義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第二十六話 闘技大会本選3



 冬樹の体を襲ってきた氷の槍を震刃で斬りさく。


「……前ってなんだよ?」
「……それを言って何になるのよっ。人間は、人間は……絶対に信じられないっ」


 すべての憎しみを思い出したかのように、彼女の両目には力がこもる。
 魔兵が氷の世界に出現する。
 氷の妖精といわれてもおかしくはないほどに透き通る魔兵が、冬樹に迫る。
 震刃で切り裂き、冬樹は声を張り上げる。


「おまえは、この大会で何が目的だったんだよ」
「……そんなの、一位になることよっ」


 やけくそ気味に叫び、再び氷の刃が飛ぶ。
 冬樹はそれらを避けながら、冷静に声を続ける。
 子どもをあやすように。


「なら、なんで一位になりたいんだ?」
「……そんなの、あんたたちみたいな嘘つきに言いたくない!」


 ぷいと魔本は顔をそっぽに向ける。
 やはり、力を持っているだけで、ただの子どもだ。
 冬樹は少しずつ近づいていく。


 もちろん、様々な不安が内にはあったが、それらは彼女との話には必要ない。
 少女の前で膝をつく。少女は涙に潤んだ瞳で睨んでくる。
 少女が拳を振り上げると同時に、氷の矢が彼女の近くで浮かぶ。


「今は一度、戦いはやめようぜ。話をしよう」
「……何の話よ」
「おまえの昔話。さっき、前がどうたら言っていただろ? それについて教えてくれないか?」
「……どうしてよ」
「聞きたいから、知りたいから、理解したいから……それじゃあダメか?」


 冬樹はただやけを起こしている子どもを無視したくはなかった。
 ヤユがそうであったように。
 悲しい顔、絶望に染まった顔、誰も信じたくないといったそれらの感情を、子どもが持っているのが嫌だった。
 魔本は子どもではない、のかもしれないが冬樹にとっては、十分子どもだった。


 だから、近くであぐらをかいて座る。
 時間ごと止まった氷世界で、冬樹は魔本と対話する。
 冬樹の態度に、何か思うところはあったか、魔本はぺたりと座ったままだ。


「ちゃんと聞く。だから、離してくれないか?」


 魔本は迷うようにして、視線をさ迷わせる。
 しかし、やがて氷の矢が消失する。


「……前、あたしは無理やりに使われてたのよ。殺して、殺して……感情を無理やりに潰されて……」
「つらかったんだな」
「……わかるわけないくせに。うるさいのよ」
「そうかもしれないけど、相づちくらいうたせてくれよ」
「……フン。それで、ある時、あたしの体が自由になったの。戦いは嫌だって思って……ひっそりと人間として暮らしてた。楽しかった……けど、あたしが力を持ってると思ったらすぐに利用されたわよ。騙しまくってくるのが人間でしょ!? だったら、最初からあんたなんか信用しないっ」
「……それはこの世界の人間が嫌なんだよな?」


 冬樹はずるいかもしれないと思ったが、そう問いかけると魔本はこくりと頷いた。


「……当たり前じゃない。あたしは戦いなんて嫌なのよっ、ひっそり毎日眠って生活したいの!」
「それはさすがにダメ人間じゃないか?」
「……う、うるさいっ。あたしは、眠って好きなときに起きて、おいしいご飯たべて、また寝るような生活がしたいのっ」
「大会に参加した理由は?」
「……あたしが最強だと思えば、誰も手出ししてこないでしょっ! そうしたら、ひっそりと暮らせる!」
「なるほどね……。優しい子なんだな」


 ひとまずは、彼女を落ち着かせる必要があると判断し、そう言葉をかける。


「……へ?」


 冬樹は腕を組み、出来る限りの優しい言葉を考えながら笑みを作る。
 何度もヤユにやってきたようなことだ。


「おまえが、貴族たちを殺さなかったかのは、傷つけたくないからだろ? 途中、貴族たちを誘拐したのは、色騎士を分断するため、それで、黒騎士の体を奪い取るため。……まあ、下手に戦闘になれば、あそこで多くの人間が死んでいたかもしれないからな。敵に勝てない、と思わせるために、俺たちを分断した。やったのは、これくらいだし、それでも誰も死人は出ていない。……もう、戦いたくないってのはわかった」
「……そ、そんな優しい言葉かけたって騙されないからっ!」
「全部本心だっての。おまえみたいな生意気な子どもは前にもあったことあるし。よし、なら、おまえはここで死んだことにしよう」
「……や、やっぱり騙すのね!」


