黒鎧の救世主
第十八話 運動
トモヤが寝静まった深夜の時間帯。クリュは壁によりかかり、どこかから帰ってきたエフルバーグに話しかけた。
「あんた、あの男に何をさせたいわけ?」
「お前はいつまで経っても無能だな、クリュ」
無能だな、という言葉が酷く耳に残り、クリュは何度もエフルバーグに怒りを見せる。
「あんた、本当に何が目的?」
「お前はどう考えている」
「さぁ? あたしの獲物よ、一応」
「だから、お前に期待することはやめた」
「……相変わらず、ムカっつくわね!」
クリュは太股にくくりつけているナイフを取り出して、投げるがエフルバーグはそれを指の間で受け止める。予想通りとはいえ、簡単に防がれて、クリュはムカつきがさらに増す。
「この程度でオレを殺そうとする。お前は愚かだ」
「あんたに学んだ技よ、どれもこれも。愚かなのはあんたじゃないの?」
「つまらない冗談だな。オレが教えたものには程遠い」
クリュは舌打ちし、もう一つのナイフを取り出す。だが、エフルバーグがナイフを投げて、打ち落とし姿がぶれる。棒立ちでは的になるだけなので横に跳ぶと、目の前にエフルバーグがいた。
「がっ!?」
「ナイフを使って距離を詰め、素手で殺す。確かにオレはそう教えた」
「あんた……ふざけんじゃないわよ」
腹を思い切り殴られ、クリュはその場にうずくまくる。それでも睨む力は衰えない。何もできなくても逆らう気持ちだけは捨てない。
「これがオレの教えた技だ。レベルの違いには気づけたか?」
「……いつかあたしはあんたを殺す」
「それを聞くのもこれで何度目だろうな」
エフルバーグはやれやれと首を振る。ムカつく。
「もしも、あの男を殺せばどうなるかはわかっているな」
トモヤの話題を出せば、エフルバーグの表情にも僅かに変化が生まれる。それでクリュは僅かに満足する。
「その反応も見てみたいわね」
クリュの挑発を受け、エフルバーグは思い切り足を踏み潰す。痛みに顔を顰めたクリュだが、この程度小さい頃から何度も受けている。
ちゃんと回復丸も用意している。いくつか飲めば、次の日には完全に治っている。
「オレはお前が何かしようとすればすぐにわかる」
「そう、だったら忠告も無駄じゃない。バカじゃないの?」
「バカに言われるとは確かにオレもバカなのかもしれないな」
エフルバーグは夜の闇へと消えていった。エフルバーグがどこで何をしているのか正確なことは分からないが、犯罪者の手引きだろう。
クリュは片足を引きずるようにして寝室においてある袋から回復丸を二つ取り出して飲む。
それだけで痛みは引き、苛立ちで近くの壁を殴りつけた。赤く壁が染まっていくがそんなのどうだっていい。
(どいつもこいつも、ムカつく)
横でいびきをかいて寝ているトモヤの目玉にナイフを突き刺せばどんな反応が見れるのだろうか。悲鳴をあげ、涙ながらにこちらに怒りを向ける。両手足の自由を奪い、それから――。
クリュは紫の魔石がついたネックレスを外してから、布団にくるまり、そんな妄想を繰り返していた。
「ああ、やっぱり太陽はいいな~」
軽く伸びをしながら、智也は全身で太陽の光を浴びていた。
地球にいた頃には太陽なんて暑いだけのいらない存在だと思っていたが、この世界では地球に繋がる大事な存在だ。
太陽があるのだから、地球もどこかにある。そう信じて今を生きていく。
(朝食でも、食べるか)
昨日は迷宮にいけなかったが、まだ食材に予備は残っている。
バナナやリンゴを腹に入れてから、今日はクリュとの訓練の日であることを思い出す。
「あんたちょっと付き合いなさい」
「訓練か?」
智也が立ち上がると、クリュは拒否するように手を振る。
「今日はしないわ、めんどくさい。あたしの気晴らし、そうね散歩にでも付き合いなさい」
散歩。クリュの口からそんな言葉が出るとは思わなかった。
言うとしたら殺しに付き合いなさいとかだ。
智也が驚愕に目を見開くと、クリュは楽しそうに微笑む。思わず見とれるほどの綺麗な顔だ。
「それとも、これから戦う? あたしはどっちでもいいわよ」
「いや、散歩に付き合う」
特に準備もないので、二人はさっさと部屋を出た。日差しを受けながら、壊れた街を歩いていく。
「あ、犬」
「珍しいな」
ボロ雑巾のように汚れた野良犬が走っていく。この国では犬だって立派な食材だ。生きているのを見るのは久しぶりだ。
「可愛いわね……」
「えっ!?」
「なんで、そんな驚いたような声をあげてるのよ」
(クリュが、可愛いって言ったか今?)
