ニートの俺と落ちこぼれ勇者

木嶋隆太

第十三話 戦闘

「がんばれよ、キョウ!」
「ヒサガもなっ!」


 次々に声援が送られる中。誰も俺を見ることはない。
 応援されたってどうせ何も出来ないが、ここまで扱いが雑だと悲しいものだ。


「本当に勝てるのか?」


 チームメイトの一人が森に入った瞬間に情けない問いを放った。
 ここまで一年生チームはまったく勝ちの目がなかった。
 唯一可能性があったのは、ひたすら逃げることに力を入れたチームだが、それも生き延びる時間が増えただけだ。


「……無理だな。戦力差は圧倒的だ」
「だよな……」


 キョウの冷静な分析にがくりと肩を落とす。戦う前からこれでは、勝てるものも勝てない。


「だが、一人でも倒して見せるぞ。作戦は最初の通りだ。狙うのは、あの中でもっともランクの低い先輩だ」


 こういう空気は良くない。
 負けるかもしれないと思って戦って勝てるわけがない。
 よし、ここは俺が一つ鼓舞を高めよう。
 もしかしたら、それで仲良くなれるかもしれない。


「負けるの前提で話すのはやめろって。まずは一人倒す。これは大事だ。けど、そこで終わり……で緊張が解けたらダメだろ?」


 俺が口を開くと、キョウが眉を寄せる。


「……本当になんでジェンシーさんはこんな奴をパートナーにしたのだろうな。俺のほうがよっぽど優秀なのにな」


 自分で言っちゃうのそれ。大した自信家だ。
 昔の俺に似ている。若いっていいね、恥ずかしいときもあるけど。
 投げやりに彼を絶賛しながら、俺はキョウに自分の理論を伝える。


「今それは関係ねぇだろ? とにかく、負けるの前提で話すなって。最初に思い切りぶつかれば、勝てると思うぜ?」
「楽観的な考えはやめろ。どうにかなるはずがないだろう。負けるとわかっているのだから、正直に伝えればいい。現実を受け止められない馬鹿が」


 いや、実力はわかってるっての。
 相手にタケダイ先輩がいなければワンチャンスあったかもしれないが、タケダイ先輩は次元を超えている。
 今すぐ本職の人と混ざってもある程度通用するだろう。つまり、俺たちとはワンランク上の世界にいる。
 余裕の動きに抜群の射撃センス。放った銃弾は吸い寄せられるようにヒットしていく。
 背後から攻撃しているのに、目でもついているのか魔法でしっかり対応する。
 一年の中には、その魔法を使用するタイミングをミスしているものも多かった。そこは経験の差だろう。
 一瞬で放てる魔法は一つだけだ。チャージの間は無防備になるから、ついつい使用をためらうものも多くいた。
 ゲームで強力なアイテムを最後まで残すことがあるが、あれに似ている。


「全員本気でやってみれば、分からねぇだろ?」


 なぜか、映像でみた一、二年生全員の動きはあまりよくなかった。
 訓練であるから本気で倒しに行くものはいないだろう。だから、全力の全力を出せば、二年生たちと一時的に同程度の力になるはずだ。
 二年生がギアを入れる前に、叩けば可能性もあがると思われる。


「はっ、戯言だな。そいつの話は聞くだけ無駄だ。行くぞ」
「ったく、雑魚のくせにそれっぽいこと言うなっての」
「……口だけの奴はムカつくな」


 チームメートたちはさっさと森に入っていってしまう。
 俺は顎に手をあて、何がダメだったのか首を捻る。


「兄さ……じゃなくて、コール。あまり喋らない方がいいですよ。実力のないものが何を言っても、滑稽にうつってしまいますから」


 だな。
 力のない奴、説得力のない奴についていく者なんて物好き以外いないだろう。
 俺が意見を通したいなら、まずは実力を高めていくしかない。


「そういえば、俺たちの勇者ってヒサガだよな?」
「はい、そうですよ。まあ、盾くらいにはなってくださいよ?」
「わかってるっての」


 今俺に必要なものを知るために、なるべく二年生たちの動きを観察しよう。
 森に入ると、森に仕掛けられているスピーカーから教師の声が響く。


『おまえらが最後だぞ!? 絶対勝てよ! よし、始めろ!』


 教師の声にあわせ、俺たちはゆっくりと移動をしていく。
 足音を立てないことと気配を消すくらいなら、俺でも出来るため、俺はそれこそ空気にでもなるように気配を薄くする。
 すると、仲間の誰からも声をかけられない。元々か。
 二年生チームが近づいてくるのを、俺は気配で察知する。


