俺のホムンクルスが可愛い

木嶋隆太

第二十一話 魔法

 俺は痺れる手をひらひらとふる。
 いってーな。
 シプラスンの攻撃を受けただけで、全身が悲鳴をあげていた。
 よくもまあ、ショットはこれを捌いていたな。
 後で褒めてやらんと。


「ラクナ、その秘策とはなんですの?」
「氷による足止めを一瞬してくれないか?」
「……今まで通りでいいのですの? はっきり言って、本当に一瞬、ですわよ?」


 レジニアの目は不安げだが、じっくり話している時間はない。


「一瞬で問題ないよ。シプラスンが気をとられた場所を、俺とショットでやる」


 レジニアはやけに静かに頷いてくれた。
 彼女が魔力をこめはじめ、横に並んだショットへ顔を向ける。
 彼女は、どこか沈痛な面持ちだ。


「ショット、あいつの頭の中に核があったんだよな?」
「……ああ。だが、本当にやるつもりか、マスター」
「まぁな」
「……体がもたなくても、知らないぞ?」
「分かってるよ。けど、ここで中途半端な攻撃しても、生き残れるかわからないだろ? ……フェルドに、頼まれたしな」


 みんなを守れるゴーレム士となること。
 俺にとってのみんなは、ここにいるレジニアやカルナのことだ。
 ……待っててくれよ、カルナ。すぐに安全な場所に運んでやるからな。
 これ以上目の前で何かを失ってたまるか。
 そのためなら、なんだって倒してやる。
 シプラスンの異常な回復能力は、恐らく魔核によるものだろう。
 ゴーレムをくらったときにでも、核を吸収したのかもしれない。
 あれを破壊さえすれば、シプラスンを弱体化……破壊することもできるかもしれない。
 レジニアから注意を背けるために、俺とショットはシプラスンへと駆ける。
 ……と、シプラスンはいくぶん動きの悪い俺のほうへ足を伸ばしてきた。
 前足があがり、風圧とともにおろされる。


「う……おぉぉっとと!」


 紙一重で回避を続ける。
 どんなに無様でも、どんなに情けなくても。
 生き残りさえすれば、いい。


「ラクナ、行きますわよ!」
「ショット頭を破壊しろ!」


 レジニアがシプラスンの足場を凍らせる。
 足を地面に縫い付け、シプラスンは苛立ったように足を動かす。
 一瞬の隙。
 ショットが身体強化の魔法を使い、全体重をのせた一撃で破壊する。
 むき出しになった青い核。


「マスター!」


 わかってるよ。
 俺は……ショットの魔法を借りる。
 先ほどレジニアを守ったときに、一瞬だが使用しているから、失敗はない。
 時間は短い。
 全身が無理やりに強化され、苦痛に眉根を寄せる。
 本来、痛みを感じないゴーレムのための強化魔法だ。
 人間の体で使用すれば……まあ、体のあちこちに問題がでても仕方ない。
 思い切り地面を蹴る。
 シプラスンが足を振り下ろすが、遅い。
 俺がすぎた場所へと足が落ちていく。
 シプラスンは、闇雲に足を落とす。
 ようやく、自分が狩られる側になったと自覚したようだ。
 だけど、もう遅い。
 魔核を守るように甲殻の再生を行うが、俺は刀を突き出す。
 魔核にあたり、一瞬の抵抗。


「人間……なめんなよ!」


 ……すべての思いを込めて。
 返す刃で思い切り刀を引き抜く。
 魔核は派手に砕け散り、雪のような美しさを宙へとばらまく。


「ぎ、ギィィ……」


 シプラスンは一瞬体を動かし、そして……動かなくなった。
 遅れて黒い血が噴出し、大きな地響きとともにシプラスンの体は崩れ落ちる。
 勝利の余韻を味わう余裕もない。
 俺はその場で膝をつき、最悪な黒い雨を全身であびる。