「お前、犬とか見て可愛いって言えるような感性を持っていたのか?」
「死にたい?」
クリュは僅かに頬を染めてぷいとそっぽを向いた。
「あたしは可愛いものは好きよ。それに犬が本気を出すと強いもの」
「へぇ……」
クリュの意外な一面を知ってから、クリュは何のためらいもなく裏通りに入った。智也は襲撃を恐れたが、何もなかったことにホッとする。
この国ではエフルバーグはよく知られている。エフルバーグたちに手を出すのは、この街に来たばかりのアホだけだ。
智也も最近ではエフルバーグの仲間だと思われているので、こちらから仕掛けない限り事件は起こらない。
仲間だと思われるのはムカついて仕方ない。
「あんた、何者?」
人が少ない場所で腰を落ち着ける。クリュは人がいる場所を嫌う。太陽の光が届かず、空気がひんやりしている裏通りの瓦礫に智也も腰掛けた。
「何者って、どういうことだ」
「なんでエフルバーグの野郎はあんたを特別視してるの?」
クリュはそれなりに扱いやすい。殺し、を餌にすればそれなりに誘導できる。
ただ、今回の質問はよくわからない。
(クリュは、エフルバーグに特別視されてる俺に嫉妬しているのか?)
クリュは他人に対して一つの感情以外興味を持たない。
殺しがいがあるか、ないかだけだ。
本当に物騒なヤツなのだ。
「特別視、ね。俺の、黒い力のことじゃないのか?」
「ああ、あれね。なんか気持ち悪いヤツ」
クリュが深く関わろうとしてくるのは珍しい。いい機会だとこちらも訊く。
「なあ、クリュ。お前は死ぬまで、ここで過ごすつもりなのか?」
「はぁ? 意味わからない。何? ここなら楽しいことはたくさんある」
「そうか? 俺にとっては苦行でしかないんだが。楽しいことって何だよ」
クリュはそうねと顎に手を当ててから指を一つずつ曲げていく。
「人殺し、人脅し、人泣かし」
「どれも見事に他人が不幸になってるな」
「あたしの幸せのために不幸になるくらいどうでもいいでしょ? あんたも本当はあたしのおもちゃになる予定だったのよ?」
「具体的に何をされるんだ?」
「腕と足を折って。そこからは指の一つずつでも折っていこうかしら。後は、耳ね。耳の中に熱湯とか入れるのも楽しそう」
くふっとこちらに情熱的な視線を向けてくる。智也はぞくっと寒気がしたので、顔を背ける。
「見事に狂ってやがるね」
クリュは恍惚に浸り、まだぶつぶつ計画を考えているようだ。彼女が笑うのは主にこういった話でくらいだ。
「お前って一生懸命だな……」
無駄に、という言葉は言わないでおく。クリュは、歪んでいるが殺しに対しては熱心だ。
「はぁ? 何が?」
「人殺しとかさ、毎日毎日ちゃんとやって、ある意味凄いわな」
(狂ってるけど)
「……あっそ。あたしが楽しいんだから別にいいでしょ?」
(それもそうか)
「何が言いたいのよ」とクリュがこちらを睨んだときに、胸元で光るネックレスが視界に入る。
智也は僅かに笑みを浮かべる。
「案外お前も女みたいなところもあるよな」
「はぁ?」
「首のネックレスだよ。いつもつけてるだろ?」
「あぁ、これね。どうでもいいでしょ?」
「そう、だな」
紫の魔石がついたネックレスはそれなりにクリュに似合っている。直接伝える気分ではないが。
「なんかムカついた。少し戦いましょう」
ナイフを取り出してこちらに向ける。彼女の感情は変わりやすい。
どうせこうなるだろうと思っていたので、智也もあきらめたように立ち上がった。殺し合いではない、彼女の遊びに付き合うだけだ。
「今日は散歩じゃなかったのかよ」
「飽きたわよ。やっぱり普通に過ごすのはつまらないわね」
「そうですか……ただ、いつもどおり殺すのはなしで頼むぞ」
