黒鎧の救世主

木嶋隆太

第八話 逃走

(女……!?)


 この世界ではステータスが影響する関係上、ムキムキの体でも実際はそれほど強くない場合もある。逆にどんなに身体が細くても、力があるヤツもいる。正に人は見かけによらないのだ。


 目の前の女性は後者だった。
 長い金髪、可愛らしい紺色の服。歩いていれば、つい見返してしまいそうなほどの美しさにもかかわらず、一度見てしまえば、体を拘束するような魅力にあふれている。


 周りには血で染まった男たちが倒れている。顔から上は見たくはない。少なくとも、地球人である自分からすれば異常な光景が広がっている。
 相手が魔物ならどれだけよかったか。敵は知能ある人間、それがためらいなく誰かを殺していることを理解したくなかった。


「あんたで、最後。ほんっとクズだったわね、あんたたち。殺しがいもないわよ」
「や、や……めて……くれ……」
「苦しそうね。だけどね、あんたらを殺したあたしはもっとむかついてるのよ! 弱い、弱い弱い! 全然楽しくなかったのよっ。せめて、苦しんで死になさい。それがあたしへの罪滅ぼしよ」


 女がさらに力を込めると、男は苦しそうに悲鳴をあげる。聞いているだけで、心が痛くなる悲鳴は数秒続き――遠くの魔物の声さえ届くほどの静寂が訪れた。


 助けになんて入れなかった。ここまで何しに来たんだろうと智也は自分が情けなくなる。
 ステータスを見て、勝ち目がないのを悟ってしまった。


 Lv17 クリュ MP201 特殊技 弱点探知、危険察知
 腕力50 体力42 魔力22 速さ61 才能9
 スキル 殺しLv3 ソウルバインドLv1
 儀式スキル なし


 調査が、戦力差を明らかにする。嫌でも絶望が襲いかかる。ちっぽけな正義感を抱いた自分を蹴り飛ばしたい。
 これなら猛獣のほうがよかったかもしれない。ステータスが見えない魔物なら、ここまで戦意を奪われることもなかっただろう。


「つっまんない死に方。おまけに弱いし……イライラするわねっ!」


 気に入らなかったのか死体の頭を踏み潰した。トマトを潰すようにあっさりと。飛び散った血が足につき、クリュはそれを指で撫でる。手についた血をぺろり、と舐めた。妙に妖艶なその動作は、人を引きつける不気味な魅力にあふれている。


 逃げなければ、ならない。関われば殺される。本当に何で来てしまったんだ。少しレベルがあがったからと調子に乗っていた。
 背中を向けて、歩こうとし――。


「ねえ、そこに隠れてるんでしょ? さっさと出てきなさいよ」


 女がこちらをはっきりと見て言った。なぜ分かる。心臓をわしづかみにされたような驚き。鼓動が音をあげそうなほどで、押さえ込もうと手をあてる。
 なぜわかったんだ。特殊技の効果か何かか。焦り始めた智也だが、自分を落ち着かせるために何度か呼吸をする。


(はったり、か?)


 できればそうであってほしいが、そんなわけがない。どうする、出て行くのか。出て行ったとして助かる可能性を考える。
 相手が見境なく人を殺す殺人鬼ならば、助かる見込みは薄い。交渉の余地は……?


 こちらの持っている素材や金をすべて渡したとしても、可能性は限りなく少ない。
 相手のレベルを考えれば、殺して奪えばいいのだから。迷宮内で殺されそうになって、誰かに報告しても無駄なのは知っている。


 逃げれば助かるか? ステータスを思い出して否定する。逃げ切れるとは思えない。速さのステータスが倍以上違うのだ。
 ただ、スピードをうまく使えば……自身のMPを確認する。58しかない。持って三秒だ。ならば、不意をついて――殺す。


 いや、無理だ。まだそんな決意は出来ていない。自分の命が危険な状況に置かれても、智也は他人を殺してまで生きようとは出来ない。
 魔物相手ならともかくだ。死体が残るのを見るに、迷宮内で人が死んでもすぐには消えない。
 血などが出るのは勘弁願いたい。血とか以前の問題だ。悲鳴や感触、それらを自分に残したくない。だが、可能性があるのは殺すことだけだ。
 ……やるしかないのか。決意の固まらないまま、智也は木を押しのけるようにして姿を現す。


(とにかく強気な姿勢を崩すな、頑張るんだ、俺)
「どっかで見覚えある顔ね……面白い、強いわね。あんた、前にあたしから逃げきったことある?」
「初対面だ」
「そう、面白いわね」


