義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第四十四話 ロヂの街4





「……ま、マジか」


 目の前に立つ忍者に、冬樹はがくりと肩を落とす。
 それから、忍者が行っていた言葉を反復する。


「ダメ、だったんだよな?」
「はい。現在ワッパさんはある研究の最中で、人を誰も入れてくれませんでした。それが終わるまで、三日程度かかりますね」
「そこまで研究熱心なのかよ……」
「……はい。何か、相談がありましたら忍者の詰め所にきてください。相談くらいは受けましょう」
「あ、ありがとな」


 忍者が去っていき、冬樹は宿の前で頭をかく。
 気持ちよく日差しが差し込む中、冬樹はどんよりとした気持ちで宿へと戻っていった。
 すでにサンゾウたちが食事を注文して席についている。
 冬樹も注文は頼んであったので、あとは来るのを待つだけだ。
 冬樹の表情ははれない。この先、どうやってワッパに会うのか、まるで検討がついていないのだ。


「だーりん、あんまり考え込まないで」


 そういって慰めるようにミシェリーが体を寄せてくる。
 やんわりと押し返しながら、冬樹は笑顔を作る。


「ま、そうだよな。どうにかなるよな?」


 どうにか笑いながらも、心ではあれこれと思案してしまう。
 とはいえ、この四人の中ではリーダーなのだ。しっかりしなければと冬樹は能天気を演じる。
 朝食を終えたところで、今日はばらばらに行動することにした。
 一度落ち着いて街を見て回りたかったのだ。


 一人になったところで、冬樹は軽く伸びをする。
 戦争が始まるまで、あと一週間ほどだろうか。
 帰るまでに多く見積もって二日、出来れば戦争が始まる一日前には戻っておきたい。
 もろもろのことを考えると、ロヂで自由にできるのは三日程度だ。
 あまり多くの時間はない。そうやって物を考えていたからか、


「……ここ、どこだ」


 闇雲に歩いていたせいで、冬樹はよくわからない区画に迷いこんでしまっていた。
 あまり綺麗な町並みではない。
 いや、むしろ普通以下のレベルだ。


 破壊された建物は直されることはなく、ゴミは我が物顔で道に転がっている。
 しっくりくる言葉が一つあった、スラム街だ。
 歴史でしか聞いたことのない単語を思い浮かべながら、冬樹はあまり長居はよくないだろうと引き返す。


 その瞬間、嫌な気配を感じて周囲に魔力領域を広げる。
 何者かがそれに引っかかり、冬樹はそちらに視線を向ける。
 何名かがこちらを見ているようだ。


 不気味な視線が気になったが、ここで戦闘を始めたくはなかった。
 冬樹は道を引き返し、やがて一般市民が歩く道へと戻ってくる。


「ねぇ、あんた聞いた?」
「……ああ、知ってる。最近反政府組織の奴らが、あちこちで事件を起こしてるんだろ? 次は研究所を狙っているとかなんとか」
「そうそう。本当に、最悪だぜあいつらは」


 なんて、市民の声が聞こえてくる。
 ……反政府組織。
 冬樹はその言葉を聞き、一つの考えが浮かぶ。


 滞在している間に、事件を起こしてくれればそれに乗じてあれこれ仕掛けることもできそうだが。
 そう都合よくはいかないだろう。
 ……いや。
 冬樹はそこで一つの考えが浮かんだ。


 どうにか、反政府組織に接触することはできないだろうか。
 危ない橋であるが、このまま手をこまねいて時間を無為に過ごすよりかはよっぽど良い。


(……俺が反政府組織なら、一般市民を演じるか、スラム街に身を潜めるな)


 一般市民から見抜くのは至難の技だ。ひとまずはスラム街を回ってみるしかないだろう。
 先ほど行ったスラム街へと戻ってくる。
 今度は気配をたち、常に周囲を警戒しながら。


 おかげで、粘っこい視線を向けられることもない。
 冬樹は呼吸をしながら、物陰を隠れて移動する。
 黙っているのは好きではないが、こういった隠密行動は得意なほうでもある。


 スラム街を誰にも見つかることなく移動し、ようやく人を見つける。
 もちろん、魔力領域にはたびたび人がいたが、外を歩いている人間は少ないのだ。
 みなどこかしらの崩れかけた建物などに隠れているため、どうしようもない。
 その人物はつまらなそうに街を歩いている。
 特に何か目的があるのではないのか、つまらなそうに歩いていく。


