魔法転生 転生したら魔法だった
第五話 師匠
分析自体はそれほど難しくない。
俺が魔法だからか、魔力、魔法の感知だけはかなり上手にできる。今の俺が唯一誇れる力なのかもしれない。
とはいえ、時間をかけてようやくできるようではダメだ。
分析を素早く終え、俺自身の体を作り変える。
これらを戦闘が終わる前に完成させなければならない。
なかなかシビアだな。
再びやってきた冒険者の魔法を分析していく。
さっきと同じファイアーランスの魔法。しかし、中身はもはや別の魔法だ。
戸惑いによって、分析にかかる時間が多くなり、結局俺の構造を変える時間もない。
さらにまた、次の冒険者で試す。次も、その次も……。
一日が経過した。俺は嘆息し、疲れた脳を休ませる。
一体どこに脳があるのか知らんが、確かに疲労している。
こんなのできるかぁ! やってられねぇ!
諦めが肝心を信条にしている俺からすれば、こんなのは馬鹿のやることだ。
もう魔法としての人生は諦めよう。そして、来世に期待するんだ。
明日やろう、とかいう奴は絶対やらない。きっと俺の来世も努力することはないのだろう。
だったら、努力が必要ないような才能と身分の家に転生したい。
金持ちで、俺のルックスもよくて……みたいなの。転生条件が良くなる努力があるなら、してあげるよ神様ー。
俺は完全に諦めて、ボス部屋でごろりとしていると、新たな冒険者がくる。
もうすっかりクセとなり、そちらを見ると例の双子がいた。
以前とまったく同じ三人組みのパーティー。
合体魔法が成功しなかったのは、見本がないのが原因だ。
俺は天才じゃないんだから、独学でどうにかなるわけない。きちんとした人につきっきりで教わっても、怠け者の性格で失敗する可能性だってある。
俺は姿勢を正す。
合体魔法は習得難易度、それによるリターンが少ないことから、双子以降一度も見ていない。
ここでしっかりと目に焼き付けておこう。
「リエ、やりましょうか」
「やっちゃおっかリユ」
双子が右手と左手を合わせ、余った手をトロールに向ける。
俺は今度は分析に徹する。合体魔法の構造を理解するラストチャンスだ。ここで無理なら俺はこの人生を放棄する。
俺は双子を師匠と呼び、勝手に弟子入りして見守る。
『ファイアーボール!』
重なる言葉により、火球が二つ生まれる。……ん?
二つの魔法を分析してみると、どちらも構造が違う。
そりゃあ、確かに似ている部分もあるが……今のままでは合体魔法にはならないだろう。
師匠もダメっすね! 失敗してやんの、ザマァ! とか馬鹿にしていると、やがて状況が変わる。
ファイアボールはお互いがぶつかりあって、だんだんと近づいていく。
お互いに……体の一部を削るようにして。実際魔法の構造も段々と変わっている。
しかし……変化があるのは、形の部分だけ。
やがて、その二つの魔法は完全に合体する。途端、すべての項目が跳ね上がる。
俺の身体が弾き飛ばされそうな魔力の渦巻き。
俺はこらえるために地面へ張り付く。魔法がトロールに直撃する。
全身を焼き尽くす火球に、トロールは絶命する。
……なるほどな。
双子がパンと手を合わせ、嬉しげに抱きしめあう。前衛の少女が一人素材を拾う中、俺は笑む。
成功への道が繋がったように感じたのだ。
どうやら、合体魔法において分析は別に必要ではない。
だからって、この時間が無駄ということはない。分析の技術を習得してから、どうにも俺自身の魔法の威力も多少はあがった気がするのだ。
効率よく魔法を使えるようになった……のだろう。一日半が無駄であったとは思いたくない為、自分に言い訳をしてから俺は双子から獲得した情報をまとめる。
どうにも難しく考えていたが、合体魔法はもっと単純だったのだ。
ぶつかって、ぶつかって……打ち解けあう。
なんだか、喧嘩して仲良くなるみたいな。漫画のようにすれば合体魔法は使えるのだ。
まあ、後は挑戦してみるしかないだろう。彼女たちは同じ魔法だったからというだけもあるかもしれない。
