義娘が誘拐されました
第三十一話 その気持ちは嘘じゃない3
冬樹は会話をするためにゆっくりと歩いていく。
忍者、と呼ばれるものたちには逃げられてしまった。
とはいえ、不意打ちをくらったときに、発信機もつけさせてもらった。
小型で、この世界にはそもそもない代物だ。恐らくは気づかれることもないだろう。
「ねぇ、イチは、まさか人前で能力を使ったとかはないかしら?」
「……舞踏会のときに襲われて使用していた、らしい」
直接見たわけではないために曖昧な答えとなる。
それに怒りを見せることはなく、ニバンはただ歯噛みした。
何かを悔いるように。
「どうしたんだ?」
「……さっきの忍者は、イチを狙って、この国に侵入していたはずよ。恐らくは、もうずっとね」
「……それで?」
「そして、その能力発動で、ようやくイチの居場所を特定したのよ」
「やけに詳しいな」
「……それについても、今話しておくわ」
視界の端にイチとサンゾウが入る。
忍者たちはこちらには来ていないようだ。
それを見てニバンも安堵したのだろう、足を止める。
「私は……もともと、他国の忍者をしていたのよ」
「……まあ、なんとなくさっきの会話でわかってたけど。そいつらってイチを狙ってるんだろ?」
「……正確には脱走したイチを狙っているのよ。もともとは、何も手出ししないわ」
「脱走、か。おまえも狙っていたのか?」
「……私が逃がしたのよ」
ニバンを一瞬疑っていた冬樹は彼女の言葉に顎に手をやる。
「どういうことだ?」
「……まあ、私は忍者として何も知らなかった。人間を使った実験をしているのを見て、もう嫌になって、あの子を逃がしたってことよ」
「そんな簡単に逃げられるのか?」
「偶然、爆破事故が起きたのよ。ラッキーだったわね」
「……そうか。イチは知らないのか?」
「気を失っていたのよ。逃げるときに私は足をやられてしまって……まあ、もう忍者の戦闘は難しいわね」
「あいつら、凄い速いもんな。……ま、事情はわかったよ」
問題は、あの忍者たちが今後もせめて来る可能性があるということだ。
イチたちのほうに歩いていくと、彼らが手をあげる。それにニバンが、穏やかな微笑を返した。
冬樹はふと、ニバンの歳が気になった。
あれこれと色々やっている彼女は……どう考えても一回り程度上の年齢だと感じたのだ。
今聞くことでもない。
冬樹たちは、そのまま、さらに素材を集めてルーウィンの街へと戻る。
もともと人に教えるのは好きなようだ。街につくと、すぐに子どもが集まっていく。
……ニバンはそんな子ども達の相手をしながら歩いていく。
「今から、小さな授業を始めるけどリーダーも来る?」
「うーん、なら一緒にいくか」
特にやることもない。
冬樹は荷物を屋敷までは運んでからニバンとともに移動する。
子どもたちが先を歩き、ニバンと並んで後ろから眺める。
授業は、屋敷の庭で行われる。ニバンは小さな袋からいくつもの素材をとりだす。
「この素材は罠を作るのに使えるのよ」
「そうなのか?」
「例えば、魔石に私の風魔法をクロースカに入れてもらうでしょう? タイミングよくつかえば、地中から風で攻撃できるわ」
「……なるほど」
「こっちの草は、この草とまぜると、敵を痺れさせることが出来るわ。私の矢だったら武器に塗ったり、水にまぜたりね」
「……すげぇなそりゃ」
「だから、あなたの水攻撃に混ぜれば、それだけでもかなりの攻撃になると思うのよね」
ニバンはどこか嬉しげに語っていく。
それから子どもにも適当に素材と瓶をわたし、子どもたちが自由に遊んでいく。
「ニバン先生、しびれ薬できた!」
「あら、ほんとね。誰か飲んで見たい子はいる?」
幼女が楽しげにしびれ薬の入った瓶を別の子に向ける。
「飲んでも大丈夫よ。痺れるだけで、体に害はないわ」
「前飲んだとき、体が動かなくなったんだもん! 嫌よ!」
「ええー、そうだ! おにーちゃん飲んでー!」
言って、幼女が瓶を差し出してくる。毒々しい色をした液体が、左右にちゃぷんと揺れる。
「お兄ちゃん?」
その響きに冬樹は感動した。
ヤユにはおっさんとしか呼ばれたことはなかった。
まだまだ、自分は若い。
そう思わせてくれた彼女の瓶をしかし、控えめに押し返す。
「俺もちょっとなぁ……ニバンが飲んだらどうだ?」
「私は毒、麻痺なんて効かないわよ」
「そ、そうっすか……」
涙を浮かべ始めた幼女に冬樹は嘆息する。
まあ、痺れるだけならばいいか。ここで泣かれるよりかは全然ましだ。
冬樹は受け取り、薬を口に運ぶ。
「よくできたわね。とりあえず、若いうちは涙で騙すのがいいわよ」
「うん! 先生の言う通りだね!」
「ろくなこと教えんな!」
冬樹は叫ぶが、すぐに体が痺れてくる。耐え切れずにそのまま冬樹は後ろに倒れる。
ニバンがいれば、罠の面では問題なさそうだ、というのはわかった。
しばらく待つと、体の痺れが消える。効果はそれほどないが、戦闘中にこんな攻撃を受ければたまらない。