 他にやることもない。その人物をつけていく。
 だいたい、スラムをぐるりと一周歩いたころだろうか。そこで、別の人間を発見する。
 殴り合いの喧嘩だ。物の奪い合いをしているようだ。


 ……短くため息をつく。
 損な性格かもしれないが、この状況でも喧嘩を止めないという選択肢はなかった。
 大した情報もなかったのだ。
 周囲で見ている人間が多くいるが、冬樹はそちらへとかけていく。


「おまえら、何やってるんだ?」
「……あぁ? おまえ、あっちの人間だな?」
「へへ、ちょうどいいかもが来たぜ」


 喧嘩は一瞬で止まる。
 喧嘩が止まる場合は、他者に止められるか、両者が納得して終わる、という場合だ。
 ……共通の敵となった冬樹は、迫ってくる男二名が取り出したナイフを見ながら待つ。


 対面してわかるが、冬樹よりも頭一つ分小さい。それでも身体はしっかりと鍛えられている。
 それを見て、僅かな違和感を見つける。
 ……さっきまで追跡していた人物は、明らかに栄養が足りていない体をしていた。


 しかし、男二名は汚れた服を着ているが、二日前くらいに洗っている程度のものだ。
 体だってしっかりしている。


「……おまえら、最近このスラムに来た奴らだな?」


 それはただの予想に過ぎなかった。
 馬鹿にされて終わり、という可能性もあった。
 しかし、冬樹の言葉に男たちの目つきが変わる。


「……おい、こいつを捕らえるぞ」
「ああ、逃がしちゃおけねぇな」


 顔を見合わせた二名は、それからナイフに魔力を纏わせていく。
 錯覚だろうか。男たちの腕には、不気味な紋章が浮かんでいる。


『……な、何よ! 人が寝ているのに、不快な魔力を近づけないでよ!』
『……不快な魔力、だと?』
『……そ、そうよ! あ、あいつらの腕の紋章! あれ、あたしの世界魔法に似ている!』
『……せ、世界魔法!? わけわからんが、後で詳しい話は聞かせてくれよ?』


 冬樹は返事をやめて、迫ってくる男たちの攻撃を見て、すぐさま土下座をする。


「す、すんません! 俺マジ喧嘩とか無理なんです! すんませんでした!」


 威勢よく謝罪すると、男たちは困惑げに動きを止める。
 ……この二人はさほど強くはない。
 だが、男たちの裏で何者かがいる。
 不快な魔力……もしかしたらアースドラゴンをたぶらかした者がいるかもしれない。


 ここは、わざと連行されて……こいつらのアジトを突き止める。
 アースドラゴン家族を破壊しようとした、何者かを許すつもりはない。
 見つけてぶん殴って捕まえる。
 冬樹はその決意を固めながらも出来る限り低姿勢で頭を下げる。


 そうしていると、男たちは調子のよさげな顔をする。
 これでも、上司との面倒な関係はそれなりにあったのだ。
 このくらい煽てることは慣れている。
 男たちに無理やり引っ張られるようにしながら、連れていかれる。


『……あんた、あいつらどうすんの?』


 恐らくミシェリーたちのことだろう。
 下手に相談して巻き込みたくはないし、冬樹は適当に答えておいた。


『ま、なんとかなるだろ』
『……あんたって結局、最後は誰も信頼してないわよね』
『あ? どういうことだ? 信頼してるっての』
『……だって、今だって一度戻って、事情を説明しておくとか色々できたでしょ? けど、あんたは誰にも言わずに一人で行動してるじゃない』
『……うーん、そうか?』
『……あたしにはそう見えた。ま、どうなってもあたしは知らんけど。あたしは念のため魔力をなくしておくから、これ以降話しかけても意味ないわよ』
『ああ、わかった』


 男たちに背中を押されるように歩かされる。
 スラム街をだいたい歩いたと思っていたが、建物の奥を進んでいくとまた別の場所に出た。
 このスラム街、意外とでかい。
 冬樹はともに歩いていきながら、やがて到着した建物の中へと押される。
 ……中に入ると、いくらかの人々がいるのがわかった。


「ボーゾさん! 怪しい奴をみつけました!」
「……あぁ?」


 振り返ってきたのは全身が青紫色をしたボーゾだった。
 怠けるような姿勢で首を傾けてきたボーゾの両目は鋭い眼差しをしていた。
 この威圧感は魔族、だろうか。ボーゾは疲れた様子でそれから怒鳴る。