「止まれ! 来るぞ!」


 キョウが真っ先に反応して、魔法を正面に放つように指示を出す。
 チームメイトから木々の隙間をぬうように水の矢が放たれ、途中で霧散する。
 何かに弾かれた……出てきたのは二年生の一人だ。


「なかなかいい魔法だけど、こんなんじゃ倒せないね」


 二年生は木に身を隠す。だいたいの位置は分かるが、そちらに意識を向けている間に脇からもうひとつの気配が近づく。
 ……これって地中か?
 地中に潜る魔法なんてあるのか? モグラにでも変身するのだろうか。


「おい!」
「黙っていろ! 邪魔だ!」


 ええ……。
 俺が仲間たちに知らせようとするが、地面が盛り上がってしまう。


「おらっ!!」


 地面から出てきた先輩にチームメートたちの動きが固まる。


「なにっ!?」


 完全に虚をつかれた一年生二人にペイント弾が当たる。
 俺は咄嗟に身を屈め、そのままくるくると回るようにして近くの茂みに身を隠す。
 あれに当たっておけば、痛い思いをせずにリタイアできたのかと思うと少し後悔もある。
 六人いたにも関わらず残りは四人か。


「はい、これで三人、と」


 もう一つの気配は、三人の中で一番薄かった。気づいたときには、タケダイ先輩によってもう一人を倒されてしまう。
 これで、キョウ、俺、ヒサガしかいない。一度の隙を見逃さない見事な連携だ。
 思わず拍手をしたくなったが、そんな俺の耳に届いたのはキョウの叫び声だった。


「逃げるぞ!」


 キョウは言葉の後に魔法を大地へと放つ。
 煙があがり、目隠しとなる。
 敵の位置は大体理解している。今ならば、俺が撃っても当たるかもしれない!
 目を閉じて気配に集中する。耳と勘を使い、二年生三人へとペイント弾を打つ。当たったか確認する暇はないので、俺はすぐにヒサガとともに逃げる。


「ヒサガっ、こっちだ!」
「コールっ……とにかく、逃げますよ!」


 ヒサガの手を掴みながら叫ぶと、悲しげな声が返ってきた。
 キョウのほうが頼りがいがあるよな。ごめんな情けない兄ちゃんで。
 逃げるのだけは一丁前な俺はヒサガと並走しているが、道の先が風に吹き飛ばされる。
 まさか、もう追いつかれたのか?
 出てきたのは……二人。タケダイ先輩ともう一人知らない二年だ。


「……キョウだったかな。素晴らしい銃の腕を持っているね」


 タケダイ先輩はその場で立ち止まり、軽い拍手をした。


「どういうことだよ?」
「あの煙の中で、三人全員を見事に射撃したんだ。僕とこいつは何とか防いだけど、一人やられちゃったよ。彼ならまだ、キミよりかはジェンシーにふさわしかったね」


 マジかっ。あいつ口だけじゃなく本当に実力があったんだな。
 ていうか、俺の弾一発も当たってないの? 気配は完全にあったんだけどな……。
 まあ、たぶん簡単に防がれてしまったのだろう。
 どちらにせよ、一人倒せただけでも今までの中で一番の成績のはずだ。もう、大人しくリタイアしたほうがいいかもしれない。


「僕がコールをやるから、そっちは任せたよ」


 やるという文字に殺意が込められているように感じたのは俺だけだよな。


「その子って、ジェンシーのパートナーの子でしょ? やりすぎて嫌われないようにね」
「わかっているよ。ここにカメラはないんだ。僕がやったという証拠は残らないよ。間抜けに木にでも潰されたってことにしちゃえばね」


 ここでは俺が大人気のようだ。……最悪だ。
 槍玉にあげられることが多いというのを特技として書いたらどこかで採用してもらえないだろうか。


「……大変そうですね」


 ヒサガはそういうが、同意できる部分もあるようでなんとも言えない表情だ。
 ……まあ、落ちこぼれが出世街道に乗ってたらムカつくけど、ここまで露骨にやらなくてもいいだろ。


「この戦いは僕の負けの予定だよ」
「……もしかして、俺の成績のために、とか?」


 例えば、タケダイ先輩に勝ったコール、となれば、俺に対する評価ががらっと変わるだろう。
 そんな冗談を言ってやると、タケダイ先輩はくすりと微笑んだ。


「だって、僕はルールを破るからね」


 タケダイ先輩から感じる威圧感が増す。
 ルール……。この模擬戦で禁じられているのは、相手を傷つけることだ。
 俺はかなり危険な状況に放り込まれていることに気づく。
 タケダイ先輩が言うようにこの景色を、俺はモニターでは見たことがなかった。カメラがない、のは事実なのだろう。