 魔本が警戒姿勢をとるが、冬樹は両手を振って否定する。


「違うっての。おまえ、俺に憑依ってできるか?」
「……へ?」
「いや、おまえって魔力に憑依してるんだろ?」
「う、うん」
「俺は魔力持ってないからさ。出来るか?」
「……ま、魔力持ってない? あんだけ凄い魔法妨害したり、魔法みたいな攻撃してるのに?」


 信じられないといった様子で魔本が目をきょとんと見開く。


「俺はこの世界の人間じゃないからな。おまえが嫌いな戦いに利用するこの世界の人間じゃないってことだ」
「……は? な、何を言っているのよ。あたまおかしいの?」
「おかしくねぇよ。えーとこの武器とかも、全部普通じゃないだろ? この世界では誰も使ってないはずだぞ」
「……」


 こくりと魔本は首を縦に振る。


「それに……俺は魔力を持っていないんだ。この世界の人間はみんな魔力持ってるから、水とか弱点なんだろ? だけど、俺は水も効かないんだよ」


 冬樹は見せつけるように水銃で体をうつ。


「で、憑依できるか?」
「……わ、わかんない。けど、どうして?」


 困惑している彼女は素直に小首をかしげる。


「そりゃあ、あれだ。ここにおまえの偽物を作って、会場の氷を解くのと同時におまえの偽物を殺す。そうして、俺は魔本を破壊したと叫ぶんだ。そうすれば、もうおまえがこの世にいないってことになるだろ?」
「……う、うん」
「そうしたら、後はおまえは自由だ。よっぽど変な行動をしなければ、自由に生きられる。けど、しばらくは、どこかに身を隠して、みんなが忘れたころじゃないと怪しまれる可能性があるだろ?」
「……うん」
「だから、その期間、俺の体に憑依しておけばいいと思ったんだよ。できそうか?」
「……わかんない。けど、どうして?」


 それは心からの問いなのだろう。
 魔本は首をかしげて、どこか潤んだ瞳を向けてくる。


「なにが、どうしてなんだ?」
「……ど、どうしてそこまで。私を助けようとしてくれるの?」


 冬樹はぽりぽりと頬をかき、それから言おうか迷っていたことを口にする。
 ここまできたら、すべて言ってしまえ、という気分だった。


「なんていうか、困ってる子どもを見ると放っておけないんだよ。俺には娘がいて、そいつも初めてあったときは悲しそうな顔をしててさ、おまえも似ているんだよ」
「……子どもじゃない」
「俺にとっては、子どもみたいなもんだ。全然見分けつかないし。で、やるかやらないか? どっちだ?」


 迷うようにして、それから魔本はこくこくと頷いた。


「……やってみる」
「おっけー。あ、その代わり、体までは乗っ取るなよ? あくまで、居候させるだけだからな?」
「……うん」


 片手をこちらに向けてくる。
 しかし、彼女の体はその場にあったままだ。


「……本当に、魔力持ってないのね」
「嘘だと思ってたのかよ。失敗か?」
「……ダメ。だけど、その魔器なら憑依できる」


 そういって、首元のネックレスを指差してきた。


「ああ、このネックレスか? うーんこれはちょっと、大事なものというか……」
「……大丈夫よ。入るだけだから、壊れないわよ」
「そっか。なら、壊さないでくれよ?」
「……うん。ねぇ、あんた名前は?」
「俺の名前は、ミズノフユキだ。おまえは?」
「……名前はない」
「なら、かっこいい名前をつけてやるよ」


 冬樹はヤユの名前を考えるときに出した案の中から、一つをとりだす。


「ゴルゴボ!」
「……嫌よっ!」
「な、ならゲグガド!」
「……その読みにくい名前から離れなさいよ!」
「……えぇ?」


 冬樹は結構お気に入りだったために、完全拒否されて嫌だった。
 ちなみに、ヤユという名前は兄貴がつけたものだ。やたらと、人を馬鹿にしたり、からかってくるから、ということで兄がつけた。
 あまり良いネーミングセンスとはいえないし、ヤユにはそのことを伝えていない。真実を理解したときの、ヤユの罵倒が今から思いやられる。
 魔本はやがて、ぽつりと名前を言う。


