黒鎧の救世主

木嶋隆太

第二話 ミルティア

(俺は死んだのか?)


 ゆっくりと意識が覚醒して、気を失う前の状態を思い出していた。恐ろしい獣に襲われ、目の前で気を失った。状況から考えれば死んでいるのが妥当だ。


「ねぇ、起きなよ」


 頬をぺしぺしと叩かれ、智也は苦しそうに声をあげる。


「キミ、こんな場所で寝てると死んじゃうよ?」
「ここは……?」


 女性の左手には黒いグローブがついている。それを視界に捉えながら、頭を押さえて、身体を起こす。体には一切の傷がない――助かった、のか。


「塔迷宮の中。ボクが見つけなかったら死んでたかもだよ?」


 短めのポニーテールの髪が目にとまる、元気そうな女の子だ。


「うぁ……と」
(人と話すのは……あまり得意じゃないんだよな)


 男女問わず、人とあまり話さない智也は初対面の相手に臆してしまう。動物とかなら簡単に言葉が出てくるのだが、いまいち人間相手になると何をいっていいかわからなくなる。
 それでも自分の状況を知るために、避けては通れない。


「ありゃりゃ、頭でも打ったの?」
「い、いや、別に……」
「なんでここにいるの。寝てるの気持ちよかった?」


 寝たくて寝ていたわけではない。化け物に襲われて、死にそうになってい。
 智也は視線を右上にずらしながら、


「えと、ちょっと道に迷っちゃって……ここってどこですか?」
「道に迷ったって、間抜けだなぁ。ここは塔迷宮だよ? えと、もしかして儀式も受けてないの?」
(儀式? なんか怖そう)


 今は彼女の会話に合わせておこう。


「は、はい」
「そ、それはまずいね。うん、一度外に行こうか。ボクが案内するからね」


 そう言うと女の子が手を貸してくれて、身体を起こしてくれる。凄い力だ、女の物とは思えない。肩が抜けるかと思った。
 肩に残る僅かな痛みを抑えるように、智也は肩を押さえた。


「ボクはミルティア、ふふん、将来すっごい冒険者になるからサインとかあげよっか?」
「えーと……俺は智也ともやです」


 なんとなく、苗字は言わなくてもいいような気がしたのでこれで済ませる。


「サインについては無視かー、ちょっと残念。とにかく、よろしくねトモヤくん。えと、一応これ持ってて」


 ミルティアさんが二本持つ刀のうちの片方を渡してくる。鞘に収まったそれを抱きしめるようにキャッチするが、重みに体がふらつく。
 智也は顔を顰めるが、ミルティアさんは朗らかに笑う。


「ああ、大丈夫。一応だからね、一応。あんまりにも敵が多かったらボクも対処しきれないかもしれないからさ。とはいっても、ここは一階層だから心配しなくて大丈夫。ドラゴンに乗った気持ちで来てね」
(ドラゴン……ここにはそんな物もいるのか)


 うっすらと分かり始めていたが、地球でないことが確定してしまった。深いため息を漏らしそうになるが、聞かれればミルティアさんに悪い印象を与えると思い、心の中にとどめておいた。


「トモヤくんって、冒険者、ではないよね?」


 冒険者は何かいまいちわからないが、敵と戦うものだと解釈して頷く。


「塔迷宮に入ってたのは、迷ったからなんだよね」


 これも頷いた。迷ったというよりは目を覚ましたらここにいたというので少し違うかもしれない。


「うーん、なんか変な話だなぁ。まあ、いっか」


 ミルティアさんは特に細かい追及しようとはしなかった。冒険者というものはそういうものなのかなと適当に予想して、智也は安堵の息を漏らす。
 下手に話せば、ボロが出るのは明らかなので、無駄に喋ることはしない。


「はい、ここが入り口だよ」


 途中何にも襲われることなく、入り口という扉に到着した。両扉で五人くらいの人が横になっても大丈夫そうな大きさだ。
 扉の両端には武器を持った人たちが立っている。


「ありがとうございます……ええと、これ」


 感謝の言葉とともに剣を返す。ミルティアさんは小さく微笑み、刀を受け取った。


「このくらい当然だよ。次は迷っちゃダメだからね?」
「はい、ありがとうございます」


 扉の外の世界は、初めてみるものだった。街灯が照らす街は暗闇の中でオレンジに近い明かりを放っている。それらが繋がるようにして街を照らし出して、幻想的な世界に喜びを感じながら地球ではないことに絶望する。


(やっぱり、地球じゃないのか……)


 石造りの家が所狭しと建っている。車などは走っていないし、道路もアスファルトなどではない。遠くには城のような大きな建物まである。
 これまでの状況から考えて、地球という可能性は完全になくなる。くるりと身を反転させると、塔迷宮とやらがそびえ立っている。
 すーっと視線をあげていく。塔の先は雲に隠れてしまい、どこが天辺なのかはわからない。もうこれがあるせいで、ここが地球ではないのは明白だ。雲に隠れるような高さの塔を、智也は見たことがなかった。