「不満」
クリュは明らかに嫌そうにして、ナイフを手の中で回す。
「まあ、別にいいわよ」
何かを思い出したようにクリュはナイフをしまう。意外とあっさり引き下がってくれて、智也は驚いていた。
(クリュも少しは成長してくれてるのか? ならいいんだけど……)
クリュの背を追い、いつもの広場に出てくる。子どもたちが遊んでいる。
ここで訓練が始まるのかと思いきや、クリュはある一点を見ている。
「野球?」
クリュが見ている方向では、子ども二人が遊んでいる。片方が木を構え、もう一人が石ころを投げる。
木を持った子どもがその石を打ち、どこまで飛ぶのかを競っているようだ。
石なんて打ったら危ない。とは思うがこの街は石よりも危険に満ちているので、気にかける人間はいない。
「なにあれ? あの打った石で誰かを殺すの? あんまり楽しそうじゃないわね」
「違う違う。アレは野球っていう運動なんだ」
「なにそれ」
智也は説明に困る。ただ、ここで興味を持ってもらえれば今日は遊びで終わるかもしれない。
それから、クリュが興味を持てる要素を混ぜ込み説明を続けた。
「あの木を使って、石を横薙ぎに打つんだ。あの石は人の頭だと思え。いかにうまく叩いて、石――人間の頭を飛ばせるのかを競う競技なんだ」
「……へぇ、おもしろそうね。あれやりたい」
クリュは唇を舐め子どものほうに近づく。力がすべて。あの道具を奪いに行くつもりだ。恐らくクリュは言うことを聞かなければあの子どもたちを簡単に殺すだろう。
自分の責任もあるので、慌ててクリュを引き止める。
「待て待て。俺がバットとボールは用意してやる」
訓練よりかはこうやって遊んでたほうがいい。身体にも、精神にも。ちょうど知っておきたかった、武具精製で作った武器を自分以外が使えるのかどうかも試せる。
武具精製でバットを作り、ボールも作る。どちらも立派な武器だ。バットをクリュに渡し、距離を取ってもらってから簡単に説明をする。
「俺がボールを投げる。そしたら、お前がそのバットを振る。ただ、バットは絶対に投げちゃいけない。わかったか?」
「このバットであんたの頭を吹っ飛ばしたほうがラクそうね。まあ、いいわ。投げてみて」
クリュの構え方は野球とは程遠い。剣でも構えるようだ。意外と様になっているのを見るに、剣も扱えそうだ。ただ、彼女は肌で敵を殺すのを感じたいので、基本的に刃物は敵に近づくためにしか使わない。
智也は左足をさげ、自分のイメージする最高のモーションでボールを投げた。ステータスのおかげもあり、球は速い。クリュは顔を顰め、それから振るが空振り。
壁に当たったボールがむなしく地面を転がる。智也がぐっと拳を構える。
「殺す……」
「何をだ、誰をだっ、はやまんな!」
「バットが当たらない。つまらないわね」
「俺はお前に打たれないようにする、お前はそれを打つために頑張る。この競技の楽しい部分だぞ」
「……ふぅん」
次は少し抑え目に投げるか。智也がそう考えると、
「もしも加減したら殺す」
まるで心を読むように睨んでくる。
クリュは負けず嫌いだ。それから何球か投げるが智也のコースがいいのか、クリュのセンスがないのか全て空振り。そもそも、振り方が居合いに似ているので、当てにくいのかもしれない。
(ばれないように加減しよう……)
少しずつ力を抑えていき。ある一定の場所でクリュが打てそうなボールを投げる。
だが、クリュはそれを振らず鬼のような形相でこちらを見てきた。
「今、あんた力抜いたわよね? いえ、さっきからばれないように少しずつ遅くしてるわね」
近づいてきて、クリュは顔を掴んでくる。逃げられない。身体は石にでもなってしまったように動いてくれない。
