのよ」
「距離をとりたくて」
「近づきなさい」


 クリュに睨まれたので、いつもの距離に戻る。


「冗談だ。まあ、敵を倒してくれるのなら構わない。俺は荷物持ちがメインだ。だから雑魚の敵は任せた」
「ええ、全部倒してあげるわよ」

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