俺のホムンクルスが可愛い

木嶋隆太

第十四話 模擬戦の日程

「そういう、つまらなそうな顔はなしだ。幸せまで逃げちゃうよ」
「さっきのあなたもしていましたよ?」
「え、マジで? なら、次からはお互いに確かめて注意しよう」


 フェルドもようやく険の残った顔を潜めた。
 リンゴを持っていたショットが視線をあわせないようにしながら、フェルドのほうへ差しだす。
 するとフェルドは、楽しげに口元を隠した。


「もしかして、彼女さんですか? 堂々と二股ですか? それともハーレムですか?」
「さすが見る目があるわね。あたしがラクナの彼女のカルナよ」
「か、カルナってまさか……カルナ先輩ですか!?」
「な、なに?」


 フェルドが身を乗り出してきて、普段いけいけのカルナが怯みをみせる。
 これは意外だ。


「カルナ先輩って、氷の姫君……アイスクィーンと呼ばれてますよね!?」
「ふふん。あたしが考えた異名よ、かっこいいでしょ?」


 こいつ、そういえばやたらと中二病な言葉を吐くクセに、そういった漫画やらライトノベルは嫌いだったな。
 ……同属嫌悪って奴か?
 呆れた顔でみているが、カルナは俺の視線を釘付けにしたと勘違いしたのか頬に手をあて嬉しげに身を捩る。


「……それにしても、カルナって有名なのか?」
「そりゃあもう、当然ですよ! レジニアさん、カルナさん、どっちが凄いのか話していたら戦争になりますね。ちなみに私は今は無所属です!」


 ……そんな派閥まであるのか。
 ずっと黙っていたショットが、カルナを睨み俺の手を掴んでくる。


「何を言っている! 私がマスターの彼女だ!」
「マスター?」


 ってしまった!
 外でホムンクルスはご法度だ。
 普通にしていればまず見分けはつかないが、マスターなんて呼び方は怪しまれる。
 ショットにバツ印を向けると、ショットはあわあわと目を回し、ぐっと拳を固める。


「そういうプレイだ!」
「……どうみても年下の女の子にマスターと呼ばせる、ですか。なかなか将来有望な趣味ですね!」


 楽しげにフェルドが笑い、身を乗り出してくる。
 ……誤魔化せたなら、もういいや。
 と、フェルドのベッドに置かれていた本が落ちる。


「あっ」


 慌ててとろうとしたが、床まで体を伸ばすのはつらいだろう。


「いいよ、ほら」


 掴んだ本の表紙を見て、おっと声をあげる。


「これ、お前も読んでるのか?」
「え……ラクナさんも読んでいるんですか?」


 フェルドは少し恥ずかしげに目を伏せた。
 彼女が持っていたのは男性向けのライトノベルである。
 戦闘の色が強いそれを、女性が読んでいると知られたくないのかもしれない。


「まあな。まだ最新刊は読んでないんだけど、今家にあるよ」
「そうなんですか!? 最新刊、すぐに読んだ方がいいですよ!」
「え、そうなのか? なんか、次の巻を待ったほうがいいって友人が話していたんだけど……」


 友人とはネットのレビューである。
 カルナはこういった本はまったく読まないし、学園で趣味の話をする友人はいない。


「あー、確かに先は気になりますけど、五巻の謎とか、今までの謎も結構判明してくるんですよ?! 絶対読んでおくべきです!」


 熱のこもった声で語るフェルドに、落ち着け落ち着けと両手を向ける。


「……なあ、カルナよ。あの文字だらけの本は面白いのか?」
「……さぁ? あたしには魅力がわかんないわ。けど、巨乳のヒロインが出てくるっていうのは覚えているわ」
「く、くく……なるほどな。ならば、マスターにはもっと読んでもらう必要があるな」
「あっそ。けど、メインヒロインは確か貧乳ちゃんよ?」
「なんだとっ」


 部屋の隅で、二人がぶつぶつと会話し、睨みつけてくる。
 構うだけ無駄であろう。
 良くみれば、部屋の棚には多くのライトノベルがあった。
 入院生活が暇である、というのを表現するには十分な量だ。


「おまえ……結構いい趣味してんな!」


 本棚にあった多くの本は、俺の趣味と合致している。
 ぱんとフェルドは手を叩く。


「もしかして、ラクナさんもここにあるものを読んだことがあるんですか?」
「全部じゃねぇけどな。まあ、それなりに読んだことはあるよ」
「こちらの本はどうですか?」
「いや……読んだことないな」
「なら、読んでみてください! ラクナさんが持っている本と同じようなジャンルですから、きっとはまるはずです!」
「お、おう……なら、俺もとっておきの本をいくつか持ってくるよ」
「本当ですか? 楽しみにしていますからね」


 やっぱり、こうやって話で盛り上がれるのはいいな。
 目頭が熱くなる思いで、時間を忘れるほどに話をしていく。
 たまには、お互いに合わない部分もあり、あれこれと言い合うが、比較的楽しい時間を過ごすことができた。
 すっかり時間を潰していると、ショットが右耳を、カルナが左耳を引っ張ってくる。