俺の体をどれだけ相手側の魔法に近づける必要があるのかは試していって覚えよう。
新たな冒険者がやってきて、さっそく実行する。
誰の魔法と合体するかを考え、ファイアボールを相手に決める。
近づきながら、一発目のファイアボールを分析する。
分析を終えたところで、俺はある程度魔法の構造を似せる。どうにも、魔法には合計値みたいなものがあって、例えば威力を下げる代わりに速度をあげたりなどが出来る。
ファイアボールとぶつかりあうことを考えれば、速度だけでも同じくらいにしなければならないだろう。
体を限界まで小さくし、その分を速度に割り振る。カスタマイズした魔法を放ち、ファイアボールに並走する。
ここからだ。レースゲームで鍛えたタックル技術を見せるときが来たな。
相手をコース外に弾くような気合の一撃で体をぶつける。
そしてゴミクズのように弾き飛ばされる。完全に力負けした。
こりゃあ合体魔法を成功するには、生半可な覚悟ではダメだな。
近くの木に叩きつけられ、俺は痙攣する。
諦めるのが特技である俺にはちと厳しいかもしれない。
ボロボロになった俺はしばらく動けずにいた。
今のファイアボールは俺にとって攻撃、となるようだ。魔力が少し減った気がする。死んでいないだけマシか……。
俺が休憩に入っても、トロールはどんどん狩られていく。
とにかく俺は集中することにした。
合体魔法に何度も挑戦すると、たぶん俺が死ぬ。たとえ、死ななかったとしてもあれだけの痛みに向かっていけるほどドMじゃない。あの魔法が美少女なら、全然耐えられるが……ありゃあ普通の攻撃だし。発動者が美少女であるかは関係ないし。
次の冒険者が来ても、今回は分析だけにする。
何組かそうやって見送ったところで、ようやくあまり強くなさそうな冒険者がやってくる。
トロールを倒すために彼らは散開し、後方の少女が魔法を構える。前衛三人のパーティーであるため、後方の女性が唯一の魔法役のようだ。
「……ファイアボール!」
放たれた火球は今までの冒険者に比べて弱い。
これならば、トドメのタイミングも分かりやすい。じっと待ち、トドメのタイミングを待つ。
トロールが大きくのけぞり膝をつく。
俺は少女に近づきながら、彼女の魔法に合わせて体を作りかえる。
ある程度のところで妥協し、少女が魔法を放つタイミングに俺も魔法を放つ。
少女が放ったファイアボールは確かにまだまだ弱い。
それでも俺は体をぶつけて弾き返されるだけの威力がある。だが、ふっ飛ばされはしない。こらえられるぞっ。
『……このっ』
これがラストチャンスだろう。
今までで一番威力はない。合体魔法が出来なければ、ボス狩りは諦めるべきだ。
俺は必死にくらいつき、何度も体をぶつける。火が体を焼くような感覚。
全身を殴打されるかのような痛みを気合で捻じ伏せる。
考えろ。この魔法は美少女だ。俺のことが大好きで、だけど感情をうまく表現できないんだ、と。
ちょっとだけ力が暴走してしまっているだけなのだ。
そう思えば少しはこの痛みも快楽に……なってくる気がする。頑張れ俺の単純ボディっ。
痛い……けど……なんだかいい!
俺は完全にファイアボールと重なり、魔法に引っ張られていく体を自覚する。
強引な奴だ。しかし、俺はしっかりとファイアボールちゃんについていくんだ!
トロールの体に当たり全身を燃やす。火炎がトロールを焦がし、俺は全身疲労を感じながら振り返る。
トロールの身体が崩れる。それは、疲労によって膝をついたわけではない。
――トロールは死んでいる。
それを自覚した瞬間、俺の体に莫大な力が沸きあがる。
たくさんの経験値が流れ込んでくる感覚は、自分が大きくなったような錯覚を感じさせてくれる。
やったと俺はその場でぴょんと跳ねる。
この事実を噛み締めるように、俺はしばらくトロールの死体が消えていくのを眺めていた。
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