ニートの俺と落ちこぼれ勇者

木嶋隆太

第十七話 告白





 珍しくジーニが徒歩によって俺たちと一緒に帰宅していた。


「今日は依頼はいいのか?」
「そんな毎日やらなくとも良い。面白そうなものもなかったしな」


 三日連続で依頼をやったのだから、一日くらい休みを入れても問題ないようだ。
 気が進まない依頼を受けても確かにしょうもないしな。


「あら、ここはハチの生息地ね」


 帰宅途中に少し寄り道をすると、ハチを発見した公園に到着した。
 公園には子どもたちがいて、ある場所に群がっている。


「ぴぴーっ!」


 威勢よく鳴き声をあげ、ハチはベンチの上で踊りを披露している。
 子どもたちの視線を一身に浴びて、少しばかり調子に乗っているようにも見える。


「ハチッ」
「ぴ? ぴぴーっ!」


 ジーニが呼ぶと、子どもたちの間を縫うように走りよってくる。子どもたちの寂しげな視線を受けながらも、ジーニはハチを抱きかかえ肩に乗せる。
 子どもたちは飼い主と納得したのだろうか。何も言わずにそれぞれの遊びへと戻っていった。
 ハチはまだ相変わらず太っているが、以前よりかはマシになったかもしれない。


「そういえば、ここで出会ったな」


 ジェンシーはまだ数日前のことであるのに、まるで何年も前の話をするかのように細めた目で俺を見た。
 ……ここで俺の人生は天国と地獄の二つに分かれたんだよな。
 牢獄か、ジェンシーのパートナーか。本当に運がよかったとしか思えない。


「あら、そうなの?」


 ジーニはさして興味なさそうにハチの頭を撫でている。
 ……そうだ、ここで会ったんだ。
 だったら、この状況で伝えるのが一番だろう。
 緊張に呼吸が早くなる。この事実を伝えてしまったら、もう後には引けない。
 ジェンシーが受け入れてくれるか、拒否するか……それはわからない。
 けど、ここで言わなければ……もう二度ということは出来ない気がした。


「ジェンシーっ」


 俺は彼女の名を呼ぶ。緊張のせいか、喉は急速に冷えていきその分の水分が冷や汗となって出てきたような錯覚さえある。
 今までで一番体が硬直している。
 それだけ俺はジェンシーのパートナーに特別な感情を抱いていたのかもしれない。


「は、はいっ……!?」


 ジェンシーは突然俺に名前を呼ばれたからか、びくりとはねている。
 所作の一つ一つが可愛らしい。こんなジェンシーに、これ以上嘘をつきたくない。


「俺はいくつかお前に嘘をついていたんだ」
「……え?」
「お前を助けたあの日……俺はある計画を立てていたんだ」
「ほぉ……なんだ?」
「俺はあのとき……家を追い出されて、金がなかったんだ。だから、貴族の子どもから鞄でも盗んで売り飛ばせばいいんじゃないか、ってな」
「……なるほど」


 ジェンシーは話の先が見えたのか、少しだけ目尻を引くつかせる。
 これ以上話をしたくなかったが、ここで逃げれば最悪だと自分に言い聞かせる。


「で……この公園でジェンシーを見つけた」
「……それで?」
「俺はその鞄を盗もうとしてたんだよ。結局盗むような根性はなかったけど……だから、俺は別に正義に溢れているとか、そんなの全部ないんだよ。……騙しててごめん」


 ジェンシーはぽかんと口を開き、それから視線を下げる。
 一体何を思っているのだろうか。
 罵倒の言葉を考えているのか、それとも慰めの言葉か――。
 どちらにせよ、ジェンシーに数発殴られることは覚悟していた。


「……」


 ジーニは近くのベンチに座り何も言わずにハチを膝の上に乗せている。
 ハチもまた、この空気にいつものような無邪気な鳴き声はあげていない。
 それに感謝しつつも、どうせなら盛大にふざけてこの空気を飛ばしてほしいという気持ちも同居していた。


「私は……よく分からない」
「え……?」


 意外にもジェンシーの口から出た言葉はそんなものだった。


「初めは凄い奴だと思った。本当に物語のヒーローのような存在に見えて、一目見て私はお前がパートナーにふさわしいと思ったのだ」
「……そう、なのか?」
「ああ。だから……なんともよく分からないな」


 てへへ、とジェンシーは頬をかいた。


「わがままだと思うけどさ……俺はこれでもジェンシーのパートナーをやりたいって思うんだよ。だから、ジェンシーさえよかったら、俺をこのままパートナーにしててくれねぇか?」
「それは、金がないからか?」
「……それも否定はできねぇけど、それ以上に可愛いジェンシーを守りたいって思ったんだよ」


 ジェンシーは保護人間に指定されてもいいような可愛さだ。
 あの学園にいる、腹黒い連中にそんなジェンシーを食い物にされたくなかった。
 ……俺がいっても説得力はないのだが、それでも俺はジェンシーをまっすぐに見つめる。
 ジェンシーは目をとじ、ほんの少しばかり頬を染めている。夕陽の影響でそう見えるだけだろうが、まるで俺が告白をしているみたいだ。


