俺のホムンクルスが可愛い

木嶋隆太

第十二話 戦闘訓練

 ……よし、とりあえずさっきの件はうやむやに出来たな。
 余計に悪化している部分もあるが、そこは見なければいい。


「俺は自分の服でも見に行ってくるから、じゃあな」
「ラクナの服なら、あたしが選ぶの手伝うわ。もともとかっこいいのをさらにかっこよくしてあげるわ!」


 贔屓目が凄い。


「おーい、ショットのはどうしたんだよ」
「ゴミ袋を被ればいいと思うわよ」
「幼稚園のお遊戯会じゃないんだから」


 カルナはにこっと笑顔をつくり、俺の腕をとってくる。
 本当にいい加減お兄ちゃん疲れちゃったよ。


「……ま、マスターよ。私の服を選んではくれないのか?」


 もちろん選ぶっての。最高にエロイ奴をな。


「カルナ、おまえも服でも選ぶか? なんだったら奢ってやるぞ」
「ラクナが選んでくれたらなんでもいいわよ?」
「カルナはいらない、っと。ショットは?」
「いやーん、裸がいいなんて大胆ね」


 口あんぐり。
 発想の飛躍、俺も前向きに考えて生きたいものだ。


「さっきの服はどうだったマスター?」
「……まあ、悪くはないよ」


 けど、胸が……。
 とはいえ、ショットのサイズとなると、何着てもエロティックなものになる。
 最初に着たものが気にいったようで、ショットはそれと靴も購入する。
 おしゃれなものでもよかったが、ショットは俺の財布事情を考えてくれたのか、運動靴を選んでくれる。
 一通り、欲しいものは手に入った。
 袋につめられたそれらをショットが持ち、デパートから出る。


「……カルナ、学園に戻らなくてもいいのか?」
「午後は戦闘訓練でしょ? やることはだいたいいつも同じだし、一応あたしは先生に許可ももらっているのよ」


 ……許可ねぇ。
 俺の監視、といったところだろうか。


「マスター、少し手合わせを願えないか?」
「え……? 突然どうしたんだ?」


 いつも俺は武器を所持しているが、そういえばショットってどうやって戦うのだろうか。


「決闘の際までに、実戦感覚を掴んでおきたい。それに、マスターも共に戦うことになるだろう?」
「……いや、まぁ、そうだけど」


 戦いの基本はゴーレムだ。
 だが、模擬戦では相手のマスターを倒せば、勝利となる。
 決闘は、恐らく週末の三連休のどこかで行われるはずだ。
 今のうちに、ショットの戦闘を見ておく必要もあるかもしれない。


「わかったわかった。近くに確か空き地があったし、そこで少し戦ってみるか」
「わがままいってすまない」
「別に、このくらいどうってことねぇよ」


 人通りの多い道をはずれ、住宅街に入る。
 また、二人に挟まれる形で歩いていく。
 ……嬉しさよりもいつ二人が爆発するかわからない恐怖のほうがある。


「ショット……おまえ、体が勝手にとかいってるんだし、わざわざカルナに対抗しなくても」
「なんだと? 私はな、いくら体が勝手だったとしても、マスターが他の女に見とれているのは我慢ならないんだ。サキュバスとしてのプライドがあるんだ!」


 プライドちっさ。相手は義妹だぞ。
 道を進むと、まだ開発されていない空き地に到着する。
 たまに、子どもたちが遊び場としているが、まだ学校のある時間だ。
 誰もいない空き地に立ち、ショットと向かいあう。


「マスター、刀を一つ貸してくれないか?」
「武器使えるのか?」
「まぁな」


 ショットに刀を渡すと、彼女は刀身を眺めてから腰に構える。
 構えは悪くない。
 武器の扱いについて、それなりの知識があるようだ。
 ……俺の経験や記憶があるなら、俺よりかは強い可能性もあるか。


「ホムンクルス相手でもあんたなら勝てるわよー! その脂肪切り取ってやりなさい!」


 邪魔にならないよう隅にたったカルナがそんな叫び声をあげる。
 ……ホムンクルス相手に勝てる気はしないけどな。
 ゴーレムだって、人間の数倍の力を発揮できる。
 ホムンクルスはそれ以上、という扱いなんだろ?
 まあ、戦闘で負けるのは嫌いだから、もちろん全力でやるけど。
 目に力を込めると、ショットは驚いた様子を作る。


