俺のホムンクルスが可愛い

木嶋隆太

第十三話 フェルド

「大丈夫か!?」


 そう声をかけるが、返事はなかった。
 額に手を当てれば、手が焼けるかと思った。


「カルナ、近くの病院はどこだ?」
「あっちよ」


 俺はすぐさま彼女を抱え上げる。


「マスター、私が……持とうか?」


 心配げにショットが目を覗き込んできたが、首を振る。
 腕の中で苦しげに吐息を乱している少女は、ちゃんと食事をしているのか心配なくらい軽かった。


「大丈夫だ。それより、荷物忘れんなよ」


 なるべく衝撃が女性に伝わらないよう気を配る。
 と、道を曲がったところで人とすれ違う。
 ぶつかりそうになったところで、すれ違ったナース服の女性が声をあげた。


「そ、その子は!?」
「あ、あんた! 知り合いか!? なんかいきなり倒れちまって……」
「その子、入院している子です! すぐに運んでください!」
「わ、わかった!」


 病院につくと大きな庭では、入院していると思われる子たちが仲良く遊んでいる。
 それらに和むこともできずに、病院に入り、そこにいた人に少女を預ける。
 移送車に乗せられた少女は、すぐに奥へと運ばれていく。


「あ、ありがとうございます!」


 ここまで案内してくれた女性に頭をさげられ、頬をかく。


「……あの子、死なないですよね?」
「それは大丈夫です。もともと体力があるほうではないので……少し休めば、元気になりますよ」
「そ、そうか。なあ、どのくらいで回復するんですか?」
「そうですね……一時間もすれば落ち着くとは思いますが」
「……その、ちょっと会ってみていいですかね?」


 むっと、両脇にいたカルナとショットの目が鋭くなった。
 おまえら、勘違いすんなっての。
 あの、悲しげな目が気になっただけだ。
 二人にそんな視線を返すが、疑いは晴れてくれない。


「会う、でしょうか?」


 ナースまで、少し警戒気味にこちらの全身を眺めた。
 相手は女の子、警戒するとなというのが無理な話だろう。
 警備隊を呼ばれないか心配していると、ナースはこくりと頷く。


「……わかりました。あの子――フェルドというのですが、フェルドに確認をとってみますね」
「ああ、無理はしなくていいですよ?」
「……一応、フェルドからすれば命の恩人みたいなものですからね。きちんと感謝の言葉くらいは言ってもらいます。また、一時間後くらいに来てください」


 ナースは一礼をして、仕事に戻っていく。
 現場は慌しい様子が続いている。
 ラクナがホッとしていると、背後についていたショットがキョロキョロと見回す。


「病院、か。……あまり良い場所ではないな」
「どうしたんだ?」
「悲しい雰囲気が覆っているんだ。……人の生き死に、そんなものが身近な場所、なのだろう?」
「まあ、そうだな」
「恐らくはこれからも変わらないのだろうな」


 悲しげにショットが目を伏せたため、何もいえなかった。
 この病院はこの街でも一、二位を争う規模である。
 努めている医者も優秀な人間が多く、優秀な治療を行えるゴーレムも数多くいる。
 ……規模に見合った病や怪我を持った人間が入院するということでもある。
 まだまだ治せない病気だってある。そういった人たちは……いつかは死ぬことになるだろう。


「ここにいても邪魔になるし、どっかで時間を潰しましょう」
「おう、本屋でも行ってくるか?」
「そうね。そこで色々聞かせもらうからね」


 腰に手をあてたカルナに苦笑し、本屋へ行く。
 気になった理由を説明すると、カルナは一応信じてくれたようで、本に興味をうつした。
 商店街を見て回り、リンゴをいくつか購入して、病院へ戻ってくる。
 入ってすぐに俺に気づいたナースが、声をかけてくる。


「フェルドさんに話は通しています。感謝の言葉、とはいきませんが、話はしたいそうです」
「ありがとうございます」
「ただ、フェルドさんはゴーレム士に対して強い思いを持っています。……もしかしたら不快になるようなことを言われるかもしれませんが……」
「いや、別にいいよ」