というか下手に動けば頭をもがれそうだ。先日の賞金首を思い出してしまう。
クリュはがっと唇がつきそうなほど顔を近づけ、目を覗き込んでくる。
「次やったら殺す」
「わ、わかりました」
クリュを騙すにはまだまだ経験不足のようだ。力を抜いてボールを投げると、殺されるのはわかった。
それから智也は全力で投げ続け、いい加減疲れてきた。顎へとたれてきた汗を手の甲で拭う。
「あんた、早くしなさい」
バットをふりふり動かしながら、急かしてくる。ステータスの体力とは別で、クリュは単純にスタミナが多いようだ。
体力を振り絞りボールを放る。クリュも全力でバットを振り、とうとう打たれてしまった。
「え?」
ボールが矢のように返ってくる。驚いた次の瞬間に腕に直撃。痛さに地面を転がる。
クリュは智也の様子を見て、嬉しそうに身を抱く。
「ふぅん。決めた。このボールをあんたにぶつけるほうが楽しいわ。もっと悶絶した姿を見せなさいっ」
「な、なんつー競技だ、これ……」
腕を押さえながら智也は立ち上がり、ボールを作り出す。ひくひくとこめかみが動いている。
(いい度胸してるな。次は打たせないけどな)
今度は打たれないと気合をボールに乗せる。
「あははっ! 死になさい」
クリュはボールをあっさり打ち返した。一度当てて、コツを掴んでしまったようだ。
智也は危険を知りながらも、薄く微笑むだけだ。クリュはやがて訪れるだろう事件に顔が少しずつ緩まっていく。
顔面に当たる直前――。
「解除っ!」
智也が叫ぶとボールは消える。智也が生み出した武器なので、消すのなんて一瞬で出来る。
クリュがそれを見て、嬉しそうな表情が一気に憤怒に変わる。
「あんた、ぶつかりなさいよっ。あたしがつまらないじゃない。もっと苦しむ表情を見せなさいよ!」
「なんだそのふざけた発言はっ」
「あははっ、ほら早く投げなさいよ。それとも怖くて無理?」
クリュは笑いながらバットを構える。構え方には色々言いたいことがあったが、
(クリュってこんな笑い方もできるんだな)
無邪気に笑う子どものようだった。人を殺すときとはまた違った笑み。この国で育ち、彼女は歪んでしまった。ただ、根っこはいい子なのかもしれない。もう少し性格が丸くなってくれればと切に願う。
そこから、ボールを生み出しては投げ、飛んできたボールをすかさず回避。智也も調子があがってきて、回避の練習に最適だった。
狂ったように遊び続ける二人に、危険だと判断した子どもたちは、すぐにこの広場を離れ貸切状態でボールのぶつけ合い。
昼を回り、智也は疲労を感じ汗を拭う。
(子どもっぽいんだよな、クリュは)
プラムと仲が悪い理由に新しく追加された。二人とも子どもらしい部分がある。
「死になさいっ」
クリュが笑いながら、ボールをバットで打つ。
もはやノックに変わり智也は飛んできたボールを剣で斬りおとす。
(いや、やっぱ無理だな)
智也は苦笑しながら、ボールを生み出して再び投げた。今は難しいことは考えたくない。
「あんた、あの男に何をさせたいわけ?」
「お前はいつまで経っても無能だな、クリュ」
無能だな、という言葉が酷く耳に残り、クリュは何度もエフルバーグに怒りを見せる。
「あんた、本当に何が目的?」
「お前はどう考えている」
「さぁ? あたしの獲物よ、一応」
「だから、お前に期待することはやめた」
「……相変わらず、ムカっつくわね!」
クリュは太股にくくりつけているナイフを取り出して、投げるがエフルバーグはそれを指の間で受け止める。予想通りとはいえ、簡単に防がれて、クリュはムカつきがさらに増す。
「この程度でオレを殺そうとする。お前は愚かだ」
