ニートの俺と落ちこぼれ勇者

木嶋隆太

第七話 運



「まず魔力土を自分の好きな量掴んでください」
「こ、このくらい……」


 ジェンシーは本当に一つまみだけとる。料理にぱっぱっとかける塩のようだ。


「相変わらず……魔力付加が下手なようですわね」
「ええ、まったく見ていて同じ貴族だとは思えませんわ。あれほどの土にしか魔力が遅れないなんて、恥ですわね」


 クスクスと小さな声が漏れる。先生がちらと睨むと、その貴族たちは軽い会釈とともに黙った。
 ……ああいうのを見ると、貴族という存在すべてに対して似たような気持ち悪さを抱いてしまう。
 もちろんいい人だっている。……まあ良い人ってのもその人の主観に影響されるからなんともいいがたいのだけど。
 ああやって、馬鹿にすることが、俺以外の誰かにはいいこととして映っているのかもしれないしな。


 少なくとも、俺はジェンシーを良い奴だと思っているが、それは俺を拾ってくれたからという個人的な理由も大きく作用しているだろう。
 ジェンシーは苛立ちながらも、自分が無力なことに対して、怒りのようなものを感じているようだ。
 さっきの話から推測すると、どうやら魔力土に込める魔力の量というものが貴族にとってはステータスのようだ。
 よーわからん。
 俺はまだジェンシーのことを良く知らないので、特に言い返すこともせずにぽつりと自分の感情を口にする。


「俺にとっちゃ魔法を見るのも滅多にないんだから、早くやってみようぜ」


 親父に吹き飛ばされたり、兄の実験体にされたりと、魔法をくらう機会は多い。
 だが、そういった悪意を除いた魔法を俺はほとんど見たことがない。


「ジェンシーさんの得意属性は確か……火、でしたか?」
「そ、そう、です」
「それでは、今つかんだ魔力土に自身の魔力を流し込んでください」
「どのような魔法を作れば、良いのですか?」
「そうですね……マッチの火程度のものでかまいません」
「わ、分かりました」


 ジェンシーが深い呼吸をすると、肌へぴりっとした痛みが伝わる。
 魔力は、慣れていない人間にとって毒だ、という話を聞いたことがある。
 不安そうにジェンシーは表情を強張らせていた。
 俺は気分が悪くなり離れたかったが……ジェンシーが頑張っているのだから、俺もこのくらいで諦めるわけにはいかない。
 俺を見たジェンシーは口元をわずかに緩める。その姿を愛でながら俺は魔法の完成を待つ。


「お、終わったのだ……」


 ジェンシーの言葉通り、魔力を吸った魔力土は白から赤へと変わっていた。
 俺にはさっぱりだったが、先生は次の工程へいく。


「それでは、こちらの釜に魔力土を入れてください」


 ジェンシーは手を震わせながら、土を釜に入れる。
 その姿は、賽銭箱にお金を入れる子どものようだ。それもかなり追い込まれ、神様にでも祈らないとやっていられない、という風に見える。
 最近お参りに行っていないな。ジェンシーに拾ってもらったお礼でもしておこうか。


「それでは、マジックストックを釜の中に入れてください」
「わかりました」


 ジェンシーは左手首につけていた時計を外した。
 確か、魔法をチャージする機械――マジックストックだ。
 時計のような見た目をしたそれは、魔力土から吐き出された魔法をストックしておける。


 この世界の魔法は、なんというかデータのようなものだ。
 勇者が作る魔法は、このような機械に記録しておかなければ発動できないのだ。そのため、敵に合わせてどのような魔法を準備するかなど、パートナーと勇者が話し合うのも珍しくない。
 ジェンシーはマジックストックを釜の中に入れる。中を覗いてみると、段のようなつくりになっており、土は一番下にある。


「それでは最後の工程ですよ。大気の魔力を釜に取り込みながら、作りたい魔法を強くイメージしてください」


 ジェンシーは釜の蓋をゆっくりとのせる。手を蓋につけたまま瞳を閉じると、クラスメートたちもさすがに話し声がなくなる。
 ここでへたな妨害をすれば、自分たちにも被害があると悟ったのだろう。
 まるで全員が魔法をイメージしているかのような静寂の中、先生はジェンシーの耳元に顔を近づける。


「魔法を誰のために見せたいのか、今誰のために作っているのか。または好きな人を思い浮かべたり……そういった強い想いが魔法の力になるんですよ」


 先生は小声で言ったようだけど、ばっちり聞こえている。


「なっ!? い、今は関係ないでしょう先生っ!」


 ジェンシーがちらちらと俺のほうを見ては、顔を赤らめてうつむかせている。


「ふふふ」


 ジェンシーは恥ずかしがっているようだ。ほほう、好きな人がいるのか。
 気にはなるが、深く関わるのはやめておこう。今の俺はジェンシーの友人というより、家族に近い存在だ。
 俺が兄や父親に突然好きな人いる? なんて聞かれたら、かなり困るし、状況によっては苛つくだろう。


