ニートの俺と落ちこぼれ勇者
最終話
病院で目を覚ます。すっかり体の傷は治っていて、伸びをする。どこにも痛みはない。
俺の回復力だけでは、これほど早くは治らないだろう。
誰かが治癒魔法をかけてくれたのだ、と思う。
病院におかれているテレビをつける。いつもは聞き流してしまうようなニュースの中に、倉庫が爆発するというものも紛れていた。
……誰が爆破したのか、などは特にわかっていない。
ジェンシーもジーニも有名な貴族だし、どこかに根回しなどをしてくれたのかもしれない。
俺はすでに意味のない包帯を外してベッドから降りる。喉も渇いたし、トイレにも行きたい。
と、俺が一歩を踏み込んだところで病室の扉が開く。
そこに姿を現したのは、ジェンシーだった。
「え?」
一瞬戸惑ったような声をあげるジェンシー。俺が生きていることはわかっているだろうに、死人にでも出会ったような驚きようだ。
ジェンシーが何も言わないため、俺はポリポリと頬をかいてから片手をあげる。
「おはよ、ジェンシー」
「お、おはよう……ではない! もう動いても大丈夫なのか!?」
「もちろんだ」
慌てたようにジェンシーが俺の体を撫で回してくる。
念入りにチェックをしているが、ジェンシーはあわあわとしている。
「落ち着けってジェンシー。もう怪我はないからさ」
「……本当か?」
「ああ、それにしても、ここ病院だよな? ……また迷惑かけちまったな」
「迷惑などではない。おまえがいなかったら私はどうなっていたか……」
ジェンシーは落ち込んだ様子を見せる。
まだ心配してくれているようなので、無理やりに動くことはせずにベッドに座りなおす。
「よかった。本当によかったのだ……」
「泣くな泣くな」
「泣くなではないっ! もう二度とあんな無茶をするな!」
憤怒のジェンシーがポコポコと殴ってくる。俺はそれを両手で防ぎながら頷く。
「わかったよ。無茶してごめんな」
「うん……」
素直に応じるとジェンシーは少しばかり照れくさかったのか、顔をそっぽに向けた。
妙に静かな俺たちの間をテレビの音だけが通り過ぎていく。
特に話すことも思いつかない。あれから、どうなったのか、とか……別に聞いたところで、だな。
もしもタケダイ先輩が逃げ延びた、とかならばジェンシーが報告してくるだろうし……大事なことはないのだろう。
俺は両手を投げ出すようにしてベッドへ横になる。
「なあ、コール」
「どうした?」
ぽりぽりとジェンシーは紅に染まった頬をかき、
「その、なんだ……ありがとうなコール」
そんな感謝の言葉を向けてきた。
「パートナーなんだから当然だろ?」
「当然、なのかもしれないが……感謝くらい言わせてほしい。本当に、おまえをパートナーにしてよかった」
うれしいことを言ってくれるものだ。
思わず心が躍りだしてしまいそうになるが、ぐっとこらえる。
「だが、ジーニについては許していないからな」
「……わかってるよ」
しっかりと釘を刺されてしまい、逃げるように目を閉じる。
と、テレビが途端に騒がしくなる。
体を起こしてそちらをみると、なにやら緊急のニュースが入ってきているようだった。
ジェンシーも同じように目をテレビに集中する。
報道陣が用意した場所に一人の女性が現れた。
俺は彼女を見て、心臓の鼓動が早くなったような気がする。恋なんていうことではなく、単純にトラウマを刺激されるような恐怖の感情――。
「……この人……」
……俺がこの世界で始めて負けた女だ。
『あの、こうしてテレビに映るのは始めてですが今日はどうしたのですか?』
報道陣も驚いているのだろうか。はっきりとしていない迷いの残る問いかけをした男を、女性は軽く睨む。
『新たに発見されたダンジョンについて』
短く可愛らしい声で言い放つ。どこか人を突き放すような態度にも感じたが、誰一人としてそれを咎めるものはいない。
この中で、彼女がもっとも強い権力を持っているかのように。
『……国の調査部隊が一夜にして全滅した世界迷宮のことですか?』
「世界迷宮?」
「一週間ほど前に出現した大きなダンジョンのことだ。一層から出現する魔物が強力で、ランキングの高い勇者が優先して調査を行っていたのだが……詳しいことは表にもあがっていないので分からぬ」
俺が引きこもりやらパートナーやらで忙しい間に、世界には大きな変化があったようだ。
『そう。そして、昨日ようやく五層を突破した』
おおっとざわめきだす報道陣。しかし、女性が立ち上がり強く睨みつける。
『黙って。ここからが問題。その五層にいた魔物は、人の言葉を話す生き物だった。私たちが苦労して倒したそいつは、この迷宮が五十階層まであると言った』
途端に報道陣は黙り込んでしまう。
迷宮の構造をよくは知らないが、潜れば潜るほど敵が強くなる、とかだったはずだ。
……だけど、あいつ世界最弱の女なんだろ? だったら別にどうでもいいじゃないか。
「この女は……なんなんだ?」
「分からぬ……がこれほどの扱いだ勇者百傑に入っている人なのかもしれない」
「勇者百傑って……なんか聞いたことあるな」
確か、それなりの実力を持った勇者たちで国がランキングをつけたとか。
……なら、あの女世界最弱じゃねぇんじゃねえか?
