俺のホムンクルスが可愛い

木嶋隆太

第十七話 模擬戦開始



 月曜日の朝。
 さすがに今日は早起きすることが出来た。
 眠気も何もかもない。
 パンと一つ顔を叩き、ショットを起こす。
 いよいよ今日だ。
 気合を十分に込めたまま、武器のチェックを行う。
 携帯電話が震える。
 フェルドからの電話だ。


『おはようごさいます』
「おはよう、どうしたんだ?」
『……ラクナさんに激励でも、と』
「お、嬉しいな。フェルドも頑張れよ?」
『……私の場合は医者に任せることのほうが多いと思いますが』
「手術とかって、結構つらいんじゃないのか? だから、頑張れって」
『はい……。その、実をいうとラクナさんへの激励というよりも、私が不安で電話をしてしまったんです』


 照れたような笑いが届き、苦笑をかえす。


「そのくらいは別にいいって。それじゃあ、いい報告ができるように頑張るからな」
『はい、楽しみにしていますねっ』


 フェルドが明るい声で言ってくれた。
 携帯電話をしまう。
 ショットとともに食堂に入ると、多くの視線が集まった。
 ……さすがに注目されてるんだな。
 話した事もない知らない相手が、頑張れよ、と声をかけてくれる。
 愛想笑いを返しながら、なるべく視線を俺に集まるようにする。


 ……みんなの目は俺よりもショットのほうにいきがちだ。
 ショットに予定通りの活躍をしてもらうためにも、出来れば彼女に集中してほしくはなかった。
 恥ずかしげに顔をうつむかせているショットの背中を押しながら、いつもの席につく。


「ラクナ、いよいよね。あいつのむかつく顔を潰せるくらいにやってきちゃいなさいよ」
「ま、勝てるようには頑張るっての」


 軽い笑みをかわし、食事をかきこむ。
 と、そうしていると食堂内のモニターの電源がついた。


『たったいま、黒雨が北の街にて発生しました。巨大な黒雨であり、部隊の多くがそちらに向かっているところです。学園生の皆様は、恐らくは大丈夫でしょうが、警戒を怠らないよう、武器は常に持ち歩いてください。なお、模擬戦については、通常通り行う予定ですので、参加する二名の方もしっかりと準備していてください。繰り返します――』


 モニターからはそんな声が届き、隣にいたカルナが不機嫌そうに眉根をよせた。


「……あたしも、行きたかったわね」
「もっと力をつけてからにしようぜ」
「……そうね」


 素直に頷いてぱくぱくと食事を再開する。
 食事を終え、学園内の闘技場へ向かう。
 カルナもついてきたのは予定外だが、まぁ、いいだろう。
 大きな円形の建物に入り、控えへと案内される。
 ……廊下の薄暗さがどうにも緊張感を伝えてくる。
 今回が二年生による初めての決闘だ。これを境に、どんどん盛んに決闘が行われていくだろう。
 控え室につくと、ベンチに腰掛け腕を組んでいるツカータ先生がいた。


「先生どうしたんですか?」
「ラクナ、私は二人の担任だから、どちらかを贔屓するつもりはない。だから、頑張れ、としか言うつもりはないわ」
「……はい」
「おまえがここで勝つこと、負けること……たぶん、どっちにしても学園での扱いは変わらないわ。負ければ、生徒たちからより勧誘を受けるし、勝っても……ね」
「……俺。絶対に勝ちたいんだ。だから、負けることは考えてません」


 俺の勝利でもしかしたら、フェルドを喜ばせられるかもしれない。
 真っ直ぐにツカータ先生を見ると、ツカータ先生は驚いたように目を見開いていた。


「先生?」
「あ、ああ……ごめんなさい。まさか、おまえがそんなにやる気になっているのは珍しかったから少し驚いてしまったわ。……さて、次はレジニアね。戦闘前にきちんと装備の確認をしておくことね」


