義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第三十七話 レイドン国侵入3

 商人に案内された先で竜車に乗りこむ。
 竜の背中につくられた座席に商人がすわり、万が一のためにミシェリーがその横につく。
 冬樹たちは荷物がのせられた場所に座り込む。
 こちら側からも座席の様子は見てれるし、声をかけるのも簡単だ。
 商人が振り返り、カーテンで仕切られた場所に顔を出してくる。


「それじゃあ出発するから気をつけてねー!」


 商人がウインク交じりに笑顔を浮かべて手綱を掴む。
 叩くと竜が鳴き声をあげて走りだした。
 前にルナので乗ったことがあるが、それよりも力強さがある。ただ、少し乱暴なのが気になったが。
 瑣末な問題か。


「護衛が必要ってそんなに治安悪いのか?」
「まあ、治安はあまり良くないっすよ。反政府組織が寄付ということで、商人を襲ったり、なんでも、ワッパさんが死体を使ってあれこれ調査をしているらしくって、死体も売買されていたり、っすよ」
「おちおち旅も楽しめないな」
「そうっすね。おっ、これいい魔器っすね」


 クロースカが商人の商売道具を興味深そうに見ている。
 魔器や魔道具も数多くあり、クロースカの目は星で彩られるような輝きを放つ。
 まあ、眺めるくらいならば商人も覚悟しているだろう。


 冬樹は竜車を中心に限界まで領域を広げる。護衛任務だからといって、必ずしも戦闘する必要もない。
 よっぽど道がそれるのならば仕方ないが、できるのならば戦闘は回避したほうがいいだろう。
 クロースカが余計なことをしないように観察していると、サンゾウが軽く首を傾け始める。


 ……昨日から動きっぱなしだ。
 最初の船の移動と二度目の船でみな軽い仮眠はとっているが、きちんと睡眠時間をとっているわけではない。
 疲労がたまっているのも無理はない。


 クロースカを見やると、彼女も口を覆うようにしてこくこくと頷いた。
 そうこうしていると、クロースカも眠くなってきたようで肩に頭をのせてくる。
 少し重かったが、気になるほどではない。


 冬樹はそんな気持ちで前を眺めると、ぎりっと歯噛みしたミシェリーと目があう。
 頬を引きつらせるとミシェリーはニコッと笑顔で手を振ってくる。
 さっきの形相はどこかへと消え去っている。素晴らしい変わり方だ。
 冬樹はしばらくやることもなくなり、ボーっとしていると道の先に人間の魔力と思われるものを感知する。


「ミシェリー! この先に人が五人くらいいるぞ!」
「……商人、何かがこの先にいる。どうする?」
「うーん、こんな場所で待ち構えているのは盗賊か反政府の人たちだよね。ま、どっちでも戦闘は避けられないって感じかー」
「急ぎの旅というわけでないのなら、回り道も一つの選択肢。敵がやけになって竜車に火でも放ったら面倒」
「そうだね。わかった、Fランクくん、道案内よろしくー!」


 竜車に張られた地図を眺めながら、冬樹は道の変更を伝えていく。
 とはいえ、一度も通ったことのない道だ。
 領域を広げて大よそを判断し、一人では捌ききれなくなり、脳内のチップに簡単に情報処理を任せていく。
 多少、荒れた道を通ったが、すぐに本道へと戻ってくる。後方に先の五人の反応があり、こちらにはまるで気づいていないようだ。


「もうおっけーかなかな?」
「大丈夫、だな」
「いやー、探知魔法はいいですなー。それさえあれば一人でのんびーり行商できるのにー」
「ほんとうにそれは思う」


 ミシェリーと商人が話をはじめ、冬樹は暇になる。
 しばらく竜車に揺られると村につく。
 クロースカとサンゾウを起こし、竜車から降りる。
 その村にあったギルドに行き、依頼達成を認めてもらう。
 大きくはないギルド内で、商人が手を上げる。