「テメェ! 余計な奴を連れてくるんじゃねぇよ! これからの作戦に支障が出たらどうすんだよ!」
「す、すみません! けど、こいつ、なんだか俺たちのことを知ったような言い方してやがったんで?」
「なんだと? おい、おっさん、正直に答えろ」


 まだおっさんではない。
 大声で言ってやろうと思ったが、立ち上がったボーゾが剣を首元に向けてきたために、口を閉ざした。


「俺たちの計画を知っているのか?」
「い、いや知らないが……。え、えーとこの二人がなんだかスラムらしくない服だったから、それを指摘されただけで……ここはなんなんだ?」
「……どうやら、嘘は言っていないみたいだな。ここは俺たちのアジトだ。おい、こいつを牢屋にぶち込んでおけ!」
「……へい!」


 先ほどの男が体を押し飛ばすようにして、歩かされる。
 冬樹はもうびくびくとした演技をして、男に従う。
 建物の地下、そこには鉄格子の建物がいくつもあった。もともとは忍者たちの施設か何かだったのかもしれない。


 こんないつ崩れるかわからない場所の地下に入れられることには多大な不安があったが、冬樹は大人しく牢屋に入れられることにした。
 鉄格子の中には、もう一人男がいた。


「……あんたも、連れてこられたのか?」


 問うと、男は体を震わせる。彼の服装は、忍者のそれだががたがたと歯と歯をぶつけている。


「だ、大丈夫か? 落ち着けよ」
「ぼ、僕……やっと忍者に慣れたんです。なのに、いきなりこんな……もうどうしたらいいのか!」
「ひとまずだ、落ち着け」


 冬樹は男がいなくなったのを見計らい、男に言葉をかけていく。
 まずは落ち着かせるように、次第に忍者の男は浮かべていた涙を拭う。


「はじめての仕事で、街の調査をしていたら、あやしい奴らを見つけてそれでつけてきた、不意打ちでやられて……もう生きて出れないんですか?」
「大丈夫だ! 絶対に出る方法はある……その前に、知っていることを教えてくれないか?」


 根拠はまるでない。
 だが、弱っている人には直球な言葉のほうがよく響く。
 冬樹の言葉を受けた彼は、こくこくと何度か頷き、ようやく余裕を見せ始める。


「知っていること、ですか? 特に、ありません」
「……そうか」


 冬樹はいくつか思考をめぐらせる。
 ……アジトにいる連中は明らかに少ないし、敵の首謀者もいない。
 しばらく待てば……やってくるかもしれない。
 そいつを捕らえられれば、もしかしたら……面会も出来るのではないか、と。


「……けれど、アジトは掴んだんです。どうにか脱出さえ出来れば、こいつらを捕らえることはできる、はずです」
「ああ」
「……そうですよね。諦めてはいけませんよね? とりあえず、今は……隙を見つけるしかないです」


 忍者は途端にやる気をみせる。
 感情の動きが激しいほうだが、この状況ですぐに元気になれるのは一種の才能だろう。


「とりあえず……上の敵がいなくなるのを待つか」
「はい」


 忍者の頷きを聞きながら、冬樹は上に魔力領域を広げる。


『……あいつら、全員契約者よ』
『契約者?』
『……あたしたち魔本の力と契約をしているのよ。けど、その本体はここにはいないから、あたしが悟られることはないわね』
『ってことは、既に契約者はどこかに行ったってことか?』
『……そうね。あたしの考えだと、まず二週間前くらいにアースドラゴンを魔獣に変えた。そちらに忍者たちの意識を向けながら、スラム街でひっそりと反政府組織を集めていたって感じね。で、暴れられる力を渡したら自分はどこかに避難……まあ、戻ってくる可能性もあるけどね』
『なあ、その魔本は……自分の感情で破壊活動を手伝っているのかな?』
『……わかんないけど、逆らうことはできないと思うわね。たぶん、最近作られた魔本だろうから、まだ契約の力は残っているはずよ』
『助けられたらいいな』


 そう返事をすると、ハイムが意外そうな声をあげた。


『……あんたってお人よしよね。それとも、女の子が好きなの?』
『……次の魔本も女の子かよ』
『……恐らくね。この世界の最強の象徴は女なんだから』
『そういや、魔力とかは女のほうが強いんだもんな』


 なんて話をしながら、時間を潰した。

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