俺のホムンクルスが可愛い

木嶋隆太

第八話 食い違い



「おおっ! とても心地良い風だ! こういう時は空を飛びたいものだな!」
「サキュバスってのは飛べたのか?」
「ああ、こんな風の中飛ぶことができたらさぞ気持ちよいだろうな」


 落下防止用の柵へへばりつきながらショットは感動の声をあげる。
 俺は彼女を見ながら隅へと腰掛け、柵に背中を預ける。
 ちょうどチャイムが鳴り響き、授業の開始を告げる。
 二時間目は、確か……外でゴーレム操作の練習だったか。
 校庭でやっているため、みることはできるが、今はゴーレムについては考えたくなかった。
 袋から購入したおにぎりを口に運ぶ。


「うまい……っ!」


 ぱりっとした海苔と梅干のしょっぱさが米によく合っている。
 バクバクと食べていくと、外を見ていたショットが駆けてくる。まるで子犬だ。


「マスターの魔力が少し回復したようだな」
「そうなのか? あー、勉強したことがあるな」


 うろ覚えの記憶で、ショットに説明する。
 この世界のすべてのものに魔力は付着する。
 呼吸するだけでも微量ながら魔力は回復していく。もちろん、食事も同じだ。


「……説明が長かったな。マスターはあまり、学力は良いほうではないな」
「うっせぇーっての」


 しばらくのんびりしていると、校庭が騒がしくなる。
 どこかのクラスで授業が始まったようだ。


「授業に参加しなくていいのか? さすがに授業中にまで騒ぐようなことはできないのではないか?」
「どうせ、全員が目の色を変えて俺に話しかけてくるんだろ? 嫌だね、そんな場所」


 俺の隣に腰掛け、ショットも柵によりかかる。


「……とりあえず、実技訓練以外、ゴーレムはいらないんだ。おまえも、飽きたら寮に戻っていいからな。ほれ、鍵。俺が帰ってきたらちゃんと開けてくれよ」


 鍵をちらとみたショットは、しかし受け取らずにさらに続ける。


「マスターもしっかりと授業を受けた方がよいだろう? もしも、力が必要になったときに、必要な力が出せないぞ?」
「そんな機会こねぇからいいんだよ。……けど、ま、ショットに何かあったら嫌だから、後で行くよ」
「わ、私のため……くっ、マスターはさりげなくそういうことを言ってくるな!」
「恋愛ゲーム大好きの俺を舐めるなよ?」


 この程度のこと、造作もない。
 俺が笑っていると、ショットはふんとそっぽを向いていじけてしまった。
 フォローしなければならないなぁ、と俺が頭をかいていると、屋上の扉が開け放たれた。


「隠れるぞ!」


 すかさず、校舎へ降りる建物の影に身を潜める。
 俺はこっそりと顔を出すと、苛立った様子で地面を踏みしめるカルナがいた。


「……うげぇぇ」


 授業をサボると鬼のように怒る、俺のお母さんみたいなカルナ。
 カルナは即座に俺に気づいたようで、びしっと指をつきつけてくる。
 カルナの説教をくらうか、ここから飛び降りるか、本気で悩んでいると逃げ道を塞がれてしまった。


「ラクナ! あんた授業に出なさいな!」
「おまえこそどうしてこんなところに! 授業サボってるな? いけないんだー!」
「子どもか! あたしは先生の許可をちゃんともらっているの。せっかくゴーレム作ったんだから……ちゃんと授業参加しなさいよ」


 俺に集中していたカルナはちらとショットを見る。
 視界の端で頭を隠し、尻を突き出すようにしていたショットに苛立った顔を見せた。


「……ねえ、ラクナ。あんたはどうしてこんな美少女を作ったのかしら?」
「さぁ? どうして作れたのかはわからん」


 俺の言葉などまるで信用していないような目を作りやがった。


「……ええとあんた名前は?」


 ショットに問うと、ショットは涙目をこちらに向けてくる。
 その顔にカルナは罪悪感を……覚えないっ。今まで教師達は全員無理に話しかけなかったというのに。


「ちょっと、聞いているの?」
「しょ、ショット、です……はい、すみません」
「ショットね。ラクナが言っているように、あんたは偶然作られたの?」
「ま、マスターは、私のような美少女を作りたい、と言っていました」
「言ってねぇよ! 俺が作りたかったのは、リレンズたんだ!」
「偶然じゃないじゃない!」


