黒鎧の救世主

木嶋隆太

第十三話 なんだこいつ



 智也はすっかり闇に染まってしまった空を見上げ、ため息をもらす。


(……遅くなったな)


 最後に取った本はなかなか面白く、ついつい時間を忘れて読みふけってしまった。読み終わる頃には図書館が閉まる時間になっていて、慌てて飛び出してきたのだ。
 久しぶりに楽しい時間を過ごせたので、心の安定を図るには無駄ではない時間だと思う。


(こう、ぐわって、やって、しゃーって!)


 小説の内容から想像した戦い方を脳内で再現してみる。魔法を得意とする主人公だったので自分には活かせないと思いながらも、しばらく余韻に浸っていた。
 ふうと興奮気味の息を漏らす。


(少し寒いな)


 自分ではなく外が。普段は寒くないが、今日は特別冷えるようだ。地球は夏だったので、そのままの格好である智也は半袖だ。長ズボンだったのは運がよかった。早く宿に戻ろうと、歩くスピードを速める。
 ギルドの前を通る。まだ明かりはついていて、出入りの冒険者もいる。
 夜に活動する冒険者もいるらしい。宿への近道の裏道を使い――不意に背後へ誰かの気配がした。


「見つけた」


 聞き覚えのあるぞくっとする声。背後にプレッシャーを感じた智也は恐怖を頼りに前へと転がる。自分のいた場所に、闇夜を照らす銀の光が刺さっている。本当に、体が勝手に動いてくれた。嫌な汗が噴き出し、服を肌に張り付かせる。
 すかさず立ち上がり、対面する敵を見つめる。


「クリュ……」
「名前覚えてるなんて、あたしのこと好きにでもなったの?」
(殺されかけたからだっつの)


 クリュは冷笑を浮かべながら、こちらに近づいてくる。裏道のせいか人がいなく、誰かに助けを求めることもできない。ここを出ない限り危険は続く――近道なんて使うんじゃなかった。


「あたしは、ずっとあんたのことを探していたわ。胸の高まりがとまらないの。こうして再開して、うずうずしちゃってるのよ」


 相変わらずの狂った笑み。これから智也をいたぶれると考えているようだ。クリュのステータスを見る。前回から変化はなく、ステータスの差は縮まっている。
 とはいえ、勝利をもぎ取るのは厳しい。調査は敵との力量差がわかるが、すぐに勝てるか勝てないかまでも見破ってしまう。


(MPは……回復してるな)


 MPは使わなければ、自然に回復していく。午後は何もしていないので、今は満タンだ。
 女との距離はざっと三メートル。敵の攻撃パターンはナイフを投げての接近戦。警戒するべきナイフをすでに彼女は手に持っている。
 何の武器を使用しようか迷う。裏道だけあり、あまり広くはない。点の攻撃ならば有利かもしれないが、なぎ払いなどは小さな動きになってしまうので、相手に与えるダメージは少なくなってしまう。
 かといって剣を使って相手の体を傷つけることにはためらいを感じてしまっている。


 クリュは狂っている。体を傷つけながらも、接近しようとする。この前つけた傷があるか、ちらと彼女の腕を見る。


(……怪我は治ってるか)


 傷を負ったままだったらまだ勝機はあったのにと気づかれない程度に気分を沈める。
 回復丸でも食べたのだろう。あれの効果がそれなりに高いのは体験済みだ。三つも食えば大抵の傷は治る。


(まじで、どうしよ、どうしよ、どうしよっ)
「何しに来たんだ?」


 どうやって逃げるか、時間を稼ぐために対話を試みる。


「何しに来たって……決まってるじゃない」


 女はこちらにナイフを向ける。


「あんたを、捕らえに来た」
(捕らえる……?)


