ニートの俺と落ちこぼれ勇者
第十八話 疑い
「少しよろしいでしょうか?」
自宅に向かっているところで、俺たちは騎士と思われる男たちに囲まれる。
「……なんだこれは?」
ジェンシーが威圧的な声をあげる。囲まれるいわれなどない。
騎士たちは顔を兜で隠していて、その性別さえもわからない。そのうちの一人が、強気に一歩を踏み込み、俺の手を掴んだ。
「あなたに、寮での傷害事件の疑いがあります」
兜によってくぐもった声に、俺は眉尻を顰める。
……恐らくは昨日解決した事件のことだろう。しかし、あの犯人に俺が候補として上がる可能性は動機やアリバイ的に考えても不可能だ。
第一、俺が二重人格とかそういう特別な存在でない限り、やった記憶はないわけで、こりゃあたぶん犯人として祭り上げられたな。
後は俺に無理やり自白させ、パートナーをやめさせようとしているのだ。
どこの誰が裏でひいているのかは分からないが、それなりの地位の貴族であろう。
「……なんだと? その件に私のパートナーは関係していない。さっさと道から失せろ」
ジェンシーが受け答えをしている間に、俺は背後から拘束される。ジェンシーの権力など意に介さない様子だ。
暴れることはせずに、されるがままになっていると、ジェンシーへも騎士は手を伸ばす。
「ジェンシーさん、あなたにも同行していただきます」
「……何をふざけたことを言っている?」
「あなたにも事情を聞きたいと考えていますので……まあ、来なくても構いませんが」
軽い脅しだ。
敵はジェンシーが権力で押し切っても勝てる自信があるようだ。
相手は同じ五大貴族の可能性が浮上してきた。ジェンシーは顔をしかめ、顎に手を当ててから頷く。
「コールが犯人と言っているが、まさか何の理由もないわけではないな?」
「証拠はあがっている。現場にあった、このハンカチからお前のものと思われる」
「……どこでそんなものを盗ったんだろうな」
俺は基本的に毎日ジイのおかげでハンカチを所持している。
ハンカチを使用するのは、トイレの後か、またはジェンシーたちに貸し出すときだけだ。
そして、一枚だけ貸し出したまま返ってきていないものがある。
「まさか……っ」
ジェンシーも何かに気づいたようで、その場で暴れようとするが騎士が押さえつける。
多少強引ではあったが、そうでもしなければジェンシーはここで暴れだすだろう。騎士に下手な危害を加えればジェンシーまでも悪者扱いされる可能性が高い。
「ジェンシー!」
俺は大声で怒鳴り、ジェンシーを睨む。
びくりと、ジェンシーは体を震わせる。驚かせてすまって申し訳ないと、俺は即座に笑みを浮かべる。
「大丈夫だって。俺は何もしてねぇんだ」
犯人は、恐らくタケダイ先輩だ。どこまで関わっているかはわからないが、返ってきていないハンカチはタケダイ先輩だけだ。
俺に濡れ衣を着せて、学園での立場を悪くしようとしたのだろう。
となれば、だ。タケダイ先輩の最終目標はジェンシーのパートナーだ。
俺に対しての被害はあっても、ジェンシーが傷つくことは少ないはずだ。だが、可能性がゼロであることはない。
「ジェンシー。いざってときは、余計なことは言わないで、俺との契約も解除しろよ」
「馬鹿なことを言うな。私はお前以外のパートナーを作るつもりはない」
毅然と言い放つジェンシーに、俺は嘆息する。
嬉しい言葉だが……俺はそれを否定しなければならない。
ジェンシーに何かがあっては嫌だ。
「正直言うと、パートナーとしてついていけるかどうかもわかんねぇし、あの生活もつまらなかったからな。ここらで別にやめちまってもいいだろ?」
ジェンシーが未練を残し、俺とのパートナー解除に迷って傷つけられてはたまらない。
そして何か危害を加えられるようなことがあれば、俺は耐えられない。
「……え?」
「だから、別にいいっての。そもそも、俺だってお前に危害を加えようとしていたんだからな」
「……何を言っている? まだ気にしているのか?」
それが、俺にできる唯一の恩返しだ。
この言葉を捻りだすだけでも、俺は涙が出てしまいそうだったが、必死に顔を逸らして我慢した。
最後に、鞄を盗もうとしたことを伝えれば、それでジェンシーも俺に固執することはなくなるだろう。
俺がその言葉を口にしようとした瞬間、騎士に無理やりに引っ張られる。
「黙って歩け!」
剣の腹で、思い切り頭を殴られる。
いったっ。死なない程度には加減されているようだが、俺の頭にはじんわりと痛みが走る。
だがおかげで、俺は涙の理由を誤魔化せた。
「い、いっでっ」
適当に叫んで、俺は涙ぐんでそのまま騎士に連れて行かれる。
……大丈夫だよな? 最後の涙は痛みによるものだって分かってくれたよな?
