黒鎧の救世主

木嶋隆太

第二十三話 東の国エアスト

 迷宮から東の国へと移動する。夜も遅いので、これから宿を取れるかどうかは微妙だ。


「これからどうするんだ? 一緒に、行かないのか?」


 プラムは帰る場所があると言っていた。


「……私はやめておく、私がいればあなたたちに迷惑をかける可能性も出てくる」


 追及しないほうがいいのかもしれない。それでもクリュと二人きりは嫌なので一緒に行動できないのか訊ねる。


「なんでだ? 金には余裕はあるぞ?」


 食い扶持は増えるかもしれないが、三人で力を合わせれば一日の稼ぎはそれ以上になる。北の国にいた頃にそれはわかっている。


「……行かない」


 プラムの頑なな態度は変わらない。これ以上は無理だ。智也は腰に手をあて、


「わかったよ。なら、気をつけてな」


 プラムに言うと、クリュが肩にチョップを入れてきた。何のようだと背後を見る。


「あたしは、まだお前との決着はつけてないわよ」
「決着? いいだろそんなモノ」


 こうして平和な国に戻れたのだ。わざわざ危険を冒したくない。クリュは智也の発言に対して難色を示す。


「自分より弱いヤツの手下になるなんて嫌に決まってるじゃない」


 能力のない上司の下では働きたくない、みたいなものか。
 智也も明らかに自分よりも実力の劣っている先輩に威張り散らされるのは嫌だったなと頭をかく。


「手下じゃない、一緒に力を合わせて――」
「同じよ」


 ぴしゃりと言い放たれ――どうしようもない。


「別に強制じゃない、気が向いたらでいいんだ。嫌なら一緒にいなくてもいい」 
「だから、あたしと戦いなさいよ。それで勝ったら認めてあげてもいいわ」
「話が戻ってるじゃねえか……」


 クリュとはまともに話ができない。プラムに助けを求めるように視線を飛ばす。


「エフルバーグに勝った彼にあなたが勝てると思ってるの?」
「……」
「変な意地ははらないほうがいい」
(ありがとう、プラム!)


 心から賛美を送っておく。片手をあげるとプラムは気にしなくていいと首を振る。


「ちょっと」


 くいくいとプラムに服の裾をつかまれる。


「なんだ?」


 プラムは智也の耳元で話そうとしているが、爪先立ちしても身長が足りない。
 智也はそれを理解して、膝を曲げるとプラムに睨まれた。


(気を遣ったはずなのに、なぜだ)
「あの子はここでの生活に慣れていない。だから、慣れるまではつきっきりで見守ったほうがいい」


 声の調子は変わらないが、どこか表情は怖い。


「なら、お前も一緒にいてくれないか」
「余計に迷惑をかける。だから、ここでお別れ」


 プラムはたぶん、この国に知り合いがいるのだろう。その知り合いが智也たちに迷惑をかけるかもしれない。


(なんか、複雑そうだな)


 プラムのすべてを背負えるほど智也に余裕はない。
 もっと、がつんとぶつかったほうがいいのかもしれないが、智也は結局ありきたりな質問で終わらせる。


「……お前は大丈夫なのか?」
「私は、問題ない」
「少し、金をわけようか?」
「いらない」


 ジト目になった。


「……そうか」
「ちょっと、何こっそり話してんの? あたしが一番嫌いなことは隠し事なんだけど」


 クリュの苛立った声を受け、智也とプラムは離れる。


「それじゃあ、私はこれで。じゃあね」


 プラムは小さく手を振って夜の街に消えていった。夜に女が一人で出歩くのは危険ではあるが、彼女の実力ならば心配ない。
 そして残された智也たち。 


「で、どうするの? 寝床の確保にでも行くの?」


 そういってクリュは指を鳴らす。
 彼女の言う寝床の確保には力が必要そうな気がしたので、慌てて智也が訂正する。


「寝床の確保ってのは宿を借りるんだ。一日ごとに金を払って、店によっては食事なども出る」
「めんどくさ」
(殺して奪うほうがめんどいからっ)
「お前は特にやらなくていい。俺の後についてきてくれ」


 もしかしたら文句をつけられるかもしれないと考えたが。


「……わかったわよ」
(およ?)


 意外と従順だった。プラムと別れて少しは悲しかったのだろうか――いや、ないない。
 この街でお世話になっている宿屋。ギルドからも程よい距離にあるそこに、智也はすぐについた。
 店の扉を開ける。食堂の椅子や机などを整えているクックさんがいた。 


「いらっしゃい……ってトモヤか? 久しぶりだな」


 覚えていたようだ。
 智也はすたすたと慣れた様子で歩く。


「クックさん、久しぶりです。あの、今日の宿は取れますか?」
「ああ、夕食は用意できないがな。……そっちの女は? 彼女か?」


 クックさんが肩を組んでくる。
 智也はははっと苦笑する。


(クリュが彼女、ねえ……)