「そろそろ戻る時間だぞマスター」
「いつまでも話をしているんじゃないわよ」
「お、おう……」


 気づけば午後の五時を過ぎていた。
 あまり遅くなると、夕食の席につけない可能性も出てくる。


「それじゃあ、これ借りていってもいいか?」


 渡された一冊の本をフェルドに向けると、嬉しげに目を細める。


「はい。きちんと読んで、感想を聞かせてくださいね?」
「ああ。一日もあれば読めるからな。明日にはまた返しにくるよ」
「きちんと学園に通ってくださいね?」
「う……」
「ね?」


 フェルドの突き刺すような瞳。
 ……少しだけ、話してみるかな。


「俺は別にゴーレム士になりたいわけじゃねぇんだよ」
「……どうしてですか?」
「俺は怖いんだよ。勝つのが当たり前、死んだら凄かったって言われて……けどいつかは忘れ去られるような職業だろ。おまえはどうして、そんなにゴーレム士を勧めるんだよ。あんな死ぬために戦っているような奴、どうして憧れるんだよ?」


 俺の言葉に、カルナが難しげに瞳をおとした。
 ……直接カルナに言えば、また言い合いになるが、これならば、俺の気持ちも少しは理解してくれるかもしれない。
 黒雨が出現すれば、時間に関係なくそこへ向かう。
 市民からすれば正義のヒーローだろう。だが、どう考えたって割に合わない。


「……私は両親がゴーレム士、でした。……そう、ですね。すみませんでした。私は自分の意見を押し付けていました」
「俺もちょっといいすぎたしさ……また明日、授業が終わったら来ていいか?」
「はい。毎日暇なので、いつでも来ていいですよ」


 手を振って病院をさると、後ろにいた二人はむくれた顔をしている。


「おまえら、いつまでもそんな顔してんなよ」
「……だって、ラクナがロリコンになったんだもん。ラクナはシスコンじゃないの!?」
「待て、マスターはただの巨乳好きだ。だからよく私に誘惑される」
「頼むから外でそういうことを言わないでくれっての……って、あれ」
「何よ。話逸らそうとするんじゃないわよ」
「ちげぇよ。ほら、あれ……レジニアじゃないか?」
「え、あ、ほんとだ」


 後ろを指差すと、カルナがじっとそちらを見る。
 一人きょとんとしているショットに、俺は言ってやった。


「……模擬戦の対戦相手」
「ああ、そういえばそんな名前だったな。そうか、あれがレジニアか……対戦のとき、大丈夫だろうか」
「頼むから、人見知りで動けないとかはやめてくれよ」


 レジニアは車椅子に乗った美しい女性と話をしながら、庭の中を歩いている。
 姉妹だろうか。
 レジニアは暗闇を照らすような明るい笑顔だ。


「……邪魔しちゃ悪いしさっさと帰ろうか」
「……そうね」


 みなかったことにして、学園へと戻った。
 夕食をとってから、借りてきた本に没頭していると、ショットに腕を引っ張られる。


「マスターよ。風呂に行かないか?」
「ゴーレムが入ろうとするなよ」
「なぜだっ! 私が背中を流してやろうというのだ。どうだ、魅力的だろう? わ、私の裸も見ることができるのだぞ?」
「……そりゃあ、たいそう興味あるけどな。入るなら男風呂だ。わかるか? 他の奴らにも見られることになる」
「ひぅっ!」


 数多の視線を想像したのか、ショットは小さくなってがたがたと震えだした。
 一人で一階の浴場に向かう。男風呂と女風呂は隣り合っているが、露天風呂があるわけでもない。
 覗くのは至難の技だ。
 中に入ろうとしたところで、


「男、少しよろしいこと?」


 威圧的な声に振り返ると、レジニアが入浴セットを持って立っていた。


「どうしたんだ?」
「あなたに、二つほど伝えておきたいことがありますの」
「なんだ?」
「まず、一つは、模擬戦の日が決まりましたわ。三連休の最終日、月曜日に行うという予定ですわ」
「そうか……」


 だいたい予想通りだ。
 もう一つは、と問おうとして彼女が近づいてくる。
 ……レジニアの独特の匂いが鼻をくすぐってくる。
 人によっては誤解しそうな距離で、レジニアはぽつりと言ってくる。


「……あなた、わたくしを病院でみましたわよね?」
「……ええと」
「誰にもいいませんように」
「あぁ……わかったよ」
「よろしいですわ。それでは、絶対にいいませんように。模擬戦、楽しみにしていますわ」


 レジニアは再度指をつきつけてきたため、ラクナはこくりと首を縦に振った。
 有無を言わさない威圧感のある表情だ。
 模擬戦にかける強い思いがあるのは、彼女の目からびんびん伝わってくる。
 レジニアが過ぎていった女風呂に視線をやりながら、俺はぐっと拳を固める。
 あいつの制服を剥いでやる!

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