「タケダイ先輩……さすがにそれはまずいですよ」


 ヒサガが控えめに言うと、タケダイ先輩の目つきがあからさまに悪くなる。


「キミの家はそれほど有名じゃなかったよね。家のことを思うなら、口出しはしないほうがいいよ」


 俺の家だって悪くはないのだが、タケダイ先輩の家はそれ以上なのか。
 ヒサガは小さくなりながら、しかし、顔をあげる。


「さすがに……誰かに言う勇気はありませんが、目の前の悪を見逃すつもりもありませんっ。カメラは少し行ったところにありますから、そこまで逃げてください!」


 声とともに魔法が放たれる。
 ヒサガが放ったのは水魔法のようだ。攻撃範囲を重視した魔法のようだ。
 しかしヒサガの魔法はあっさりと回避される。ヒサガはもう一人の先輩に拘束され、簡単に押し倒されてしまう。俺は何とか隙をついて得意の逃げ足を活用する。
 嫌だー! なんでこんなことになってやがるんだよっ。
 ヒサガが思っていた以上に正義に熱い男で助かった。俺は走りながら、後ろに感じるプレッシャーから必死に逃げる。


「ははっ、走るのは速いようだねっ、けど!」


 タケダイ先輩のマジックストックが光を放つ。
 となれば、放たれるのは魔法だ。
 ……さっきの会話中に魔法をチャージしていたのだろうか。
 俺は両腕を交差させて、防御体制をとる。


「さあ、せめて死なないように回避するんだね!」


 タケダイ先輩が殴るように右手を突き出すと、マジックストックから風の塊が放たれる。
 魔力のおかげか、緑がかった風の塊が目視できたが、その大きさに絶望しかない。
 見えようが、回避はかなり厳しい。
 思いっきり横に飛ぶが俺の体は弾かれる。必死に両目を閉じて、身を丸くすると、やがて木にぶつかって止まる。
 俺は目を開いて、自分が生きていることを確認する。
 よ、よかった。
 次に見たのは木々が好き放題に切り刻まれた後だ。
 直撃していたら俺もあのように切れていたのだろうか。と、視線が下がり俺のジャージがボロボロになっているのが見えた。
 魔法は当たっていた……? つまり、あれは警告か。
 俺の魔法はいつでもあんたを切り刻めるんだよ、ということか?
 ……先生に言っておきたいんだけど、信じてくれるかどうか。


『どうやら負けたようだな……? 何人かカメラに映っていないが、とにかくお前ら戻ってこい!』


 教師の声が響き、俺は汚れを払いながら戻っていく。
 他の場所から先輩が一年生を引きずってやってくる。全員もれなく気絶している。
 ちらと、ヒサガを見るが特に怪我はしていないようだ。……さすがにこいつらも内部に何かをした、とかはないだろう。
 俺がタケダイ先輩を強く睨むと、そのタイミングで彼は頭を下げた。


「先生、すみません! 僕がついつい大きな魔法を放ってしまって、三人を傷つけてしまいました」
「……なんだ? おまえが熱くなるなんて珍しいな」
「ヒサガくんや、キョウくんが予想以上に強くて……つい魔法を放ってしまい、ヒサガくんを庇ったコールくんがボールのように弾かれてしまって……」


 ……なるほどね。
 俺が何も言えないように、先に自分が悪いと言うのか。
 普段から悪事を重ねているものならば、その言葉は大した意味を持たないが、先輩は慕われているようだしな。
 先ほど俺が睨んだのを見ていた一年生が、なんであんな態度をしているの? とひそひそ話を始めている。
 ……ジェンシー、学校変えた方がいいぞ。
 天使のジェンシーには悪影響しかない。


「そうか……コール、そのジャージは保健室のものだったな?」
「はい……」


 ボロボロだよ。保険医の先生に叱られるのだろうか。


「そのジャージはくれてやるっ! 保険医には俺から伝えておく! 怪我はないな?」
「ええ、まあ……」
「よし、これで今日の授業は終了だっ」


 教師は立ち去っていく。後に残った生徒も散りぢりになり、俺も教室へと向かっていく。
 今日の反省は、やはり身体能力の差が強く出たことだろうか。
 この世界のチートじみた奴らと同じ身体能力なら、もう少し戦えたのだろうか。
 前世のままなのは、知識とかだけでいいのに。
 泣き言も言っていられない。こんな姿をジェンシーにはみせないようにもっと頑張らなければならない。



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