 ジェンシーなんて年頃の女の子だ。年頃の女の子ってのは面倒だ。洗濯機で一緒に洗いたくないとか、あんたの風呂の後には絶対入りたくないとか……。
 俺の前世の妹がそうだった。お兄ちゃん、涙目だ。
 変な詮索をすれば、ジェンシーに嫌われる。
 しかし、勝手に考えるのならいいだろう。


 ……好きな人か。
 家族、ジイ、タケダイ先輩……色々な人の顔が浮かんでは消えていく。
 魔法は、他者を思うことで完成する……か。
 誰を思っているかは別にいいが、他人のために力を獲得しようというのはなかなか興味深いことだ。


 他人に好かれるために、力を獲得するのか。本当に他人を大切に思う気持ちから、力を獲得するのか。
 同じようで、まるで違う。相手のことを思っているのか、自分のことを思っているのか……。気持ちの持ち方で、力の使い方も変わってくるだろう。
 俺はジェンシーの力になりたいのだろうか。それとも、ジェンシーに捨てられたくないから、力がほしいのだろうか。
 ……よくわからない。少なくとも、ジェンシーは可愛いし、力になりたい。
 だが、根底には、生活の場がなくなることへの不安があるので……うーん。
 そんな難しいことを考えていると、最後の工程が終わった。
 ジェンシーは疲れたように息を吐き出し、釜から一歩距離をあける。


「お疲れ」
「……うむ」


 ジェンシーは額に浮かんだ汗を手で拭う。ジェンシーはポケットからハンカチを取り出そうとしていたので、俺が代わりにとって汗を拭ってやる。
 それを終えた俺は暇つぶしに釜をみる。どういう原理かはわからないが、蓋の上から煙が吹き出ている。がたがたと左右に揺れていて、随分といきがよい。


「この煙ってなんなんですか?」


 やかんで水を沸かしたときのように、湯気が出ている。


「魔力ですよ。釜が魔法に必要のない部分の魔力を外に吐き出しているんですよ」


 煙に手をかざすと、少し暖かい。冬場にはこれで暖をとれそうだ。
 しばらく手に当てていると、気分が悪くなる。やがて、動きがより一掃激しくなると、クラス中の視線が釜に集まっていく。ジェンシーはずっと両手を合わせて、祈りを捧げている。
 もうやることはやったのだから、結果を待つしかない。ジェンシーの必死な姿を見ていると、良い結果になってほしいと思えた。
 三十秒程度が経ったところで、釜のゆれが止まった。


「……中にあるマジックストックを取り出してください」


 先生は声に緊張の色をのせる。
 ジェンシーは恐る恐るマジックストックを取り出し、左手につけて、操作する。
 俺も上から覗き込んでいると、やがてジェンシーが満面の笑顔で俺の手を掴んできた。


「み、見よ! 魔法があるぞ!」


 だそうだ。俺は見ても分からない。
 ジェンシーの言葉に、教室がざわついた。


「あのジェンシーが魔法を精製した?」
「そんな馬鹿な……いつも通りの失敗だろうさ」


 素直に喜べないのかこやつらは。
 出来れば耳を塞ぎたかったが、ジェンシーの嬉しげな声を聞けなくなるのは嫌だ。
 これから毎日ジェンシー観察日記でもつけよう。
 興奮気味に話す姿が可愛い。ジェンシーのぬいぐるみとかほしい。


「それでは、その魔法を放ってみてください」
「大丈夫、ですか?」


 ジェンシーは弱気な声をあげる。建物内で、火魔法を放つのか。
 それって結構危険なことである。だが、俺は先生の自信にあふれた顔を信じることにした。


「今回使った魔力土は質の悪いものですから、成功してもそれほどの魔法は作れませんよ」


 そういう根拠があるのなら、大丈夫だろう。
 仮にも魔法の先生なのだから、俺のような素人よりも詳しいはずだ。
 ジェンシーが俺に意見を求めるように顔を向けてきた。


「大丈夫だろ。ほら、やってみろって」
「わ、わかった」


 ジェンシーは咳払いを一つしてから、マジックストックをいじる。
 その手は震えていて、頼りない部分もある。それでも、俺はジェンシーから離れない。
 せめて、このくらいはジェンシーの力になってやりたい。
 魔力がジェンシーの腕に集まっていくのが感じられる。それは膜のようなものに覆われていて、段々と限界が近づいていく。


「ファイア!」


 外への解放を求めた魔法はジェンシーの叫びにあわせ、小さな火に変化し手の平に出現した。
 決して威力のあるものではない。クラスのそこかしこからは、嘲笑がぽつぽつとあがるが、ジェンシーは嬉しげに俺の眼前に差し出してきた。