「あんたに学んだ技よ、どれもこれも。愚かなのはあんたじゃないの?」
「つまらない冗談だな。オレが教えたものには程遠い」
クリュは舌打ちし、もう一つのナイフを取り出す。だが、エフルバーグがナイフを投げて、打ち落とし姿がぶれる。棒立ちでは的になるだけなので横に跳ぶと、目の前にエフルバーグがいた。
「がっ!?」
「ナイフを使って距離を詰め、素手で殺す。確かにオレはそう教えた」
「あんた……ふざけんじゃないわよ」
腹を思い切り殴られ、クリュはその場にうずくまくる。それでも睨む力は衰えない。何もできなくても逆らう気持ちだけは捨てない。
「これがオレの教えた技だ。レベルの違いには気づけたか?」
「……いつかあたしはあんたを殺す」
「それを聞くのもこれで何度目だろうな」
エフルバーグはやれやれと首を振る。ムカつく。
「もしも、あの男を殺せばどうなるかはわかっているな」
トモヤの話題を出せば、エフルバーグの表情にも僅かに変化が生まれる。それでクリュは僅かに満足する。
「その反応も見てみたいわね」
クリュの挑発を受け、エフルバーグは思い切り足を踏み潰す。痛みに顔を顰めたクリュだが、この程度小さい頃から何度も受けている。
ちゃんと回復丸も用意している。いくつか飲めば、次の日には完全に治っている。
「オレはお前が何かしようとすればすぐにわかる」
「そう、だったら忠告も無駄じゃない。バカじゃないの?」
「バカに言われるとは確かにオレもバカなのかもしれないな」
エフルバーグは夜の闇へと消えていった。エフルバーグがどこで何をしているのか正確なことは分からないが、犯罪者の手引きだろう。
クリュは片足を引きずるようにして寝室においてある袋から回復丸を二つ取り出して飲む。
それだけで痛みは引き、苛立ちで近くの壁を殴りつけた。赤く壁が染まっていくがそんなのどうだっていい。
(どいつもこいつも、ムカつく)
横でいびきをかいて寝ているトモヤの目玉にナイフを突き刺せばどんな反応が見れるのだろうか。悲鳴をあげ、涙ながらにこちらに怒りを向ける。両手足の自由を奪い、それから――。
クリュは紫の魔石がついたネックレスを外してから、布団にくるまり、そんな妄想を繰り返していた。
「ああ、やっぱり太陽はいいな~」
軽く伸びをしながら、智也は全身で太陽の光を浴びていた。
地球にいた頃には太陽なんて暑いだけのいらない存在だと思っていたが、この世界では地球に繋がる大事な存在だ。
太陽があるのだから、地球もどこかにある。そう信じて今を生きていく。
(朝食でも、食べるか)
昨日は迷宮にいけなかったが、まだ食材に予備は残っている。
バナナやリンゴを腹に入れてから、今日はクリュとの訓練の日であることを思い出す。
「あんたちょっと付き合いなさい」
「訓練か?」
智也が立ち上がると、クリュは拒否するように手を振る。
「今日はしないわ、めんどくさい。あたしの気晴らし、そうね散歩にでも付き合いなさい」
散歩。クリュの口からそんな言葉が出るとは思わなかった。
言うとしたら殺しに付き合いなさいとかだ。
智也が驚愕に目を見開くと、クリュは楽しそうに微笑む。思わず見とれるほどの綺麗な顔だ。
「それとも、これから戦う? あたしはどっちでもいいわよ」
「いや、散歩に付き合う」
特に準備もないので、二人はさっさと部屋を出た。日差しを受けながら、壊れた街を歩いていく。
「あ、犬」
「珍しいな」
ボロ雑巾のように汚れた野良犬が走っていく。この国では犬だって立派な食材だ。生きているのを見るのは久しぶりだ。
「可愛いわね……」
「えっ!?」
「なんで、そんな驚いたような声をあげてるのよ」
(クリュが、可愛いって言ったか今?)
