義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第五十話 帰還2



 あまり船としての機能が高くないこともあり、移動に一日近くがかかってしまった。
 大地に船が定着し、冬樹たちは一度船から下りる。
 それから、ワッパがその船から必要な部品だけを外して流してしまう。


「お、おい!? いいのか!?」
「はい……あれ、失敗作ですし。それに……あの船を自動操縦で闘技島とレイドン国の間くらいで沈没するようにしておきました。これで……私たちが、沈没したと勘違いする……と思います」
「おまえ……手馴れてんな」
「計算した……だけです。それより……これからどうするのですか?」


 ワッパが首を捻り、冬樹はイチっぽい死体が入った鞄を担ぎ上げる。


「……とりあえず二手に分かれるつもりだ。まずは、ルーウィンの街に戻るメンバーだ。とりあえず、俺はこの死体を忍者に渡してくるから……ミシェリー、サンゾウとワッパを任せてもいいか?」
「……了解」


 不満げであるが、戦力的に見ればこれが一番だ。
 サンゾウはすでに納得した様子で頷いている。
 もともと、サンゾウはイチのことが心配であるはずだから、ルーウィンメンバーに入れるつもりだった。


「……ま、別に俺一人でいいんだが」
「放っておくと師匠問題起こすっすから、私がついていくっすよ」
「というわけで、忍者に死体の引渡しをするのは俺とクロースカで行こうと思ってる」
「私は……どうすればいいですか?」
「おまえは運動が苦手だろ? 先にルーウィンにいって、自己紹介でもすましといてくれ。いい人たちばかりだから、きっと気に入るよ」


 寂しげな彼女の頭を撫でると、ワッパは落ち着いた姿をみせる。
 ミシェリーが犬のように頭をこすりつけてきたため、そちらも軽く撫でてから拳を固める。


「それじゃあ、またルーウィンでなっ」
「クロースカ、だーりんが無茶しないように見張り、よろしく」
「わかってるっすよ。そういうわけで、師匠行くっす」


 歩きだしたミシェリーたちとは少し方角を変えて冬樹たちも移動する。
 忍者たちはあの家にいてくれているだろうか。
 はしゃいでどこかで遊んでいないか、それだけが心配である。
 途中、魔獣が現れるがクロースカが軽快にさばいてくれる。
 だてに、Aランクの冒険者ではない。


「結構運転してたけど、疲れていないか?」
「大丈夫っすよ。もともと、ドワーフは最低限の睡眠で生きられるように作られているっす」
「へぇ……」
「たぶん、研究者が多いからっす」
「なるほどね……」


 冬樹のイメージでは研究者というのは夜遅くまで研究をしているというイメージであった。
 共に歩いていき、やがて忍者の家が見える。
 気が変わって攻撃を仕掛けてくる可能性もある。


 冬樹たちは警戒しながら家をノックすると、シェルが出迎えてくれた。
 中は騒がしい。
 宴会の途中だったのか、シェルの顔はどこか赤みがかっている。


「あれ? あんたたちどったの? ふへー」
「ふへーじゃねぇよ。ホレ、約束の死体だよ」
「あー……死体ぃ? ……死体!? あんたたちが失敗作を殺したのか!?」
「とりあえず目を覚ませ!」


 冬樹が一発拳を落とすと、シェルはその場で回転する。
 それから、シェルはきりっと目を鋭くして、冬樹から死体を受けとる。


「わかったぞ。とりあえず、私たちはこれを届けよう。……それにしても、あの偏屈なワッパがよくもまあ手伝ってくれたな」
「まあな」


 この国にいる、というのは報告しないでおいた。
 ワッパも自由になりたいと言っていたし。
 それからちょっとまずいことを思いだして、シェルに伝える。


「……ちょっと問題起こしたからもしかしたら、国に戻ったら問題になっているかもしれないが、黙っててくれないか?」
「……何? まあ、基本は喋らないでおこう。休日をくれた礼だ」
「ありがとなっ。おまえ実は良い奴だなっ」
「ふん褒めてもなにもでないぞ……いや、待て……すまん、私吐きそうだ」
「出すなッ! 俺は帰るからな!」


 逃げるように扉をしめると、同時にうめき声のようなものが扉ごしに聞こえたが、冬樹たちは無視してルーウィンへの道を歩いていく。
 その途中、クロースカが足を止める。


「どうしたんだ?」
「師匠……ちょっと、魔石にこの土地の魔法をいれるっす。見てくれないっすか?」
「魔石に魔法か……そういや見たことなかったな。ああいいよ」


 ルーウィンに戻ってからではまたあれこれ忙しくなるだろう。
 今まで協力してくれているのだ。
 お礼のような気持ちで、クロースカの準備を待つ。
 やがて、クロースカは黒色の魔石を取りだす。
 クロースカが集中してしまったために、ハイムに解説をお願いする。


『……何よ。そろそろ寝る時間じゃないの』
『怒るなよ。今日はぐっすり柔らかいベッドで寝る予定だ。魔石に魔法を入れることについて、解説頼んでもいいか?』
『……はあ、いいわよ。まず、魔石に魔法を入れられるのはドワーフだけなの。これは知っている?』
『まあ……確かどっかで聞いたような』
『……じゃあ、魔器と魔石魔法の違いは知って……るわけないわよね。魔器ってのは、魔法を書きこんで作った便利な道具ね。色々含まれてて、魔石魔法もここに含まれている、という人もいるわね』
『で、肝心の作り方は?』
『……まず、あの黒い魔石は魔法が入っていない状態なのよ。あそこに、ドワーフだけが持つ土地の記憶を見る力を使い、魔石に魔法を込めるらしいわ。まあ、感覚的なものはドワーフじゃないから知らないけど……とにかく、それで他人の魔法を入れたり、今回みたいに土地の魔法を入れるのよ』
『土地の魔法ってのは?』
『……人間、道具ってみんな記憶を持っているでしょう? この土地は昔大戦で使われたりして、様々な魔法の記憶を持っているのよ。それを魔石に取り込むってことよ。最強の魔法を作れることもあるし、小さな火くらいの魔法しか作れないこともあるから、一長一短ね。……四字熟語使い方あってる?』
『まあ、だいたい』
『……ふふん。まあ、最強の魔法を作るにはドワーフの才能しだいだけど……クロースカってそれなりみたいね』