「……そうか。うむ、私もよろしく頼みたいな」


 ジェンシーの言葉を聞いて、俺はどさっと座り込んでしまう。
 緊張が思っていた以上に凄かったようだ。膝から崩れ落ちた俺の傍らにジェンシーが屈む。


「して、いくつかと言っていたが他にも隠し事があるのか?」


 少しばかり糾弾するような目つきを作るジェンシー。
 先ほどに比べれば、それほどではない。俺はいくぶんラクな心境で唇を開く。


「いや、こっちはさっきほどじゃないんだ。実は俺……ジーニともパートナー契約をさせられたというか……」


 卑怯な話だが、こちらはジーニになすりつけるような言い方をした。
 実際、強引に一方的にやられたのだから嘘ではない。


「なんだと……?」


 声のトーンが一気に落ちた。
 あれ……? 俺としては、泥棒しようとしていた方が気がかりだったが、ジェンシーにはジーニが
 なぜだ……。
 考えれば、理由はすぐにわかった。
 ジェンシーにとって、ジーニはライバルみたいなものだもんな。
 ジェンシーに胸倉を掴みあげられるが、その手は別の手によって止められる。


「話を終えたようね。これで、コールを正式に私のパートナーとして迎え入れられるわ」
「なにを言っておるか!」
「ハチっ」


 ジェンシーをとんと突き飛ばし、ハチに命令を飛ばしてジェンシーに糞をかけようとする。
 なんて最低なコンビネーションだ……。
 ジェンシーは涙ながらに公園を走り回り、鬼ごっこと勘違いした子どもたちも一緒に混ざっている。
 ぐっとジーニは体を寄せてくる。どこか頬は紅潮し、息づかい荒く俺の胸を指でかいてくる。


「ねえ、コール。落ちこぼれの勇者候補のジェンシーとナイスボディにして天才の私。どちらのパートナーがいいのかしら?」
「だから、俺はジェンシーの――ぬぐっ!?」


 口を無理やり手で覆われ、それからジーニはジト目で睨みを強くする。


「もう一度聞くわ。誰のがいいのかしら? これ以上ふざけるようなら、パパに頼んであなたを誘拐するわよ」
「……恐ろしいことを言うなっての。おまえのパートナーだって……まあ、ジェンシーが認めればやってやるよ。あと、こういうことはあんまり男にしねぇほうがいいぜ」


 ジェンシーがここまで俺を引き止めてくれる理由は、まあまだ理解できる。
 が、ジーニがここまで俺に固執する理由は本当に分からない。
 おおかた、ジェンシーのパートナーが許せないとかそんなところだろうけど、だからってこんなに密着するなよ……。
 下手な相手なら勘違いされて襲われても仕方ないぞ。
 俺はジーニを軽く突き放し、数回肩を叩いて逃げる。


「……また子ども扱いして」
「またって……今回初めてじゃなかったか?」
「黙りなさい」


 ジーニはぷいとそっぽを向くと、その体に小さなジェンシーがタックルする。
 盛大に二人は絡みあうように倒れ、ジェンシーはジーニを地面に押さえつける。
 ハチはというと、子どもたちに囲まれてしまっている。ハチは目的を忘れ、子どもたちに奇妙なダンスを見せている。魔力を吸い取られそうな気分になってくる。


「貴様! 人のパートナーをとろうとするな!」
「別にそれがいけないことだなんて決められていないでしょう? むしろ学園は否定なんてしないと思うわ」
「うるさい! コールは私のパートナーなのだっ。邪魔をしたら、噛み付くぞ!」


 ジェンシーは両腕を振り回し、そう叫ぶ。


「……とにかく、あんまり喧嘩すんなっての」
「じゃあ、コール今すぐこいつにパートナーをやめるように言うのだ!」
「え、えとそれは……」


 ジーニが悲しげな表情を作る。
 演技なのか、本心なのか。それを見破れるほど俺は鋭くはない。


「……ええと、とにかくだ。喧嘩は一旦やめて、今日は解散にしようぜ!」


 誤魔化すために俺は声を張って公園に背を向けた。


「まあ、私もそろそろ帰宅しなければならないし……仕方ないわね」


 ジーニは近くまでやってきた大きな車に乗り込む。


「コールっ」


 ジーニがいなくなったところで、腕を組んだジェンシーがふんぞり返る。
 かなりお怒りのようで、俺は頬をかいてしまう。


「悪い……そのジーニって時々悲しそうな顔をするからさ……」
「……むぅ。あいつは昔パートナーがいたが……その、死んだからな」
「え……?」
「だからといって私も許可をするつもりはないからな? とりあえずは……あいつが見つけるまでだからな……?」
「あ、ああ! ありがとな!」


 心のつっかえがようやくとれた。
 俺はほっと心からの安堵の息をもらし、ジェンシーに深く感謝した。



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