 カルナが大きな声をあげると、ショットがびくりと身を竦ませる。
 俺は予測していたために両耳を押さえることに成功した。経験って凄い。


「……あんたねぇ、自分が結構凄いことしたっていう感想はないの?」
「……言われたら気づいたけどさ。俺は等身大フィギュアを作るつもりだったんだよ。きちんと形が整ったら、後で色塗りでもして、さ。だから……まだ、いまいちよくわかんねぇんだよ」
「あたしからしたら、あんたのその考えのほうが理解できないんだけど……まあいいわ。今すぐ授業に出るわよ」
「嫌だよ」
「何でよ? 真面目にゴーレム士として頑張りなさいよ」


 カルナはいつも、そうやって言ってくる。
 そんなカルナに俺はいつも、ゴーレム士にはなりたくないというんだ。
 だから、今も言ってやろうとしたが、教頭の言葉が脳裏によぎり口をつぐんだ。


「……あんた、まさか、まだゴーレム士になりたくない、とか言うんじゃないわよね?」
「……」


 沈黙するしかなかった。
 ああ、そうだよ。なりたくないよ。
 けど、だから……何なんだよ。いつも言っているだろ?


「あんたは……自分の両親が殺されて何も感じないの!?」
「……だからなりたくないんだよ」
「はぁ!? あんたは最強の力を手に入れたのよ!? 今まで……少なくともゴーレム士という職業が正式に決まってから、一度も誰も作っていないホムンクルスを、あんたは作ったのよ!? なのに、なんでゴーレム士になりたくないのよ!」
「怖いからだよっ。おまえだって自分の両親が目の前で殺されただろ!? それでよく、あんな化け物に戦いを挑みたくなるな! なんで、俺たちが死なないって保障があるんだよ!?」
「……ふ、二人とも、一度おちつ――」
「ショットはちょっと黙ってろ!」
「あんたには関係ないでしょ!?」
「あ、はい。すみません……」


 小さくなったショットからカルナに目を戻す。
 今日ばかりは、いい加減言わないとダメだろう。
 いつまでもカルナが、傷つくのをみないわけにはいかない。


「俺はな、おまえが一番心配なんだよ! 寝る間も惜しんで勉強して、毎日日が暮れるまで特訓して……そんな生活ばっかで、自分のことを犠牲にしてまでどうして、他人のために強くなろうとしてるんだよ!」


 ……昨日だって、ゴーレムの操作訓練でもしていたはずだ。
 普段から、夜遅くまで勉強しているのだって、カルナと同室の子から聞いたことがある。
 たまに、寝不足でつらそうにしている姿だってよくみる。
 周りは彼女を偉い、優等生、凄い、なんてもてはやしているが、俺からすればカルナはただの馬鹿だ。
 俺の言葉を聞いたカルナは、一度目を見開いた後、悲しげに視線を落とす。
 それから、さっきまでの表情を一切思い出させないような怒りのこもった目で距離をつめてくる。


「他人のためなんかじゃないわよっ。あたしは、パパを、ママを殺したあいつらを! 全滅させるために頑張っているのよ! 他人のためだなんて、二度と言わないで!」
「全滅させてどうするんだよ? はい、よかったわね、あなたは凄いわ、英雄よ、で終わりか? 全滅させたその先に何があるんだよ? そもそも、全滅させる方法だってわかってないだろ?」
「……そういってあんたは逃げてるだけじゃない! いっつもそう、臆病者なのよあんたは! 戦えば強いのに、正面から挑まない。ちゃんと勉強すれば、今よりかはマシな成績なのに、それもしない。逃げてるのはどっちよ!」
「おまえだろ!」
「あんたよ!」
「え、えと……どっちも逃げているのでは……」


