ニートの俺と落ちこぼれ勇者
第十九話 犯人
「……捕まえたわ」
そういって、ジーニは俺にマジックストックを向ける。
抜け出して数分のことだった。俺は黒服二人を従えたジーニにマジックストックを突きつけられていた。
完全に勘違いされている。俺は両手を上げて、否定の声をあげる。
「俺だ! コールだって!」
俺の声にジーニは目を見開き、それから口元を緩める。
「……その声。あなたあのときにあった私の復讐の相手ね。覚悟しなさい」
「違うっ。誰だそいつっ!」
「今のは、『グレンベリア攻防』の第三章四十ページの台詞よ。それで……大丈夫なようねコール」
ジーニは俺の名を呼び、黒服の警戒を解除する。
「ぴぴー!」
「……デブハチも元気そうだな」
俺がクッキーに苦しめられているときにきてくれればよかったのだが。
前よりかは痩せたような気もしないではないが、ハチは自力で動くことは困難なようで、ジーニの肩にのっている。
「あなた、どこに行っていたの? 今ジェンシーが帰ってこないとかで学園の生徒たちが探しているわよ」
「くそ、マジかよ!」
最悪な状況だ。俺が慌てて駆け出そうとしたのを、ジーニが止める。
「どうしたの? 心当たりでもあるのかしら」
「騎士を名乗る奴に連れてかれたんだよ。俺に寮の事件の疑いがあるから、とかなんとかいってな」
「……そんな話パパから聞いていないわ。おまえたちは?」
ジーニの問いに黒服二名は首を振る。やはり、騎士とはまったく関係のない相手だったか……。
あの場ではジェンシーに迷惑をかけないように従ったが……無視してどこかの家に駆け込むべきだったか。空を見ればとっくに夜も遅くなっている。
これでは、他国に連れて行かれていればもう手遅れだ。
「……とにかく、ジェンシーはいないわ。そして、あなたも捕まっていたのね?」
「あぁ、この近くにある建物だ」
簡単に説明しながら、俺はふと脳によぎった言葉を口にする。
「タケダイ先輩は今どうしているんだ?」
「私は聞いた話なのだけれど、血相を変えて、何処かに行ったらしいわ。たぶんジェンシーを探しているんじゃない?」
タケダイ先輩が犯人じゃないのか?
情報が足りないから、油断しないようにするしかないな。
「ジーニはこの先にいる奴らを捕まえてくれないか?」
彼女が父に連絡を取ればあそこの連中が本物の騎士かはすぐにわかるだろう。
「わかったわ。あなたはどうするの?」
「俺はジェンシーを探しにいくよ」
「場所はわかるの?」
「これから探すんだよ。だから、ハチ、力を貸してくれ」
「ぴぴー?」
ハチは疑問を表すように体を傾けた。ジーニもよくわからなそうに体を斜めにしている。
そんな彼女に俺は自信にあふれた思いでいってやった。
「ハチならジェンシーの居場所が見つけられるだろ?」
「……そういえば、懐いていたわね。ハチ、この前の小さな子を覚えている?」
「ぴぴーっ!」
ハチは興奮したように、羽をばたつかせる。
ジーニの肩をトランポリン代わりに何度も跳ねたため、ジーニは顔を顰めている。
「重いわハチ。落ち着きなさい」
ジーニが体の芯から凍りつくような声を出すと、ハチが慌てて俺の方へと飛び移った。飛ぼうという意志は感じられたが、それは完璧にジャンプだ。
俺はハチを肩に乗せて、鎧を脱いでいく。
「あなたっ! 足怪我しているじゃない!」
「かすり傷だから、大丈夫だ! とにかく、俺はすぐにジェンシーを探しにいく。ハチ頼むぞ!」
俺が向かおうとすると、ジーニが何かを投げる。
慌てて掴むとそれは携帯のようだ。
「この携帯を貸しておくわ。私のサブのものだけれど、その中に私のアドレスが入っているわ。場所がわかったら連絡をちょうだい」
「ああ、わかった。……敵はかなり権力のある相手かもしれないから、気をつけてくれよ」
「安心しなさい、私のダーリン」
「……ダーリン?」
彼女が振り向き様に確かにそういった気がする。
ジーニは黒服を連れて、さっさと歩いていき最後に一言残していく。
「早く行きなさいな。今も危ないのかもしれないのでしょう?」
「あ、ああ……」
確かにそれほど重要なことでもないような気がする。
俺はハチを地上におろして、言い聞かせるように指を立てる。
「いいか? ジェンシーの居場所を見つけてくれ!」
「ぴぴー!」
ハチは、その羽を揺らし勢いよく走り出した。
……ハチの走る速度は飛ぶよりもはるかに速いようだ。
慌てて俺はハチの後を追いかけていった。
ハチは野生に帰った狼のように、走り続けている。
生まれる種族を間違えた可能性を考えていた俺は、一時間ほど休まず走り続けたところで貧民街に到着していた。