 軽くウインクし、ツカータ先生は部屋を去る。
 入れ替わりに入ってきた生徒から、一つの機械を受け取る。
 ぽかんと首を捻ってしまう。


「なんだこれ?」
「……決闘を行う際に着用してもらうことになる、魔力装置です」


 カルナからジロッとした目が送られてくる。
 あ、これ生徒みんなが知ってるようなことなのね。


「……あ、あぁ。聞いたことあるな」
「使い方はわかりますか?」
「わかるけど、一応説明してくれ」


 ショットもジト目を作り、いよいよ居心地が悪くなる。


「魔力装置にはすでに魔力を込めさせてもらっています。一定のダメージならば、魔力から作られるバリアが肩代わりしてくれます」
「確か……その魔力がなくなったら敗北、だったよな」
「はい。マスターが装置の魔力を失った瞬間に敗北が決定しますので、気をつけてください」
「おう」


 腕時計のような魔力装置を左手首につける。
 話を聞いて、俺の使えない脳がようやく思い出す。
 魔力が自動でバリアのようなものを作り、弱い攻撃ならば防いでくれるが、ゴーレムの攻撃を数発くらえば破壊されるようなものだ。
 もしも、強力なバリアが作れるのならば、そもそも街を守ったり、兵士に支給されたりしているのだ。
 表示される五百の数値を見て、短く息をはく。


「そろそろ時間です、奥に進んで闘技場に入ってください」


 威勢よく首を振り、拳で手のひらをたたく。


「ラクナ、無茶はするんじゃないわよ。あんた、魔力少ないんだから、倒れるほど使うんじゃないわよ」
「わかってるっての」


 ショットを連れ、長い廊下を歩いていく。
 日差しがさしこんでくる。
 強いを風も押しのけるように歩き、先に到着する。
 円形の闘技場の観客席には、休みであるにもかかわらず、多くの生徒がいた。
 こんな二年生の個人的な戦いは本来注目されることはない。
 レジニアの人気や、俺のホムンクルスを一目みたいものがいたおかげで、これほど盛況なものになったのだろう。
 同じように対面には、レジニアがいる。
 彼女に対しての歓声に、レジニアは優雅な笑みを装備して手を振っていく。
 さすがにあのような態度は俺には無理だ。
 闘技場の中央には、線が引かれている。
 そこまで歩くと、レジニアの笑みが良く見れた。
 俺に気づくと、レジニアは敵意の薄い笑みを向けてくる。
 同じように笑みを返す。


『さぁ、二年生による模擬戦が始まろうとしています! 学園トップ成績を残した、レジニアさん、ホムンクルスを作り出したラクナさん! これほど、一回目を飾るにふさわしい対決はあったのだろうか! あっ、ありましたね! 私個人としては、カルナさんとレジニアさんの戦いがみたかったですね!』


 あの司会、顔見せ会のときの奴じゃねぇか。
 熱狂する学園生の圧力に頬が引きつる。
 これだけ、人に注目されることは滅多にない。
 ……まずい、ショットががちがちである。
 落ち着け、と軽く肩を小突く。


『さあ、二人のやる気も上がってきた様子です! それでは、鐘の音が鳴ったら、戦闘開始の合図です! みなさん静かにしてくださいね!』


 司会が言うと、観客の声は次第に収まっていく。
 静かになると、視線の集中がより強まる。
 やがて、完全な静寂が包むと同時、司会の近くに置かれていた鐘が勢いよく叩かれる。
 マイクを通して響いた音に、弾かれるようにショットが駆ける。
 戦闘になれば、一応の切り替えはできるようだ。


「ケルト!」


 レジニアはゴーレムに指示を飛ばし、氷の槍を作りだす。
 ショットとともに駆けた俺へ、氷の槍が襲いかかる。
 その一撃をショットが受ける。俺はショットの脇を抜けながら、ケルトの足を斬りつける。


「へぇ……っ」


 レジニアの顔に笑みが生まれる。
 ケルトに指示をどんどん出し、難しい動きも加えてショットに対抗する。
 ショットは慣れた様子で攻撃を捌いていくが、攻めきれない様子であった。
 俺はレジニアへ刀を振りぬく。
 彼女の体に当たると同時、静電気のような音が響き、レジニアのバリアを削る。
 大したダメージではないだろうが、先手はとれた。
 これで少しでも彼女を追い込めれば、しかしレジニアに焦りはない。
 ……罠か。