俺はずっと騙されていたのか? え、俺がこれまで怯えて生活していたのとか全部無駄だったの?
『そ、それで……今日はどうして』
『一つ。国は世界迷宮をSランク危険ダンジョンと判断したこと。そして、もう一つ。今私にはいないパートナー探し』
報道陣がごくりと息を飲むのがわかる。
女性はマイクを奪うようにして、そして小さな体から声を放った。
まるで、視聴者である俺たちと目の前で直接話しているかのように口を開く。
『もしも、このテレビを見ているのなら、私に連絡をして。前に小さな迷宮で出会った少年』
『そ、その子はどんな子なんですか?』
『世界最強の私が、本気を出しても殺すことのできなかった子』
『そ、そんなまさか……な、名前は?』
『コール』
どくりと心臓が鷲掴みにされる。
疑問が氷解していく。
俺はたまらずテレビに掴みかかるようにして声を張る。
「世界最強の姫……? おい……!!」
俺はずっと勘違いしていたのか……。あれは、俺が小さい頃のことだ。
前世の知識を持っていて、やろうとすれば前世の力を引き出せたときのことだ。
俺は本気で世界最強だと思っていた。前世の俺は文字通り化け物だったから、その肉体とどうレベルのこの体に勝てる相手などいなかった。
だから、学校へ通わずに、毎日ダンジョンの中にいた。
ダンジョンといっても、国が管理しているものではなく地方にあるダンジョンだ。
有名な場所になると、見張りもいるために子どもが勝手に入るようなことはできないからだ。
もちろん、ダンジョンでも負けなしだった。
難易度までは知らなかったが、そのダンジョンにおいて、俺は敵などいなかった。
だが、そこで初めて勇者に出会った。
彼女は一人だった。一人で、俺を叩きのめして、こう言ったのだ。
『こんな場所にキミみたいな弱い子がいちゃだめだよ』
『俺が弱い……ふざけるなよっ。あんた以外には負けたことなんてない!』
『私はこの世界で一番弱いんだよ? そんな子に負けたんだから、君はもう戦うのはやめたほうがいいよ』
そうして、俺は彼女の言葉を信じた。
この世界の人間は、化け物ばかりなのだと。
実際、そういった部分はたくさん見てきた。
小学校中学年になれば、全員が魔法を使って見せた。最強だと思っていた俺が使えない魔法を、だ。
俺はよく魔法の実験体にさせられていた。だが、従っていれば、殺されることはないし、俺は頑丈だったので、すべて従って適当に生きるようになった。
「こ、コール……どうしたのだ?」
「……なるほどな。俺は全然弱くなかったのか」
はっきりとはしていない。しかし、あの程度のことでは死なないということがわかった。
俺に実力があるのなら、これから試して見ればいい。
ジェンシーのパートナーとして、俺はあの学園で最強を証明する。
そうすれば、ジェンシーが悲しむことはもうない。
……世界迷宮がなんだか知らないが。俺はジェンシーと……ジーニを守れればそれでいい。
だから、今はジェンシーのパートナーを全力でやるつもりだ。
「ジェンシー!」
「な、なんだ!?」
「おまえが俺を捨てない限り、俺は一生おまえのパートナーとして守り続けるっ!」
ジェンシーは、俺の言葉を受けて一瞬
「い、一生だと!? ま、まさかそれは……! 告白か!?」
告白?
