俺のホムンクルスが可愛い

木嶋隆太

第五話 ホムンクルス?

 今日も切れ長の瞳に一切の優しさがない凛々しい姿だ。


「ラクナ……来たわね! 今から参加することになるけど、大丈夫?」
「拒否できる立場じゃないのはわかっています! 盛大に馬鹿にされてきますね!」
「ええ、その覚悟受け取ったわ! さあ、行きなさい……っておまえ、ゴーレムはどうしたのよ?」
「いや、いるじゃないですか……」


 ずっと俺の後ろでつまらなそうに髪を弄っているショット。
 挨拶くらいしろよ。肘でつつくが、ショットはぷいとそっぽを向いてしまう。
 生意気なゴーレムである。ツカータ先生は不思議そうに首を捻る。


「おい、ショット。なんか言ったらどうだよ」
「ふん、マスターは大人っぽい女性が好きなのか?」
「……また、嫉妬してくれてんのか?」
「あっ……ち、ちが! くそぅ、くそぅ、もうくそしかいえないぞ……」


 今にも泣き出しそうなショットに、ツカータ先生は眉間に皺を刻んだ。


「ま、マスター……ちょっとラクナ。おまえ、下級生を連れて……変なプレイをしているわけじゃないわよね?」
「な、何をふざけたことを言っているんですか! やるならお姉さん的な人を連れてきますよ!」
「ならこの子は誰よ!」
「だから、こいつが俺の――」


 ゴーレムだ、と言いかけたところで司会と目が合う。


『さぁ!  おおっと今、ちょうど来たようです! レジニアさんとカルナさんの前に、まずはこの問題児と行きましょうか! 多くの人が知っている問題児、ラクナです! レジニア、カルナさんとは何から何までもが違う、まるで真逆の存在! そんな彼がどんなゴーレムを作ったのでしょうか! ていうか、カルナさんにやたらと親しいラクナが憎くてたまりません!』
「なんだ、今の紹介……?」


 あの司会、可愛い顔して酷いことを言ってくれる。
 拳骨でも叩き込みたかったが、それはまた今度だ。


「ショットっ! 行くぞ!」
「……そうだな。それにしても、今のはマスターへの侮辱か?」
「だろうな」
「……普段の生活から、なんとなく問題児は理解できる。だが、さすがにマスターを侮辱されるのは気に食わないな」
「ショット……頼もしいぜ!」
「はっ! 別に私はマスターがどう扱われようがどうでもいいからな!」
「ショット、おまえだけが頼りだぜ!」
「あ、ありがとうだ……はぁ」


 嬉しげな笑みを浮かべたショットは、その後表情を暗くする。
 もはや泣き言をいう気力もないようだ。


「ら、ラクナ……! おまえ、まさか!」


 ツカータ先生が息をのみ、急いだ様子であわわとぱにくっている。
 普段落ち着いているためにちょっと可愛い。時間があったら写真におさめたいと思ったほどだ。
 俺はそんなツカータ先生を安心させるように親指を立て、壇上へと歩いていく。


「おい、ラクナー! 一体、どんな弱いゴーレムを作ったんだよ?」


 歩きだした瞬間、俺への罵倒が飛ぶ。
 からかいのまじった表情の奴はいいが、本気で馬鹿にしている奴もいる。
 特に、ゴーレム士の親を持ついわゆる貴族たちにその傾向が強い。
 ふんと鼻をならし、俺は堂々と歩く。
 別に、ゴーレムの優劣などどうでもいい。今はただ、ここをやり過ごせばそれで。
 カルナが嬉しげな表情で俺のほうをみて、困惑げに後ろを見る。


「……ラクナ、誰よその女?」


 カルナの頬がひくついている。
 俺が約束通り作ったことを喜んでいる、というわけじゃないみたいだ。


「俺のゴーレムだ」


 変な誤解をされるのも嫌だったため、正直に言うと、


「へ?」


 カルナはポカンと口を半開きにした。
 俺とカルナの会話を聞いていたレジニアも同じ顔をしている。
 まあ、俺もこんなゴーレムがいるんだって驚いたからな。
 もしかしたら、新種のゴーレムかもしれない。……そうなると、国からがっぽりとお金をもらえるかも。
 困惑は壇上だけではない。


「なんだあの可愛い子……」
「凄い……美人だ」


 ショットを見た男子達は感嘆の息をもらし、その魅力に気を失うものまでも出る。
 過剰な反応だけど、納得はできる。
 俺としてはもう少し落ち着きをもって、背が高かったら最高だったんだよな。
 ゴーレムの基本は土だ。
 とはいえ、素材に土を使ってはいるが、石や、鉄や銅などに変わることもある。
 そこは生まれつきの才能、としかいいようがない。トップクラスの天才となれば、もっと珍しい鉱物にもなる。
 なんだっけな……世界最高の強度を持つオリハルコンとか。
 まあ、俺はゴーレムについて大した知識はない。
 きちんと学んでもいなかったし、わからなかったらカルナに聞けばよかったし。 
 俺は等身大のフィギュアでも作る気分だったからな。インタビューとかされるんだよな。
 なんて答えるか……。


