俺のホムンクルスが可愛い

木嶋隆太

第三話 対処方法

「そういや、おまえって結構知識あるんだな。てっきり、何も知らなくて俺が手取り足取り教えていけるんだと思ってたけど」
「マスターが、そういう私を望んで作ったからだろうな。マスターが知っている範囲以上のことはわからないが」
「へぇ、どのくらい知っているんだ?」
「なんだ、マスターは自分の趣味やら、なにやらすべて今ココで暴露されたいのか?」


 まさか……俺が脇腹をくすぐられるのに弱いことも知っているのか?
 ニヤリと笑う彼女。
 ここはひとまず、ばれてもそこまでダメージのないことを訊ねてみよう。


「……俺のパソコンのパスワードは?」
「数字で0427。自分の誕生日なんだろ?」


 マジかよ……。
 パソコンには色々と見られたまずいものもあるし、帰ったら変えておこう。


「それにしてもマスターは、結構趣味が凄いな。美少女だったら何でもおかまいなしか」
「何を想像していやがる!」
「パソコン、とやらに大量にある画像が、脳内にちらついているんだ。エロ本の隠し場所についてもばっちりだ」


 ゴーレム製作ってここまでの苦行だったの?
 自分の恥ずかしいこと好き勝手ばらされるの?
 みんな、こんな辱めを乗り越えてゴーレム士になろうとしてんの? なおさら理解できないよ、俺。
 自室に到着すると、ショットが早速家にあがろうとしたので待ったをかける。
 あまり綺麗な部屋ではないが、外を素足で歩いてきたのだ。このままあげれば廊下が泥まみれだ。


「ちょっと待ってろ。除菌ティッシュ持ってくるから」
「了解した」


 俺は急いで廊下をかけ、リビング兼寝室の部屋へとやってくる。
 相変わらずぐちゃぐちゃな部屋。
 誰かに定期的に掃除してもらいたいものだ。
 木目調の部屋には二段ベッドがでんとスペースをとっている。
 ベッドの隅を利用するようにしておかれた棚から、除菌ティッシュをとる。


 袋に入っているのだが、その一枚目は既に乾いてしまっていた。
 しっかりと閉じていなかったからだ。
 仕方なく二枚目をとって、玄関に戻ってくると玄関に置かれていた椅子に彼女は腰かけていた。
 以前相部屋だった人が置いていった折りたたみ式の椅子だ。
 ショットは髪の先をくるくると指にからませながら、くいと足の先をこちらに伸ばしてくる。


「ほら、拭いても良いぞ。役得、だろう?」


 からかうような彼女に、俺は否定の言葉はぶつけられなかった。
 すらっと伸びた足は、俺が作っただけあり、そりゃあもうしゃぶりつきたくなるような魅力を放っていた。
 俺が作ったのに、自由にできないもどかしさ。
 ぽいと除菌ティッシュを彼女に投げると、むっと頬を膨らませる。


「……触れたら、魔力が奪われるんだろ?」
「私の足に魅了されなければ問題ない。私は、私に魅了された人間からしか魔力、生命エネルギーを奪い取ることはできないからな」
「それがサキュバスって奴ね」


 どこで聞いたのかと思っていたが、パソコン関連の話で思いだした。エロ本だ。
 深く考えることはせず、せっかくなので俺は挑戦することにした。
 彼女の前で膝をつくと、くすりと笑われる。


「こうしていると、どっちがマスターかわからないな」
「そうだな……」


 それにしても本当に美しい。
 肌に一切のシミなどない。男と違い毛なんて生えていないし、傷さえもない。
 さすがにここまで歩いてきて、足の裏は汚れているが、その微妙な汚れのせいで、余計に神々しくみえる。
 落ち着け俺。
 魅了されなければ、この綺麗な足をいやらしく撫で回すことだってできるんだ。
 触れた瞬間、俺の体から微妙に回復していた魔力が奪われた。
 そりゃそうだ。
 触れる前からこんだけ妄想してるんだ。無理に決まってる。


「マスターは、随分と情けないな。それではまったく触れられないぞ?」
「こんだけ綺麗な足なら誰だって魅了されるだろ! おまえ頭から足の先まで可愛すぎるんだよ!!」


 歯を見せるように顔を歪めると、ショットはかぁと顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
 その態度がまた俺の心をずきずきと刺激しやがる。もうなんなんだよ、この可愛い生き物。
 死ぬのを覚悟で抱きしめてやろうかと本気で悩んでしまった。


「ふ、ふん……別に嬉しがってなどいないからな? 言っておくが、私がサキュバスの頃ならば、この程度のことで喜ぶなんてことないのだからな!」


 強がって叫ぶ彼女に、今度は俺がからかうような笑みを向けてやる。


「おまえは、何もかもが可愛い。顔とか、目とか、耳とか、うなじとか……もう全部可愛い! あと……えっと可愛すぎる!」
「ボキャブラリーがなさすぎるぞ! なのに嬉しがるな私の体!!」