 俺が逃げているわけないだろ!
 現実をみて、正しい判断をしているだけだ。


『だからうるさい!』


 俺とカルナは同時に叫ぶ。
 ショットはびくりと身をすくませ、しゅんと背中を向けた。
 怒鳴りすぎて乱れた脈を整えるように、深呼吸していると、少しだけ落ち着けた。
 ……いいすぎたな。


「……ごめんなさい」
「ああ、俺も悪かった」


 カルナも気づいたようで、謝罪の言葉を口にする。


「……あんたが、そういう性格なのはわかってるわ。……戻るわね」
「……そうだな」


 長い付き合いだ。お互いの性格もよくわかっている。
 ……俺たちの面倒を見てくれている義姉さんも言っている。
 おまえたちは、喧嘩したら一度距離をおけ、と。そうすりゃまたいつもに戻れる。
 カルナは何度かこちらを見て、屋上から出ていった。
 これ以上、ここにいるのも嫌ではあったが、他に行く場所もない。
 下手に廊下に出ると、教師に捕まって強制連行されるだろう。
 空をあおぐように横になる。
 どこまでも澄み渡る青空には、鳥たちが楽しげに羽ばたいている。
 俺も羽があったらなぁ、と思ってしまう。


「マスター……さっきの話」
「あ、ああ……おまえにも悪かったな、ごめんごめん」


 感情のままに、ショットを怒鳴りつけてしまった。
 ショットはふりふりと首を振ってから、


「……マスターも、カルナ、という女もどっちも逃げているように思ったぞ」
「……俺が?」


 少し声が苛立っていた、と自覚できた。
 逃げている、と正面きって言われ、むっとしてしまったようだ。
 出来る限りそれを表情に出さず、聞くように心がけた。


「ああ、マスターは、戦いから逃げている。別に戦いを美化するつもりはないが……マスターのそれは向き合うことをやめ、逃げているように思えた」
「……向き合って、やめたんだよ。黒雨虫の脅威に人間なんて歯向かうだけ無駄なんだよ」
「私はマスターの記憶でしかわからないが、その敵を倒さなければ、住む場所がなくなるのではないか?」
「そうかもしれねぇけど……」


 だからって、戦うのは俺でなくともいいじゃないか。
 ゴーレム士になりたい人間はたくさんいる。そいつらは、自分から命を落とすことを喜んでいるんだ。
 理解できない相手。
 そんな奴らにならなくても、仕事はあふれている。
 生きる道はいくらでもあるのに、カルナは……。
 俺は義姉さんにも……ゴーレム士になるのは止めたんだぞ?
 みんな、どうしてそんなにゴーレム士になりたいんだよ。


「マスター……元気がないな。おっぱいでも触るか?」
「触ったらもっと元気なくなるんじゃないか? 服の上からでもダメなんだろ?」
「まあ、そうだったな……仕方ない、マスター」


 ぽんぽんと俺の頭を叩いてくる。
 子ども扱いされ、俺の頬が熱くなる。
 途端、ショットは愉快そうに目を細めた。


「なんだ、マスター。甘やかされるのは恥ずかしいのか?」
「ちげーよ! いきなりやられたからびびっただけだっての」


 誤魔化すために立ち上がり、俺は腕を組む。


「とりあえず、だ。次の授業からはちゃんと出る。授業のときはショットは寮にでも戻っててくれ」
「私を連れて行くのは不都合でもあるのか? マスターを監視させてもらいたいが」
「人いっぱいいるぞ?」
「部屋に引きこもらせてもらう」


 部屋の鍵を彼女に渡すと、心配げにこちらを一度みた。


「ショット、部屋にあるお菓子は食っていいが、汚すなよ?」
「わ、わかっているっ」


 なぜかこっちをみていた彼女にそういうと、ショットは顔をそらし屋上から飛び降りた。
 おい!
 ひやっとしながら下を見ると、平然と着地していた。
 ……もう少し、普通に移動してくれないかね。
 ショットよりも、地面が僅かにめりこんでいるほうが気になった。
 ひらひらと手を振っているショットに苦笑と片手を返し、俺は校庭の訓練をずっと見ていた。

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