「お前、犬とか見て可愛いって言えるような感性を持っていたのか?」
「死にたい?」
クリュは僅かに頬を染めてぷいとそっぽを向いた。
「あたしは可愛いものは好きよ。それに犬が本気を出すと強いもの」
「へぇ……」
クリュの意外な一面を知ってから、クリュは何のためらいもなく裏通りに入った。智也は襲撃を恐れたが、何もなかったことにホッとする。
この国ではエフルバーグはよく知られている。エフルバーグたちに手を出すのは、この街に来たばかりのアホだけだ。
智也も最近ではエフルバーグの仲間だと思われているので、こちらから仕掛けない限り事件は起こらない。
仲間だと思われるのはムカついて仕方ない。
「あんた、何者?」
人が少ない場所で腰を落ち着ける。クリュは人がいる場所を嫌う。太陽の光が届かず、空気がひんやりしている裏通りの瓦礫に智也も腰掛けた。
「何者って、どういうことだ」
「なんでエフルバーグの野郎はあんたを特別視してるの?」
クリュはそれなりに扱いやすい。殺し、を餌にすればそれなりに誘導できる。
ただ、今回の質問はよくわからない。
(クリュは、エフルバーグに特別視されてる俺に嫉妬しているのか?)
クリュは他人に対して一つの感情以外興味を持たない。
殺しがいがあるか、ないかだけだ。
本当に物騒なヤツなのだ。
「特別視、ね。俺の、黒い力のことじゃないのか?」
「ああ、あれね。なんか気持ち悪いヤツ」
クリュが深く関わろうとしてくるのは珍しい。いい機会だとこちらも訊く。
「なあ、クリュ。お前は死ぬまで、ここで過ごすつもりなのか?」
「はぁ? 意味わからない。何? ここなら楽しいことはたくさんある」
「そうか? 俺にとっては苦行でしかないんだが。楽しいことって何だよ」
クリュはそうねと顎に手を当ててから指を一つずつ曲げていく。
「人殺し、人脅し、人泣かし」
「どれも見事に他人が不幸になってるな」
「あたしの幸せのために不幸になるくらいどうでもいいでしょ? あんたも本当はあたしのおもちゃになる予定だったのよ?」
「具体的に何をされるんだ?」
「腕と足を折って。そこからは指の一つずつでも折っていこうかしら。後は、耳ね。耳の中に熱湯とか入れるのも楽しそう」
くふっとこちらに情熱的な視線を向けてくる。智也はぞくっと寒気がしたので、顔を背ける。
「見事に狂ってやがるね」
クリュは恍惚に浸り、まだぶつぶつ計画を考えているようだ。彼女が笑うのは主にこういった話でくらいだ。
「お前って一生懸命だな……」
無駄に、という言葉は言わないでおく。クリュは、歪んでいるが殺しに対しては熱心だ。
「はぁ? 何が?」
「人殺しとかさ、毎日毎日ちゃんとやって、ある意味凄いわな」
(狂ってるけど)
「……あっそ。あたしが楽しいんだから別にいいでしょ?」
(それもそうか)
「何が言いたいのよ」とクリュがこちらを睨んだときに、胸元で光るネックレスが視界に入る。
智也は僅かに笑みを浮かべる。
「案外お前も女みたいなところもあるよな」
「はぁ?」
「首のネックレスだよ。いつもつけてるだろ?」
「あぁ、これね。どうでもいいでしょ?」
「そう、だな」
紫の魔石がついたネックレスはそれなりにクリュに似合っている。直接伝える気分ではないが。
「なんかムカついた。少し戦いましょう」
ナイフを取り出してこちらに向ける。彼女の感情は変わりやすい。
どうせこうなるだろうと思っていたので、智也もあきらめたように立ち上がった。殺し合いではない、彼女の遊びに付き合うだけだ。
