黒鎧の救世主

木嶋隆太

第十四話 塩虫



「起きなさい」


 今までの人生、女性に朝起こしてもらったのは家族ぐらいだ。
 別の女性に起こされる機会なんて一度もなく、そして、もしもそんな機会があればさぞかし嬉しかったろう。
 そう考えていた智也だが、起床と同時に殺人鬼の顔を見て、命があった嬉しさよりも恐怖が先に襲う。


「クリュ、か」
「なに、その残念そうな顔。ああ、戦いたいのね、その気持ち凄くわかる。今からやる?」
「……やめておく」
「ふぅん、つまらない。まあいいわ。来なさいよ」


 説明もなしの一方的な物言い。だが、従わなければ何をされるかわからない。


(死んでいないのか?)


 エフルバーグにトドメをさされたと思っていた。ただクリュがいるということはエフルバーグのアジトにでもいるのかもしれない。
 以前として命は危うい状況だ。クリュに案内された部屋はあまり広くなく、はっきりいうとボロイ。一応家の形をしているが、殴ってしまえば壊れてしまいそうなほどに壁にはひびが入っている。


(子ども……)


 子どもがやけに多い。掃除などはされているが、古ぼけている建物はどうにもならない。
 その部屋で一番でかい男――エフルバーグがこちらをちらと見る。昨日の出来事が頭をよぎり、身体が無意識の内に強張る。


「起きたか。朝食の準備は?」


 エフルバーグが床に座り、近くにいる子どもを見る。


(ここは、化け物の巣窟かよ……)


 エフルバーグはステータスがなぜかわからないが、それ以外はわかる。まだ幼い子どもたちにも関わらず全員の平均レベルは15ほどだ。
 10歳にも満たないかもしれない子どもたちがすでにそのレベルだ。才能の違いこそあるが、ここでは自分はあっさりと殺される。一人も倒せる気がしない。


「今日の担当はクリュ」


 クリュに並ぶ強さを持つ少女が言う。この前エフルバーグの後ろにいた子だ。


「もう、作ってあるわよ。ほら、そこよ。新人持ってきなさい」
(誰が新人だ)


 とはいえ、下手に逆らい、エフルバーグの機嫌を損ねるわけにはいかない。わけのわからない状況だが、落ち着いてから聞き出せばいい。
 ボロイキッチンには、赤い魔石がある。あまり綺麗じゃない鍋が乗っており、蓋を開ければ大量のスープが入っていた。


 脇には十枚の皿があり、どれもひび割れている。スープにいれ、一人ずつ配っていく。
 ただ、全員分の皿を入れ終わったところで気づく。


(俺の皿がないぞ)
「ここにある皿は各自が調達したものだ。飲みたければ、手ですくって飲むか誰かから奪えばいい」


 エフルバーグは戸惑う智也に冷たく言い放った。ほしい物は力づくで奪えということだ。別に食べるつもりはなかったが、事情の説明が全くなく智也の目つきが鋭くなる。


「ここは、どこですか?」
「北の国ノーシス。そう伝えればわかるな?」


 北の国。一番近づきたくないと考えていた危険な国だ。自由が保障されているが法はなく、安全とは無縁の国だ。


「俺に何をさせたいんですか?」
「強くなれ。お前には期待している」


 分かりやすい一言だが、真意が理解できない。火傷はしたくないので、朝食の時間は何も食べずに過ごす。


「あ、キミが新入りだね。忠告しておくと、クリュとは関わらないほうがいいね」
「そ、そうですか」
「あいつ、凄い面倒だからね。あ、僕はバルンよろしく。ま、適当に肩の力を抜いたほうがいいね、ここでの生活は」
「は、はあ。俺はトモヤです」


 友好的に話しかけてくれた男は明らかに年下だが、ステータスの高さから敬語はやめられなかった。
 腹は別に減らない。地球にいた頃は朝食を抜くことも何度かあった。一日くらいどうってことはない。
 子どもたちはそれぞれ食事を終えると部屋を出ていく。
 残ったのはクリュとエフルバーグ、それと一人の女だ。


「その二人がお前の教育係だ」
(なんだよそれ)
「よろしく。私はプラム」


 小さい女の子だ。


 Lv15 プライリアム MP221 特殊技 なし
 腕力41 体力40 魔力40 速さ44 才能8
 スキル ジャンプLv2 ソウルバインドLv2 ライトショットLv3  
 儀式スキル なし


 なかなか優秀な子だ。背はかなり低く、智也は地球にいる妹に似ているなと思った。


(……もうすぐ誕生日だったな。元気にしてるかな)