 こちらを見て、最初の発言がそれだった。ニヤリと口元が歪む姿は中々可愛らしいが、人殺しをしていた彼女を思い出してすぐに恐怖に染まる。
 何が面白い。笑われる要素など、この状況では顔くらいしかない。


「何がだよ」
「あたしは一目見て、あんたも殺すって決めたわ。いや、予定の数を越えるわね……まいっか」


 あっけらかんと宣言する彼女に迷いは一切なく、むしろ嬉々とした声でさえあった。こちらに来てから初めて言葉がわからなくなった気がした。いや、理解したくない。
 智也は震え上がりそうな足に力を入れる。


「そこに……転がってる人たちは違ったんだろ。その目はアテにならなそうだな」


 軽い挑発にも女は乗らない。


(あ、足が震えてきそうだ。ていうか、ちょっとちびったかも)


 精一杯強気な姿勢を維持する。


「先に言っておく、俺に何かするのはやめておけ」
「へー、なんでよ?」


 女はにこやかに笑う。笑顔で筋肉が動くたびに、智也の体はびくついてしまう。


「俺には相手を呪うスキルがある。発動条件は相手の名前を知ることだ」
「それで、なに?」
「死にたくなかったら、大人しく家に帰ってくれ、クリュ」


 智也は自身が持つ調査の能力を使った脅しで、この場をどうにかしようと思った。実際呪いをかけるようなスキルがあるのは知っている。
 ただ、実際は腹痛にしたり、頭痛にしたりとかが限界なそこまで強くないものだ。相手が呪いの知識を持っていれば、そこまでだが――どうだ?


 効果のほどを確かめるために表情を読む。クリュが腰に手を当てると、彼女がつけている紫の丸い宝石がついたネックレスが揺れる。
 彼女の真意は不気味な笑みに隠れていてわからない。
 驚きはない。失敗したようだ。


(呪いとか全く怖くないのかよ……俺ならがくぶるだぞ)
「死ぬ、ね。なら、やって見せなさいよ。そういうのゾクゾクして楽しいのよっ!」


 目を血走らせ、クリュは走り出す。太股にくくりつけられたナイフを取り出し、智也も棒を作り出す。ナイフならば、近づかせなければ――、


「なっ!」


 クリュは加速を乗せるようにナイフを放り投げる。投擲されたナイフを棒をまわすことで弾くが、近づくクリュへの攻撃への対処に間に合わない。
 クリュの接近を許してしまう。


「あははっ!」


 笑みと共に振り回された足を棒で受ける。


(ふざ、けんなよ……っ!)


 金属バットにでも殴られた気分だ。骨の軋む音とともに両腕が重みに耐えかね、身体が背後に飛ぶ。眉間に皺を寄せながら、智也は息を吸う。
 骨折しなかっただけマシだ。敵に集中しなければと目を向ける。クリュが大地を蹴り目に追えないスピードで迫り腹を殴られる。何が起こったのか一瞬わからなかった。


 防御なんて間に合わない。もろに受けて、胃液がこみ上げてきそうになりながら、智也は後方に殴り飛ばされる。
 智也は衝撃の際に棒を落としてしまい、クリュが棒を足で蹴り上げて、掴んだ。


「これがあんたの武器?」


 それを一度振ってからこちらに投げる。敵はどうやら格闘がメインのようで、武器は投げるだけだ。回転しながら、自分へ向かってくる棒を睨み、


(解除……)


 声に出す余裕はなく、心で解除を念じる。それからもう一度棒を生み出し、棒を支えにして立ち上がる。


「丈夫、丈夫」


 ご機嫌とばかりに無駄に可愛い声をあげて拍手する。こちらが立ったことを喜んでいる。
 全く相手にならない。アリ対ゾウが戦えばこんな感じかもしれないと智也は舌打ちする。どうするか、作戦を立てる時間も与えてくれない。


「ははっ!」


 嬉々とした声。上段からのかかと落とし。棒で受けるが、足が地面に埋まりそうな衝撃。ぐらついた智也の脇腹へ回し蹴り。
 体は地面を転がりながら、必死に呼吸をする。


 モロに入った。腹を押さえて立ち上がろうとするが、背中を踏みつけられる。顔面に塔迷宮の土が付着し、多口の中に砂利が入る。
 恐怖はあったが、生きたい思いは消えない。


