黒鎧の救世主
第四話 宿
外で鳥の鳴き声が聞こえ、智也は眠い目をこすりながら、体を起こす。部屋を見回して、朝目を覚ませばすべて夢だったなんてことはなく、智也の気分は下がったままだった。
智也は窓に映った自分の顔を見て、それから額を手で押さえる。
(嫌な目覚めだ……)
図書館に行った後、普通の宿屋を探して泊めてもらった。結局図書館では地球に戻る決定的な情報は見つからなかった。
それでもいくつかの可能性は見つけ出せた。
この世界には巨大な塔迷宮がある。その塔迷宮は、一度も最上階まで登った人間はいないらしい。
だが、それでも目指す人間は多く、理由としては頂上について様々な可能性が冒険者の間で囁かれているからだ。
天辺には異世界への扉が繋がっており、未来永劫楽して生きることができる。
迷宮塔は神が作った未来の神を選ぶための塔。
どんな願いでも叶うなどだ。
どれも御伽噺に出てきそうな信憑性に欠けたものばかりで、これ以外に帰るための情報はなかった。今はそれを信じて登ってみるしかない。
問題は、塔には魔物がいるということだ。喧嘩の経験も少ない自分がどれだけ通用するのか。
気分は沈んだまま、鍵をかけて宿の一室から一階へ下りる。
「起きたか。食事の準備はできているから好きに持っていってくれ」
泊まった宿の一階部分――普段は食堂などとして利用される場所だ。夫婦でやっている宿屋で、今声をかけてきたのは夫、クックさんのほうだ。
二階から降りてきた智也は簡単に挨拶だけをする。正直、人見知りの智也は膨らむような話題なんて思いつかない。
返事をするだけでも、結構億劫だ。
朝、夕の食事つき、風呂つきで一回千五百リアム。リアムというのはお金の単位だ。
高いのか安いのかはわからないが、硬貨や札の種類は日本と同じなので、同じように考えれば安いだろう。この世界の稼ぎがわからないので断言はできないが。
リリムさんからもらったお金は五千リアム。三日は過ごすことができるので、リリムさんには感謝の気持ちで一杯だ。後で必ず返そう。
「冒険者としてやっていくんだったか? 今日は塔迷宮にでも挑むつもりなのか?」
クックさんはやたらと気を遣ってくれる。初心者冒険者であることを話したら、随分と親切になったのだ。どちらかといえば、一人でいるほうが気がラクなので、積極的に話しかけられるのは結構大変だ。
とはいえ、クックさんに悪い印象を与えるのもよくないので、愛想笑いを浮かべて応対する。自分の部屋番号が、割り振られた席につく。
木のテーブルに座ると、店員が水を運んでくれたので、智也はそれで喉を潤す。
智也は調査が他人のステータスを盗み見る技だと知っているので、クックさんのステータスを見たり、他の冒険者の人を見たりする。
普通の大人のレベルの平均は13くらいだ。冒険者となると18程度になる。子どもでもレベル1なんて赤ん坊くらいしか見ていない。
つまりは、今の自分はレベルだけを見ればそこらの子どもよりも弱い。少しでも戦えばどうにかなるはずだが、不安は残る。
もう一つ気になったのは、レベルが高くてもステータスに差があることがあるのだ。
断定は出来ないが、才能が関係している。才能が10に近い人間ほど全体的なステータスも良くなっている。
(俺の才能は10だ。だから、他の人間よりも強くなる可能性は十分あるはずだ)
昨日と今日をあわせて、結構な人を見てきた。それでも最高の才能は7だった。恐らく、それ以上の人間はあまりいない。
ただ、才能はスキルに関係ないようで、ロクに才能のない人でもスキルはたくさん持っている人もいた。
(だから、大丈夫だ、大丈夫だ)
自分が魔物と戦っている情景が全く想像できない。捕食されているシーンなら何度も浮かんでしまっている。この世界にいるすべての魔物が、昨日出会った猛獣のように凶暴なら、智也はこの世界で死ぬだろう。
ボーっとしていると、クックさんが近くにやって来て顔に笑顔を浮かべている。
今はまだ仕事はないのだろうか。