 智也は自分になついていた妹を思い出し、首を振る。


(やめよう。考えても、むなしくなるだけだ)


 やはり才能が高いだけあって、ステータスも高い。プラムの本名はプライリアムだった。疑問はあったが、訊ねられる空気ではない。


「知ってると思うけど、クリュよ、まあ、基本的にあたしは何もするつもりはないけど。あっ、戦いならいつでもやってあげるわよ。強い相手と戦うのは楽しいわよね」


 クリュは壁に背を預けて、手を口に持っていきぺろりと舐める。挑発的に笑っているクリュを無視する方向に決めた。


「……俺は、トモヤです」
「トモヤ、敬語は誰に対してでも使っているのか?」


 エフルバーグが眉を寄せる。睨むだけでも体を締め付けられるようなプレッシャーがある。


「……そう、ですけど」
「なら、やめろ。お前だって下手に舐められたくはないだろ? ここにいる人間に学はない。敬語なんて使っても舐められるだけだ」


 エフルバーグに従うのは嫌だが、敵を増やしたくない。下手な面倒事は避けたい。


「――わかった」


 エフルバーグはプラムと一度見て部屋を出て行く。


「じゃ、後はよろしく。あたしは暇つぶしに行ってくるから」


 クリュは片手をあげて外に出る。残ったのはプラムだけだ。


「あなたにこの国の説明をする。ついてきて」
「ああ、わかった。できれば脱出の仕方とか教えてくれると嬉しいんだけど」
(プラムくらいなら問題なく話せそうだな)


 動物と子どもならある程度話はできる。
 小学六年生の妹がいた智也は、ちょうどその年齢くらいのプラムに対して特に臆する様子もなく対話する。


「逃げ出そうとしたら殺さない程度に自由にしていいって言われてるから」


 プラムが隠し持っていた剣を取り出し、首元に突きつけてくる。智也は両手をあげて顔を引きつらせる。


「じょ、冗談だ。軽いジョークだから……ジョーク」


 下手な冗談は通じないようだ。剣をしまったプラムと家の外に出る。
 街はあまり綺麗じゃない。ここが戦争の現場だといわれれば納得できそうなほどにあちこちが崩壊している。だが、意外と暮らしている人は普通だ。
 外で子ども同士がボールで遊んでいたり。異常な点といえば大人があちこちにいて、ごろごろと眠っているくらいだ。


(……色んな種族がいるな)


 東の国にも様々な種族がいたが、智也はギルド以外ではあまり見なかった。
 ここでは三人に一人くらいの割合で人間以外の種族がいる。
 体のどこかに魔石を持つ廃人族もいる。あいつらが、かなり強いのは知っているので絶対に関わりたくない。
 前を行くプラムが立ち止まり、こちらを見る。


「昼の表通りは安全。夜は警戒しないとどこから襲われるかわからない、ここには戦いを求めるアホしか住んでないから」
「裏通りは?」
「昼でも危険だから。近寄るなら覚悟して」


 そういって、人の出入りが少ない道へとプラムは歩いていく。あまり入りたくないが、プラムから離れるのも嫌だった。
 道に入ってすぐに一人の男が舌なめずりしながら出てくる。目が血走っていて、右手にはナイフを持っている。
 さらに仲間と思われる男も一人現れる。こちらは武器を持っていない。ただ、気持ち悪くこちらを値踏みするように見ている。


「へへ、女と男か。金目の物を置いていきな、そしたら見逃してやるぜ、男だけはな」


 智也はプラムの後ろに隠れながらステータスを確認する。どちらもレベルは8。ステータスを見ただけでもどうにかなりそうだった。
 智也は案外余裕そうに呟く。


「女って、こいつロリコンか」
「誰が幼児体型?」


 プラムがじーと感情の揺れ幅の少ない瞳で睨んでくる。


「……通じるのか」


 異世界なのでそんな言葉はないと思っていた。


「どいたほうがいい。死にたくないでしょ」


 プラムは智也から視線を外し、男たちを睨む。


「強気な穣ちゃんだ。……やるぜ、兄さん」
「ああ、弟よ。ぐへへ」


 兄と呼ばれたナイフを持つ男が、プラムに掴みかかる。
 弟は武器を持たない智也に向かう。


「プラムっ!」
「残念でしたぁ、お前の相手は俺だぜぇ?」


 助けに行きたいが、弟が道を塞ぎ舌を出す。弟が繰り出す拳を何とか避けて、棒を生み出す。
 速い敵には逃げ道を塞ぐように攻撃するのが効果的なのはクリュとの戦いで覚えた。
 棒を横薙ぎに振る。


「甘いねぇっ!」


 弟が軽やかに宙を舞う。そのまま壁を足場にてこちらへ近づき、回し蹴りを放ってきた。不規則な動きに反応が遅れる。
 何とかガードするが、棒ごと弾かれる。智也の内に生まれた動揺が広がっていく。


(ステータスだと、俺が勝ってるのに!)


