俺のホムンクルスが可愛い

木嶋隆太

第九話 ラブレター?

 ……ゴーレム士にならないのがそんなにおかしなことなのだろうか。
 一日の授業を終え、ぐたっと机に寝そべる。
 一日四つも真面目に授業に参加したのは、いつ振りだろうか。
 貴族様からも声をかけられるようになった俺は、彼らを意図的に無視する。
 今までやられていたお返しだ。
 子どもっぽい、と平民の友人にいわれたが知るかっての。
 いつまでも教室にいるわけにはいかない。
 昨日録画しておいたアニメ見たいし、何より教室は息苦しい。


「ラクナー、一緒に帰るわよー」


 と、のん気な声をあげて近づいてくるカルナの横に俺もつく。


「そういや、カルナのゴーレムってどんなのなんだ?」
「ん? 動物型の奴よ、犬みたいなゴーレムで結構可愛いわよ。みてみる?」


 カルナがにやっと目を細める。
 何だろう、こいつがこういう目をするときってのは結構俺に被害がでるんだけど。


「あ、来たわね」


 なんだって?
 カルナがみているほうに目を向けると、勢いよく廊下を駆ける犬がこちらへ向かってきていた。
 全身が鉄で出来ているのか、一瞬ロボットかと思った。
 犬が走るたび風が吹き、生徒のスカートがめくれる。
 慌てて押さえる女子生徒たち。惜しい、もうちょっとで見れたのに。


「あんた、どこみてんのよ?」


 ずいっと腰に手をあてたカルナが俺の前に立ちはだかる。


「スカートの中を見てみたかったんだよ。ほら、女の子の下着ってどんなものがあるのかなってな」


 ショットのためにも参考にしておきたいのだ。


「なら、あたしの見せてあげるわよ。あ、後で部屋に来なさいよ」
「いやいや、さすがにカルナのはなぁ……」


 仮にも俺にとっては義妹だ。
 義妹がはいている下着に興奮できるほど、俺の性欲は強くない。


「この子があたしのゴーレムのジロウよ」
「……そうか」


 そういえば、カルナの家は犬を飼っていたな。
 ジロウをなでるために手を伸ばすと、途端ジロウはこちらを見て吠えだす。


「うぉ……ッ!」
「こらジロウ! だから、男に噛み付かないの!」


 差し出した手があやうく血みどろになるところだった。
 すんでで回避し、カルナを睨む。


「おまえ、こんな危険な奴を校内に連れてくるなよ」
「何言っているのよ。男以外には慣れているのよ? それに、ほら可愛いじゃない」


 カルナが頭を撫でると気持ちよさそうに目を細め、尻尾を振る。
 ね? とカルナがみてくる。
 可愛いけど、さっきの噛み付きがある以上、油断はできなかった。


「そ、そうだな」
「でしょ!?」


 結構強制的に言わせているんだよ?
 カルナとともに生徒玄関へと向かうと、ぽつりと呟いた。


「そういえば……ショットと一緒に住んでいるの?」


 じろっとしたどうにも不気味な顔をしている。
 軽く数人はやっているんじゃないかと思えるような怖い目だ。


「お、俺は別に変なことはしてねぇからな?」
「本当に? 胸を揉もうとしたり、足舐めたりしていないわよね?」
「あ、相手はゴーレムだぞぅ! れ、劣情を抱くわけがないだろ!」


 せめて、義兄として!
 小さな見栄を張り、腰に手をあてる。
 と、背後でボロッと何かが落ちる音がした。
 あっとカルナが声を出す。


「ま、マスターよ……。私に言ってくれた数々の言葉は嘘だったのか!」
「ショット、なんでここに来ているんだ!?」


 それと涙目の顔をやめてくれ。
 無意識に褒める言葉を放ちそうになってしまった。
 ショットはふんっ! と目尻に涙をためながら腕を組む。


「ふ、ふん……マスターの顔を長時間みていないと不安になるという体がいけないんだ! 私はマスターを見たいわけではなかったが、体がどうしてもみたいといって聞かないからきたんだ!」