「ふざ、けるな……」
(死んでたまるかよ、死にたくない。死にたくない! だったらこいつを殺せばいいのか? そうだ、そうしないと、俺は絶対に死にたくなんかないっ)


 行き場の失った感情が体外へとあふれ出る。感情が形となるように、智也の右腕が黒い鎧に包まれていく。右手で握る棒も黒のままではあるが輝きは段違いだ。


(なんだ、これは)


 いや、考えるのは後だ。体の底から力がわきあがる。さっきまでの弱気な自分を吹き飛ばす。クリュを見据えて、智也は体を跳ね除ける。
 よろめいたクリュの体へ、


「はぁっ!」


 棒をなぎ払う。女は柔らかい体を活かして避ける。反撃はさせない。


「うぉらっ!」


 回転して棒を振るう。攻撃範囲は広く、クリュはそれを腕で逸らす。手に鈍い感触が伝わり、それなりのダメージを与えたのは分かった。


「いい目……殺してあげるわっ」


 恍惚とした表情のまま、智也の攻撃範囲にビビる様子もなく突っ込んでくる。
 なにか、タガが外れたような彼女の表情。


(こいつ……!)


 狂ってやがる。
 クリュは棒の一撃を片腕で受け、逆方向に曲がりながらも、智也の顔面に膝を入れる。
 そんな自殺覚悟の攻撃をしてくるなんて思ってもいなかった智也は、体を跳ね飛ばされ、後ろの木にぶつかる。
 右腕を覆っていた黒い鎧もなくなり、残ったのは疲労感だけだ。


「はははっ! どう? これから死ぬ気分は?」
(最悪……だな)


 まぶたが重い。ここで死ぬのか?もう起き上がることさえも億劫だ。どうせ、やられるだけなのだから。
 歯向かう力も起こらず、ゆっくりと迫ってくるクリュに殺されるのを待つ――。


(これで、終わり、なのか)
「キキッ!」


 あきらめていたときに魔物の声が響く。希望に目を開くように見ると、何の様子もわかっていない魔物二体が、智也とクリュの間に割り込んでいる。


(まだ、運は尽きてないみたいだな)


 人面リンゴとウキキだ。この二体からすれば弱っている智也とクリュのどちらかを殺せると判断して割り込んできたのかもしれない。
 だが、智也にとっては救世主みたいなものだ。


(棒を投げて、隙を作って逃亡する)


 そう思ったときに不思議な情景が浮かび上がる。クリュが智也の武器を奪い、投げた情景が再生される。そのおかげか、棒を相手に投げつけることに対して、失敗はしないように感じた。


「はぁっ!」


 智也は武器をクリュに向かって投げつけて、背中を向ける。例えナイフが飛んでこようが、痛みを受け入れて走り続けてやる。
 回り込まれないことを祈るばかりだ。


「チッ、逃げんじゃないわよっ!」


 クリュがこちらを追おうとするが、人面リンゴがとびかかる。蹴り飛ばされるだけで死ぬが、その隙をつくようにウキキが戦う。
 森を抜けて、迷宮の外へ繋がる道まで走る。目の前に見えたところですべてのMPを使い、スピードで一気に外へ。


(……バカだ、俺は)


 迷宮から出て、すぐの人目につかない場所でうなだれる。今日の狩りの調子がよかったからと浮かれたせいでこんな目にあったんだ。
 地面を何度か殴ってから、命があったことに感謝し、ギルドと教会に行った。あれだけ苦労したにもかかわらず、レベルはあがらなかった。


 ギルドでは回復丸とMP回復丸と呼ばれるものがあった。それぞれ薬草で作るらしい。
 錠剤のようなもので、回復丸は飲んだ人間の体力を回復させる効果がある。MP回復丸は文字通りMPを回復してくれる。
 それを二つほど食べると傷もある程度治った。まだ痛みは残るが一日も休めば大丈夫だ。
 本格的に治すのなら医者に行く必要があるが、それほど余裕があるわけでもない。
 今日の稼ぎは約千二百リアム。ここ最近では一番多くて、クリュに襲われたことを忘れるように微笑んだ。回復丸は一つ百リアムだから、結果的にはあまり儲けはないのだ。それでも今までよりも儲けている。


 だが、最後には迷宮のことを思い出してしまい素直に喜べなかった。
 手ごろな宿屋を探して、試しに泊まってみた。ベッドなどはあまりよくないが、智也は疲労のおかげですぐに眠ることが出来た。

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