まさか、この状況で男女の色恋の話だと勘違いするわけがないだろう。
「ああ、俺は有限実行なんだ」
誰かに伝えるということは、訂正が出来ないということだ。
俺はこうして自分を追い込んでいったほうがいいだろう。苦境が好きとかいう変態なのではなく、こうでもしない、基本怠け者の俺はロクに動こうとしない。
ジェンシーは頬を真っ赤に染めながら、もじもじと体を揺らす。
「……これから、どうなるのだろうな」
「わかんねぇけど……まあ楽しい毎日にしたいな」
ずっと平和に生活を送れればそれでいい。
俺はそんな心境でテレビの電源を消した。
俺の回復力だけでは、これほど早くは治らないだろう。
誰かが治癒魔法をかけてくれたのだ、と思う。
病院におかれているテレビをつける。いつもは聞き流してしまうようなニュースの中に、倉庫が爆発するというものも紛れていた。
……誰が爆破したのか、などは特にわかっていない。
ジェンシーもジーニも有名な貴族だし、どこかに根回しなどをしてくれたのかもしれない。
俺はすでに意味のない包帯を外してベッドから降りる。喉も渇いたし、トイレにも行きたい。
と、俺が一歩を踏み込んだところで病室の扉が開く。
そこに姿を現したのは、ジェンシーだった。
「え?」
一瞬戸惑ったような声をあげるジェンシー。俺が生きていることはわかっているだろうに、死人にでも出会ったような驚きようだ。
ジェンシーが何も言わないため、俺はポリポリと頬をかいてから片手をあげる。
「おはよ、ジェンシー」
「お、おはよう……ではない! もう動いても大丈夫なのか!?」
「もちろんだ」
慌てたようにジェンシーが俺の体を撫で回してくる。
念入りにチェックをしているが、ジェンシーはあわあわとしている。
「落ち着けってジェンシー。もう怪我はないからさ」
「……本当か?」
「ああ、それにしても、ここ病院だよな? ……また迷惑かけちまったな」
「迷惑などではない。おまえがいなかったら私はどうなっていたか……」
ジェンシーは落ち込んだ様子を見せる。
まだ心配してくれているようなので、無理やりに動くことはせずにベッドに座りなおす。
「よかった。本当によかったのだ……」
「泣くな泣くな」
「泣くなではないっ! もう二度とあんな無茶をするな!」
憤怒のジェンシーがポコポコと殴ってくる。俺はそれを両手で防ぎながら頷く。
「わかったよ。無茶してごめんな」
「うん……」
素直に応じるとジェンシーは少しばかり照れくさかったのか、顔をそっぽに向けた。
妙に静かな俺たちの間をテレビの音だけが通り過ぎていく。
特に話すことも思いつかない。あれから、どうなったのか、とか……別に聞いたところで、だな。
もしもタケダイ先輩が逃げ延びた、とかならばジェンシーが報告してくるだろうし……大事なことはないのだろう。
俺は両手を投げ出すようにしてベッドへ横になる。
「なあ、コール」
「どうした?」
ぽりぽりとジェンシーは紅に染まった頬をかき、
「その、なんだ……ありがとうなコール」
そんな感謝の言葉を向けてきた。
「パートナーなんだから当然だろ?」
「当然、なのかもしれないが……感謝くらい言わせてほしい。本当に、おまえをパートナーにしてよかった」
うれしいことを言ってくれるものだ。
思わず心が躍りだしてしまいそうになるが、ぐっとこらえる。
「だが、ジーニについては許していないからな」
「……わかってるよ」
しっかりと釘を刺されてしまい、逃げるように目を閉じる。
と、テレビが途端に騒がしくなる。
体を起こしてそちらをみると、なにやら緊急のニュースが入ってきているようだった。
ジェンシーも同じように目をテレビに集中する。
報道陣が用意した場所に一人の女性が現れた。
俺は彼女を見て、心臓の鼓動が早くなったような気がする。恋なんていうことではなく、単純にトラウマを刺激されるような恐怖の感情――。
「……この人……」
……俺がこの世界で始めて負けた女だ。
『あの、こうしてテレビに映るのは始めてですが今日はどうしたのですか?』
報道陣も驚いているのだろうか。はっきりとしていない迷いの残る問いかけをした男を、女性は軽く睨む。
『新たに発見されたダンジョンについて』
短く可愛らしい声で言い放つ。どこか人を突き放すような態度にも感じたが、誰一人としてそれを咎めるものはいない。
この中で、彼女がもっとも強い権力を持っているかのように。
『……国の調査部隊が一夜にして全滅した世界迷宮のことですか?』
「世界迷宮?」
「一週間ほど前に出現した大きなダンジョンのことだ。一層から出現する魔物が強力で、ランキングの高い勇者が優先して調査を行っていたのだが……詳しいことは表にもあがっていないので分からぬ」
俺が引きこもりやらパートナーやらで忙しい間に、世界には大きな変化があったようだ。
『そう。そして、昨日ようやく五層を突破した』
おおっとざわめきだす報道陣。しかし、女性が立ち上がり強く睨みつける。
『黙って。ここからが問題。その五層にいた魔物は、人の言葉を話す生き物だった。私たちが苦労して倒したそいつは、この迷宮が五十階層まであると言った』
途端に報道陣は黙り込んでしまう。
迷宮の構造をよくは知らないが、潜れば潜るほど敵が強くなる、とかだったはずだ。
……だけど、あいつ世界最弱の女なんだろ? だったら別にどうでもいいじゃないか。
「この女は……なんなんだ?」
「分からぬ……がこれほどの扱いだ勇者百傑に入っている人なのかもしれない」
「勇者百傑って……なんか聞いたことあるな」
確か、それなりの実力を持った勇者たちで国がランキングをつけたとか。
……なら、あの女世界最弱じゃねぇんじゃねえか?