 フェルドからすれば、どこの誰かも分からない相手だ。警戒して多少口が悪くなることだってあるかもしれない。
 ナースに案内され、病院の階段をあがっていく。
 三階に到着し、しばらく廊下を歩くとフェルドの個室に到着した。
 扉をあけ、ナースとともに中へと入る。


「……」


 窓の外をぶすっとした様子でみていた女の子――フェルドは、こちらに気づいた。
 軽く自己紹介をした後、フェルドは頭を下げてきた。


「……さっきはありがとう。両親に頼んで、何かお礼をしたいのですが」
「あ、別に気にするなって。お礼がほしくて来たわけじゃねぇから」
「そう? なら、どうしてここに来たのですか?」
「あーと……その」


 直接聞いてもいいのだろうか。
 気になったが……まあ、回りくどいやり方は苦手だ。


「なんていうか……気になったんだよ。おまえの目が暗かったからさ」
「暗かった、ですか?」
「あ、ああ。俺の知り合いにも似たような子がいてさ」


 素直な気持ちを伝えると、少女は困った様子で頬をかいた。
 それからこちらの服を見て、怒るように目をつりあげた。


「ところで、なんでこんなところにいるんですか?」
「なんでって、おまえを助けてそれからずっとここにいるからだ」
「その制服……ゴーレム士育成学園の生徒ですよね? 今は授業中のはずです。どうしてここにいるんですか?」
「うっ……」


 追及してくる彼女の目に、押されてしまう。
 授業をサボっているから、と素直に伝えればその瞬間右ストレートでも飛んできそうなほどだ。
 しかし、その場で考えて嘘をつけるような性格でもない。


「……授業、サボってたんだよ」
「なんですか、それは!!」


 え? 予想以上の叫びに、俺は目を見開いてしまった。
 フェルドはすぐにむせてしまい、慌てて駆け寄ろうとするが、きっと睨まれる。


「……学園に通いたいのに。私は通うこともできないのに……っ。才能を持っているのに、才能を持っている人がそんな態度をとっていいんですか!?」


 才能……。
 あまり好きではなかった。才能があるせいで、周りの人間の目は変わっていく。


「……」
「なんで……サボっているんですか。私は行きたくてもいけないのに……っ」
「才能、才能っていうけどな! 俺はこんなものほしかったわけじゃないんだよ!」


 なんだったら、この力だって誰かに差し出してしまいたいくらいだ。
 俺は黒雨虫となんて戦いたくはない。
 もっとのん気に、たまに誰かと模擬戦でもしてるくらいの平和な日常がほしいんだ。


「……ラクナ」


 俺の叫びに、ぽつりとカルナがもらす。
 カルナも俺のそういう態度は嫌いだったな。
 何か言いたいなら好きにしてくれ。


「……なんですか、その言い方はっ。私は、その才能がほしかったのに! 持っていたのに、失うしかないんですよ!?」
「失う!? なんだよそれ!」


 フェルドは言うつもりはなかったのか、慌てて口を押さえた。


「……なんでもありません」


 相手は自分よりも年下だ。
 感情に任せて叫ぶのは良くない。
 きちんとまずは理由を説明しよう。


「……わけわかんねぇけどな。俺はゴーレム士になりたくて通ってるわけじゃないんだよ。……才能があるせいで、無理やりに通わされてるんだ。それが、俺が学園をサボってた理由。あんたはどうして失うんだ?」


 自分がここにいる理由を丁寧に伝えると、フェルドは気にくわなさそうな表情を見せる。
 しかし、多少は理解を示してもくれたようで先ほどのような癇癪は起きなかった。


「私もゴーレム士としての才能である魔臓を所持しています」


 魔力を生み出す臓器だ。生まれつき所持していなければ、まず獲得不可能な臓器。


「……そうなんだ。なら、退院さえ出来れば、学園に通えるんじゃないか」
「そう、ですね」


 フェルドは儚い笑みを作る。
 ……あんまりその顔はみたくないんだよな。
 カルナがいつもそうやって悲しそうな目をしたときは、俺はそれに負けないように笑みを作っていた。
 だから……今もそうしよう。
 両手でバツ印を作り、俺は精一杯に笑ってやる。

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