俺のホムンクルスが可愛い

木嶋隆太

第二十話 その時

 どうにか……あの男を逃がすことは出来た。
 だが、あの少女が……生き延びるのはたぶん、無理だ。
 身近な人間の死……一体どんな感じなのだろう。
 わたくしも……姉が死んだらと思うと……男の心境を少しは察することができた。


 目の前で、ホムンクルスがシプラスンとやりあう。
 ……わたくしは、何もできない。
 ここまで、ホムンクルスが化け物だとは思っていなかった。
 右に左に駆け抜け、目に留まらぬ速度で刀を振りぬく。


 それに対して、シプラスンは冷静に足で捌いていく。
 ……巨体にもみあわず、良い動きですわね。
 両者を眺めながら、わたくしの中には無力感だけがあった。
 ホムンクルスの動きにも、シプラスンの動きにもついていくことなどできない。
 近接での援護は不可能。
 意味はほとんどないかもしれない……歯噛みをしながら、ケルトに指示をだす。


「ケルト! 氷でとにかく、足止めに徹してくださいまし!」
「……!」


 ケルトは首肯し、わたくしは魔力を与える。
 シプラスンの動きを一瞬止め、しかしそれだけで終わってしまう。
 だが、一瞬時間を稼げれば、ホムンクルスが敵にダメージを与えてくれる。
 それでも、ホムンクルスの表情は強張った状態が続く。
 刀がまともに通らないのだから、それも仕方ないですわね。


「ホムンクルス! シプラスンは足の関節が弱点ですわ! そこさえ斬りおとせれば、動きも攻撃も弱体化できるはずですわ!」
「そうか、感謝するぞ女!」


 ホムンクルスは叫ぶと同時にシプラスンの足に弾かれる。
 まずい。
 そう思ったが、ホムンクルスは木に足をつけ、器用に衝撃を殺す。


「……レジニア! ちょっと聞いてる!?」


 カルナが首をがくがくと揺さぶってくる。
 ……なんですの、こんなときに!
 苛立ち混じりに睨みつけると、なにやらたくらみがあるような顔。


「どうしましたの? 倒す作戦でも思いついたんですの?」
「あたしがあいつの体を思いきり、熱するわ。その後、一気に冷やすこと出来る?」


 ガラスを冷やして熱すると、割れるとか聞いたことありますわね。
 ……それをシプラスンにやってみるってことですの? 少し、無謀ではありません?
 シプラスンが熱に弱い、という情報は特にない。もしも、熱に強ければ……まったく無意味な攻撃となってしまう。


「成功しますの?」
「やってみなきゃわかんないでしょ? けど……このままじゃショットが確実に潰れるわ」


 ちらとホムンクルスをみる……。
 器用に回避しつづけるが、傷が段々と目立っていく。
 何もしないで、このままというわけにはいきません、わね。


「わかりましたわ、あなたの作戦に賭けてみるしかないようですわね」


 髪をかきあげて、作った笑みを向けてやる。
 こうでもしていないと、足ががたがたと震えだしそうですわ。
 ……なんで、カルナはこんなに余裕なんですの? 怖く、ありませんの?


「ショット! あんたそいつの注意をひくことだけに集中しなさいっ!」
「なんだと!? マスターの命令以外は聞かぬぞ!」
「さっきラクナがメールで言ったきたのよ!」
「なんだって、くっ! 仕方ない!」
「あたしたちの攻撃が終わったら、すぐに破壊頼むわよ!」
「なんだって! それもマスターが!?」
「そうよ!」
「わかったぞ!」


 ……あの子馬鹿ですわね。
 ここで仲間割れを起こしている場合ではない。
 カルナの言葉が嘘であるとは伝えずに、わたくしは氷の魔法を用意しておく。
 水に限りなく近い状態の氷。恐らく、発生して数秒で水へと変化するだろう。


「燃え尽きなさいっ!」


 カルナはゴーレムに命令をだし、同時に巨大な火の玉を作りだす。
 まるで小さな太陽だ。
 圧倒的な熱で、近くにいるだけで汗がでてきた。
 それにシプラスンも気づいたのか、こちらに顔を向ける。


「遅い!」


 カルナはその火の塊を、シプラスンへと叩きつける。
 シプラスンの全身を焼き、ホムンクルスが寸前のところで回避する。
 カルナは明らかに苦しそうな表情で、ひたすら魔力を込め続ける。