(異世界……)


 小説などで聞いたことがある単語ではあるが、自分がそんな状況に陥るなんて微塵も考えていなかった。


(小説で楽しむからいいんだろ。なんで俺が異世界にいるんだよ……地球に戻りたいんだが)


 そんな思考をしながら肩を落とすと、ガラスが割れるような音と共に目の前の景色が変わる。


「え?」


 驚きに間抜けな声を漏らしてしまう。そこは街ではなく、塔迷宮の中――まるで化かされたかのようにさっき猛獣に襲われた場所にいた。


「な、なんでだ?」


 ふたたび恐怖がよみがえる。ウサギが殺されたときの情景が思い出される。かたかたと歯がぶつかりあって、智也は助けを求めるように先ほどの女性がいないかどうかを確認する。
 猛獣はいない。代わりに鎧や剣を持った三人ほどの男たちがいた。だが、男たちの格好に少し不安を覚える。


(なんか……怖い)


 他人が近寄るのをためらいそうな格好だ。あまりキレイじゃない服に身を包んだ男たちはあちこちに傷を作っている。
 特に顔にある傷は、恐怖を増幅させるには十分すぎた。


「ん? なんだあんた」


 あまり話したくはなかったが、気づかれてしまった異常無視して去ってしまえば、相手の気分を害するだろう。
 智也は困ったような表情で頬を掻く。


「少し、道に迷ってしまって……」
「そうか……あんた一人か?」


 男は周囲を見るようにして、智也は頷き返す。すると場に流れる空気が変わった気がした。


「そうか」


 男たちはニヤッと笑みを濃くする。ぞくりと背筋に冷たい物を入れられた気分になり、体が一歩下がってしまう。なぜかはわからないが、良くないものを感じた。逃げるようにゆっくりと下がっていくと、男たちは大きく踏み込んでくる。


「一人だと危険じゃないか? よかったら入り口まで案内してやるぜ」
「え……と」


 返事に困った。確かに一人だと入り口まで戻るには心もとない。
 だからといって、目の前の男たちについて行って大丈夫なのだろうか。さっき男が浮かべた笑みが脳からはがれない。何か、悪いことを考えている気がしてならない。


「あ、ありがとうございます」


 だけど、一人ではさっきのような魔物に襲われたらどうしようもない。短く、それだけを言って彼らについていく。
 大丈夫だ。入り口までそう遠くはない。
 その少しの間だけ信用していると思い、いざとなれば逃げ出してしまえばいい。
 男に一歩近づいた瞬間、男の顔が狂喜に染まる。


「ひゃっはっ!」


 両手を拳に頭を殴りつけられ、耐え切れずに地面へ叩きつけられる。顔に土を感じ、痛みに顔をしかめながら、脳内には戸惑いの文字ばかりが浮かび上がる――何がどうなっている。


「こいつを連れて行け! 奴隷として売り飛ばせばそこそこの額になるぜっ!」
「なっ!」
(奴隷? なんだ、それ。なんだよ、それっ!)


 言葉の意味が地球と同じなら――奴隷になんてなりたくな! 抵抗するために必死に起き上がろうとするが、足を踏まれる。ぐりぐりと、痛みを与えるようにねちっこく踏み、頭にくる声が背中にかかる。


「下手に動かないほうがいいぜ? 足を折られたくないだろ? こっちとしても健全な身体のほうが高く売れるからな」


 男の下卑た笑いが頭に降り注ぐ。暴れたら、足を折られる。
 骨を折ったことがないのでどれだけ痛いのかはわからないが、そんなのは嫌だ。


(ど、どうすればいいんだよ)


 泣きたくなってきた。いきなり異世界にいたと思えば、目の前で動物は殺される。そして、今度は自分の命が危険な状態に陥る。


(誰か、誰か助けてくれよっ、嫌だ、絶対に奴隷なんて嫌だっ)


 男に押さえ込まれ、連れて行かれる。下手に動けばすぐに腹を殴られる。


(ふざけるな、なんで俺にこんなことするんだよ。誰だ、誰だ!)


 この世界に送り込んだ者、目の前の男たち。それらすべてに対して恨みが増幅していく。心の中で、何かが形作っていく。
 下手に歯向かえば、殺されるのはわかりきっている。どうすればいいんだ……。闇の中に転がる答えを探すが見つかるはずもない。


「おい、貴様たち! 何をやっているっ」


 絶望の淵に追い込まれていた智也に一つの声がかかる。
 顔をあげると、そこには青に近い色の鎧に身を包んだ人間と黒を基調としたローブに身を包んだ人間がいた。


「騎士だっ、逃げるぞ!」


 そそくさと智也を投げ捨てて、逃げ出す。騎士の数人が追いかけるが、逃げ足は速く追いつけるとは思えない。
 智也は痛む足を押さえながらも、体の震えが治まっていく。


「大丈夫か?」
(よかった、助かったんだ)



「黒鎧の救世主」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「その他」の人気作品

コメント

コメントを書く