俺はずっと騙されていたのか? え、俺がこれまで怯えて生活していたのとか全部無駄だったの?
『そ、それで……今日はどうして』
『一つ。国は世界迷宮をSランク危険ダンジョンと判断したこと。そして、もう一つ。今私にはいないパートナー探し』
報道陣がごくりと息を飲むのがわかる。
女性はマイクを奪うようにして、そして小さな体から声を放った。
まるで、視聴者である俺たちと目の前で直接話しているかのように口を開く。
『もしも、このテレビを見ているのなら、私に連絡をして。前に小さな迷宮で出会った少年』
『そ、その子はどんな子なんですか?』
『世界最強の私が、本気を出しても殺すことのできなかった子』
『そ、そんなまさか……な、名前は?』
『コール』
どくりと心臓が鷲掴みにされる。
疑問が氷解していく。
俺はたまらずテレビに掴みかかるようにして声を張る。
「世界最強の姫……? おい……!!」
俺はずっと勘違いしていたのか……。あれは、俺が小さい頃のことだ。
前世の知識を持っていて、やろうとすれば前世の力を引き出せたときのことだ。
俺は本気で世界最強だと思っていた。前世の俺は文字通り化け物だったから、その肉体とどうレベルのこの体に勝てる相手などいなかった。
だから、学校へ通わずに、毎日ダンジョンの中にいた。
ダンジョンといっても、国が管理しているものではなく地方にあるダンジョンだ。
有名な場所になると、見張りもいるために子どもが勝手に入るようなことはできないからだ。
もちろん、ダンジョンでも負けなしだった。
難易度までは知らなかったが、そのダンジョンにおいて、俺は敵などいなかった。
だが、そこで初めて勇者に出会った。
彼女は一人だった。一人で、俺を叩きのめして、こう言ったのだ。
『こんな場所にキミみたいな弱い子がいちゃだめだよ』
『俺が弱い……ふざけるなよっ。あんた以外には負けたことなんてない!』
『私はこの世界で一番弱いんだよ? そんな子に負けたんだから、君はもう戦うのはやめたほうがいいよ』
そうして、俺は彼女の言葉を信じた。
この世界の人間は、化け物ばかりなのだと。
実際、そういった部分はたくさん見てきた。
小学校中学年になれば、全員が魔法を使って見せた。最強だと思っていた俺が使えない魔法を、だ。
俺はよく魔法の実験体にさせられていた。だが、従っていれば、殺されることはないし、俺は頑丈だったので、すべて従って適当に生きるようになった。
「こ、コール……どうしたのだ?」
「……なるほどな。俺は全然弱くなかったのか」
はっきりとはしていない。しかし、あの程度のことでは死なないということがわかった。
俺に実力があるのなら、これから試して見ればいい。
ジェンシーのパートナーとして、俺はあの学園で最強を証明する。
そうすれば、ジェンシーが悲しむことはもうない。
……世界迷宮がなんだか知らないが。俺はジェンシーと……ジーニを守れればそれでいい。
だから、今はジェンシーのパートナーを全力でやるつもりだ。
「ジェンシー!」
「な、なんだ!?」
「おまえが俺を捨てない限り、俺は一生おまえのパートナーとして守り続けるっ!」
ジェンシーは、俺の言葉を受けて一瞬
「い、一生だと!? ま、まさかそれは……! 告白か!?」
告白?
まさか、この状況で男女の色恋の話だと勘違いするわけがないだろう。
「ああ、俺は有限実行なんだ」
誰かに伝えるということは、訂正が出来ないということだ。
俺はこうして自分を追い込んでいったほうがいいだろう。苦境が好きとかいう変態なのではなく、こうでもしない、基本怠け者の俺はロクに動こうとしない。
ジェンシーは頬を真っ赤に染めながら、もじもじと体を揺らす。
「……これから、どうなるのだろうな」
「わかんねぇけど……まあ楽しい毎日にしたいな」
ずっと平和に生活を送れればそれでいい。
俺はそんな心境でテレビの電源を消した。
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