 興味深げな声をあげ、冬樹もそちらを見る。
 クロースカは真剣な眼差しで魔石に両手をあてる。
 なにやら、その周囲に複雑な魔力がいくつも浮かぶ。
 断片的にしか理解できないが、恐らくは記憶から魔法を厳選しているのだろう。
 冬樹は口出しをするか迷ったが、注意は早い方がいいと思い、


「……魔力を入れる動きに迷いがあるな」
「そ、そうっすか?」
「ああ。もっと堂々と出来ないのか?」
「……そ、それは……や、やってみるっす!」


 クロースカがもう一度魔力を集め、その土地の魔法を魔石に入れようとする。
 そのタイミングで冬樹は待ったをかける。


「魔力かなりバラバラだな。……とりあえず、丸を作るイメージでやってみたらどうだ?」
「こ、こうっすか?」


 魔力の塊が、不器用ながらも丸の形をとる。
 とはいえ、スライムのように気を抜けばすぐに変形してしまうようなものだ。


「そうだ。それから、それをぶちこめっ」
「は、はいっす……」


 後は入れるだけ。
 その場面でクロースカはがたがたと震えだす。
 違和感があったが、すぐにそれは収まる。
 クロースカは魔石へと魔力の塊を入れて、ようやく魔石に色がつく。
 緑色の魔石になり、クロースカはこちらに差し出してくる。


「見るっすよ! これ、たぶんエア・スラッシュっす!」
『……へえ、中級くらいの魔法じゃない』
『結構いいって感じか?』
『……まあ、タダで使えるなら十分ってくらいね。ドワーフとして、最低限仕事をもらえるレベルってところよ。あたしのほうが魔法使ったらもっと上よ』


 魔本である彼女からすれば、人の魔法など大したレベルではないのかもしれない。
 ハイムの張り合うような口調に苦笑を浮かべながら、安堵の息をもらしているクロースカに訊ねる。


「おまえ、さっき緊張してたよな?」
「へ……?」
「なんていうか、あの震え方は……魔石魔法を作ることにびびってる感じだったな。なんかあったのか?」
「えー、まー……よく見てるっすね。一瞬だったっすよ?」
「これでも人を見る機会は結構あるんだよ」
「そうっすか。歩きながらでいいっすか?」
「もちろんだ」


 共にルーウィンへと向かっていく途中、クロースカがぽつりぽつりと呟いていく。


「昔……魔法を入れようとして失敗したっす。派手に爆発して、家がふっとんだっす」
「なっ!? そんなに魔法を入れるのってやばいのか?」
「そうっすよ? ぶちこんで、失敗したらこの当たりの土地が陥没っす」
「へ、へぇ……」
『……間抜けづらよ』


 からかうような調子のハイムの声が響く。
 くすくすとした笑いが何度も聞こえて、頬を引きつらせる。
 知っていたのなら止めてほしいとハイムに怒りをぶつけながら、冬樹は口を開いた。


「それでもさっきは出来たんだな」
「師匠のアドバイスがわかりやすかったからっすよ」
「そうか? へへん」
「今の笑い方は気持ち悪いっすよ」


 さっきのは軽い冗談みたいなものだ。
 そういうことにするために、咳払いをする。


「まあ、なんだ……。一番危ないのは、自信を持たずにやることだからな。もしも、今後もやるなら、自分にあった力で挑戦するか、もうきっかり諦めるかしたほうがいいかもな」
「そうっすね。一度は諦めた部分もあったっすけど……師匠を見て、なんとなく、できるかもって思ったっすよ。だから、まだ、挑戦するっす」
「なら、俺は全力で応援するよ。いつでも聞きに来てくれ」
「はいっす! 師匠に教えてもらいまくるっすよ!」


 クロースカは明るい笑みとともに、夜の大地を走っていく。
 冬樹も、そんな彼女と競争するようにして、ルーウィンの街へ戻る。
 あと少しでルーウィンに到着するというところで犬の鳴き声が聞こえ、スピードスターが飛んでくる。


「おー! 元気にしてたかー?」
「フユキ! フユキ!」
「お、名前覚えてくれてるのか!」


 さすがに賢いということもあり、スピードスターは何度か名前を呼び大きく吠える。
 ぺろぺろと顔をなめまわしてくるスピードスターの頭を撫でながら、ルーウィンの街へと入る。


「ミズノさん……よかった、無事だったのですね」
「また泣き虫に戻ってるぞ、ルナ。ただいま」
「おかえりなさい。……こんなときにからかわないでください」


 ルナは相変わらずの綺麗ないでたちで、こちらへと駆け込んでくる。
 彼女を受けとめていると、後方にミシェリーとワッパの鋭い視線があるのに気づいた。
 リコとそれにレナードもいる。


 ……色騎士が力を貸してくれるという話であったが、どうやらレナードのようだ。
 トップにニバン、それにイチもいる。
 それを見て、冬樹はようやく帰ってきたんだなと短く息を吐いた。

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