 智也は殺される情景しか思い浮かばなかった。話の種にされているクリュは建物内を呆けた様子で見ていた。


「違いますよ」
「なるほど、ってことは二人で寝れるベッドか」
(話し聞け)
「やめてください。それは、マジで、俺が、死にます」


 智也は真剣な表情でクックさんにすがりつく。


「あ、ああ……だけど、二部屋用意するとなると金がかかるぞ? 一人千五百リアム。二人部屋なら二千リアムですむな」
(金に余裕はあるから、いいか)


 二つ部屋を頼もうとしたら、クリュが興味なさそうに一言。


「別に同じ部屋でいいんじゃない? 今までだってそうだったでしょうが」
「ほほぅ。案外お前は手が早かったんだなトモヤ。女なんて触れたこともないような顔のわりにな」
(どんな顔だ)
「お前仮にも女なんだから」


 智也はクリュに注意するが、どうでもよさそうにクリュは腕を組む。


「積極的な女ってことだな。鍵だ。あんまり汚すなよ」


 クックさんがしまってあった鍵を手渡してくる。このまま引き下がるわけにはいかない――俺が死体で見つかってもいいんですか。


「だから、二人部屋を用意してくださいよ」
「悪い。全部埋まってるみたいだな」
「嘘つきめっ!」
「はっはっはっ、俺はこれから忙しいからこれ以上構う時間はないぞ。おら、さっさと行け」


 そう言われてしまえば、これ以上何か言うわけにもいかなくなる。クックさんに迷惑をかけるのは避けたい。智也はぐったりと肩を落として階段を上る。
 クリュはわざと音をあげるように階段を踏む。


「階段、ねえ? 綺麗なモノね。壊してあげようかしら」
「あそこが汚すぎたんだよ。下手に事件は起こさないでくれ」


 北の国は歩けば崩壊するような場所もあった。鍵の番号と部屋の番号を照らし合わせる。


「風呂はどうする? って、もしかして、風呂なんて知らないのか?」


 北の国にいたときは、迷宮内にある大きな水たまりで体を簡単に洗っていた。
 北の国の一部には風呂などもあるらしいが、クリュもプラムも清潔さにこだわりはなかったので智也も詳しくは知らない。
 クリュが心外とばかりに腰に手をあて挑発的に微笑む。


「あったかい水が溜まったやつでしょ、そのぐらいなら知ってるわ。馬鹿にしないで」
「入ったことはもちろんないんだろ?」


 智也が宿の扉をあけて、クリュは「当たり前よ」と答えながら中に入る。


(そういえば、宿なんてロクに見てなかったな)


 とはいえ、何か珍しいモノがあるわけでもない。テーブルと椅子があり、ベッドは二つが並んでいるではなく、二人で寝れるものが一つあった。
 それを見た瞬間、智也は頭をかきむしり「うがああっ!」と吼えた。


「かゆいの? 風呂行ってくれば?」
「ちげぇよ。クックさんに苛立ってただけだ」
「なら、殺す?」


 くふっとクリュがこの国に来てから初めて美しく笑う。


「OK、まずはお前にこの国の常識を叩き込もう」
(俺、たぶん……ハゲる)


 智也はテーブル近くの椅子に座り、対面にクリュを座らせようと指を差す。


「なんか、ふかふかしてるわね。このベッド」


 問題児はベッドに興味を示したようだ。


「……話、聞いてくれます」
「これ、乗っていいの?」


 手で押して柔らかさを楽しんでいる。珍しいのだろう。


「いいんじゃないでしょうか」


 しばらく、クリュに付き添う必要がある。
 そうなると二人部屋はよかったかもしれない。クリュを一人にすると何かと問題が起こりそうだ。


「へえ、案外楽しいわね」


 クリュがベッドの上でジャンプしていた。中々よく跳ねる。


(相変わらず、子どもっぽい、な)
「こら、跳ねるな」


 智也がクリュを止めようと立ち上がる。壊されてはたまらない。
 クリュに手を伸ばそうとして、事件が起きた。


「っで、ぶべぇう!?」


 クリュが、恐らく女があげてはいけない残念な悲鳴とともにベッドから落ちた。跳ねることになれていないから、バランスを崩したようだ。
 クリュは鼻血を押さえながら、立ち上がりベッドを睨んでいる。その手には銀色に光る刃。


「いい度胸ね……殺してあげるわっ」
「待て生き物じゃない!」
「知らないわっ!」
「弁償するはめになるだろっ。落ち着け!」
「こけにされてこのまま黙れって言うのっ!」
「これ以上惨めな姿を曝すなっ、クリュ」


 クリュに回復丸を飲ませてやり、しばらくぐちぐち言っていたが無理やり椅子に座らせる。


「とにかくだ、この国では人殺しは出来ない。まずこれを頭に入れておいてくれ」


 なんでこんな当たり前のことを伝えなきゃならないんだ。智也は眉間の間を指で揉み解す。


「……わかったわよ。でも、つまらないわよ。何をして、この暇を潰せばいいのよ」


 クリュは肘を椅子につけながら、窓の外に目を向ける。


「つまらないって、お前は本当に人殺しが好きなんだな」


 クリュは「そうね」とだけ言い残し、胸元のネックレスをいじりながら珍しく考え込むような表情になった。
 なんだか重たい空気が流れ、断ち切るように智也は話しかける。


「お前は、なんで殺すのが好きなんだよ」


 今までずっと智也はクリュが異常だと思い、それ以上関わろうとしなかった。いい機会だ。
 智也はクリュのことをよく知らない。歩み寄ってみるのも悪くはない。ただの狂った人間、という認識のままではいたくない。彼女のいいところを見つけ、安心したい。