 ボンッとかいう音が聞こえそうなほどに、耳まで赤くした彼女は俺の手から除菌ティッシュを奪い取る。


「もういい……っ。自分で拭くからマスターは自分の仕事にでもうつっていろ」


 せっせと自分の足を拭きはじめたショットだが、足を拭くときに胸が太股にあたり、歪に形をかえる。
 お、おう……太股と胸の間に挟まれたいなぁ。
 心うきうきで、部屋に戻った俺は携帯電話を取りだす。


『どうしたのよ、ラクナ』
「ツカータ先生、今大丈夫ですか?」
『ええ、ちょうど酒を飲み始めたところよ。おまえもどうよ?』


 教師がそれでいいの?
 飲んでいいよって許可くれたらばりばり飲んじまうよ?


「飲みに行ったら、反省文でも出されるんですよね? それより、大丈夫なんですか? 明日の授業に確実に支障がでると思うんですが……」
『どうせ、明日はゴーレムのお披露目のあと、頭使うような授業なんてやらないのよ。いいのいいの。先生達みんなお酒飲み始めてるわよ』
「そ、そうですか。……邪魔してしまってごめんなさい」
『それで、何かしら? さっきの今で連絡ってことは……まさか、結婚の申し込みかしら?』
「先生酔ってるでしょう?」
『大丈夫よ。えーと、おまえは誰だっけ? 名前名乗ってくれない?』
「ラクナです。もう、用件だけ伝えますからね? ちゃんと聞いてくださいよ」
『ええ、ええ。とうとうカルナちゃんとチューでもしちゃった?』


 また訳のわからないことを……。
 妹同然の相手なんだから、チューなんてしたら罪悪感半端ないだろうな。
 今ちょっと想像しただけでも、自殺したくなるくらいの嫌悪に襲われている。


「俺、ゴーレム作れましたから。それじゃあ」
『ぎょぉえええ! ちょっと、先生方! とうとう、うちのラクナがやりましたよ! 散々問題児と馬鹿にしやがったけどな、あいつはやれば出来る奴なんだよ、バーカバーカ!』


 だいぶ酒回ってるな、ツカータ先生。


『なんだって? まあ、どうせ大したことはないだろう? 問題児を抱えて大変ですねぇ! ツカータ先生!』


 もう一つ、女性の声が響く。


『んだ、てめぇ、おいタグラ! カツラはぐぞ!』


 歴史のタグラ先生、カツラだったのか。
 顔のわりに髪がふさふさだったから、怪しいという話が友人の間で流れていたな。
 いいネタを獲得した。


『ちょ、ちょっとツカータ先生! 生徒にカツラのことがばれたらどうするんですか!』
『るせぇ! うちの大事な生徒を馬鹿にしやがって……!』
『ちょっと! 私のカツラを返してください!』
『ツカータ先生落ち着いてください。……はあ、ラクナくん。電話変わりました、教頭です』


 なにやら乱闘が起こっているのか電話先が騒がしい。
 ていうか、教頭先生かよ。凄いクールで眼鏡姿がイケメンなんだよな。
 教頭をやってるくらいだし、それなりの年齢なのだろうけど、見た目は若い。
 女子生徒がたまに告白することもあるくらいだ。
 ああいう、イケメンに俺も将来なりたいものだ。


「え、ええと、ゴーレムを召喚できたので」
『やりましたね。明日のお披露目にも参加できそうですね。明日、寝坊しないように注意してくださいね』
「はい。そ、それでは」


 教頭が電話をきり、俺は短く息を吐きだす。
 それからカルナに連絡しようと思ったが、やめた。
 明日の準備で忙しいって言っていたし、すでに二十三時を少し回ったところだ。
 今から連絡するのは、そもそも失礼な時間だよな。
 ちょうどショットが部屋にあがってきた。


「とりあえず、服でも着るか?」
「私は着なくてもいいぞ?」
「俺が困るから着てくれ」


 とはいえ……ショットに合うサイズの服は持っていない。
 ……とりあえず、俺のジャージでも着させればいいか。


「ここに余っているジャージがいくつかあるから、適当に着られそうなのを選んでくれ」
「ふむ……これでいいか」


 ショットは渋々といった様子でジャージを掴んだ。身を通すと、足や腕の丈はだるだるに余っていた。
 唯一問題なかったのは胸の部分だ。
 むしろ、チャックが上までしまらないのか、きつそうに胸元を開けている。
 ……真っ裸よりも、こっちのほうが色気があるかもしれない。


「……はぁっ」


 ショットはなぜか嬉しげな吐息をもらした。
 それから、しまったという顔で俺のほうを見てくる。
 どうしたのだろうか?


