義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第三十四話 忍者戦闘

 冬樹は発信機を頼りに、シェルたちがいるであろうアジトを見つけた。
 ここまでの徒歩移動によって、僅かに疲れはあるが、支障が出るほどではない。
 初めは何かしらの乗り物を利用することも考えていたが、作戦がうまくいけばそれは放置することになる。
 世捨て人が利用しているような、森林の中にある一軒家。


 そこが忍者たちの根城のようだ。忍者と思われる二人が見張りをしている。
 冬樹はパワードスーツを部分的に展開する。
 壊れた窓から中を覗くことができたが、それでも正直微妙なところだ。
 熱探知に切り替えてみると、中に十人ほどがいるのがわかった。


「……敵は十人か。俺たちは喧嘩を売りに来たわけじゃないから、全部殺すってのもな」
「……リーダー、はっきりいって僕は一対一でも厳しいよ。だから、水銃を貸してくれないか?」
「よし、全員分を作っておくか」


 冬樹は領域を広げ、水銃を四つ作りだす。
 無力化するという意味ではこの武器は最強だ。
 忍者は肌にぴったりとはりつくような衣装であるし、濡れれば強力な拘束具となるであろう。
 人によっては体のラインがよりくっきりとなり……。


「だーりん、何を想像しているの?」


 ミシェリーのジト目が暗い中でもよく見えた。
 ……そう、問題は闇もある。
 この中での戦闘が苦手、ということはないが、忍者であるために何か特別な訓練を受けているのではないか、と思ってしまうのだ。


 冬樹は問題ないが、残り三人には少し不安があった。
 それでも油断はしない。
 『双白竜』をみにまとった姿になると、三人が期待するような目を向けてくる。
 ぺたぺたと触ってくる。


「いい感触」
「ひんやりしているね」
「これって魔力じゃないっすよね……。うーむ、けど……魔力に近い何かで干渉しているっすよね……どうにか再現できないっすかね……むむむ、けど相変わらず綺麗な魔力の扱いっすよねー」


 一番テンションのあがっているクロースカが少し心配であったが、この空気は嫌いではない。
 これから戦いが始まる。そんなことを微塵も感じさせない。
 一つ呼吸をし、脳内で作戦を反復する。


 そう難しくはない。
 冬樹が内部に突っ込み、攻撃を仕掛ける。
 そして、それからクロースカたちが魔法によって攻撃を仕掛ける。


 忍者たちは外の攻撃にも戦力を割くだろう。
 そこで、冬樹とクロースカたちに分断できるということだ。
 出来れば、冬樹が強敵数人にマークされるように実力を見せる、という点が大事だ。


「よし、行くか……っ」
「……怪我、しないで」
「師匠が強いって言っても、人間なんすからミスはあるっすよ?」
「そうそう。僕たちは……例え、失敗しても怪我はしちゃいけないんだ。イチが悲しむからね」


 三人の言葉は重いほど伝わってくる。
 ……それでも、結局どこかで無茶をする必要が出てくることもあるだろう。
 その時は冬樹がすべて引き受けるつもりだ。


 それは口には出さず、冬樹は一気に駆け出した。
 気配をたつのも、足音を消すのにも慣れている。
 それでも見張りがいるのだから、それらの技能は無駄となる。
 一気に迫ると忍者二人はすぐに反応する。一人が中に入り、もう一人が相手をする、という布陣。


 甘い。
 忍者が地面を蹴って消える。
 それでも、周囲に展開した領域内であれば、どれだけ早く移動しようが……その乱れで場所が判断できる。
 冬樹は震刃・水を振りぬく。
 震刃の刃部分に、水を付与させるだけの技術。


 この世界の人間にとって、その少しだけの工夫は脅威となる。ただし、水銃内にある水のデータだけを取りだすために、少し扱いが難しい。
 忍者の体を水の刃が通過する。ただ、濡らすだけ。


 ……しかし、全身が痺れたように忍者は動かなくなる。
 扉を蹴破り、中に入ると水の散弾が飛んでくる。
 そして、暗闇の中から四つの剣が襲いかかる。


 一人が奥で構え、残り四人が近接攻撃を行ったようだ。
 ……外に三人が行ってしまう。心配はあった、さっさと倒して援護に向かう必要がある。
 冬樹は体を後ろにひき、追撃してきた一人を魔力で縛りつける。


 その一人だけに集中したおかげで、動きが極端に鈍る。その体へ水震刃を振りぬく。
 震刃のこんな運用は今までにない。というか、こんな使用方法、地球では無意味なのだ。
 常に、針の穴に糸を通すような集中力が必要とされる。
 一人を無力化したことで、敵の警戒が高まる。


「……私たちの連携についてきている!?」
「……こいつ、優勝者の男だ!」
「……くっ!」


 三人が警戒して動きを複雑にするが、残像が見えるようなフェイントだろうと冬樹には無意味だ。
 その動きを完璧に見切り、水震刃を振りぬくと、忍者たちは動けなくなる。
 残ったのは、後方で控えていたシェル。周囲には大量の水魔法による罠が仕掛けられている。
 ……よかった、と心から思う。


 シェルが別のメンバーを狙い、人質にしていれば、こちらは打つ手がなかった。
 シェルが冬樹を警戒していたおかげで、このような結果となった。一歩間違えていれば泣くことになっていたのは冬樹たちだ。
 冬樹は震刃に魔力をまとわせ、一閃する。


 放たれた魔力によって、展開していたすべての魔法は魔力を喪失し、無意味となる。
 それでもシェルはその場で魔力を体に宿す。
 解除の斬撃を放つ前に、彼女の姿が消える。この建物内……そして、外までが冬樹の領域内だ。