「お、おいっ! 何を言っている! くそっ! 貴様ら、離さねば仕事を失うことになるぞ!」
ジェンシーの家の権力は強い。しかし、それでも彼らは動かなかった。
騎士たちはジェンシーの家よりも強いものの命令で動いているのは確定している。
となれば、タケダイ先輩はあまり関係していないのか? 確か、ジェンシーの家よりかは有名ではなかったはずだ。
……そもそも、タケダイ先輩が犯人ならば色々とおかしな部分もある。
俺がタケダイ先輩にハンカチを貸す場面はジェンシーも見ている。ジェンシーのパートナーの座を狙っているならば、不信感を抱かれるようなその行為は矛盾している。
「ついてこい」
騎士に両腕を拘束されたまま、俺は連行される。
顔を伏せて移動していると、やがて見知らぬ建物に連れてこられる。
民家……か? 人を拘束するにはおかしな場所だ。
家の中に入ると、やがて地下への階段を下りていくことになる。地下は涼やかな風に異臭が混じった最悪な牢屋があった。
「大人しくしていろっ」
騎士に背中を突き飛ばされ、俺は牢屋に入れられる。
両手を拘束されたままの俺は、何も出来ずにそこで座り込んだ。
……まあ、最初に犯罪にはしったときに覚悟してたことだ
あの時は未遂に終わったが、その時の罰が来たのだろうな。
ジェンシーだって……俺よりも優秀な奴をパートナーに雇えた方がいいだろうさ。
牢屋に入れられた俺は腕を組んだまま、その場で休むことにした。一つの気がかりはジェンシーが無事であるかどうか、だ。
どれくらいの時間が経っただろうか。
地下であるため、正確な時間はわからない。一定の間隔で見張りが来ているが、どのくらいを基準にしているのかは定かではない。
ただ、感覚的には夜中くらいの気持ちだ。
大きなあくびをして立ち上がる。
ジェンシーはどうなっただろうか。もう家に帰れているだろうか。それとも、まだ俺のために頑張ってくれているのだろうか。
だったら、嬉しいが夜更かしをして学園に支障が出るのは俺も困る。
俺が横になると、そこでふと嫌なことに気づいてしまった。
……彼らのどこに騎士だという確証があるのだ?
本当に彼らが騎士ならば……こんな民家に俺を連れてくるだろうか。国にも牢屋はあるし、近くには一度入れば二度と出て来れないといわれる監獄があることも有名だ。
俺は安堵していたが、違うのではないか。
例えば、ジェンシーを誘拐しその権力に手を伸ばそうとする輩の存在だって……いるんじゃないか?
一度不安になると、俺はいてもたってもいられない。
ジェンシーの安否が気になる。彼女は無事に家についているのか?