「……ハイム、でいいわよ」
「えぇ、あんまり強くなさそうだな」
「……あんたの変な名前よか全然いい。それじゃあ、中に入るわよ」
「よ、よし」


 少し緊張しているとすぐにハイムの体はネックレスに収まる。


「入った、のか?」
『……ええ、なかなか整った魔器だわ。心地良いわね』


 心に響くように、ハイムの声が聞こえた。


「そうかそうか」


 ネックレスを軽く撫でてから、冬樹はもう一度いう。


「それじゃあ、おまえは魔兵を作って、それから氷を解除するんだ。で、俺が震刃でトドメを刺す。流れはわかったか?」
『……うん』
「……というか、皆生きてるんだよな? 氷が解除されたらみんな凍死してますとか嫌だからな? さすがにそのときは庇わないからな?」
『……ここは、今別の世界よ?』
「は?」
『……あたしが氷で凍らせたのは時間。魔本を暴走させて放つことのできる最強の魔法だけど……ま、はっきりいってまるで意味ないわ。時間が止まっているから、何も干渉することはできないのよね。だから、みんな無事よ。あたしが、逃げるために開発した最強の逃走魔法よ』
「なるほどね。逃げるため、かあ、苦労してたんだなぁ」
『……そ、そんなしんみり言わないで。心配されるのも嫌っ』
「いやいや、本当に苦労してたんだなって思うよ。……とりあえず、まずは色騎士を騙せるか、だな」
『……それは大丈夫よ。あたしの魔力をこの魔器に合わせればいいだけだから』
「魔力をあわせるって結構凄いんじゃないか?」
『……ふふん。背景の色に合わせるみたいなもんだから、あたしくらいしかできないわよ』
「そうかそうか。それじゃあ、始めるかっ」
『……それと、あたしの声は外には聞こえないから。心で念じてくれればあたしにも聞こえるから、わざわざ独り言をしなくても大丈夫よ』


 ハイムは目の前に魔兵を出現させる。
 同時に氷の世界が砕け散り、冬樹は回りが動きだす前に駆け出す。
 音のない世界は、ようやく音を取りもどし歓声が耳に届く。
 色騎士たちが視認する前に、冬樹はその胸へと震刃をつきさす。


 魔兵の体に深く入り、冬樹はそのまま領域を操作し、魔兵の周囲の魔力を完全になくす。
 ハイムがタイミングよく魔兵を消滅させて、冬樹は見世物として震刃を軽く振るう。
 観客達は困惑している様子だった。
 気づけば黒騎士が倒れているのだから、それも仕方ないだろう。
 この異常に気づいたのは数名の実力者、それに色騎士くらいだろう。


「……く……ええとボクは……?」
「黒騎士、大丈夫か?」


 冬樹は近づき、その体を起こす。
 派手に倒れたせいで、黒騎士の魔石はすでに破損している。
 それをめざとく見つけた司会が大声をあげる。


『な、なんと! 最強の黒騎士を討伐したのはミズノ、フユキだー!! 決勝戦の勝者はミズノフユキです!』


 司会が宣言すると、わっと声があがる。
 本来はそれらに返事をするべきなのだろうが、冬樹は黒騎士に肩を貸していてそれどころではない。


「……魔本は?」
「さっき、倒したんだよ」
「キミが倒してくれたのかな?」
「ああ、手ごわい相手だったぜ? まず、あんたの闇魔法がもう本当に手ごわくてさ」
「……よかった。ボクの、祖父は魔本に殺されたんだ。よかった、あんな悲劇は繰り返されないんだね」
「……そうなんだ」


 冬樹は頬をかき、ネックレスを軽く撫でる。


『……あたしがまだ、自由じゃなかったときのことよ。……そりゃあ、恨まれても仕方ないわよね』


 事情は色々とあるだろう。
 大歓声が響く中、黒騎士を色騎士たちに渡して、観客に手を振っていった。



「その他」の人気作品

コメント

コメントを書く