「今日は散歩じゃなかったのかよ」
「飽きたわよ。やっぱり普通に過ごすのはつまらないわね」
「そうですか……ただ、いつもどおり殺すのはなしで頼むぞ」
「不満」
クリュは明らかに嫌そうにして、ナイフを手の中で回す。
「まあ、別にいいわよ」
何かを思い出したようにクリュはナイフをしまう。意外とあっさり引き下がってくれて、智也は驚いていた。
(クリュも少しは成長してくれてるのか? ならいいんだけど……)
クリュの背を追い、いつもの広場に出てくる。子どもたちが遊んでいる。
ここで訓練が始まるのかと思いきや、クリュはある一点を見ている。
「野球?」
クリュが見ている方向では、子ども二人が遊んでいる。片方が木を構え、もう一人が石ころを投げる。
木を持った子どもがその石を打ち、どこまで飛ぶのかを競っているようだ。
石なんて打ったら危ない。とは思うがこの街は石よりも危険に満ちているので、気にかける人間はいない。
「なにあれ? あの打った石で誰かを殺すの? あんまり楽しそうじゃないわね」
「違う違う。アレは野球っていう運動なんだ」
「なにそれ」
智也は説明に困る。ただ、ここで興味を持ってもらえれば今日は遊びで終わるかもしれない。
それから、クリュが興味を持てる要素を混ぜ込み説明を続けた。
「あの木を使って、石を横薙ぎに打つんだ。あの石は人の頭だと思え。いかにうまく叩いて、石――人間の頭を飛ばせるのかを競う競技なんだ」
「……へぇ、おもしろそうね。あれやりたい」
クリュは唇を舐め子どものほうに近づく。力がすべて。あの道具を奪いに行くつもりだ。恐らくクリュは言うことを聞かなければあの子どもたちを簡単に殺すだろう。
自分の責任もあるので、慌ててクリュを引き止める。
「待て待て。俺がバットとボールは用意してやる」
訓練よりかはこうやって遊んでたほうがいい。身体にも、精神にも。ちょうど知っておきたかった、武具精製で作った武器を自分以外が使えるのかどうかも試せる。
武具精製でバットを作り、ボールも作る。どちらも立派な武器だ。バットをクリュに渡し、距離を取ってもらってから簡単に説明をする。
「俺がボールを投げる。そしたら、お前がそのバットを振る。ただ、バットは絶対に投げちゃいけない。わかったか?」
「このバットであんたの頭を吹っ飛ばしたほうがラクそうね。まあ、いいわ。投げてみて」
クリュの構え方は野球とは程遠い。剣でも構えるようだ。意外と様になっているのを見るに、剣も扱えそうだ。ただ、彼女は肌で敵を殺すのを感じたいので、基本的に刃物は敵に近づくためにしか使わない。
智也は左足をさげ、自分のイメージする最高のモーションでボールを投げた。ステータスのおかげもあり、球は速い。クリュは顔を顰め、それから振るが空振り。
壁に当たったボールがむなしく地面を転がる。智也がぐっと拳を構える。
「殺す……」
「何をだ、誰をだっ、はやまんな!」
「バットが当たらない。つまらないわね」
「俺はお前に打たれないようにする、お前はそれを打つために頑張る。この競技の楽しい部分だぞ」
「……ふぅん」
次は少し抑え目に投げるか。智也がそう考えると、
「もしも加減したら殺す」
まるで心を読むように睨んでくる。
クリュは負けず嫌いだ。それから何球か投げるが智也のコースがいいのか、クリュのセンスがないのか全て空振り。そもそも、振り方が居合いに似ているので、当てにくいのかもしれない。
(ばれないように加減しよう……)