子どもを守るくらいのこと、しなければいけないはずだ。俺だって今の年齢的には子どもだが、前世は二十後半まで生きたのだ。
未熟な人間だと自覚はあるが、命の恩人くらい助けたい。
脱出の方法は暇つぶしにいくつか考えている。
一つは牢屋の鉄格子を破壊することだ。
俺は蹴り飛ばせば、この程度簡単に出来るが、確実に気づかれる。
気づかれれば、戦闘は回避できないこの世界の人間と戦って勝てる自信は欠片もない。俺の前世は魔法なんてものはねぇし、この世界に来てから、「最弱」という女の子に簡単にやられているしな。
あの子が最弱なのだから、この世界の大人たちはその何十倍も強いはずだ。だから、俺は絶対に勝てないから、無駄な戦いはしない。
もう一つの方法、俺はこちらを選択する予定だ。
俺が休んでいる間に騎士は三回、階段を下りてきた。恐らくは逃げ出していないかの確認だろう。
そのうちの一回には食事も持ってきてもらっている。
相手にとって、俺は大事な存在なのかは知らないが、見張りの回数と用意された食事から、死なれるのは困るのだろう。
そろそろ見回りにくる時間だ。俺は死んだ振りをすることにした。
この牢屋の作りはお粗末なものだ。岩を基盤に作られているが、あちこちに段差が出来ている。
その一箇所を使えば、自傷行為だって不可能ではない。
俺は岩を蹴り飛ばし、手ごろな破片を作り、拘束されたままの手でその破片を掴む。
それを足につきさし、流れる血を確認しながら目立つように床へ塗っていく。
いってぇ……。
血が溢れてきて、俺は痛みに顔を顰めながらその血だまりの中で横になる。
根性で眠るな。痛みに流されるな。
そのままでは、ジェンシーの安否も確認できない。
俺は腹から血を出したかのような絵面で倒れる。
俺が準備を終えたところで、タイミングよく階段を下りる音が響く。やがて、俺の牢屋の前に止まり、
「……なにっ!?」
慌てたように叫んだ。
「冗談じゃないぞっ!? これじゃあ、あの人に怒られる!!」
騎士は慌てた様子で鍵をあけ、近づいてくる。騎士の手が俺の手首を掴んだ瞬間に、俺は目を見開き足をぶん回す。
まずは態勢を崩す。
足をふりぬくと鎧がひしゃげ、騎士は膝をつく。悲鳴をあげようとした騎士の頭へ飛び乗るようにして、俺は地面に叩きつける。
俺の全体重が乗ったことで、騎士は何もいわずに倒れこんだ。
……思っていた以上に戦えたな。頭の片隅でそんなことを考えながら、俺はすぐに彼から鍵を奪って両手を自由にする。
立ち上がると、出血の酷さが分かる。俺は制服の裾を破り、一応の応急処置をしてから騎士の鎧をはぐ。
少しきついが、無理やりに着替える。鎧が壊れるのは誤算だった。……俺の蹴りごときで壊れるとかどんな安物を使ってるんだよ。
壊れた部分は少ないので、どうにか隠せるだろう。
牢屋の鍵を一応閉めて、俺は階段を登る。
……ここからが正念場だ。牢屋脱出はそれほど難易度は高くないと考えていた。
それよりも、この建物から外に出ることのほうが厳しいはずだ。
騎士たちの関係性を見破りながら、どうにかチャンスを見て外に出なければならない。
先ほどの騎士は一体どういう人物だったのか?
あの焦り具合からして、あまり度胸のあるものではないだろう。
少なくとも、すぐさま上にいた騎士に相談しない辺り、リーダーとかではないはずだ。
……予想でしかないが、あの動揺は俺が前世で母親の大切な花壇を荒らしてしまったときに似ている。
イタズラをしてしまい、ばれないようにどうにか誤魔化そうとして花のすべてをセロハンテープで止めたときのようだ。
つまり、先ほどの騎士は内面に大きな弱さを持っている人間だ。
……そして、そういう人間というのは普段は強がるものだ。プライドが高く、他人に弱みを見せない。
俺はそこまで予想して、それを演じるようにする。声も先ほどの焦ったときのものに合わせて、少し調整する。
俺は戦闘を苦手としているが、それ以外のすべてまでもダメというわけではない。
声色を誤魔化すくらいならば、出来る。
階段を登ると、久しぶりの強い明かりが目に入り、俺は思わず目を細める。
兜があってよかった。
騎士たちは四人ほどでテーブルを囲い、ポーカーでもしているようだ。
騎士の一人がこちらを見据える。じっと観察するような眼差しに、俺は何かを口にしないといけないと考える。
ここで大事なのは、見回りを終えたことだろうか?
それとも、俺についての報告か?
どっちだ……っ!