「マスター!」


 涙目でショットが飛びついてくる。
 うぉぉ、意外と大胆に服が切れていい眺めだな。


「まったく! 身体強化の魔法を使うなど……無謀すぎるぞ!」
「……だな」
「ラクナ! 無事ですの!?」
「……あ、ああ。けど、もう駄目。あと……任せた」


 身体強化を解除した身体は、熱でも出たかのような気だるさがあった。
 俺の言葉にレジニアは青白い顔になる。


「ラクナ! 死んではなりませんわ!」


 死ぬつもりはないし、そんな重傷は負っていない。
 これで、俺の役目は終わっただろう。
 シプラスンを越える強力な魔物はこの雨によっては生まれていないはずだ。


「ど、どうすればいい!? とりあえず、マスターを……」
「えと、えと……ですわね。怪我したときは、舐めればいいと……」
「なに!? こ、ここで全身ぺろぺろしなければならないのか!? 私はマスターを別に好きでもなんでもないんだぞ!?」


 ……いいから、避難先にでも運んでくれよ。
 二人に任せるのは少し不安だったが、これ以上目をあけているのも億劫だった。












 結局俺は学園の保健室に運ばれたそうだ。
 目を覚まして保健医に伝えられ、体を起こす。
 三日も眠っていたのか。
 まだ腕や足は痛む。
 傷の治療は保険医のゴーレムが行ってくれたが、この治療はあくまで傷を塞ぐ程度の効果しかない。
 完全な治癒は、自然回復をまつ他なかった。


「しばらく、無茶な行動はしないようにね」
「わかりました……」
「ツカータ先生には連絡しておいたからね。職員室からすっ飛んでくるそうだ」
「そうですか」


 念のために包帯を巻くか保健医に聞かれたが、断ってから保健室を出る。
 どうにも久しぶりに見たような気がする廊下で、一つ伸びをする。
 しかし、学校は静かであった。
 今日は月曜日であるために、学校が休みということはないよな。


 首を捻り、それから携帯電話を取り出す。
 ……大量のカルナからのメールと電話は一度無視し、学園から届いているメールを開く。
 たいてい、黒雨が降った後は、ボランティアなどに参加するのが学園生の基本だ。
 やはりそうだ。
 街のあちこちが破壊されたため、学園生はその補修の手伝いに出るよう、書かれている。
 しばらくは学園の授業もない。ラッキー。
 街の補修をゴーレムに頼る面も出てくるため、生徒からすればいい訓練にもなる、とか。
 まだ怪我人、ということを利用し、一週間くらいサボっていても文句はつけられないだろう。
 廊下を歩いていると、階段を慌しく降りてきたツカータ先生に発見される。


「ラクナ! やっと目を覚ましたのね!?」
「え、まあはい」
「よかったわっ! 本当に、よかったわ!」


 ツカータ先生は勢いよく抱きついてくる。
 ……うぉ。
 もともと、年上のお姉さんがタイプな俺としては、ツカータ先生のこのハグはかなり強烈だ。
 ……いやぁ、やっぱりあれだけ苦労するとご褒美も嬉しいもんだね。
 しかし、ツカータ先生はすぐに自重して離れてしまう。
 残念だ。


「……とりあえず、勝手に突っ込んでいったことについて色々といいたいところだけど……それどころじゃない、面倒なことになっているわよ」
「え?」
「おまえたちの戦いが、動画になっているのよ」


 ツカータ先生は携帯電話をとりだして、こちらに向ける。
 ……画質はあまりよくなく、携帯電話で撮影でもしたのだろうか。
 訓練生、シプラスン撃破! などというタイトルが書かれ、様々なコメントがつけられている。
 ……あんな悲劇的なことが起こっているのに、のん気に動画をとっている人もいるんだな。
 コこんな暇があったら避難するか、避難の手伝いでもしろといったコメントもついているが、多くは女性三人の美しさへの感想だ。
 が……問題はそこじゃない。
 ショットの足が再生する場面など、がっつり動画に残ってしまっているのだ。