「なんで、ねえ」


 クリュは意味深に頬をかいて天上を見上げる。
 彼女の表情には何も映らない。何を考えているのかさっぱりわからない。


「さぁ? いつから好きになったかなんて……覚えてないわね」
「そうか」


 狂った人間がいつ狂ったのかなんて覚えているわけがない。妙な空気になり、智也も会話の糸口が見つけられない。


「寝る場所ってそこでいいの?」


 肘をついてクリュがベッドを指差す。


「風呂はいいのか?」
「何日か入らなくてもいいでしょ、別に」


 やはりクリュは女じゃない。


「たくましくて何よりだ。寝るならさっさと寝れば?」
「あんたはまだ起きてんの?」
「さすがに、一緒のベッドで寝るわけにはいかないだろ」
(俺のほうが恥ずかしくて無理だし)


 同じ部屋くらいならばいい。北の国にいた頃はそうだったのだし。だが、同じベッドとなると話は別だ。
 寝返り一つで身体的接触になる可能性もある。クリュの場合はそのまま骨を折ってきそうで怖い。
 理性がどうとかではなく、むしろ智也のほうが身の危険を感じている。


「別に一緒に寝てもいいわよ。何かするわけでもないでしょうが」
「何かできるとも思わないしな」
(むしろ、寝ている間に何かされるんじゃないでしょうか)


 気づいたら天国とかになっていそうだ。


「そ、あたしをどうこうしたいのなら力を示してからよ」
「どうこうするつもりは欠片もないけどな」


 智也はクリュに対して、すっかり強気な発言目立つようになっていた。
 クリュは「もしかして」と呟き、こちらを見る。


「それとも、あたしに無理やりしてほしいの? やってあげてもいいわよ。その場合はあんたはあたしの下僕になるけど」


 ぺろりとクリュは舌なめずりする。クリュは確かに可愛らしく、スタイルがいい。胸こそないが、それ以外ならば並の女では歯が立たない掘り出し物だ。
 だけど、智也は興奮することはない。興奮する前に首をもぎ取られる光景しか浮かばないからだ。
 変な色っぽさを持っているクリュだが、智也はさして動じない。


「嫌に決まってるだろ。大人しく寝ようぜ」
「そうね」


 クリュが短く言い放ち、ベッドに入る。一応布団などもかけられていて、問題はないようだ。部屋にある魔石の照明を消し、智也も入る。


「それと、寝るときもそこまで警戒しなくて大丈夫だ。部屋の鍵はしてあるし、この宿は信用できる」


 クリュはベッドに入りながらも警戒している様子だったので、教えておく。


「簡単に他人を信用して、バカみたい」
「素直なんだ。じゃあ、おやすみ」


 ふかふかで暖かい。久しく感じていなかったぬくもりに智也は破顔する。
 布団に顔を押し付けて柔らかさを堪能していると。


「……寝にくい」


 隣にいるクリュがとんでもない発言をした。北の国での硬い床よりもよっぽど寝やすい。


「床のほうがいいか?」
「しっくりこないのよ。ずっと床で寝てたから」
「すぐに慣れるさ」


 智也はそういって、目を瞑る。暗闇が思考を誘うように、智也の中で色々な考えが浮かぶ。


(ようやく、戻ってきたんだな。そして、明日からはまた迷宮に潜る。……早く最上階に行きたい)


 とはいえ問題は色々ある。それはまた明日考えるとしよう。


(クリュはどうするんだろうな。一緒に迷宮探索を手伝ってくれるのか。明日でお別れ、か)


 手伝ってくれるのならば攻略がかなりはかどる。そこで智也ははっと気づく。


(いや、お別れのほうがいいのか。下手に長く行動して、別れがつらくなるのは嫌だ)


 いつかは帰るのだ。
 まだ絶対に帰れると決まったわけではないが、帰れる可能性が残っている以上仲のいい人間は作らないほうがいい。
 心が弱い自分は別れのときに苦しむ。


 だが、逆も考えられる。
 この世界に永住する覚悟。その場合はこの世界で多くの友を作っておいたほうがいい――それは……ないな。
 地球には家族がいる。今も帰りを待っているかもしれない。
 帰る方法がゼロになるまでは、下手に仲のいい人間は作らないほうがいい。


(俺は地球の人間だ。地球の、人間なんだよな。長くこっちにいたせいで、地球の生活が夢だったみたいに感じてきたな……)


 クリュがいない側に寝返りを打ち、小さく息を漏らす。
 夜に考え事を始めるロクな考えが浮かばない。智也はそう思ってさっさと眠ることにした。


 明日からまた大変な日々が始まる――だけど、前向きに戦っていけるだけの強さは手に入れたんだ。
 もう、弱くはない。



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