間違えれば、疑われる。疑われるような発言は出来ない。俺が冷や汗を流していると、やがて、騎士の目がポーカーに戻った。
「おう、戻ってきたか。んじゃあ、さっさと外に出て見張りの続きしろよー」
……俺のさっきの努力返してくれませんか。
よくよく考えれば、俺を見に来た騎士は毎回同じだった。
つまり、彼はパシリだったのだ。
多少の同情をしながらも、すんなり外に出られそうなことを俺は嬉しがる。
「おい、待て」
騎士は俺を呼び止める。
……すんなり逃げられるわけがないか。
「近くの店でお菓子買ってこいよ」
「……はい」
あの人、結構苦労していたんだな。
外に出た俺は、気持ちの良い風をあび背伸びをする。もちろん、菓子を買うつもりなどない。
自宅に向かっているところで、俺たちは騎士と思われる男たちに囲まれる。
「……なんだこれは?」
ジェンシーが威圧的な声をあげる。囲まれるいわれなどない。
騎士たちは顔を兜で隠していて、その性別さえもわからない。そのうちの一人が、強気に一歩を踏み込み、俺の手を掴んだ。
「あなたに、寮での傷害事件の疑いがあります」
兜によってくぐもった声に、俺は眉尻を顰める。
……恐らくは昨日解決した事件のことだろう。しかし、あの犯人に俺が候補として上がる可能性は動機やアリバイ的に考えても不可能だ。
第一、俺が二重人格とかそういう特別な存在でない限り、やった記憶はないわけで、こりゃあたぶん犯人として祭り上げられたな。
後は俺に無理やり自白させ、パートナーをやめさせようとしているのだ。
どこの誰が裏でひいているのかは分からないが、それなりの地位の貴族であろう。
「……なんだと? その件に私のパートナーは関係していない。さっさと道から失せろ」
ジェンシーが受け答えをしている間に、俺は背後から拘束される。ジェンシーの権力など意に介さない様子だ。
暴れることはせずに、されるがままになっていると、ジェンシーへも騎士は手を伸ばす。
「ジェンシーさん、あなたにも同行していただきます」
「……何をふざけたことを言っている?」
「あなたにも事情を聞きたいと考えていますので……まあ、来なくても構いませんが」
軽い脅しだ。
敵はジェンシーが権力で押し切っても勝てる自信があるようだ。
相手は同じ五大貴族の可能性が浮上してきた。ジェンシーは顔をしかめ、顎に手を当ててから頷く。
「コールが犯人と言っているが、まさか何の理由もないわけではないな?」
「証拠はあがっている。現場にあった、このハンカチからお前のものと思われる」
「……どこでそんなものを盗ったんだろうな」
俺は基本的に毎日ジイのおかげでハンカチを所持している。
ハンカチを使用するのは、トイレの後か、またはジェンシーたちに貸し出すときだけだ。
そして、一枚だけ貸し出したまま返ってきていないものがある。
「まさか……っ」
ジェンシーも何かに気づいたようで、その場で暴れようとするが騎士が押さえつける。
多少強引ではあったが、そうでもしなければジェンシーはここで暴れだすだろう。騎士に下手な危害を加えればジェンシーまでも悪者扱いされる可能性が高い。
「ジェンシー!」
俺は大声で怒鳴り、ジェンシーを睨む。
びくりと、ジェンシーは体を震わせる。驚かせてすまって申し訳ないと、俺は即座に笑みを浮かべる。
「大丈夫だって。俺は何もしてねぇんだ」
犯人は、恐らくタケダイ先輩だ。どこまで関わっているかはわからないが、返ってきていないハンカチはタケダイ先輩だけだ。
俺に濡れ衣を着せて、学園での立場を悪くしようとしたのだろう。
となれば、だ。タケダイ先輩の最終目標はジェンシーのパートナーだ。
俺に対しての被害はあっても、ジェンシーが傷つくことは少ないはずだ。だが、可能性がゼロであることはない。
「ジェンシー。いざってときは、余計なことは言わないで、俺との契約も解除しろよ」
「馬鹿なことを言うな。私はお前以外のパートナーを作るつもりはない」
毅然と言い放つジェンシーに、俺は嘆息する。
嬉しい言葉だが……俺はそれを否定しなければならない。
ジェンシーに何かがあっては嫌だ。
「正直言うと、パートナーとしてついていけるかどうかもわかんねぇし、あの生活もつまらなかったからな。ここらで別にやめちまってもいいだろ?」
ジェンシーが未練を残し、俺とのパートナー解除に迷って傷つけられてはたまらない。
そして何か危害を加えられるようなことがあれば、俺は耐えられない。
「……え?」
「だから、別にいいっての。そもそも、俺だってお前に危害を加えようとしていたんだからな」
「……何を言っている? まだ気にしているのか?」
それが、俺にできる唯一の恩返しだ。
この言葉を捻りだすだけでも、俺は涙が出てしまいそうだったが、必死に顔を逸らして我慢した。
最後に、鞄を盗もうとしたことを伝えれば、それでジェンシーも俺に固執することはなくなるだろう。
俺がその言葉を口にしようとした瞬間、騎士に無理やりに引っ張られる。
「黙って歩け!」
剣の腹で、思い切り頭を殴られる。
いったっ。死なない程度には加減されているようだが、俺の頭にはじんわりと痛みが走る。
だがおかげで、俺は涙の理由を誤魔化せた。
「い、いっでっ」
適当に叫んで、俺は涙ぐんでそのまま騎士に連れて行かれる。
……大丈夫だよな? 最後の涙は痛みによるものだって分かってくれたよな?