「……アイスショット!」


 レジニアは余裕げな笑みとともに氷の矢をいくつも生み出してくる。
 ゴーレムの魔法はマスターも使用できる。レジニアはわざと俺を接近させていたか。
 刀で弾こうとすると、受けた刀にどんどん氷が張りついてくる。
 重量で満足に持つこともできなくなる。
 それでもレジニアの氷が止むことはない。
 俺に比べ、反則級の魔力量だ。
 こっちは一回しか使えないくらいなんだぞ!
 憎たらしさを感じながらも、仕方なく武器を捨てる。
 レジニアの口角があがる。待っていました、とばかりに舌打ちをしてしまう。


「ショットっ!」
「任せろ!」


 ショットは正面にいたケルトの隙をつき、俺のほうへとくる。
 俺たちのアドバンテージは、ショットが自由に行動できることだ。


 すれ違い様にショットから刀を受けとり、後ろから追ってきたケルトの槍を受け流す。


「く……おらっ!」


 ショットに比べればケルトの攻撃は軽い。
 自分に言い聞かせるようにして、ケルトの槍を横にそらし、


「女ぁっ!」


 ショットがレジニアに飛びかかり、拳を振りぬく。
 レジニアの周囲に魔法陣が浮かびあがり、いくつもの氷がショットの体を貫いていく。
 一瞬、会場から悲鳴がもれるが、ショットがホムンクルスであることを思い出し、それはすぐになくなる。
 その光景に俺は、ぞくりと身を震わせてしまった。
 もしもあのまま突っ込んでいれば、俺の体に氷の花が咲いていただろう。
 彼女の本気を可視化した一撃だ。
 レジニアがこの戦いにどれだけの思いをこめているのかが良く分かった。
 ケルトが突き出した槍を紙一重でかわす。
 ケルトの動きは人間にあてはめれば十分速いが、ショットよりも遅い。
 ギリギリではあるが、反応し捌ききれる。
 激しい打ち合いに、歓声が響く。
 ……ショットに意識をさきながら、ケルトの操作も怠らない。
 レジニアとの圧倒的違いはそこだ。
 ゴーレムの操作を必要としないにも関わらず、俺は攻めきれていない。
 もしも、普通のゴーレムだったら、俺はまるで戦えていなかったな。


 だが、それもここで終わりだ。
 ショットはレジニアから距離をとり、氷がなくなっていた刀を拾いあげる。
 そう……時間こそかかったが、ショットとレジニアが対面さえすれば、この戦いは終わりとなるのだ。
 ショットの身体強化は、時間こそ短いが発動さえすれば、レジニアでは対応できなくなる。
 ああ、ここで戦いは終わりだ。
 ケルトの攻撃をさばきながら、余裕の気持ちでいると、不意に太陽の明かりがなくなった。
 雲が空を覆った……にしてはやけに暗かった。
 戦闘を一度中断し、空をみあげる。
 まるで豪雨でもくるかのように、空には黒い雲が覆っていた。
 その雲はゆっくりと移動していく。
 ……あの雲は。
 移動が早い。あれは、ただの雲じゃない。
 あの雲を何度も見ている。
 人々の夢をくらい、生活を破壊する。
 希望を絶望に塗りつぶす――そうあれは。


『け、決闘は中止です! 黒雨が発生しました! 学生の皆さんは速やかに戦闘の準備を整え――』


 司会の声が響く。
 俺たちは顔を見合わせ、それぞれ武器をしまう。
 それから雲の行方を見守り……やがて雲は止まった。
 その場所に、目を見開く。
 空を眺めていたレジニアも同時に、口を開く。


「ショットっ! ついてこい!」


 たまらず叫び、すぐに駆けだす。
 ショットも意図を察してくれたようで、すぐに横へ並ぶ。


「ラクナっ!」


 静寂に包まれた観客席でカルナの叫びが響く。
 レジニアもまた、俺の後を追いかけるように走ってくる。
 頼む、間に合ってくれ――。
 心臓が焦りを伝えるようにバクバクとなる。
 黒い雲が止まった場所――それは、フェルドがいる病院だ。 



コメント

コメントを書く

「その他」の人気作品

書籍化作品