「いつもとはまるで別人だな」
「戦闘だけは、真面目にしないとな」


 ショットは前髪をかき、笑顔を浮かべる。
 風が吹き荒れ、肌を撫でる。
 その風が止むのと同時、俺は地面を強く蹴る。
 狙うはショットの体。
 ためらいもなく刀を振りぬく。
 すでにショットの身体はない。


 呼吸を止め、俺は勘だけで右側に刀を向ける。
 目では追えない速度で刀に衝撃が伝わる。俺は鞘をすて、左手でそれを掴み、ショットへと振るう。
 がつんと手ごたえはあったが、すでにショットはいない。
 さすがに、速いな。
 勘だけで捌いていく。


 俺はたぶん、プロのゴーレム士を除けば、一番黒雨虫との対峙が多い人間だと思っている。
 あとは、敵意に対して敏感だ。意識すればもやーとしたそれらがわかる。
 だから、それにあわせて攻撃を防いでいけばいい。
 ショットはかなり力があるが、力に任せて受けず、力をそらしていく。
 呼吸する余裕はない。
 自分が持っている経験すべてを投入して、ようやく対処できる。
 やっぱゴーレムは強いな。
 口を結び、奥歯を噛み締め力を横にそらす。
 がら空きとなった体に刀を向けるが、ショットは回るようにして、俺の首元に刀を突きつけてきた。
 降参だ。


「……マスター、訓練生はみなこのくらい戦えるものなのか?」


 ショットは目を見開きながら、刀を鞘にしまった。


「……俺はこれでも、戦闘だけならかなり成績はいいんだよ。ま、ゴーレム士で一番重要なのは魔力と学力だからな。その二つがねぇんだけど」
「ラクナは学園でもトップクラスの刀使いよ。その点だけは、たぶん誰にも負けないわよ」
「……だそうだ」


 まあ、ゴーレム士にはあまり必要のない才能だ。
 弱い黒雨虫ならば、討伐できるかもしれないが、シプラスンのような強敵となると、まず人間に出番はない。
 どれだけ剣に自信があっても、ゴーレム士として優秀ではない。
 刀を鞘に戻し、張りつめた空気を放棄するように笑みをつくる。
 ショットも名残惜しそうに刀をしまい、こちらに差し出してくるが俺は首を振る。


「その刀はショットが持ってていいよ」
「そうか?」
「まあ、まだ部屋に二本あるしな」
「ふむ、感謝するぞマスターよ」


 ショットはぱっと無邪気な笑顔を浮かべ、優しい動きで刀を撫でる。


「……それじゃあ、戻りましょうよ。今からなら、六時間目には間に合うわよ」


 ……ある程度の自由を与えながらも、きっちりとまとめてきたな。
 これ以上遊んでいては、カルナに対しても不信感がつのるかもしれない。
 戻るかね。
 空き地を出ると、目の前を一人の女の子が走りぬける。
 息をきらしている彼女の容姿は中学生くらいであった。
 目を奪われると、カルナは不服そうに頬を引っ張ってくる。


「まぁ、胸がない子に惹かれるのはあたしとしては嬉しいわね」


 何を納得しているんだこいつは。
 ……そもそも、俺は見とれたわけじゃないぞ?
 彼女の表情が……少し引っかかったのだ。
 ……あまりにも悲しいもので。
 まるでこの世のすべてに絶望しているかのような……恐らく、普通の中学生ではありえないような顔だ。
 ……カルナが、両親を殺されたときにもこんな顔をしていた。
 だから、放っておけなかった。
 女の子へと腕を伸ばしながら、声をかけようと口を開き。
 女性の体は傾く。
 危ない、と口の中で言葉になり、気づけば駆け出していた。


「おい、あんた!?」


 思っていた以上の声の大きさに、自分が驚いた。
 近づき倒れた女の子の体を起こすと、彼女は呼吸を乱したまま目を閉じていた。

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