義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第四十八話 無能

 グロイドは戸惑っていた。
 確かに、フユキと呼ばれていた男は見慣れない鎧を纏ってこそいたが、こちらは二百人もいるのだ。
 それが一度に手裏剣を投げれば、普通の人間が捌き切れるわけがない。


「どうして! 爆発魔法が発動しない!」


 おまけに、手裏剣には魔法もこめているのだ。
 なのに、すべて無効化されている。


「ど、どうやら魔法を解除する攻撃を仕掛けているようです!」
「見りゃわかるよ! そんなもの突破してみせろ! 父に言いつけられたいのか!」


 父が持っている権力をちらつかせると、話しかけてきた忍者が慌てふためく。
 普段ならばそれを見て、さらに脅して楽しむのだが、今はそれどころではない。
 敵であるフユキを見る。物騒な鎧をみにまとい、見たこともない剣を持っていたが、所詮は一人だ。
 頭によぎった一つの作戦を放棄する。


 忍者たちが魔兵を作りさらに数を増やすというものだ。
 ただし、一度でも使ってしまうと魔力が足らず再使用できなくなってしまう。
 そこまでしなくとも問題はない。
 相手は研究所前から動けないのだから。


「私は後方から援護に徹する! 貴様らは全員突っ込め!」
「た、隊長! 二百人です!? この数での連携はもっと強大な敵でなければ不可能です!」
「黙れっ! やれといっているのだからやれ! 私に従えないのか!」
「……わかりました」


 ようやく動き出した目の前のクズが歩き出す。
 グロイドは下がりながら、父の言葉を思い出す。
 この任務を達成すれば、さらに良い待遇を与えられる。
 ただのガキ一人を連れて来るだけの任務だ。


 十人の忍者たちが同時攻撃を仕掛ける。
 フユキが強いのは認めよう。しかし、腕は二本しかないのだから、どうやったって対応は……。
 フユキは片手をこちらに向けると、何かの塊が忍者たちを囲む。
 何かの正体はわからない。恐らく妨害系の魔法であろう。
 それを浴びた忍者たちは、明らかに動きがちぐはぐになる。


 あの程度避けろ無能どもが!
 苛立ちの声をあげる。
 連携どころか、忍者同士でぶつかるものまで出て来る始末。
 結局十人はフユキによって簡単に倒されてしまう。


「相手は妨害系の魔法を使っている! こちらも視界を妨害しろ!」


 相手の眼前に闇のカーテンをかける、闇属性魔法。
 確か、部隊にもいたはずだ。
 即座に忍者が魔法を放つ。そうしながらも同時攻撃。
 しかし、


「らぁ!」


 フユキが叫ぶと、魔法は解除され、近づいていた忍者たちが弾かれる。


「た、隊長! あいつを倒すのは無理です! 別に戦力をさき、中に入ることを優先しましょう!」
「ふざけるなよ! 私に逃げろといっているのか!」
「ち、違います! 目的はワッパさんを捉えることでしょう?」


 確かにそうだが、ちらとグロイドはフユキをみる。
 攻撃の手が止んだことで彼は余裕げな表情で手をこちらに向けてくる。


「おーい、もう攻撃は終わりかー? 疲れたかー?」
「馬鹿にしやがって……っ! 総攻撃だ! 休みなく攻撃して疲れさせろ!」
「わかり、ました」


 グロイドは無意識的に放った言葉だったが、遅れて自分の作戦が天才的であることに気づいた。
 こちらはまだ百五十人近くいる。全員の体力が尽きるまで攻撃すれば、その頃にはフユキも疲れているだろう。
 そこで元気な自分が戦いに参加し、見事に倒す。
 かっこいいし、周りに示しがつく。


 これで、生意気な部下も減るだろう。
 自分をコネだけで忍者のリーダーになったと噂するクズもいるのだ。
 確かに父に頼んだが、それは生まれ持っての自分の才能みたいなものなのだから利用することになにも悪いことはないはずだ。
 とにかく、今は作戦を見届けるだけだ。
 それから十分ほどして。


 グロイドは目の前に起こっている自体が理解できなかった。
 あれほど休みなく攻撃をしかけ。
 数秒攻撃を受けきればそれでも自慢できるような忍者の怪物相手を。
 すべて、倒してしまった。


 負傷を訴えるようにして、多くの忍者が地面に転がっている。
 ……まるで、ドラゴンとの戦闘の跡のような。
 小さな戦争の跡のように……忍者たちはまるで動いてくれない。
 がたがたと体が震えだす。
 おさまれといっても、体は止まってくれない。
 フユキは軽く身体を動かすとまだ余裕のあるような動きで近づいてくる。


「悪いな。何人かは加減できなくて結構やばい怪我になっちまってるかもしれない。すぐに治療をしたほうがいいかもだ」
「く、来るな化け物!」


 グロイドは腰を抜かす。何かしなければ。
 そんな気持ちで砂を掴み投げつけるがまるで意味をなさない。


「あんた、リーダーだろ? 早く救助呼んでこいって」
「ふざけるなよ……!」


 グロイドは必死に勇気を奮い立たせる。
 圧倒的に不利? そんなことはないとグロイドは笑みを作る。


「私はグロイド・ディアルテンド・ド・フエルナマだぞ! 侯爵の貴族だぞ! 薄汚い平民が! 私に向かってこの行為は死刑にされても文句は言えないぞ!」
「……けど、ワッパはこの国のものじゃないんだろ?」
「なんだと……! 国に逆らうつもりか?」
「別にそういうわけじゃ……ワッパの自由にさせてやりたいってだけだ」
「自由、だと? そのためだけに、これほどの力を身につけたというのか」
「うん? まあ、それでいいや」