 攻めきれない理由はわかっている。殺気だ。
 相手は本気で智也を殺そうとしている。敵に迷いはない。今の一撃も首の骨を折ろうと振るわれていた。
 だが智也にはそこまでの決心は出来ていない。剣ではなく棒の武器を出したのも、相手を殺したくないという思いがあったから。


(どうする、どうする。まずは武器を変えるのか。あぁ、でも人を殺すのは……)


 そこまでの覚悟をすぐにはできない。悩みながら、敵を注視すると、


「何やってるの?」
「あえ?」


 プラムが目の前にいる。敵はいない。


「あいつらは?」


 ちらと視線を動かすと、血の海が出来ていた。男二人は既に死に、そこには石のようなものが残っている。
 智也は顔を顰め、視線を外に外す。


「殺した、のか?」
「あの人たちは弱かった」
「そうか……」


 プラムがどれだけ強いのかわかった気がする。プラムは死体から石二つを取り出して、ポケットにしまおうとする。
 だが、入らずに感情の映らない瞳が智也を射抜く。


「……一つ持って」


 片手で持つのがちょうどいいくらいの石だ。


(血、血がついてる)


 嫌そうな顔をした智也だが、プラムに石を押し付けられる。血が服についてしまうほどに押し付けられて、仕方なく受け取る。
 片手に持って、智也は嫌悪をむき出しにして指差す。


「この石はなんなんだよ」
「人間が死んだときに落とす魔石。その人の一生みたいなものが書かれている。見る人が見れば、解読することも出来る」


 それでなんなんだ。プラムは質問されたことしか教えてくれない。


「何に使うんだ?」
「さっきの人たちが賞金首なら、ギルドに持っていけば証明になる。それ以外にも研究に使われたりもする」
(人の死体を使うのか。あまり聞きたくないな)


 つまりは人体実験みたいなものだろう。


「裏通りはさっきみたいなことがあるから」
「二度と近づかない」
「そう」


 しばらく太陽の光が届かない道を歩くと、本道へと瓦礫を踏み越えていく。


「あなた、ステータスとかわかる人?」
「あ、ああ」


 プラムは調査のスキルを持っていない――どうやって知ったんだ?


「特に対人戦では見ないほうがいい。ステータスの高さが人間のすべてじゃない。レベルが高い人が格下に負けることもある。才能のない人間が才能のある人間を倒すこともできる」


 動揺が顔に出ていたようで、プラムは返事も聞かずに続けた。
 確かに智也はステータスを見た瞬間はホッとした。このくらいなら自分の身を守るくらいは出来ると。
 言い当てられてしまい、小さくむっとした智也は反論したくなる。


「ステータスって、それが高ければ高いほど強いってことなんじゃないのか?」
「なら、さっきの人にあなたはなぜ負けそうになっていたの」
「それは、あいつが殺そうと思って俺に襲い掛かってきたから」
「あなたも殺そうと思えば勝てたの?」
「それは……」


 わからない。剣を出し、本気で戦って。
 それで勝てたのだろうか。少なくとも、スピードにはついていけなかった。防御に殺す覚悟はいらない。それでも、守り抜けなかった。
 単純に負けたのだ。スピードを使えば、本気を出せば。死ねば言い訳に出来ない。がくりと肩を落とす。


「ステータスはすべてじゃない。ステータスに囚われるのは馬鹿げてる」
「……」


 今までのすべてを否定された気分だ。この世界に来てから、智也はステータスを頼りに生きてきた。逆に、ステータスがすべてでなければ、自分は塔迷宮を登っていけなくなるんじゃないかという恐怖もある。
 ばっさりと切り捨てられ、どう言い返せばいいか迷う。


「そもそもステータスが勝っていたとしてもあなたの戦いは――へっぴり腰すぎる」
「余計なお世話だ」


 智也はこの前で武器もまともに握ったことがないのだ。むしろ今までよくやってきていると自分を褒めたい。


「それと、私の本名はプライリアムでも、ここではプラムだから」
「……偽名ってことか?」
「あだ名って言ってほしい」


 しばらく歩くと、所々に店のようなものがある通りに出た。


「皿ならあそこで買える。わざわざ買う人間も少ないけど」
「買わないとスープは飲めないだろ」
「いつもは食事も各自が手に入れる。一緒に食べるのは面倒」
「なら別にいらないのか」
「エフルバーグさんが料理を作るよう命令することがある。その時の担当は私かクリュ。クリュはあれしか作れないから」
「……どっちなんだよ」