 そういうふうに誤魔化すことにしたのか。
 まあ、もともとは俺の感情だし仕方ないか。
 やれやれとかっこよく肩でも竦めてやろうかと思っていると、


「ガルルゥ!」


 なぜか背後から、戦闘体勢でも整っているかのような犬の鳴き声が聞こえた。


「……カルナ?」


 後ろをみると、温和なその顔にいくつかの青筋が浮かんでいらした。
 触れてはいけない。
 人間、心が落ち着かないときもある。
 俺だって寝起きとかにしつこく話をされるとウザイ、と言ってしまうことだってある。


「ショット、お迎えご苦労さん。それじゃあ帰ろうか」
「待ちなさい、シルド」


 ここまで作っている笑顔をみるのは初めてだ。
 落ち着かせるためか、カルナはしきりにジロウの体を撫でている。
 おいおい、ジロウの尻尾たれさがっているよ?
 目から覇気抜けてるよ? ジロウのやる気が逆流しちゃったの?


「どうしたんだカルナ? いつも笑顔のおまえが珍しいな」
「ねぇ、ショット。あんたこいつに何をされたの?」


 関係的には兄である俺をこいつって。声の調子が、落ちているペットボトルでも示すかのようだった。
 ショットは慣れない初対面の人間に声をかけられ、俺の背中に隠れる。
 きゅっと控えめに服を握ってくるのが可愛い。
 ああ、もういっそここでショットに抱きついて、気絶でもしてやろうかな。


「わ、私は……マスターに可愛い、といってもらえた! 胸だって触らされたさ!」
「おまえが無理やり触らせたんだろ!」
「あ、あたしだってね! 暗い夜、ベッドの中で抱きつかれたことあるのよ!」
「こんな人の目がある場所で恥ずかしいことを言ってんじゃねぇよ!」


 俺が抱きしめたって凄い小さい頃の話だろっ! おまえが怖いっていうから、仕方なく一緒に眠ったときのことだろ!
 カルナが俺の背後を睨む。……たぶん、ショットも俺に隠れながら同じように睨んでるんだろうな。
 今のカルナの目は、俺のエロ本を見つけたときにそっくりだ。
 つまりは、ちびりそうな怖さということ。


「お、おまえはマスターのなんだ!」
「そ、それは……」
「ふん! マスターの彼女でもないのに、まさか彼女面しているわけじゃないだろうな?」


 カルナの怯みにショットがつけこむ。
 ……とりあえず、カルナは俺の義妹で、だらしなーい兄を叱っているだけだ。


「二人とも落ち着け。カルナは俺の義妹で、今だってたぶん、ショットの体を心配して言っているんだよ」


 俺がショットに何かするとでも思っているのか、カルナは。
 まったく心外ダナー。


「そ、そうよ! 兄が変なことされていないか心配なのよっ」


 あれ、心配してるの俺のほうなの?
 大丈夫、たぶん俺は一生綺麗な体だ。


「そうか。まあ、兄とやらは貧相な体の持ち主には何もしないだろうな」


 肩を竦めて勝ち誇ったように胸を持ち上げる。
 カルナは一瞬顔から表情をなくしたが、すぐに余裕げな笑みを作った。


「ラクナは言っておくけど、胸のサイズなんて関係ないって言っているわよ。ねぇ、ラクナ?」


 ……うっ。
 あれは中学二年のときだ。
 カルナは胸がまったくふくまらずに悩んでいるときがあったときに、慰めるためにいった言葉だ。
 あれは苦しかった。巨乳なお姉さん好きな俺が、正反対のカルナを褒めたんだ。
 大嫌いな食べ物を絶賛するようなものだ。いや、別にそこまで貧乳を否定するつもりもないけど、そういうのを好む人もいるよね。俺は巨乳しか嫌だけど。