 わけのわからない男だ。
 しかし、グロイドは彼の余裕に満ちたその表情にふと、疑問を投げてみたくなった。
 それは、小さな頃を少し思い出していたからだ。


「……女一人のために、そこまでしたのか?」
「ああ、もううるせぇなって。ごめんごめん……おまえじゃなくて……」


 フユキは耳に手を当てるようにして、胸のネックレスを軽く小突いてみせる。
 意味不明の行動にグロイドが首を捻っていると、フユキは口を開いた。


「女一人とか、関係ないよ。俺が守りたいと思ったのと……まあ、用事もあるからな。そんなもんだろ」
「……」


 グロイドは彼の自由すぎる……無謀にも近い生き方にただただ驚くしかできなかった。
 冒険者だって、様々なしがらみを抱えている。
 貴族なんてもっとだ。


 はっきりいえば、貴族というものはよっぽど馬鹿な生き方をしなければ、永遠に安泰な地位だ。
 貴族同士でうまく金がまわるように、作られている。
 この地位では、何でも願いが叶うといっても過言ではないほどだ。


「……貴様、もしも私の部下になれといわれたら、いくら積まれたらなる?」
「……え? いや、金もらってもなぁ」
「ならば、もしも自由な地位を与えられるといったら?」
「だから、今はそんなもん興味ないしな……」
「興味、ない……か」


 フユキという人間は、自分よりもはるかに年上であるだろう。
 大人になればなるほど、そういった安全な生活の大切さがわかるはずだ。
 なのに、彼は……それでも自分の自由を求めている。
 もちろん、様々な立場の違いはあるだろう。


 それでもグロイドは、フユキの生き方は……小さい頃の憧れであったために、羨望の目を向けてしまった。
 例えるならば、物語の英雄を目の前に取り出したようなものだ。
 自分がなりたくてもなれなかった。
 それからグロイドは転がっている自分の部下――いや、グロイド自身の部下などは一人もいない。


 ここにいるのは、すべて父が用意してくれた部下だ。
 ――自分には何もない。


「……あんたは、戦う気はないよな? だったら、すぐさま救助を呼んでくれ。たぶん、死ぬような怪我はしていないけど、何かしらの障害が残る可能性もあるからな」
「敵までも、気遣うのか……本当に英雄のようだな。むしゃくしゃする!」
「……英雄? そんなんじゃねぇよ。とにかく、わかったな?」


 研究所の一室が破壊され、そこから聞きなれない駆動音が耳に届いた。
 ――船が空を飛んでいた。
 あまり大きくはないが、十人程度は乗れるだろう小型の船だ。


「フユキ……ッ!」


 身を乗り出すようにして、ワッパがいた。
 今ココで、魔法でも放てばせめてもの抵抗の意志は向けられたかもしれない。


「フユキ……貴様はどうしてそんなに強くなったんだ?」
「才能と毎日の訓練じゃないのか? ……俺にはたまたま戦闘の才能があったからな。自分の長所を見つけて、小さいうちから伸ばせれば、人並み以上の能力にはなるんじゃないのか?」
「……そうか。もう、遅いな」
「なんだ、強くなりたいのか? だったら、自分の才能を頑張って伸ばしてみろって。今からでも遅くないから。……ああ、うるさいなハイム! ……別にいいじゃねぇか!」


 突然叫びだしたフユキに、グロイドは苦笑する。
 才能のある人間はどこかおかしいという話を聞いたことがある。
 それはワッパという人間だってそうだった。
 だから、目の前のフユキがおかしいのも納得はできた。


 フユキは不思議な形をした武器を取り出すと、頭上に放った。
 伸びた糸のようなものが飛行船に当たると、フユキの身体が頭上にあがっていった。
 今頃、あの飛行船を見て街は騒がしくなっているだろう。
 それに乗じて、悪さをするものもいるかもしれない。


 早く、忍者たちを助けなければならない。
 すぐさま救助を呼びに向かいながら、


「……そうだな。全部謝ろう」


 グロイドは冷静になって自分の先ほどの作戦を見つめなおす。
 ……酷すぎた。
 完全な油断から、相手の挑発に乗り、怒り任せにただただ無為に部下をけしかけた。
 そのクセ、自分は戦闘が怖いからといって後方に逃げていた。


 相手が魔法を無効化することも忘れて、同じような攻撃の繰り返し。
 よくもまあ、部下が従ってくれたものだ。
 それから、グロイドは密かに決意を固める。
 まずは……もっと強くなろう、と。自分に何ができるのかを見極め、それだけでも一流に……いや国のトップに立てるようになりたい。


 一応両親は才能に溢れているのだ。自分にだって何かしらの才能が……ある、と思いたい。
 弱気はダメだと、グロイドはフユキを思い浮かべる。
 ああやって、自分の道を貫き通した人間がいるのだ。自分の考えを貫くくらい、出来るようにはなりたい。
 グロイドはこの後に一体どんな罰が下されるのか、ため息をついた。



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