……この辺りは街の雰囲気自体が荒れている。
一歩踏み込むだけで妙なプレッシャーに襲われた。
……ここにも川が流れていて、橋がかかってこそいるがその橋は今にも崩落しそうなほどだ。
長居はしたくない。
ハチの目的はこの先の港、だろうか。
俺はハチを掴みあげて、小さく囁く。
「……この辺りは危険だから、なるべく人がいない方を通っていくぞ」
「ぴぴー!」
「ばっか、うるせぇよ! 気づかれたらどうするんだよ!」
貧民街といっても、基本的にはひょろひょろとした者たちばかりだ。
しかし、ここには凶悪な犯罪者が潜伏している場合もある。
凶悪でなかろうと、俺の着ている制服を一目見られれば、この辺りの人間には恨まれるだろう。
貴族と貧民街の住人では、住む世界がまるで違う。
一日の生活を切り抜いただけでも、そうとう違うはずだ。
……とにかく、俺は周囲へ意識を張り巡らし、ハチの案内に頼りながら進んでいく。
道の先に人の気配を感じれば、ハチを連れて別のほうへ。
敵が隠れている場合にも、同じように。先制攻撃を仕掛けられる立場であるが、敵がぞろぞろと集まってきたら俺は逃げられない。
戦闘能力に、かなりの差はあるだろう。
小動物のように警戒しまくったおかげか、貧民街でもめごとに巻き込まれることはなかった。
……まあ、遠回りをして平民街を通ってきてもよかったんだけどな。
もう過ぎたことなので忘れよう。時間も省略できてよかった。
貧民街から徐々に町は綺麗になっていき、平民街へと映っていく。
この辺りは港町でもある。吹いた風は肌に張り付くようなねっとりとしたものだ。
人通りはほとんどない。港まで行くと、たまにいくつかの船が漁にでも行っているようだ。
あの船のどこかにジェンシーがいないことを祈って、ハチを地面においてついていく。
ハチは、再び陸上部涙目な速度で走っていき、ある倉庫の前で止まった。
俺はその倉庫の入り口が僅かにあいている隙間から覗きこむ。
……中の様子ははっきりとはわからないが、タケダイ先輩とジェンシーがいるように見えた。
ハチが一生懸命にアピールしているのを見るに、ここで間違いないだろう。ハチを信じて俺はジーニ連絡をとる。
「ジーニ、ジェンシーを発見したぞ」
『わかったわ。位置はわかるから、そこで大人しくしていなさい』
ジーニが滅茶苦茶優秀だ。そういえば、携帯に位置情報を特定する機能もあったな。
俺は携帯を閉じて、倉庫をぐるりと回ってみる。まだジェンシーに被害がないことを見るにタケダイ先輩は何もする気はないのかもしれない。
タケダイ先輩も本気でジェンシーを心配して、ここを偶然見つけた、ということならいいのだが……。
「ぴぃー」
控えめにハチが舞い降りてくる。散々走ったからか、多少の距離ならば飛べるようになった。
……つーか、もともと本気出せば飛べただろこいつ。
ハチは羽で倉庫の窓を指差す。窓は開いていて、ハチはあそこからなら侵入できるよ、といいたいのかもしれない。
外から中に通じる唯一の場所のようだ。俺は近くまで向かったところで、顔をしかめてしまった。
非常口のようで、階段の入り口は固く閉ざされている。ここを勝手に通ってもいいのだろうか。
俺は少し悩んでから、その扉に手をかける。今はジェンシーとタケダイ先輩が何を話しているのかが知りたかった。
……それに、ジェンシーを助けに入る場合、正面からというのは危険だろう。どんな罠が仕掛けられているのかわからない。
体を器用に使い、扉を越えて階段へと降り立つ。
戦闘でなければ、こういうのは得意だ。壁に引っ掛かりがあれば、俺はどこまでも登っていける自負がある。
階段を登っていき、非常扉の横に並ぶ窓へと入る。
窓枠に足を引っ掛け、ゆっくりと中を確認する。
……どうやら足場があるようだ。俺はゆっくりと、
「ハチ、おまえは見つからない場所に隠れているんだぞ?」
「ぴー?」
「ばっか、おまえまでいたら危険だろ? ジーニが来たら、この倉庫だって伝えてくれ。わかったな?」
「ぴぴー!」
ハチは綺麗な敬礼を見せて、どこか遠くへと飛んでいった。
もしかしたらジーニの場所に向かったのかもしれない。俺は気配を完全に殺して、倉庫内に入る。
倉庫内は外とほとんど変わらないほどに涼しかった。大きな柱が倉庫を支え、その柱の一つにジェンシーが縄で縛り付けられている。
「……だから、貴様がやったのだろう!?」
「……ジェンシー、あんまり変なことを言わないでくれ。僕だって悲しいんだ」
「ならなぜ、」
「それは、返そうと思っていたんだ。そしたら、寮で突然奪われてね。たぶん、コールくんが狙われているのだろうね」