 質問の意味を考えている時間はなかった。クリュはナイフを低い位置にずらし、こちらに駆けてくる。速さのステータスが高いだけあり、逃げるのは不可能だ。
 両手でもてるサイズの棒を作り、道の端から端までをなぎ払う。クリュは攻撃が当たる寸前で止まり、余裕そうに微笑んでいる。
 懐に入られるのは避けられた。
 後ろに跳びながら、棒から小回りの利く剣へと変化させる。棒では隙が生まれすぎる。


(こいつ、マジ怖いんだがっ)


 塔迷宮でのことが若干トラウマになっている。


「捕らえに来た? 殺しに来たの間違いじゃないか」
「捕らえて、殺すために来たのよっ。さあ、楽しい戦いを始めるわよっ」


 意味がわからないが、捕まれば助かる見込みはない。じりじりと裏道のT字路に来てしまう。道は二方向だけだ。
 右側に行けば、すぐに本道にでる。人は今の時間でもいるだろう。逃げ切れれば、クリュが襲ってきたとしてもどうにかなるはずだ。ちらと右の道を見るとクリュが気に食わないとばかりに顔を歪める。


「また、逃げようとする。久しぶりにあたしの目があんたを面白い人間だって認めたのよ? もっとあたしを楽しませないっ。戦いは最高に楽しいのよっ!」


 クリュの特殊技は弱点探知、危険察知。スキルは殺しLv3、ソウルバインドLv1――俺がクリュを楽しませる? 目?
 何のスキルでそれを判断したのか……可能性としては弱点探知か危険察知だろうか。
 どちらのスキルも智也を見て、何かがあるとは思えない。


(彼女が危険を望んでいるとしたら、俺がクリュに危険を与える存在で、それをクリュが楽しんでいるのか?)


 彼女は色々狂っているのでどうにもそんな気がした。おかしすぎるだろと半分笑ってしまう。クリュが目を三角にしながら、一歩を踏み込んだ瞬間、智也はスピードを発動する。


「待て!」


 クリュの怒気を含んだ声に肩をびくつかせながらも、智也は真っ直ぐに右の道を走る。本道にはオレンジに近い神秘的な光が自分を待ってくれている。あと少しで、逃げ切れる。
 智也が安堵に包まれながら、あと少しを走ろうとして、


「何をしている、クリュ」
「うぐぇ、エフルバーグ……」


 オレンジの明かりが阻まれ、自分には影がかかる。
 仲間か? 智也は動揺しながらも、クリュに近づきすぎないように目の前の男から距離を開けて、スピードを解除する。後三秒程度しか使えない。
 困ったときの調査を使い、それが仇となってしまう。


 Lv? エフルバーグ MP? 特殊技 ?
 腕力? 体力? 魔力? 速さ? 才能?
 スキル ? ? ?
 儀式スキル ?


(な、なんだこいつっ!?)


 調査でステータスがわからない敵なんて初めてだ。敵が強すぎてわからないのか、正確な理由はわからないが、本能がやばいと告げる。
 落ち着かなければ、落ち着いてどうするか考えなければならない。だが、心臓は爆音をあげ、呼吸は乱れてしまう。
 エフルバーグは智也を見て、ぴくりと眉をあげてからクリュに視線をずらす。 


「お前はいつも甘い。戦いを楽しむばかりだな。戦いに無駄な感情はいらない」
「感情がいらない? 勝手な押し付けこそいらないわよ。いいじゃない、自分にとって強敵な相手を殺すことが楽しいのよ。無感情で他人を殺しても楽しくない」
「今お前はこの男に逃げられていた。そうなればお前はつまらない、と喚き散らすだろう」
「あたしが逃げられるわけないじゃない」


 エフルバーグに意図を見抜かれていた。いつから見ていたのか。下手をすれば最初からだ。


(全然、気づけなかったぞっくそ。どうやって、切り抜けるんだよ、こんなヤツ)


 エフルバーグと対面しているだけで、体を潰されるような威圧感。どうやっても勝つことはできない。エフルバーグの後ろに控えている子どももレベルが高い。無表情をこちらに向けて、興味なさそうだ。
 化け物に囲まれ、智也は絶望のあまり自分がわからなくなる。こんな状況において、なぜか口元からは乾いた笑いが生まれてしまう。