「い、今のは別にマスターの匂いに安心したとかではないからな!?」
「安心しちゃったってことか……うがぁぁ! 抱きしめたい可愛さだな本当に!!」


 ここでただ両手をわきわきと動かすことしかできないのか俺はっ。
 この行き場のない感情をどこにぶつければいいのだろうか。
 近くにあったハンドグリッパーを両手に持ち握力を鍛えることにした。
 体を動かせば少しは発散もされる。
 ショットはそれから周囲をみて、苛立ったように眉をあげた。


「マスターの部屋は、随分とリレンズとやらのポスターが多いな」
「そりゃあ、リレンズ大好きだからな」


 天井と、壁に大きくポスターをつけている。
 これのせいで、相部屋だった生徒は、別の生徒の部屋へと移動してしまった。
 俺の「リレンズ可愛い」とフィギュアを毎日抱きしめる姿に耐えられなかったと彼は言うが、別におかしなことでもあるまい。


 俺だって玄関の椅子など、ゴミを押し付けられているのだから、おあいこだ。
 ショットはふんと腕を組みそっぽを向き、それからはっと目を見開く。
 もうあの顔のときは何を考えているのか分かった。
 また、心が勝手に、だろう。
 この状況で何を思ったのだろうか。
 握力を鍛えるだけでは飽きたので、スクワットも加える。


「何かあるのかよ?」
「……私の心、もう嫌だ」
「何を思ったんだ?」
「……さっき、私が言おうとしてなんとかこらえた言葉を言わせるつもりか?」
「嫌ならいいっての。無理すんな」
「……ああ、勝手にマスターに追い詰められて、マスターに慰められて心が嬉しがっている。なんて嫌な体なのだ」


 変な奴だな。
 一汗かいた俺は、ショットが持ってきた鞄からフィギュアをとりだす。
 ポスターを壁につけ、フィギュアはきちんと綺麗にしてから元あった場所に並べる。
 我慢ならずに抱きしめる。


「やっぱりリレンズは最高だ!」
「マスターには私がいるだろう! ……って、言ってしまったぁ!」


 ショットは壁に手をかけて、頭をごつごつとぶつける。


「ちょっとやめろ! 隣の人に迷惑だろ!」
「うるさいっ。もう、この体最悪だ! 感情がもてあそばれる!」
「さっきのはどうして怒っていたんだよ! 今さっきのはちょっと理解できなかったぞ!」
「フィギュアをめでるマスターに嫉妬してしまったのだ! 心が勝手にな! 私は微塵も、これっぽっちも思っていないからな!」


 真っ赤になって必死に否定する彼女に、俺はくらりと目眩を覚えてしまう。
 こいつの相手をしているとたぶん、俺は次の日には死んでいるだろう。
 一度体を落ち着けるために、窓を開ける。五月の冷たい風がほてった肌を冷やしてくれる。
 ショットも落ち着いたようで、きょろきょろと周囲をみる。その両目はまるで子どものようだ。
 ……ああ、これも俺の妄想だな。


「マスター、これがパソコンか」


 生意気だが、気になった物を訊ねるというものだ。
 自分の妄想通りの展開に涙を流しそうになりながら、こくりと頷いてやる。
 ……まあ、彼女はこの時代の知識だけは持っているみたいだから、記憶と実際の物を結びつける作業をしているようだ。
 ショットは部屋の中を駆けまわっている。
 俺はその姿に笑みを浮かべながら、窓枠に腰掛けて外を眺めていた。
 と、ぽつぽつと大地を雨が濡らしていく。


「雨!?」


 俺は速くなる動悸を自覚しながら、雨を注視する。
 夜ではわかりにくいが、その雨は……普通の雨だ。
 ホッと胸を撫で下ろす。


「……マスター、どうした?」


 物色を中断したショットが俺の反応に気づいたようで、首を捻ってくる。
 ああ、可愛いなぁ。ショットの顔で心を落ち着けながら、俺はひらひらと手を振る。


「別になんでもねぇよ」
「ふむ……」
「ていうか、わからないのか? 黒い雨」
「……むぅ、記憶にないな」


 ……意図的に避けてしまったのかもしれない。


「まあ、黒い雨がたまに降るんだよ」


 昔を思い出しながら、俺は笑みを浮かべて片手をあげる。


「俺はシャワー浴びてくるから、部屋から出るなよ?」
「ほぉ、マスターよ。私が背中を流してもいいのだぞ?」
「う……っ」


 想像して顔が赤くなる。
 ショットがタオルを持って俺の背中を優しく洗っていく。
 たまに肌がふれあい、胸がこすれ。
 『背中だけじゃなくて、前もだ』……とか言ってくるのか。
 妄想を中断する。
 うっかりお願いしますと言ってしまいそうになる。


「……な、なんだ照れ隠しか? 一緒に入りたいなら、素直に言えよ」
「な、なぁぁっ! そ、そんなのではない! もうさっさといけマスター!」


 ……俺も攻めには弱いが、ショットだって同じだ。
 一度耐え反撃する。
 今の彼女は過敏になっているためすぐに否定の言葉をぶつけてくる。
 しばらくは、これでどうにか凌げるだろう。
 ゴーレムを作ることはできたが……明日からの生活、大丈夫なのだろうか。



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