少しずつ力を抑えていき。ある一定の場所でクリュが打てそうなボールを投げる。
だが、クリュはそれを振らず鬼のような形相でこちらを見てきた。
「今、あんた力抜いたわよね? いえ、さっきからばれないように少しずつ遅くしてるわね」
近づいてきて、クリュは顔を掴んでくる。逃げられない。身体は石にでもなってしまったように動いてくれない。
というか下手に動けば頭をもがれそうだ。先日の賞金首を思い出してしまう。
クリュはがっと唇がつきそうなほど顔を近づけ、目を覗き込んでくる。
「次やったら殺す」
「わ、わかりました」
クリュを騙すにはまだまだ経験不足のようだ。力を抜いてボールを投げると、殺されるのはわかった。
それから智也は全力で投げ続け、いい加減疲れてきた。顎へとたれてきた汗を手の甲で拭う。
「あんた、早くしなさい」
バットをふりふり動かしながら、急かしてくる。ステータスの体力とは別で、クリュは単純にスタミナが多いようだ。
体力を振り絞りボールを放る。クリュも全力でバットを振り、とうとう打たれてしまった。
「え?」
ボールが矢のように返ってくる。驚いた次の瞬間に腕に直撃。痛さに地面を転がる。
クリュは智也の様子を見て、嬉しそうに身を抱く。
「ふぅん。決めた。このボールをあんたにぶつけるほうが楽しいわ。もっと悶絶した姿を見せなさいっ」
「な、なんつー競技だ、これ……」
腕を押さえながら智也は立ち上がり、ボールを作り出す。ひくひくとこめかみが動いている。
(いい度胸してるな。次は打たせないけどな)
今度は打たれないと気合をボールに乗せる。
「あははっ! 死になさい」
クリュはボールをあっさり打ち返した。一度当てて、コツを掴んでしまったようだ。
智也は危険を知りながらも、薄く微笑むだけだ。クリュはやがて訪れるだろう事件に顔が少しずつ緩まっていく。
顔面に当たる直前――。
「解除っ!」
智也が叫ぶとボールは消える。智也が生み出した武器なので、消すのなんて一瞬で出来る。
クリュがそれを見て、嬉しそうな表情が一気に憤怒に変わる。
「あんた、ぶつかりなさいよっ。あたしがつまらないじゃない。もっと苦しむ表情を見せなさいよ!」
「なんだそのふざけた発言はっ」
「あははっ、ほら早く投げなさいよ。それとも怖くて無理?」
クリュは笑いながらバットを構える。構え方には色々言いたいことがあったが、
(クリュってこんな笑い方もできるんだな)
無邪気に笑う子どものようだった。人を殺すときとはまた違った笑み。この国で育ち、彼女は歪んでしまった。ただ、根っこはいい子なのかもしれない。もう少し性格が丸くなってくれればと切に願う。
そこから、ボールを生み出しては投げ、飛んできたボールをすかさず回避。智也も調子があがってきて、回避の練習に最適だった。
狂ったように遊び続ける二人に、危険だと判断した子どもたちは、すぐにこの広場を離れ貸切状態でボールのぶつけ合い。
昼を回り、智也は疲労を感じ汗を拭う。
(子どもっぽいんだよな、クリュは)
プラムと仲が悪い理由に新しく追加された。二人とも子どもらしい部分がある。
「死になさいっ」
クリュが笑いながら、ボールをバットで打つ。
もはやノックに変わり智也は飛んできたボールを剣で斬りおとす。
(いや、やっぱ無理だな)
智也は苦笑しながら、ボールを生み出して再び投げた。今は難しいことは考えたくない。
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