「男、オレから逃げるつもりか?」


 エフルバーグがこちらに語りかけてくる。クリュに比べて言葉は通じると判断する。


「俺は別にあなたたちに何もするつもりはありません」
「オレはお前がこれから何をするのか聞いているんだ。戦うのか、それとも、戦うのか」
(どんだけ戦いたいんだよっ)


 エフルバーグは挑発するように口角をつりあげ、肩に担いでいた荷物を後ろに渡す。武器はない。その大きな体と太い筋肉が彼の武器のようだ。
 クリュが地団駄を踏み、エフルバーグへきつい視線をぶつける。


「エフルバーグッ! あたしの獲物を取るなっ」
「ならオレを殺してみろ」
「あんたより先にその男を潰してやるわよ……」


 クリュがエフルバーグに襲い掛かることはしない。仲間だから、ではない。単純にクリュがエフルバーグに敵わないのだろう。
 つまりは、エフルバーグがクリュよりも強いことを理解してしまう。もう、すべて夢であってほしい。こんな悪夢からは早く逃げたい。現実から目を背けるように、きつく目を閉じる。
 暗闇の中、智也は一つの可能性の光を見る。


(エフルバーグが格上だとしても、スピードなら……どうにかなるんじゃないか?)


 一度目でスピードを見抜けるはずがない。どれだけステータスが高くても、なんとか逃げ切れる自信がある。
 後は逃げる方向だ。クリュがいる元の道か、エフルバーグと子どもが塞ぐ本道への道か、誰もいないもう一つの道。
 最後の道を選びたいところだが、智也はそこを一度も通ったことがない。途中道に迷ってスピードの効果が切れたりなんてしたら、間抜けすぎる。
 ならば、クリュのいた場所が一番ではある。エフルバーグは体が大きく、道の真ん中に立たれてしまっているので突破は困難だ。


「うぉぉぉっ!」


 エフルバーグに攻撃するように一歩前に踏み出し、それからスピードを発動。反転して一気にクリュがいた場所を駆け抜ける。


「なっ!」


 クリュはやはりあっさり抜けた。爆発的な加速に声をあげるだけだった。あと少し本道に戻れる。MPはきれたが、逃げ切るのは智也が先だ。
 これに懲りたら二度と人通りの少ない道を夜には通らないようにしよう。


「だから、どうした?」


 エフルバーグに回り込まれた――わけがわからない。スピードを越えるステータス……ありえないと智也は後ずさりする。
 智也は戸惑いながらも、ここで諦めるわけにはいかない。やけにも近い感情で手に力を込めて、剣を握る。根性でエフルバーグを破り、そのままギルドに駆け込む。


 剣を強く握り、身一つのエフルバーグへ飛びかかる。さすがに剣を見れば避けるはずだ。そこを駆け抜ければ――!
 大地を蹴り飛ばし、エフルバーグへ肉薄する。


「この程度か?」


 一閃はエフルバーグの片手に止められ、智也の体は空中に浮いたままだ。


「嘘、だろ……」


 智也の声は驚くほど情けなく震えていた。
 化け物めと強く睨むがエフルバーグは意に介さない。


「さっきの切り返しはよかったな」
「がっ!」


 腹を殴りつけられる。口から大量の空気が吐き出され、呼吸が出来ない。
 クリュなんて目じゃない力。腹に穴が開きそうな威力の拳によって空中を弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
 骨がいくつか折れた気がする。殴られた部分へ手をあて、押さえ込むようにするが痛みは引いてくれない。
 そして、痛みに悶える余裕さえ与えてもらえない。死が目の前に迫る恐怖が、体を縛り付ける。自分を見下ろす、エフルバーグの瞳に慈悲の色はない。
 逃げなければいけないのに、体は鎖でも巻かれてしまったように固まってしまう。


「……」


 エフルバーグは足を振り上げ、叩きつけてきた。



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