「……くっ、あと少しで魔力が切れるわっ。そしたら、お願いするわよ!」


 こくりと頷く。
 それからすぐに火は消失し、魔法を放つ。
 出現と同時に、残っていた熱によって氷は水に変化する。
 雨のように水は降り注ぎ、シプラスンの体を急激に冷やしていく。
 関節が不自然に固まり、段々とシプラスンの動きが鈍っていく。
 ……規格外の化け物でも、このくらいやってしまえば……さすがに、効きますのね。


「……ショット、今よ!」


 カルナが叫ぶと同時、ホムンクルスが地面をける。
 刀を振りぬくと、ひびが入る。
 ……やりましたわっ。
 甲殻の突破に成功し、ホムンクルスも刀を振り続ける。
 魔法を中断し、わたくしはケルトをけしかける。
 こんな攻撃のチャンス、逃すわけにはいきませんわっ。


「ジロウ! あんたもやりなさい!」


 犬っころが、駆けだしシプラスンの甲殻をそぎ落としていく。


「……こいつはっ!」


 ホムンクルスが叫ぶと同時、周囲が爆発する。


「ちょっと! ショット!?」


 ホムンクルスは派手に弾かれ、木に背中をぶつけ動かなくなる。
 いったい、なんですの? 
 砂煙のせいで、視界がはっきりしない。
 ホムンクルスも気になりますけど、前が見えない状況では危険ですわね。
 カルナとともに煙の範囲から退く。
 やがて、風が吹き煙がなくなる。
 ようやく見えたシプラスンの甲殻にはたくさんのヒビが入り、あちこちが欠けていた。
 シプラスンも苦しげに体を震わせ、奇声をあげる。


「……一気に、たたみかけるわよ!」
「カルナはもう魔力がないのではありませんの?」
「まだ、トドメように少しは残してるわよっ。そういうあんたこそ、そろそろ限界なんじゃない!?」
「ふん、まだまだ余裕ですわ」


 ……口元を隠すようにして、わたくしは言ってやってやりましたが、あまり体調はよくありませんのね。
 魔力が少なくなってきた証拠だ。
 もう、それほど大きな攻撃を撃つことはできないだろう。
 シプラスンが暴れだす前に……そう思い魔法を用意したわたくしたちは、強制的にやめさせられた。
 シプラスンはその場で身を低くし、何度かの呼吸を行う。
 周囲に転がっていた黒雨虫の死体や人間の死体を吸収していく。


「……嘘」


 カルナの声が震える。
 ……わたくしも、同じ気分だった。
 死体のすべてを処理したシプラスンの甲殻は、わたくしたちの魔法を喰らう前の状態に戻っていった。
 憎々しい黒光りした甲殻。
 威圧するような咆哮を残し、シプラスンは仕切りなおしだとばかりにこちらへ体を向ける。
 ……やっていられませんわ、こんなの。
 敵の目の前で、諦めるような思考は厳禁……そうわかっていても、抱かずにはいられない。
 これをどうすればいいんですのよ……。
 シプラスンはこちらへ近づいてくる。
 巨体が揺れるたび、家が襲ってくるような迫力がある。


「ちっ! とにかく、逃げるわよ!」
「……わかりましたわっ」


 ホッとしてしまった自分が情けない。
 ゴーレムに乗って、シプラスンの目の前を横切っていくカルナ。
 しかし、シプラスンは素早いカルナではなくわたくしを標的としたようだ。
 黄色の目が不気味に動き、わたくしのほうをみる。
 ひっ。


 喉でそんな悲鳴があがり、わたくしはすぐさまケルトに指示を出す。
 ケルトが槍を持ってシプラスンへ肉薄するが、前足に軽々とあしらわれる。
 額に浮かぶ汗を拭いながら、すぐさま氷の刃を作り何重にも重ねてシプラスンへと放ち、後退していく。
 それでも、シプラスンの一歩には敵わない。
 どんどん距離が近づき、背後から圧力が強まる。
 振り返る暇があれば、足を動かさないとっ。


 だけど……恐怖が首を回し、わたくしは眼前に迫ったシプラスンの顎をみて、足をもつれさせてしまう。
 そのおかげか、偶然転んだことで、噛み砕かれることはなかった。
 頭から情けなく、無様に転んでしまう。
 惨めで、ただただ悔しい。
 ……姉さんを助けるために、わたくしは強くなった。
 それでも……この黒雨虫にまるで歯が立たなかった。
 シプラスンはゆっくりと口元を、わたくしへと近づけてきた。
 だらだらと異臭が鼻をつき、わたくしの身体は嫌でも震える。