「……おまえたちの存在はこうして明るみになってしまったわ。ショットについては、再生魔法があるということでとりあえず誤魔化しているけど、それもいつまでもつかわからないわ。今後は迂闊に行動しないようにね」


 軽い調子で注意をうけ、俺は小さく頭をさげる。


「……すみません」
「いいわ。カルナたちから事情も聞いているわ。おまえ、友人を守るために戦おうとしたのね」
「変ですか?」
「それでいいと思うわ。正義の味方、なんてラクナには合わないけど、友達のためってのは凄くおまえらしいわ。ゴーレム士になりたくない、って気持ちはどうなったの?」


 俺は少し考えてから、色々な思いを口にしてみた。


「……命令されたこと、なんでもやるようなゴーレム士にはなりたくないです。俺は結局死にたくないんで……知り合いとか、友人がいないのに、戦うようなことはしません」
「そのくらいの力は持っていてもいいと思うわ。とにかく、しばらくおまえは静かに暮らすように。以上、終了」


 ぱんと手をならし、ツカータ先生は腰に手をあてる。
 ……色々と迷惑をかけているのだろう。ツカータ先生の顔には疲れが目立っている。
 感謝しながら、俺は寮へ戻っていく。 
 寮への道を歩いていると、向かいから慌てた様子のレジニアが駆けてくる。


「よっ、おはようレジニア」
「ええ、おはようですわ!!」


 まるで嵐のように横を抜けていく。
 忙しいのかもしれない。
 彼女のゴーレム操作はすでに一級品だ。
 あれからのことを詳しく聞きたい気持ちもあったが、邪魔をしては悪い。
 と、思っていたらレジニアが戻ってきて、滑るようにして道を塞ぐ。
 前にも似たようなことがあったな、と思いながら首を捻る。


「どうしたんだよ?」


 問うと、レジニアは目元に涙をどっと浮かべる。
 それは、悲しみというよりかは嬉しさが込められた涙だ。


「ラクナ……ですわよね? 元気に、なりましたのね?」
「あ、ああ……」


 まさか、心配していたのだろうか。ちょっぴり恥ずかしい。
 レジニアの性格からして、俺のことなど気にもかけていないんじゃないかと思っていたけど。


「……ラクナ、ですわよね!?」
「お、おう……で、どうしたんだ?」
「ラクナ……っ!」


 突然彼女は大声で叫び、胸に飛びこんできた。
 困惑で目を瞬かせる。腹部におしつけられる感触に、さらに驚く。
 ショットほどではないが、サイズは十分。
 ツカータ先生に、レジニア……俺は実は死んだのかもしれない。
 これは全部妄想か、天国か……。まあ、こんな経験できるならどこでもいいよな。


「何か、あったのか?」
「わたくしはずーっとあなたのことを心配しておりましたのよ? ラクナ、ラクナ!」


 さらにきつく体を締め付けられる。
 まるで大蛇にでも捕まってしまったような気分になる。
 全開じゃない身体が、悲鳴をあげる。


「い、痛い! 押しつけるのは胸だけにしてくれ!」


 全力で叫ぶと、レジニアははっとした様子で離れる。


「そ、それではこれから……当てるだけにしますわ」
「え……ま、マジで?」
「マジで、じゃない! そこ、ふざけたことしないの!」


 頬に湿布を張った状態のカルナが、びしっと指をつきつけこちらにやってくる。
 その背後には難しい顔をしているショットもいる。


「……ラクナ、やっと目を覚ましたのね」
「心配かけて悪かったな。……ところで、さ。フェルドはどうなったんだ?」


 少し難しい顔をしてから、カルナが代表して話してくれた。
 フェルドは家族がその体を持っていき、すでに葬式も行ったようだ。
 身内だけでひっそりと行い、地下墓地も作られた。
 黒雨虫の脅威からもっと遠い地下に、墓地は作られる。