「ありがとねー! それじゃ、またどこかであったときにはよろしくー!」


 快活に商人は笑って去っていく。
 移動の拠点のような場所であり、宿は豊富だ。
 ただ、それ以外にはこれといって魅力があるようではないようだ。


 人の出入りが激しい村、そう思ってギルドに戻る。
 壁一面に依頼が張り出されていて、冬樹たちは目を通していく。
 あった、ロヂ行きの依頼だ。


「これにするか?」
「ランクD……問題ない」


 ミシェリーが依頼を持って受付へといく。
 今度の商人もそれなりに金を持っているようで、依頼を受けると伝書鳥が飛んでいく。


「この依頼の場所は?」
「ええ、と。ギルドをでて、東にいって、北にいって……ええと」
「わからない、詳しく」
「え、えと……そ、そうですねぇ……」


 冬樹は先ほど飛んでいった伝書鳥が放つ微力な魔力を探知し、その鳥が止まった場所を把握する。


「ああ、大丈夫だ。鳥でわかる」
「大丈夫みたい」


 受付はそ、そうですか? と涙が浮かび始めた表情を安堵したものに変える。
 奥で椅子にずんと座った男がどうにも厳しい目を向けている。
 新人だろうか。後でこっぴどく叱られるかもしれないな、と小さな謝罪の気持ちを抱きながらギルドを後にする。
 鳥がいる場所までいくと、小さな子どもがいた。


「キミたちが依頼の子?」
「そうだよ。もしかして、キミが依頼人?」
「うん。依頼人だよ」


 見た目子どものようだが、大丈夫だろうか。


「私、お父さんとお母さんの手伝いをしているの。カード見せて」


 こんな小さな子どもも仕事するのか。
 商人がカードをざっと見てから、こちらに返す。


「乗っていいよ」


 商人が前に座り、冬樹たちは竜車に乗る。
 さっきと同じように、ミシェリーが女の子の横へ。
 商人の肩に乗っていた伝書鳥がパタパタとどこかへと飛んでいく。


 冬樹たちは再び後ろに乗りこみ、すぐに出発される。
 あまり荷物はない。冬樹たちはさっきよりも余裕のあるスペースで話を楽しむ。


「ミシェリー、また探知にひっかかった」
「商人、道を変えたほうがいいかも」
「大した荷物ないから、もし賊だったら突っ込んで潰してくれる? 多少の被害は咎めないよ」
「……わかった」


 今度の依頼主はかなり攻撃的だ。全員が装備を整え、段々と人々に近づいていく。
 と、強烈な魔力の揺らぎを感じる。
 こちらを狙って魔法が飛んできているようだ。


 一定の速度で動くこちらの竜車を狙って、正確に。
 近くには数人が控えている。なかなかに、準備がいい。


「あっちも探知がいるのかもな」


 このままだと、火の魔法に竜車を焼かれるため魔力領域をぶつける。
 竜車は動いているのだ、少し時間をかければ魔法は後方でぶつかる。


「なっ!?」


 後方で、タイミングを見計らって飛び出した三名の驚きがかすかに聞こえた。
 妙に連携のとれた攻撃に違和感を覚えながらも、冬樹は探知に力を入れる。
 彼らを待つことはしない、そのまま走っていく先に五名ほどが待機している。


「と、止まってくれ! 魔獣に襲われて竜車が壊れたんだ!」


 急ぎ商人が竜車を止める。
 道を塞ぐ五名は全員がぴんぴんで、おまけに一人が魔法の用意をしているのはわかった。
 冬樹は竜車に乗ったまま震刃を取りだし、魔力の刃を放つ。
 この攻撃に、壁などは無意味だ。放たれた斬撃によって、練られていた魔力が解除され、賊たちに動揺がはしる。


「ミシェリー、そいつら魔法の用意してる」
「わかった」


 ミシェリーが飛び出そうとした瞬間、脇からナイフが伸びる。
 持ち前の反射神経でそれを回避する。
 距離が近かったためにわずかに服が切れたが、ミシェリーは着地した。