「無理はしないほうがいいぞ。気楽にやるのが一番なんだ。冒険者になってすぐの人は焦るあまり、死に至る人間も多いからな」
「そう、ですね」
「とはいえ、誰だって冒険者になりたてはビビるかもしれない。俺も昔冒険者やっていたが、初めてはちびりそうになったさ」
クックさんの雰囲気からちびりそうなんて言葉が出るとは思わなかった。自分を元気づけてくれたようだ。クックさんのレベルが、一般の冒険者より高いのにはそういう理由があったのかと、智也は一つ納得する。
「ほら、そこでくっちゃべってないで、さっさと作りなさいよ。注文入ってるわよ」
妻と思われるキレイな人が食事を持ってきながら、クックさんに声をかけている。クックさんは、分かったわかったと手を動かして、それから思い出したようにこちらに顔を向ける。
「わかったよ。ああ、そうだ。低階層の敵から手に入る素材はよかったら家に持ってきてくれないか? それなりの値段で買うからさ」
「わかり、ました」
「よろしくな」
妻に「ちゃんと働け」と頭を叩かれ、それを見ていた他の客や店員が笑っている。妻のステータスもさりげなく見てみるが、そこそこ高い。
この二人は昔冒険者だったのだろう。
(少し、落ち着けたかも)
自分が単純すぎて笑いたくなるが、今はそれに感謝だ。クックさんにお礼を言おうと思ったが、すでにいない。後でちゃんと伝えよう。
食事を終え、食器などを戻すときにクックさんにお礼を伝えてから宿を出る。街の構造も最低限利用しそうな場所は昨日頭に叩き込んだ。
まずは、自分の力がどれだけ通用するのか確かめる。無理そうなら、ゆっくりと成長していけばいい。一人で無理だったら、厳しいかもしれないが強い人間とパーティーを組む。
ひとまずは戦うために、武器が必要だ。クックさんの宿から、少し歩くと、装備に身を包んだ冒険者と思われる人たちがたくさんいる通りについた。
剣を交差させたような看板が降りた店を見つけ、武器屋だと思って中に入る。一歩踏み込んだだけで、異世界であることを再認識させられたが、同時に僅かな興奮が体を包む。
建物の中は綺麗で、この世界の技術力の高さが窺える。磨かれた棚やテーブルには、ゲームでしか見たことのないような武器がたくさん並んでいる。
比較的値段の安い武器を見て行くと、最低でも五百リアム程度はするのが分かる。この店は意外と高いのかもしれない。
値段を調べるために、他の武器屋にも巡ってみる。だが、どこも似たような値段だと分かり、一番建物が綺麗な最初の場所にすぐに戻ってきた。
軽く握って、剣を振ってみるが剣の良し悪しなんて分からない。
安い剣などは手に入るが、どうにも信頼性にかける。あまり切れそうにない剣は、斬るというよりは叩きつけるといった使い方をしたほうがよさそうだ。
これならハンマーを買ったほうがいい。
(そういえば、スキルに武具精製なんてあったよな?)
武具精製と内心呟き、剣を作ろうとするが出来なかった。店の中にある槍や斧などを作ろうとするが同様に失敗する。どうにもやり方がわからない。
ひとまずは、脳内でイメージを作り出して手に出現させる。何度か挑戦していると、右手に何かがまとわりつくような感覚とともに、
(おっ!)
黒い剣が生まれ、右手でしっかりと握る。感動した瞬間に剣は霧散してしまう。作り方はわかったが、駄目だ。一度武器屋を出て、人目につかなそうな場所を選ぶ。
そこで、武器になりそうで想像しやすいものを考える。
(棒だな)
ただの長い棒なら想像は簡単だ。試しに作ってみると、あっさりと出来た。感動しても消えない。これで、武器は整った。
武器屋に行くのは、イメージを固める程度でいいかもしれない。
何も買わずに武器屋を出て、正道に戻ると、強固な鎧に身を包んだ人間が塔迷宮に向かっているのがわかり、流れに乗るように智也も後を追った。
智也は、歩きながら自分の決意を確かめる。
塔迷宮を登るには強くなるしかない。これからは、弱い部分を見せないように生きる。
もう騙されるのはごめんだ。強い自分を演じ続ける。
(できる、か?)