『え、えーと……ラクナさん? ただでさえ遅刻で余計な時間をとっているのですから、早くゴーレムを出してください!』
「ここにいるだろーが! こいつが俺のゴーレムのショットだっ。ほら、ショット、ご挨拶!」
「……き、緊張してきた」


 ぼそりとそんなことをいって、ショットはその場で小さくなる。


「はぁ? おまえ、何か言えって」


 確かに六百近くの視線があるのだから、緊張は仕方ないかもしれない。
 けど、サキュバスだろ? 男とか誘惑しているときのほうが恥ずかしいと思うんだけど……。


「そ、そもそも私は人見知りが激しいタイプだったのだ! 千年前だって、遠くから他人の生命エネルギーを奪ったことしかないわい!」


 もはや顔を隠すようにうずくまってしまった。


「ショットっおまえ弱点だらけじゃねぇか!」


 俺の声ばかりが体育館には響く。
 数瞬の沈黙が場を支配したあと、一斉に笑いが起こる。 
 それはもう、笑っていない人などいないくらいの音量だ。
 有名なお笑い芸人でも、これほどの爆笑を同時に起こせた人はほとんどいないのではないか。
 俺は頬を引きつらせてしまった。


「な、何を言ってるんだよ! そいつはどう見たってただの人じゃねぇかよ!」
「とうとう頭がおかしくなっちまったのかよラクナ! はっはっはっ! ゴーレム作れないなら、せめてもうちょっとゴーレムっぽいのをもってこいっての!」


 会場内では普通に座っていられるものもいなくなり、体育館の床を叩き、笑いを抑えようとするものたちまでも出てくる。
 さてどうしようか。
 この状況を打破できるような手段を俺は思いつかない。
 カルナとレジニアに目を向ける。ダメだ。
 あの二人なんか難しい顔で話をしている。俺が入ってもちんぷんかんぷんな類だ。
 司会もマイクに声をのせるように笑っている。おかげで騒がしいったらありゃしない。
 体育館の壁際に待機していた教師達も小馬鹿にした様子で俺をみてくる。
 ……普段の行いが悪いのもあるが、それにしたってここまで俺の言葉が届かないなんて。
 爆笑に気づいたショットが顔をあげて、生徒達をきっと睨みつける。


「……マスターよ。少し魔法を使ってもいいか?」
「……おまえ使えるのか?」
「軽い身体強化の魔法ならばな。……ゴーレムと人間の決定的な違いだろう?」
「あ、ああ……まあそうだな」


 ショットの両目が怒りに満ちている。
 許可を出してすぐ、ショットは笑みを作り近づいてくる。


「マスターよ。私は、一人の人間を馬鹿にする奴は嫌いだ。だから、これは一応マスターのためにやるようなものだ」
「いつもみたいに否定しないのか?」
「今回はな、それで良いと思ったんだ」


 それは俺が作った感情、なんだよな。
 少しむなしくもあったが、それでも嬉しいと思えた。


「おまえってかっこ可愛いな」
「……そ、そうか」


 恥ずかしげに頬をかくショットは、それから全身に力を放つ。
 すっと俺の体から魔力が抜ける。
 一体何をするだろうか。首を捻っていると、ショットに体を持ち上げられる。


「うぉっ!?」


 いわゆるお姫様抱っこだ。
 その行動に、笑いが起きていた会場に戸惑いが走る。
 俺も同じような気持ちだ。
 大人しくするようにとショットが片目を閉じてきて、俺はこくこくと首を縦にふる。
 お姫様の気分でショットの顔を見つめていると、勢いよく飛びあがる。
 すたっと体育館の二階へと着地したショットは俺をそこに置く。
 二階はカーテンを閉めるときに上がったことがあるくらいだ。
 それほど足場があるわけではないそこから、俺は体育館にいた生徒を見下ろす。


「これで、どうだ?」
「……上出来、なんじゃないか?」


 生徒たちの驚愕の目を浴び、ラクナは手すりに手をかけながら笑う。


「……ホムン、クルス」


 静かになった体育館で、誰かの呟きが体育館に広がる。


「ホムンクルスって……神話に出てきたゴーレムだろ!?」
「本物の人間みたいなゴーレムで……選ばれし者の中のさらに選ばれし者の選ばれし者のみたいな奴しか作れないっていう奴だろ!?」
「そんな昔話のようなことがあるわけ……あるわけ!」


 ……ホムンクルス?
 聞いたことがない名前だ。生徒たちも知っている人と知らない人が入り交じっている。
 カルナとレジニアは、確信を得た様子だ。……あの二人が話していたのもこの内容か?
 どうなってるんだよ? ゴーレムじゃないのか、こいつは?
 体育館の扉が強く開け放たれ、何人もの教師が入ってきた。


「ラクナ! 今すぐ、職員室に行くわよ!」


 そう叫んだのは階下にいるツカータ先生だ。


「ショット、また下に降りられるか?」
「これ以上の魔力消費は体似負荷がかかってしまうぞ」
「……マジかよ。なら階段で降りるか」


 ゆっくりと階段を下りていった。

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