「ガガ!」


 鉄が擦れるような音とともにケルトが、わたくしとシプラスンの間へ入ってくる。
 ……死への恐怖で、無意識に操作していたようだ。
 突いた槍は口を捉えるが、あっさりと噛まれる。
 ケルトの体も、スナック菓子でも食うかのように、ボリボリと噛む砕いてしまう。
 あ、あぁ……っ!
 端整こめて作ったケルトの半身があっさりとなくなる。
 魔核だけが無事だったのが救いだ。また、同じのを作り直すことはできる。
 ……生きていれば、の話。
 魔核をどうにか回収したわたくしは、いまだシプラスンの目の前。


「レジニア! ボケッとしていない!」


 カルナがゴーレムに乗ったままこちらへと駆けてくる。
 手を差し出し、わたくしを回収しようとしてくれたが……


「危ないですわ!」
「えっ!?」


 シプラスンは苛立った様子で、大地を削るように足を振るってきた。
 カルナはゴーレムの背中を足場にとんで回避する。
 巻き込まれたゴーレムはボールのように弾かれ、とんだカルナも姿勢を崩し、着地に失敗する。
 ……もう、ダメだ。


 訓練とは、まるで違った。
 いつものように身体は動いてくれない。
 どうにか、できると思っていたのに。だけど……ずっと、怖かった。
 人の死体だって、見るのは初めてだ。
 たくさんの死体……それらをみて可哀想だと思っていたが、今度はわたくしが、そちら側になってしまう、ですのね。


 がたがたと体が震えだす。
 死にたくない、死にたくないよ。まだ何もやっていない。
 恐怖が、体を縛り、正常だった脈は一気に荒れる。
 呼吸がうまくできない。
 抑えようとしても、歯がかたかたと震える。
 シプラスンは倒れているカルナを見向きもせず、顔を僅かに動かす。


「こ、こないで……!」


 ……やめて! あっちに行ってよ!
 砂を掴み、シプラスンの顔へと投げつける。
 向こうにいって、わたくし以外を狙って!
 わたくしを食べないで! ここで死ぬなんて嫌だ……。
 顎で噛み砕かれるのか、足で潰されるのか……どっちも嫌!
 怖い、誰か、誰でもいいから、助けて……!


「ギギギ!」


 シプラスンが眼前で威嚇するように声をあげる。
 異臭が顔を覆い、死の恐怖に目を閉じる。
 異臭がさらに迫り……そして、硬質な音が、耳に届く。
 あれ……身体は、無事?
 たえず、異臭はしている。なのに、わたくしの身体は問題なく動いた。
 体に、シプラスンの一撃は……届いていない。


「ギギギーッ!」


 苛立ったようなシプラスンの声。
 それに混ざるように、低い怒りを滲ませた声が届いた。


「……いってぇな、シプラスンは本当に化け物みてぇな力だな、おい」


 目をあけると淡い光をまとったラクナがシプラスンの顎を片手で受け止めていた。
 近づいてくる足を刀で振り払いながら、笑顔でこちらをみている。


「……ラク、ナ」


 ぽつりと名を呟き、どっと感動の思いが心へ迫る。
 これほど、彼の背中を頼もしいと思えたことはなかった。
 しかし、ラクナの両手、両足はギリギリの状態である。
 魔法を放たなければ……、思うがうまく魔力を練ることができない。


「マスター!!」


 服がボロボロになり、あちこちが見えているホムンクルスが横からシプラスンの体へと攻撃を加える。
 不意の衝撃にシプラスンはぐらつき、ラクナに体を抱えられる。
 かぁぁと熱くなる。
 な、な……?
 普段ならば、何かを言えただろうが、死を間近にしたことで、心をむき出しにしてしまっているようなものだった。
 抱えられることを恥ずかしながらも、彼に抱きついてしまっていた。
 途端、凄く落ち着けた。自室に帰ってきたような、そんな気を抜いてもいいんだ、と思える状況だった。
 ホムンクルスとラクナは同時に跳んで、シプラスンから距離を開ける。


「まったく。さっき、模擬戦の決着どうたら行ってたのに、死ぬ気になるなよ」
「……死ぬ気、なんて」


 怖かった。もう、すべて忘れて彼に抱きついてしまいたいくらいだったが、それは何とか踏ん張った。


「……あ、ありませんわ」
「そうか、なら、さくっとぶっ潰すか」
「さくっと?」
「とーっておきの秘策があるんだよ」
「ラクナ……わかり、ましたわ」


 彼は懸命に笑顔を作っていたが、その頬には光るものがあった。
 それを指摘するのは、最低の行為だろう。
 先ほどの情けない自分に何も言わなかった。
 ……優しい人。 
 だから、ラクナを信じ……彼の指示を完璧にこなすのが今のわたくしが出来る最大の恩返しだろう。

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