 またそのうちスープが出てくるかもということだ。


「エフルバーグさんも言っていたけど、手で飲めばいい」
「熱いだろ」
「我慢」


 プラムは小さな指をある場所に向ける。黒いローブのようなものに身を包んだ人間が、食事を並べている。


「食事を正規の方法で手に入れるなら、あそこ」
「パン……千リアムねぇ。ぼったくりすぎるだろ」


 片手に収まるサイズのパンがかなりの高額で売られている。
 毎日を生きるには迷宮でどうにか食事を稼ぐしかないようだ。


「後は、他の人間から奪えばいい。場合によってはそこら辺にいる虫、動物を食べればいい」


 プラムは指差した場所に小さな虫がいる。一匹掴み、体の一部を引きちぎってプラムは口に放る。緑色の液体が飛び出し、プラムの手に塗られる。


「食べる?」


 わざわざ智也のために引きちぎってくれたようだ。胃の中から何かがこみ上げてきそうだったが、精一杯抑え込み首を振る。


「いやいいよ」
「食べなさい」
「拒否できないのかよっ」


 無理やり押し付けられて、智也は右手に持つ。逆らえばさっきの男のように斬られる危険もある。


(空腹で死ぬか、下痢になって死ぬか、プラムに切り伏せられるか)


 この中でマシな死に方はどれだろう。運がよければ下痢は助かりそうだ。だからといって虫を食べる気は起きない。


 塩虫


 調査を使って調べた。しょっぱそうな名前だ。プラムの視線がきつくなってきたので、意を決して口に運ぶ。ごりごりと骨を噛み砕くような嫌な食感だ。味は、想像していたよりはまずくないが二度目は遠慮したい。
 なんとか飲み込み、気分の悪い表情をプラムに見せる。


「……食べるんだ」
「吐き出してやろうかっ!」
「いきなり食べられるとは思わなかったから。私はそれを食べられるまで、一週間はかかった。あなた凄い」


 ぱちぱちと手放しで拍手をしてくれている。


「褒められても嬉しくねぇよっ。食べなかったらお前の剣に斬られると思ったから食ったんだよ」
「そんなことは、しない」
「こっち見ろ。人の目見てもっかい言ってみろ」


 プラムの後をついていくと、ぐるりと一周したのか寝床に戻ってきた。


「大体この街はわかった? ここ以外は危険だから行かないで。もしも行く気があるのなら、私に声をかけて」
「こんな場所、どこにも行きたくねえよ」


 「なら安心」と呟き、プラムは思い出したように顔を向ける。


「夜になればエフルバーグさんが迷宮に連れていく。それまでは休んでおいたほうがいい」
「夜じゃなきゃダメなのか」
「迷宮への入り口は騎士が迷宮側から封じている、正規の道はない。隠し通路から迷宮に行くけど、夜以外は他の人に見つかる危険があるからダメ」
「そう、なのか」


 さすが危険な国だけあり、他国も警戒を強めているようだ。警戒するのなら、この国がここまで落ちぶれる前にどうにかすればいいのにと思う。


「それじゃあ」
「ああ」


 プラムはどこかへと去っていき、智也は最初にいた建物に戻ってきた。相変わらず中は汚く、智也は気分がすぐれないまま寝床で横になる。
 寝床といっても、床に横になり布を一枚かけただけだ。クックさんの宿が恋しい。


(昨日の分、払い損だ)


 すべてここに連れてきたエフルバーグのせいだ。殺すならいっそ殺してくれたほうがよかった。これから先、どうなるのか。全くわからない。先の見えない不安が智也の心に浮かんでは消える。


(……ふざけてやがる)


 エフルバーグが何を企んでいるのかが見えない。殺したいのなら早く殺せばいい。こうして智也に時間をかけるのは無駄なはずだ。


(強くなれ? 期待してる? 本当に何が目的なんだ)


 考えてもわからない。わからないことが多すぎる。自分に何か特別な力があるのか? なんで自分が異世界にいるんだ?
 積み重なった不安を投げ捨てるように頭を掻いて、布団をかぶる。


(やめだ。考えてもいいことは思い浮かばない)


 プラムに言われたとおり、休息に努めることにした。

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