「あ、ああ……まぁな」


 まあ、一番大事なのは俺の命だ。
 そのために、棒読み気味でいいから嘘をつく。


「ま、マスター!? 何を言っている!? 部屋にあるあのエロ――」
「わー馬鹿やめろ!」


 急ぎ俺はショットの口を押さえる。
 寮生活になってからカルナを俺の部屋には一度もいれていない。
 あんな部屋を見せたら最後、カルナに何をされるか分からない。
 あ……ショットの唇柔らかいな。っていかん! 魔力が少し抜けた。


「部屋……? そういえば、ラクナの部屋には行っていないわね」


 興味をもたなくていいです。


「俺だってカルナの部屋には一度も行っていないっての。それより、さっさと寮に戻ろうぜ。いつまでもこんなところで話をしているなんてアホだろ。うんうん」
「……そうね」


 カルナもそこで周りの目が思っている以上に多いことに気づいたようだ。
 歩きだしたカルナの背中をずっと睨んでいたショットに拳を落とす。


「な、何をするんだマスター!」
「カルナに必要以上に噛みつくな」
「だ、だってマスター……! 私はてっきりあやつがマスターの彼女だと思ったのだぞ!? 屋上のときは、もう本当に心がさけそうで……聞きたかったが、あの状況で質問するようなことでもないだろう」
「だから、学校に来たのか? そのくらい待てなかったのか?」
「……うん。って、今のはすべてマスターが勝手に作った感情だからな!?」


 それいうな。空しくなる。
 乾いた笑いが自然に出てしまい、俺もカルナを追っていく。
 と、カルナは歩幅をあわせ、俺の右隣に。
 左隣にショットが立ち、二人はばちばちと視線をぶつけあう。
 ……居心地悪いな。
 カルナとショットの怒りにさらされた俺は、ちらとジロウを見る。


「わん……」


 どんまい、とばかりの控えめな返事。
 まさか、ジロウは俺に心を開いてくれたのか? 
 危機的状況を共に経験すると恋が芽生えてしまうとか何とか。


「ジロウ!」
「ワン!」


 俺は全身を持ってジロウに抱きつく。
 ジロウも盛大に俺へと飛びついてきて、肩を噛んできた。


「ぎゃぁ! てめ、この犬っころが!」


 ジロウの腹を抉るように殴る。無駄に硬いなこいつ。


「ちょっと、ラクナ!? あんた犬にかまれるなんて趣味あったっけ!?」
「……ね、ねぇよ。どんな特殊性癖だ!」


 美少女吸血鬼に血を吸われたいとは思ったことあるけど。
 ジロウは仕留めそこなったぜ、とばかりに俺を見て息を吐く。
 ただの演技だった。
 元凶である俺を消せばどうにかなるのではないかと思っての行動だったのかもしれない。
 あ、の野郎が……っ。
 可愛い声で鳴いているが、やることはしたたかじゃねぇか。


 だが、俺たちの戦いのせいか、ひとまずカルナは落ち着いてくれた。
 俺の左側はいまだに唸り声をあげているが、意識してはいけない。
 間に挟まれなんとも居心地の悪さを感じながら、生徒玄関に到着する。
 ショットは玄関に置いてあるサンダルをはき、カルナも自分の靴箱へ向かう。
 ようやく少し落ち着けたな。
 靴を取り出そうとしたところで、靴の中に何かが折りたたまれて入っているのがわかった。
 まさか、これはラブレターか!?
 そして、次には周囲を観察する。
 真っ先に気にしたのが、ショットというところが俺の心の小ささを表しているような気がした。
 ……とりあえず、これは家に帰ってトイレにでも入ってみようか。
 靴をとりだしながら、服の袖にしまい、そのままポケットへ入れて隠した。

コメント

コメントを書く

「その他」の人気作品

書籍化作品