「みよっ! 魔法が出たぞ!」
「おお、すげぇな」


 怖いから、鼻の先まで近づけないでください。俺は引きつりながらも彼女の努力を認めるように微笑むと、ジェンシーも笑顔を返してくれる。
 教室でなければ頭を撫でていたところだ。
 先生もホッとした様子で両手を合わせた。


「これが魔法の精製です。六時間目にはみなさんにもやってもらいますので、失敗のないようこれからの授業を集中して聞いてくださいね。それでは、ジャンシーさんとコールくんは席に戻ってください」


 ジェンシーはスキップでもしそうな勢いで、階段をあがっていく。
 生徒たちはつまらなそうにそっぽを向きながら、ぽつぽつと小声で何かを言う。
 俺は彼女らの話を聞くために意識を集中する。


「あの程度の力で、有名な人にパートナー申請されるんだもんね。いいわよね」
「ほんと。学校では家の身分とか関係ない、とか言ってるのに、結局最後にものをいうのがこれだもんね」


 へえ、初耳だ。身分の格差をなくしたい、というのが学園の意見だとしても、学園を運営しているのは貴族たちだ。
 身分の格差というのがなくなれば、新たな法律などが必要になってくるだろう。今のままで不満が少ないのなら、無理に実現しなくても良いと思うが。
 運も実力のうち、というしな。 
 ジェンシーは周りの言葉など微塵も聞こえていない。よっぽど嬉しいのか、席に戻ってからも俺の方に笑顔を向けている。周りの意見など、聞こえないほうがいいだろう。


「おまえのおかげでいつもよりもリラックスできたぞっ、感謝しておるぞ!」
「別に、なんもしてねぇよ。ジェンシーの実力だろ」
「それもあるなっ」


 あるのかい。ジェンシーは黒板の内容を嬉しそうにまとめていく。調子にのって鼻歌とかするなよ。
 それにしても、だ。
 俺は授業を聞きながら、教室の空気が気にかかり眉間にしわをよせる。
 ジェンシーに対して、良い感情を持っている人間が少ないのは、明らかだ。
 別にそれを否定するつもりはない。気のあわない人物なんて、俺だっていっぱいいるし。
 ただ、集団で一人を攻撃するのは良くない。これはストレス解消とかの枠を超えている。ジーニのように、一対一で堂々と発言するなら別に良い。
 それまで禁止していたら、ストレスがたまるだろうしな。言いたいことくらい、言わせてやればいい、陰口とかではなく、正面から堂々とな。


 もちろん一番は自分の中で消化するのが良いが、人間そう上手くもいかないだろう。
 相手側も面白くないことは分かる。
 ジェンシーは真面目であるが、落ちこぼれだ。この事実は揺るがない。
 勇者としての力は、魔法、パートナー、契約、なのだろう。
 それらの総合評価が高いと、パートナーからの申請が多くなるようだ。
 ジェンシーは実力のわりにパートナー申請が多い。その理由は家が原因だ。
 今だって、タケダイ先輩からの熱烈なアプローチがある。パートナーになりたいもののほとんどが、ジェンシーの家であるフェルマ家とのつながりを持ちたいのだ。


 面白くないだろうな。自分たちの努力だけではどうにもならないものだ。
 どれだけ落ちこぼれでも、どれだけ性格が悪くても、たぶんフェルマ家に生まれさえすれば、パートナー申請は山ほどくる。
 努力してやっと力がついても、家柄によって申請はおおよそ決まってくる。冗談ではない話だ。
 つーか、これ、俺にもあてはまることだな。俺なんて家柄も、実力もないのだから、冗談どころの話じゃない。気づいたら八つ裂きにされていてもおかしくないぞ。
 ジェンシーへの強い風当たりをなくすには、二つの方法がある。
 ……それもジェンシーのパートナーになった俺の役目だろう。


 方法の一つ目は、わかりやすく言えば力で屈服させることだ。
 俺が、この学園最強ならば、誰もジェンシーに手出しはしなくなるだろう。そんなことをすれば、恐ろしい報復が待っているのだ。
 けど、それは無理だ。小学生の頃の俺ならば、そんなの余裕だぜと思ってその行動に出るだろうが、もう調子に乗ることはない。それで失敗したこともあるのだ。
 もう一つは最強とは真逆、最弱の証明をすればいい。
 出来るならば、全力で。ジェンシーに同情が集まるくらいに。
 ジェンシーが契約を結んだ相手は、学園でも最弱に近い存在となれば、生徒たちは馬鹿にするだろう。だから、同情が集まるくらいに弱くなければならない。中途半端ではジェンシーがよりいじめられるだけだ。出来れば、俺への敵意を集めてからのほうがいい。


 ……うーん、どうするかねぇ。
 後半の選択は俺の居場所がなくなる危険がある。
 俺はうつらうつらとしながら、一生懸命に思考した。

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