いやできなくてもやらなければならない。
塔迷宮の中ではたとえ、殺されても文句は言えない。
誰も証明はできない。迷宮内に死体があってもすぐに迷宮に吸収されてしまうからだ。証明できたとしても、意味はない。迷宮内では騎士は動いてくれない。少なくとも、今のままの甘い自分ではダメだ。
迷宮に向かう途中、魔物が落とした素材を入れるための袋を買い腰につける。
(今すぐに……いや、少しずつ、変えていこう)
智也は窓に映った自分の顔を見て、それから額を手で押さえる。
(嫌な目覚めだ……)
図書館に行った後、普通の宿屋を探して泊めてもらった。結局図書館では地球に戻る決定的な情報は見つからなかった。
それでもいくつかの可能性は見つけ出せた。
この世界には巨大な塔迷宮がある。その塔迷宮は、一度も最上階まで登った人間はいないらしい。
だが、それでも目指す人間は多く、理由としては頂上について様々な可能性が冒険者の間で囁かれているからだ。
天辺には異世界への扉が繋がっており、未来永劫楽して生きることができる。
迷宮塔は神が作った未来の神を選ぶための塔。
どんな願いでも叶うなどだ。
どれも御伽噺に出てきそうな信憑性に欠けたものばかりで、これ以外に帰るための情報はなかった。今はそれを信じて登ってみるしかない。
問題は、塔には魔物がいるということだ。喧嘩の経験も少ない自分がどれだけ通用するのか。
気分は沈んだまま、鍵をかけて宿の一室から一階へ下りる。
「起きたか。食事の準備はできているから好きに持っていってくれ」
泊まった宿の一階部分――普段は食堂などとして利用される場所だ。夫婦でやっている宿屋で、今声をかけてきたのは夫、クックさんのほうだ。
二階から降りてきた智也は簡単に挨拶だけをする。正直、人見知りの智也は膨らむような話題なんて思いつかない。
返事をするだけでも、結構億劫だ。
朝、夕の食事つき、風呂つきで一回千五百リアム。リアムというのはお金の単位だ。
高いのか安いのかはわからないが、硬貨や札の種類は日本と同じなので、同じように考えれば安いだろう。この世界の稼ぎがわからないので断言はできないが。
リリムさんからもらったお金は五千リアム。三日は過ごすことができるので、リリムさんには感謝の気持ちで一杯だ。後で必ず返そう。
「冒険者としてやっていくんだったか? 今日は塔迷宮にでも挑むつもりなのか?」
クックさんはやたらと気を遣ってくれる。初心者冒険者であることを話したら、随分と親切になったのだ。どちらかといえば、一人でいるほうが気がラクなので、積極的に話しかけられるのは結構大変だ。
とはいえ、クックさんに悪い印象を与えるのもよくないので、愛想笑いを浮かべて応対する。自分の部屋番号が、割り振られた席につく。
木のテーブルに座ると、店員が水を運んでくれたので、智也はそれで喉を潤す。
智也は調査が他人のステータスを盗み見る技だと知っているので、クックさんのステータスを見たり、他の冒険者の人を見たりする。
普通の大人のレベルの平均は13くらいだ。冒険者となると18程度になる。子どもでもレベル1なんて赤ん坊くらいしか見ていない。
つまりは、今の自分はレベルだけを見ればそこらの子どもよりも弱い。少しでも戦えばどうにかなるはずだが、不安は残る。
もう一つ気になったのは、レベルが高くてもステータスに差があることがあるのだ。
断定は出来ないが、才能が関係している。才能が10に近い人間ほど全体的なステータスも良くなっている。
(俺の才能は10だ。だから、他の人間よりも強くなる可能性は十分あるはずだ)
昨日と今日をあわせて、結構な人を見てきた。それでも最高の才能は7だった。恐らく、それ以上の人間はあまりいない。
ただ、才能はスキルに関係ないようで、ロクに才能のない人でもスキルはたくさん持っている人もいた。
(だから、大丈夫だ、大丈夫だ)
自分が魔物と戦っている情景が全く想像できない。捕食されているシーンなら何度も浮かんでしまっている。この世界にいるすべての魔物が、昨日出会った猛獣のように凶暴なら、智也はこの世界で死ぬだろう。
ボーっとしていると、クックさんが近くにやって来て顔に笑顔を浮かべている。
今はまだ仕事はないのだろうか。
「無理はしないほうがいいぞ。気楽にやるのが一番なんだ。冒険者になってすぐの人は焦るあまり、死に至る人間も多いからな」