「お、おいっ! 何を言っている! くそっ! 貴様ら、離さねば仕事を失うことになるぞ!」
ジェンシーの家の権力は強い。しかし、それでも彼らは動かなかった。
騎士たちはジェンシーの家よりも強いものの命令で動いているのは確定している。
となれば、タケダイ先輩はあまり関係していないのか? 確か、ジェンシーの家よりかは有名ではなかったはずだ。
……そもそも、タケダイ先輩が犯人ならば色々とおかしな部分もある。
俺がタケダイ先輩にハンカチを貸す場面はジェンシーも見ている。ジェンシーのパートナーの座を狙っているならば、不信感を抱かれるようなその行為は矛盾している。
「ついてこい」
騎士に両腕を拘束されたまま、俺は連行される。
顔を伏せて移動していると、やがて見知らぬ建物に連れてこられる。
民家……か? 人を拘束するにはおかしな場所だ。
家の中に入ると、やがて地下への階段を下りていくことになる。地下は涼やかな風に異臭が混じった最悪な牢屋があった。
「大人しくしていろっ」
騎士に背中を突き飛ばされ、俺は牢屋に入れられる。
両手を拘束されたままの俺は、何も出来ずにそこで座り込んだ。
……まあ、最初に犯罪にはしったときに覚悟してたことだ
あの時は未遂に終わったが、その時の罰が来たのだろうな。
ジェンシーだって……俺よりも優秀な奴をパートナーに雇えた方がいいだろうさ。
牢屋に入れられた俺は腕を組んだまま、その場で休むことにした。一つの気がかりはジェンシーが無事であるかどうか、だ。
どれくらいの時間が経っただろうか。
地下であるため、正確な時間はわからない。一定の間隔で見張りが来ているが、どのくらいを基準にしているのかは定かではない。
ただ、感覚的には夜中くらいの気持ちだ。
大きなあくびをして立ち上がる。
ジェンシーはどうなっただろうか。もう家に帰れているだろうか。それとも、まだ俺のために頑張ってくれているのだろうか。
だったら、嬉しいが夜更かしをして学園に支障が出るのは俺も困る。
俺が横になると、そこでふと嫌なことに気づいてしまった。
……彼らのどこに騎士だという確証があるのだ?
本当に彼らが騎士ならば……こんな民家に俺を連れてくるだろうか。国にも牢屋はあるし、近くには一度入れば二度と出て来れないといわれる監獄があることも有名だ。
俺は安堵していたが、違うのではないか。
例えば、ジェンシーを誘拐しその権力に手を伸ばそうとする輩の存在だって……いるんじゃないか?
一度不安になると、俺はいてもたってもいられない。
ジェンシーの安否が気になる。彼女は無事に家についているのか?