「とぼけおって……いいから、この縄をほどけ!」
「僕のパートナーの件も少しは考えてくれないかな?」
タケダイ先輩はそこから一歩も動かない。現状。立場の弱いジェンシーだか、まったく譲らずに牙を見せる。
「とにかく、私は貴様に信用など一切ない。この程度のことで、パートナーを変えるつもりもない!」
あんまり、挑発するようなことを言うなよ。タケダイ先輩は不自然に笑い声をあげ、それから悲しむように目を伏せた。
「へぇ……そうなんだ。それじゃあ、もしもキミのパートナーが死ぬことになったら、どうするの?」
「なに……?」
「コールを連れていったのは僕の知り合いだ。キミと同じある五大貴族のね。キミだって逆らえるような相手じゃないよ」
「コールに何かしてみろ! 貴様の家ごと潰すぞ!」
「……そうかい。それにしても、パートナーなのに、主人に守られるなんて情けないね」
まったくだ。というか、ジェンシーはそんなに俺のことを考えてくれていたのか……。俺は身を隠しながらも、悔しさに拳を握りしめる。
「私はあいつと一緒にいられればそれでいいのだ! その方法にパートナーを使用しているだけだ!」
「おかしいね。キミはそんなのんきなことをしていられる立場じゃないだろ? まあ、いいか。これが最後だよ。僕をパートナーにしてくれないかな?」
それは姫に忠誠を誓うような姿勢だ。けれど、立場は違う。
ジェンシーに選択肢はないように見えた。
俺はどうするべきだ?
ジェンシーがタケダイ先輩と組めば、たぶんそれなりにいい成績になるだろう。ジェンシーも家ではあまり立場が良くないようだし、彼女の将来を考えるならそっちのほうがいいだろう。
「……私は……私は」
ジェンシーの言葉に耳を傾けると、ポロポロと涙を流し始めた。
「あいつが死ぬのは絶対に嫌だ……。だから……私は」
俺はどうしたいんだ。
ジェンシーのパートナーとして力が足りない。それは理解している。理解した上で、俺はどうしたいのかだ。
ジェンシーを泣かせるような奴が、ジェンシーを守る?
俺よりもふさわしいのかもしれないが、パートナーとして、あいつを認めたくない。
後のことは行動してから考えればいい。いつだって俺はやりたいように生きる
二階にあった手すりに手をかけ、俺はそのまま落下する。
着地と同時に衝撃を殺し、まっすぐにタケダイ先輩を睨みつける。……足痛ぇな。
「俺だって、ジェンシーを泣かす奴なんかに、パートナーを譲るつもりはねぇぞ!」
「……なぜキミがここにいるんだ?」
「逃げてきたからだ」
驚きに包まれたタケダイ先輩は面白い顔をしている。
この顔をしばらく眺めていたいが、俺はまっすぐにジェンシーの近くへと行って縄をほどく。
タケダイ先輩は動かない。現状を受けいられないようだ。
「コール!」
縄をほどいた瞬間、ジェンシーが飛びついてきた。俺は彼女を受け入れようとするが、視界の端で床を蹴ったタケダイ先輩を見て、ジェンシーを突き飛ばす。
「邪魔をするな!」
振るわれた拳への回避に間に合わない。俺の頬にめり込んだそれに疑問を持つ。あまり痛くない。
この状況で手加減はありえないだろう。
最近俺の中にあった違和感がまさにこれだ。
ずっと加減しているのだと思っていた。俺が小さい頃に抱かされたトラウマと称しても間違いない実力差についての感情。
もしかして、俺って結構強い?
だからといって調子に乗ることはしない。それで、痛い目をみたのだ。
タケダイ先輩は驚きながらもどこか、予想していたのか即座に距離をとる。
「やはり、キミは落ちこぼれのふりをしていただけなのか」
タケダイ先輩は拳銃と剣をとりだす。俺は武器を持っていない。
いや……俺の力が前世の通りならば、武器の差くらいでうろたえる必要はない。
まだ、この世界の人間に恐怖はあったが、俺は後ろにいる勇者を守るために道を譲るつもりはない。
「そんなつもりはねぇよ。ただ、小さい頃からずっと勘違いして生きてきただけだ」
「……よくわからないが、僕はキミに対して、油断はしない。キミは僕が仕掛けたすべての罠を回避し、そして、ここにいる。格上だと思って挑ませてもらうよ!」
「罠!?」
すべてとは、一体どれたけだったのだろうか。
一つも思いつかないでいると、タケダイ先輩は吐き捨てるように言う。
「……そのとぼけた態度もいい加減飽きたよ。何より、あそこから脱出できたことがすべての証明だ」
タケダイ先輩は既に武器を構え終えた。
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