「そう、ですね」
「とはいえ、誰だって冒険者になりたてはビビるかもしれない。俺も昔冒険者やっていたが、初めてはちびりそうになったさ」
クックさんの雰囲気からちびりそうなんて言葉が出るとは思わなかった。自分を元気づけてくれたようだ。クックさんのレベルが、一般の冒険者より高いのにはそういう理由があったのかと、智也は一つ納得する。
「ほら、そこでくっちゃべってないで、さっさと作りなさいよ。注文入ってるわよ」
妻と思われるキレイな人が食事を持ってきながら、クックさんに声をかけている。クックさんは、分かったわかったと手を動かして、それから思い出したようにこちらに顔を向ける。
「わかったよ。ああ、そうだ。低階層の敵から手に入る素材はよかったら家に持ってきてくれないか? それなりの値段で買うからさ」
「わかり、ました」
「よろしくな」
妻に「ちゃんと働け」と頭を叩かれ、それを見ていた他の客や店員が笑っている。妻のステータスもさりげなく見てみるが、そこそこ高い。
この二人は昔冒険者だったのだろう。
(少し、落ち着けたかも)
自分が単純すぎて笑いたくなるが、今はそれに感謝だ。クックさんにお礼を言おうと思ったが、すでにいない。後でちゃんと伝えよう。
食事を終え、食器などを戻すときにクックさんにお礼を伝えてから宿を出る。街の構造も最低限利用しそうな場所は昨日頭に叩き込んだ。
まずは、自分の力がどれだけ通用するのか確かめる。無理そうなら、ゆっくりと成長していけばいい。一人で無理だったら、厳しいかもしれないが強い人間とパーティーを組む。
ひとまずは戦うために、武器が必要だ。クックさんの宿から、少し歩くと、装備に身を包んだ冒険者と思われる人たちがたくさんいる通りについた。
剣を交差させたような看板が降りた店を見つけ、武器屋だと思って中に入る。一歩踏み込んだだけで、異世界であることを再認識させられたが、同時に僅かな興奮が体を包む。
建物の中は綺麗で、この世界の技術力の高さが窺える。磨かれた棚やテーブルには、ゲームでしか見たことのないような武器がたくさん並んでいる。
比較的値段の安い武器を見て行くと、最低でも五百リアム程度はするのが分かる。この店は意外と高いのかもしれない。
値段を調べるために、他の武器屋にも巡ってみる。だが、どこも似たような値段だと分かり、一番建物が綺麗な最初の場所にすぐに戻ってきた。
軽く握って、剣を振ってみるが剣の良し悪しなんて分からない。
安い剣などは手に入るが、どうにも信頼性にかける。あまり切れそうにない剣は、斬るというよりは叩きつけるといった使い方をしたほうがよさそうだ。
これならハンマーを買ったほうがいい。
(そういえば、スキルに武具精製なんてあったよな?)
武具精製と内心呟き、剣を作ろうとするが出来なかった。店の中にある槍や斧などを作ろうとするが同様に失敗する。どうにもやり方がわからない。
ひとまずは、脳内でイメージを作り出して手に出現させる。何度か挑戦していると、右手に何かがまとわりつくような感覚とともに、
(おっ!)
黒い剣が生まれ、右手でしっかりと握る。感動した瞬間に剣は霧散してしまう。作り方はわかったが、駄目だ。一度武器屋を出て、人目につかなそうな場所を選ぶ。
そこで、武器になりそうで想像しやすいものを考える。
(棒だな)
ただの長い棒なら想像は簡単だ。試しに作ってみると、あっさりと出来た。感動しても消えない。これで、武器は整った。
武器屋に行くのは、イメージを固める程度でいいかもしれない。
何も買わずに武器屋を出て、正道に戻ると、強固な鎧に身を包んだ人間が塔迷宮に向かっているのがわかり、流れに乗るように智也も後を追った。
智也は、歩きながら自分の決意を確かめる。
塔迷宮を登るには強くなるしかない。これからは、弱い部分を見せないように生きる。
もう騙されるのはごめんだ。強い自分を演じ続ける。
(できる、か?)
いやできなくてもやらなければならない。
塔迷宮の中ではたとえ、殺されても文句は言えない。
誰も証明はできない。迷宮内に死体があってもすぐに迷宮に吸収されてしまうからだ。証明できたとしても、意味はない。迷宮内では騎士は動いてくれない。少なくとも、今のままの甘い自分ではダメだ。
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