子どもを守るくらいのこと、しなければいけないはずだ。俺だって今の年齢的には子どもだが、前世は二十後半まで生きたのだ。
未熟な人間だと自覚はあるが、命の恩人くらい助けたい。
脱出の方法は暇つぶしにいくつか考えている。
一つは牢屋の鉄格子を破壊することだ。
俺は蹴り飛ばせば、この程度簡単に出来るが、確実に気づかれる。
気づかれれば、戦闘は回避できないこの世界の人間と戦って勝てる自信は欠片もない。俺の前世は魔法なんてものはねぇし、この世界に来てから、「最弱」という女の子に簡単にやられているしな。
あの子が最弱なのだから、この世界の大人たちはその何十倍も強いはずだ。だから、俺は絶対に勝てないから、無駄な戦いはしない。
もう一つの方法、俺はこちらを選択する予定だ。
俺が休んでいる間に騎士は三回、階段を下りてきた。恐らくは逃げ出していないかの確認だろう。
そのうちの一回には食事も持ってきてもらっている。
相手にとって、俺は大事な存在なのかは知らないが、見張りの回数と用意された食事から、死なれるのは困るのだろう。
そろそろ見回りにくる時間だ。俺は死んだ振りをすることにした。
この牢屋の作りはお粗末なものだ。岩を基盤に作られているが、あちこちに段差が出来ている。
その一箇所を使えば、自傷行為だって不可能ではない。
俺は岩を蹴り飛ばし、手ごろな破片を作り、拘束されたままの手でその破片を掴む。
それを足につきさし、流れる血を確認しながら目立つように床へ塗っていく。
いってぇ……。
血が溢れてきて、俺は痛みに顔を顰めながらその血だまりの中で横になる。
根性で眠るな。痛みに流されるな。
そのままでは、ジェンシーの安否も確認できない。
俺は腹から血を出したかのような絵面で倒れる。
俺が準備を終えたところで、タイミングよく階段を下りる音が響く。やがて、俺の牢屋の前に止まり、
「……なにっ!?」
慌てたように叫んだ。
「冗談じゃないぞっ!? これじゃあ、あの人に怒られる!!」
騎士は慌てた様子で鍵をあけ、近づいてくる。騎士の手が俺の手首を掴んだ瞬間に、俺は目を見開き足をぶん回す。
まずは態勢を崩す。
足をふりぬくと鎧がひしゃげ、騎士は膝をつく。悲鳴をあげようとした騎士の頭へ飛び乗るようにして、俺は地面に叩きつける。
俺の全体重が乗ったことで、騎士は何もいわずに倒れこんだ。
……思っていた以上に戦えたな。頭の片隅でそんなことを考えながら、俺はすぐに彼から鍵を奪って両手を自由にする。
立ち上がると、出血の酷さが分かる。俺は制服の裾を破り、一応の応急処置をしてから騎士の鎧をはぐ。
少しきついが、無理やりに着替える。鎧が壊れるのは誤算だった。……俺の蹴りごときで壊れるとかどんな安物を使ってるんだよ。
壊れた部分は少ないので、どうにか隠せるだろう。
牢屋の鍵を一応閉めて、俺は階段を登る。
……ここからが正念場だ。牢屋脱出はそれほど難易度は高くないと考えていた。
それよりも、この建物から外に出ることのほうが厳しいはずだ。
騎士たちの関係性を見破りながら、どうにかチャンスを見て外に出なければならない。
先ほどの騎士は一体どういう人物だったのか?
あの焦り具合からして、あまり度胸のあるものではないだろう。
少なくとも、すぐさま上にいた騎士に相談しない辺り、リーダーとかではないはずだ。
……予想でしかないが、あの動揺は俺が前世で母親の大切な花壇を荒らしてしまったときに似ている。
イタズラをしてしまい、ばれないようにどうにか誤魔化そうとして花のすべてをセロハンテープで止めたときのようだ。
つまり、先ほどの騎士は内面に大きな弱さを持っている人間だ。
……そして、そういう人間というのは普段は強がるものだ。プライドが高く、他人に弱みを見せない。
俺はそこまで予想して、それを演じるようにする。声も先ほどの焦ったときのものに合わせて、少し調整する。
俺は戦闘を苦手としているが、それ以外のすべてまでもダメというわけではない。
声色を誤魔化すくらいならば、出来る。
階段を登ると、久しぶりの強い明かりが目に入り、俺は思わず目を細める。
兜があってよかった。
騎士たちは四人ほどでテーブルを囲い、ポーカーでもしているようだ。
騎士の一人がこちらを見据える。じっと観察するような眼差しに、俺は何かを口にしないといけないと考える。
ここで大事なのは、見回りを終えたことだろうか?
それとも、俺についての報告か?
どっちだ……っ!
間違えれば、疑われる。疑われるような発言は出来ない。俺が冷や汗を流していると、やがて、騎士の目がポーカーに戻った。
「おう、戻ってきたか。んじゃあ、さっさと外に出て見張りの続きしろよー」
……俺のさっきの努力返してくれませんか。
よくよく考えれば、俺を見に来た騎士は毎回同じだった。
つまり、彼はパシリだったのだ。
多少の同情をしながらも、すんなり外に出られそうなことを俺は嬉しがる。
「おい、待て」
騎士は俺を呼び止める。
……すんなり逃げられるわけがないか。
「近くの店でお菓子買ってこいよ」
「……はい」
あの人、結構苦労していたんだな。
外に出た俺は、気持ちの良い風をあび背伸びをする。もちろん、菓子を買うつもりなどない。
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