 冬樹たちもすぐに竜車から降りて敵六人に向き合う。
 商人は鋭い目を作り、こちらを見据えている。


「どういうこと?」
「なに、こっちは死体売買屋ってことよ」


 女の子は二つの剣を構えたのち、楽しげに舌なめずりする。
 背後に盗賊たちを従えた元商人は高らかに叫んだ。


「おまえたちは、おとなしく死ぬか、あたしたちに殺されるかさぁ、どっちがいい!」


 女の子が叫び、盗賊たちが距離をつめてくる。
 冬樹たちは顔を見合わせて、


「……まさか、運が悪いねぇ」


 サンゾウがひらひらと手をふり、クロースカも苦笑する。
 ミシェリーが苛立った様子で前にたち、その背後からぺろっと冬樹は舌を見せる。


「悪いけど、邪魔するなら……武力で止めるけど?」
「……あ? Fランクの癖に生意気じゃんかよ!」


 女の子は苛立ったように声をあげ、目を鋭くつり上げる。


「後ろの男は探知魔法を持っている見たいだが、ランクはFだ! この女とそっちの女はランクA、あっちの男がDだ!」
「はっ! 男たちから潰してやるぜ!」


 盗賊の三名が飛びかかってきて、冬樹とサンゾウは短くため息をつく。
 迫る男の剣を震刃で破壊し、がら空きになった足をサンゾウが斬りつける。


「なっ!?」


 女の子の驚きの声が響き、ミシェリーが雷魔法をぶつける。
 ……そこからは一方的だ。
 ランクAが二人いる時点で、相手としては五分程度だったのだろう。


 それが冬樹がいることで、圧倒的に冬樹たちが有利となった。
 冬樹が相手の魔法を妨害したり、動きを阻害するなどの援護をすることで、直接手を出すこともなく制圧が完了する。


 クロースカが取り出した、魔力を抑えるロープで全員を縛り付ける。
 反省させるように地面に座らせたところで、サンゾウが近づいてくる。


「どうするの、リーダー? さすがに……こういうのは見逃すわけにはいかないよ?」
「まあな。けど、俺は無力化するのが仕事だからな。こいつらは竜車に乗るか?」
「まあ、無理やりつめれば乗ると思う」


 ミシェリーが盗賊と竜車を見比べて頷く。


「なら、後はこの国の忍者にでも引き渡そう」


 言うとサンゾウは少しばかり厳しい目を向けてくる。


「リーダーは面倒な性格だよね。殺しちゃったほうがラクでいいんだけどね」
「殺すのはパス。俺血とかダメなんだよね」
「……あんだけ強いのに、そういうところよく分からないよね」
「まあまあ、いいじゃんか」


 冬樹の仕事は相手を捕まえることだ。
 異世界でまで守る必要はないのかもしれないが、出来れば人殺しはしたくはなかった。
 誰かを殺した手で、ヤユの頭を撫でたくはない。


 それに、本当に強い奴は、相手を殺さずに無力化できる、と兄はよく言っていた。
 兄の教えを守っただけだ。
 盗賊たちを無理やりに竜車につめる。後方にいた連中はすでに仲間を見捨てて逃げ去ってしまったようだ。
 賢いが思いやりのない行動だ。


「ロヂまではどのくらいだ?」
「もうそれほど遠くはない」


 冬樹は顎に手をやり、盗賊たちを気絶させていく。
 全員の衣服を脱がし、武器を持たせないようにするのが完璧であったが、そこまでしていると時間がかかる。
 盗賊たちに一先ずの休息を与えていき、手を払う。


「……前言撤回だよ。リーダー案外怖いね」
「安全のためにやっただけだっての。さて、行くか!」
「……待って。誰が竜車を操るの?」
「……え、ミシェリーできないのか?」
「だーりんの上になら乗れるけど……」
「あ、私できるっすよ?」
「そんじゃ、よろしく」
「待って。私の発言を無視するのはよくない」
「リーダー、さすがにココに四人は厳しいよ?」
「全員連れていこうとしたリーダーが、責任を取るべきだね」


 竜の背中にミシェリー、クロースカ、サンゾウが乗り込む。


「……お、おい。俺を押しやるなって! わ、わかった! 俺は屋根に行くから!」
「だーりん、私の上に座るといい」
「それじゃあ、出発するっすよー」
「ま、待て! まだ、ちゃんとしがみついてない……! うおっ!?」


 冬樹は急に発進した竜車から振り下ろされそうになり、慌てて線銃を取り出してワイヤーを打ち込む。
 これが異世界に来てから初めての使用だ。
 もっとまともな場面で使いたかったものだ。
 風が、肌を切り裂くように冷やしていく。
 パワードスーツを身にまとい、冬樹たちはロヂまで一気に向かっていった。



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