「効果は薄いけれど、肌に塗ってもそれなりに効果があるのよね」
そういうと、子どもたちの目が光る。
そして、冬樹のほうをいてくる。
「やめろ、おまえら!」
待ってくれるなどという期待はない。
よく訓練された子どもたちは、若さという一番の力を持って瓶の水をかけてきた。
○
散々鬼ごっこしたために、冬樹の身体は大会のとき並みに疲れていた。
夕食をとった冬樹は図書室へと向かう。
本はまるで読むことはできないが、目的は他にある。
「トップ、熱心に読んでるんだな」
「……あぁ、リーダーか。何か用か?」
本に目を通しながら、トップはちらとこちらを見る。
対面の椅子をひきながら、
「今日忍者に襲われたのは知っているか?」
「あぁ、らしいな」
「……それでさ、忍者について色々教えてもらいたいなぁって思ってさ」
「……迷惑をかけたな。すまない」
トップは本を閉じて、頭を下げてくる。
別に謝罪の言葉が聞きたくてきたわけではない。
すぐに頭をあげるように言うと、トップは申し訳なさそうな顔を作る。
「やっぱり、どこに行っても、迷惑をかける、か」
トップは達観したような面持ちで口を開いた。
言葉には憂いが入り、本当に仲間を大切に思っているようだった。
そんな顔をされれば、冬樹は黙っているわけにいかなかった。
まだ成人していないような年の子ども。
いや、大人や子どもは関係ないだろう。
助けたいか助けたくないか、冬樹はただその二つだけだ。
「どうにかならないのか?」
「ならない、だろうな。あいつら忍者はどこまでもしつこい。……まさか、こんなに早くかぎつけられるとはな」
「だから、おまえらは平和な場所を求めてたんだな」
「どこでもいいんだ。魔族だろうが、人間だろうが関係ない。いわくつきのオレたちが平和に暮らせる場所ならば、どこでも、な」
「でも、ルナは受け入れてくれたんだぜ? 街を救うのに協力してくれたって、きっとうれしがってるよ」
「……街の人たちは本当によくしてくれている。だから、自分たちのせいで、戦地にはしたくない」
「まさか、いなくなるわけじゃないよな?」
「……」
それも考えている、といった表情だ。
「ニバンは今部屋にいるのか?」
「……ああ」
「ちょっと行ってくる」
トップに聞きたかったことは聞けた。
席を立った冬樹はそのまま書庫を出ようとして、
「どうしてあんたはオレたちにそこまでしてくれるんだ? いっちゃあ悪いが、信用されるような身なりはしていないし、信用されるようなことをした覚えもない。なのに、どうしてそこまでしてくれる?」
「……俺ってそれ以外にできることないからな」
冬樹は昔、自分が部隊を任されたことを思いだす。
あのときは、未熟すぎて顔が熱くなってくる。
「おまえたちは俺を信用してくれてるだろ? ま、そういうことだよ」
「……は?」
「信用されてるんだから、信用してるんだ。……なんか変なこと言ったか?」
「……いや、なんでもない」
トップは苦笑を浮かべ、冬樹は小首をかしげる。
……そもそも、冬樹には他人を従え、導いていけるような才能はない。
頭が良く、誰にも納得できるような説明はできないし、常に冷静沈着なわけでもない。
ほかに何も才能がなかったから、冬樹はせめて部下を信じようとしていた。
まあ、多少の失敗はあれど、それでどうにかなるようにもなっていた。
「みんなが、ここにいられるように何ができるか考えてくるよ」
「……ありがとう」
今度こそ、書庫を離れる。
伸びをしながら歩いていくと、通路の先でミシェリーの姿を見つける。
キョロキョロと周囲をみて、なぜか冬樹の部屋の扉を開けようとしている。
なぜそこにいるのか、とか、言いたいことはあったが下手に話しかけると時間を取られることになるため、別の道を歩いていく。
ニバンの部屋につき、ノックして名乗ると扉が開いた。
「こんな時間に夜這いでもしに来たの?」
からかうような調子でいわれて、肩をすくめる。
「少し今日のことで話したいんだけど時間あるか?」
「大丈夫よ」
中に入ると……彼女らしく部屋が改造されていた。
まず一番は部屋の明かりだ。
ろうそくのようなもので、風に影響をうけて明かりが揺らめくのはどうにも無気味だ。
「凄い部屋だな」
「ありがとう。それで、何が聞きたいの?」
「忍者のこと」
予想していたのか、ニバンは椅子を指差す。
冬樹は彼女の対面に腰掛けると、ニバンは顎に手をやる。
妙にその姿は大人っぽかった。
「……昼間は本当にごめんなさい。顔の怪我は大丈夫?」
ニバンがじっと視線を頭にやってくる。
すでに傷は塞がっている。
「もうぴんぴんだ。……それより、俺はイチとおまえが傷つくのは嫌なんだ。だから、何か俺に出来ることはあるか?」
子どもを守るのが大人の役目だ。冬樹はそう考えていて、実際に困っている奴がいる。
助けないという選択肢はなかった。
コメント