「これから、フェルドの墓を見に行っても大丈夫かな?」
「なら、あたしが花を用意してくるわ」
「おう、ありがとな」


 死んだ人の墓は速やかに作られるのが基本だ。
 でなければ、死んだ人たちの悲壮な思いはより強くなり、黒雨となってしまう可能性が高くなっていく。
 寮に戻る途中、レジニアの姉が無事なことも聞けてホッとした。
 久しぶりに自分の部屋へやってくると……まあ、酷い有様だった。
 お菓子のゴミがあちこちに散乱し、服も適当だ。
 おい、ショット!
 振り返り文句をぶつけてやろうとすると、ショットの顔が眼前に迫っていた。


「……しょ、ショット?」
「マスター……久しぶりだな」
「あ、ああ久しぶり」
「ところで……三日も休んでいると色々と体にたまっている、んじゃないか?」


 そういってショットは体を寄せてきて、ジャージの胸元をはだけさせる。
 ……先ほど二つほど嬉しい出来事があったが、やはりショットのは別格だ。
 頬が僅かに赤らみ、うるうるとこちらを見上げてくるショットは、俺の好みを直撃する顔だ。
 自分の理想の女の子に迫られて、身体が興奮しないわけがない。
 ……いやいや、もっと身長がないとダメだよな。
 それで、何とか自分のたかぶりを抑える。
 それでも魔力はゆっくりと吸い上げられていく。


「しょ、ショット……やっぱりおまえ可愛いよな。もう惚れそうだ」


 ……こういえば、ショットは恥ずかしくなって俺から離れる。
 もう扱いは慣れている。
 と思っていたけど、あれ? ショットは全然離れてくれない。
 そればかりか、さらに体を寄せてきた。


「ならば、相思相愛だな」
「な、なんだって!?」


 こいつ……なんで素直になっているんだ?
 そんなことを言われてしまい、魔力がさらに抜けていく。
 やばい、ここで死ぬかもしれん。
 俺はもうすっかり魅了されてしまい、彼女の体に手をのばし、パンと叩かれる。


「冗談だ、マスター」
「へ?」
「私はまだマスターに褒められても勝手に心が喜ぶんだ! 気に食わない、気に食わないぞ!」
「え、えーと……つまり?」
「それを我慢して、こうして誘惑してみたんだ。なるほど、なるほど。マスターも攻められるのは弱いみたいだな。これならばいつでも魔力は奪えるし……しばらくはこののんびりとした生活を楽しむとしようか」


 したり顔のショットに俺の顔は一気に熱くなる。


「俺はショットのことが大好きさ! そりゃあもう、もみし抱きたくなる巨乳や、柔らかそうな唇に、眩しい太股! 褒められたらすぐに顔を真っ赤にするし、人見知りがちな部分も最高だ!」
「そ、そうか……。私もな。マスターが実は優しいし、なんだかんだいって頼りがいのある男らしい性格が大好きだ! 大いに気に入っている! そんなマスターのホムンクルスに慣れたこと、最高さ!」


 ……俺たちは同時に顔を真っ赤にしてそっぽを向く。


「……うん、やめないか?」
「ああ……二人とも五体満足ではいられなさそうだ」


 熱い体が火照るのをまっていると、部屋の扉ががちゃりと開く。


「……おい、鍵は?」
「あ、マスター誘惑するので頭一杯だった」
「……ラクナ。さっきの叫びはなんなの?」
「……気に食わないですわね」


 ……なぜか、二人がじろっと顔を出していた。


「どうして……ここにいるんだ?」
「用意してくるって言ったじゃない」
「……だからって、なんでここに」
「久しぶりにあんたの部屋に入ろうと思っていたから。で、何この部屋?」


 部屋のあちこちに並べられたフィギュア!
 隅におかれたエロ本!
 天井と壁に貼り付けられたポスター!
 抱き枕!
 ……もう死にたい。


「ラクナ! あんた貧乳が好きって言ってくれたじゃない!」
「……くそっ!」


 俺は保健医の言葉も忘れて、窓から外へと飛びだした。

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