 背後に現れたシェルに素早く対応する。
 常に死角をつくような動きをするシェルであるが、それらすべてを受けきる。
 そして、彼女の動きが悪くなる。それが、魔力による強化の限界のようだ。
 冬樹は無効化の斬撃を放ってから、彼女に水を浴びせる。特別対策はしていないようで、シェルもまた同じように動けなくなった。


「……くっ、何をするつもりだ。まさか、エロエロなことか!?」
「少し交渉したいだけだ」
「体にか!?」
「……だーりん、何をしようとしている」


 じろっと扉を半分ほど開けた状態でミシェリーが覗いてくる。
 魔力で判断できていたため、さして心配はしていない。
 外でも無事に戦闘が終わり、すべての忍者たちを部屋内に入れて縛りつける。


 念のため、何秒かに一回のペースで水を浴びせていく。
 忍者の中には水の訓練も受けている者もいるとかなんとか、クロースカが言うからだ。
 恐らくはこの中のリーダーと思われるシェルの前でしゃがむ。


「な、何をするつもりだ! ひゃうん! み、水をかけるなっ」
「……俺はイチを殺されたくはない。だから、レイドン国に乗り込んでそれを撤回してもらうつもりだ」
「……はっ、何を言っているんだ? そんなの無理に決まっているだろ。ひゃうん!」
「……サンゾウ、そんなペースでかけなくていいから」


 サンゾウは楽しそうに水銃を構えている。短く息をはいて、冬樹は腰に手を当てる。


「俺たちだけじゃあ無理だ。だけど、あんたらが協力してくれるならどうだ?」
「……何? 国を売れといっているのか?」
「まあ、似たようなもんだな。あんたらはいつからこの任務を受けているんだ?」


 冬樹が問うと、忍者たちは顔を合わせる。
 深く何かを言うつもりはないようだが、それなりに長い期間はやっているのだろう。
 思い出したくないといった様子で、うつむいた。


「あんたらは、国のために戦うために忍者になった。まあ、現実との乖離とかはあるかもしれねぇが……それでも、こんなところで一人の女の子を狙うためじゃないだろ? あんたらは、もっと血わき肉踊るような戦いを好んでいるんじゃないか?」
「……まあ、それも多少はある」
「……だろう? あんたらにとっても、イチの討伐はさっさと終わらせたい。けど、この先ずっと俺がイチの護衛に着く予定だ。どうだ?」
「……勝てる見込みは薄いだろうな」
「だから、そこで提案だ。俺たちをあんたらの国に入れてくれないか?」
「……何をするつもりだ?」
「イチたちの実験をしていたとかいう研究者に会って、イチの偽物を作ってもらうんだよ」
「はひゃっ!」


 冬樹の提案をシェルは吐き捨てるように笑った。
 この状況であるにも関わらず、つられるように忍者たちが笑っていく。
 ひとしきり笑ってからシェルがその理由をぶちまける。


「あの人は、自分が興味を持った仕事しか受けない。国に剣を向けられても、実際傷つけられてもその意志は変えなかったほどの狂った奴だぞ?」
「知ってるよ。ま、そいつがどんな奴か知らないが……俺のこの装備を見れば多少は興味を持つんじゃないか?」
「なぬっ!? た、確かに……っ」


 シェルが目を見開き、忍者達も同じような反応を見せる。
 ……先ほどから少し抜けているような気がしないでもなかった。


「……シェル。このままいつまでもこそこそ生活してどうにか生計をたてるのは無理ですよ」
「……そうですよ。早く国に戻って、彼氏に会いたいです」
「……俺も待っている人がいるんです」


 もう相当な時間この国に滞在しているようで、シェルの側近と思われる数名が卑屈めいた声をあげる。
 それらに負けるように、シェルは目を閉じて、それからこくりと頷く。


「……約束をしろ。国で目立つような行為をしない。作戦の成功失敗に関わらず、私たちはお互いに干渉しない。それでどうだ?」
「わかった。もしも、おまえたちがイチに手を出したら、その約束は反故になるからな? 俺は常にイチは監視できるような状況にしてきている。下手なことをすれば……どうなるかわかるな?」
「……わかっている。我々も……もうこの無意味に近い任務は終わらせたい。だが、さすがに密入国を手伝うつもりはない。闘技島を経由するんだな」
「教えてくれてありがとな」
「……別に感謝されるようなことではない」
「とにかく、こっちとしては手を出さないって約束してくれればそれで十分だ」
「ああ、わかっている」


 交渉は終了だ。
 冬樹はすぐに忍者の拘束を解いていく。


「……驚いた。まさかこんなあっさり拘束を解くなんてな。このまま暴れるかもしれないぞ」
「すでにボロボロのクセに何を言っているんだよ。それに、仮にとはいえ同盟を結んだみたいなもんなんだ。その間くらいは信じるよ」
「……くっ」


 シェルはつまらなそうにそっぽを向く。
 それから仲間の拘束を解除していき、シェルは両手で万歳をする。


「わーいわーい、しばらく遊んで暮らせるぞー!」
「やったー!」
「俺も彼女におみやげを買って帰るぞ!」
「俺は獣人カフェに行くんだ! レイドン国にいたときからの憧れだったんだよ!」
「って、ちょっとまて! 研究者の話を聞かせてくれ!」


 遊びに行こうとした、シェルの肩を掴む。
 シェルは別の忍者においていかれ、不満げな顔をこちらに向けてくる。


「研究者の名前はワッパだ! いいから、離せ! 遊びにいく!」


 シェルに手を弾かれ、冬樹は去っていく彼女の姿を見送る。
 抜けていて助かったが、さすがにこれは酷いのではないか、と思わされた。



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